葵、初入城の時について語る。(視点:葵)

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葵、初入城の時について語る。(視点:葵)

 さて、と神様の薄い唇が開く。 「聞かせて貰おうかな、恭子の恋愛事情と今の悩みを」  あまりに率直だな。ええと、と恭子は戸惑いを見せる。 「出会って十分で恋バナをするのは流石に抵抗があるのですが……」  む、と神様が腕組みをした。 「確かにね。では一つ、昔話をして貰おうか。葵、君が私と知り合った経緯を説明しなさい。丁度、恭子も知りたがっていたでしょう」 「よくご存じで」 「そりゃあ城の中でどんなやり取りがあったか、私が知らないわけないだろう」  ごもっとも。肩を竦めてみせる。そうよ、と恭子は手を叩いた。 「私も関わる話なのでしょう」 「関わるというか、お前にフラれた私がとんちんかんな選択をしたわけで」  ふふっ、と神様が笑い声を漏らす。恥ずかしいなぁ。 「あ、そういえばまさにその頃、何故か葵が深夜にお城の写真を送って来たことがあったわね」 「よく覚えているな」 「何これって訊いたら散歩中でございって返って来たのだもの。城の写真も、そんなところを一人で散歩をしているのも、そして急に変わったあんたの口調も、全部意味がわからなくて戸惑ったから。よく覚えているの」  げ、と私はちょっと引いてしまった。 「その日から、私、喋り方を変えたんだっけか」 「うん」 「全然覚えとらん……」  なんでよ、と恭子は私の肩にツッコミを入れた。 「今の、いつも演じているあんたが生まれたのはあの日の夜でしょうが!」 「そうだったのか……」 「何で私が覚えていてあんたが忘れているの!?」 「いやぁ、その時期から何とか恭子に振り向いて貰いたくて、女々しくも喋り方や服装を変えたのは記憶しているのだが、そうか、青竹城を出たところで私は私を演じ始めたのか。神様、覚えてます?」 「いや、私に相談を持ち掛けた葵は素の君だったよ。喋り方、今と違った」 「じゃあやっぱ城を出た後か。うーむ、変なタイミングで決断したな、私」  思いがけない発見に、上機嫌で酒を飲む。あのさ、と恭子は恨めし気な視線を寄越した。 「あんたは私に惚れたじゃない」 「おう」 「その後、キャラを変えたり気持ちを引き摺り続けたりしたでしょう」 「うん」 「でもちゃっかり二年前には未練を断ち切っていたのよね」 「んだよ」 「私は先月、田中君との一件があるまでずーっと気にしていたのに」 「そうでごわす」 「その上、自分で自分を演じ始めた瞬間も、あんたは忘れていたわけだ」 「んだんだ」  恭子が両手で私の頬を引っ張った。 「あだだだだ」 「私の方があんたに対してよっぽど真摯に向き合っていない!?」 「ありがとな」 「惚れたあんたの方が何で適当なのよ!」  あんまり引っ張られると皮が伸びるから嫌なんだが。まあそれはともかく。 「適当ではない。お前への気持ちは本気だったし本物だった。私は恭子が恋愛的な意味で好きだった」  至近距離で目を見て伝える。途端に、気炎を吐いていた親友は言葉に詰まった。 「もし、あの時恭子が私の気持ちを受け止めてくれていたら、私達の未来はきっと違っていた。そして、そんな風に進んだ世界もあったかも知れない。何度も想像したし、何度も寂しくなって泣いた。それでもお前は、私をフッた後も変わらず親友でいてくれた。おかげで今、こうして隣に座っていられる。恭子に助けられたし、私もお前を頑張って支えようと思える。まあ細かいところは忘れちまったが、私の気持ちが適当だ、なんて受け止めるのはやめておくれ。マジで私は惚れていたのだから。可哀想だろ、二十歳の私がさ」  ゆっくりと、手が離れた。ごめん、と恭子が俯く。 「お詫びは、お前の時間を五分くれ」 「大変なことをするからダメ」 「そいつは残念」  茶化して酒を口に運ぶ。恭子は下を向いたまま黙り込んでしまった。ね、と神様を伺い、私は親友を指差す。 「やらかしも多いけど、滅茶苦茶真面目に相手と向き合う奴なんです。だから私の変化も覚えているし、好きな人に対して考え込み過ぎて一人で大泣きしたりしちゃう。今日も、やらかしたぁっ! ってずっと泣いていたのですから」  ふうむ、と神様も酒を一口飲んだ。そのまま沈黙が訪れる、かと思いきや。あの、と咲ちゃんがおずおずと切り出した。 「結局、葵さんはどうして青竹城にいらしたのですか? 恭子さんへの、その、こ、告白を経て、何故此処へやって来たのです?」  おっと、話を戻してくれた。そういや今の本題はそっちだったな。 「咲ちゃんは覚えているかい? 青竹城の伝説を」 「えっと、ええっと」  首を捻って一生懸命思い出そうとしている。へこんだ恭子以外、全員がほんわかと見守った。 「……すみません。忘れてしまいました」  あらら、と三人、口を揃えて笑ってしまった。 「願い事を叶えていただけるという内容なのは覚えているのですが、細かいところが出て来なくて……」  一回しか来ていないし、その時も事情を説明されず私に連れて来られたのだから仕方ない。まあ咲ちゃんの瞬間移動で訪れたのだから連れて来てくれたのは咲ちゃんなのだが。 「九月の満月の夜、青竹城の最上階を訪れると神様が願いを叶えてくれる。それがこの城に伝わる伝説だよ」 「あ、そう! そうでした! あれ、では葵さんは願い事を叶えて貰いにいらしたのですか?」  うん、と一つ頷く。神様は薄い笑みを浮かべたまま。武者門さんは何故か両手を胸の前で組んでいた。乙女の祈り、みたいなポーズだな。何で? 「もしかして、恭子さんと両想いになりたい、とお願いするつもりだったのでしょうか」 「おいおい、見くびるなよ? 私はそんな、神様の力を借りて他人の感情をどうこうするようなせこい奴じゃない」  はっ、と咲ちゃんが口元を手で押さえる。その通りです、とくぐもった声が聞こえた。 「失礼しました葵さん! 確かに葵さんはそんな人ではないです!」 「咲ちゃんらしからぬ見当違いな質問だったねぇ」 「すみません、どうも私は恋バナになるとテンションがぶち上がってしまうようで……」  ギャルか。ぶち上がりて。 「ま、勿体をつける話でもない。私はな、恭子との過去を無かったものにしようとしたんだ」  その言葉に、恭子は目を見開いた。咲ちゃんは、え、とだけ零す。構わず私は先を続けた。 「恭子にフラれて落ち込んだ私は、まずこいつとの接触を避けた。恭子は私に告白されたにも関わらず、いつも通り変わらず接してくれていた。だけど勝手に気まずくなった私は恭子に会わないよう逃げ回っていた」  二十歳の私を思い返す。可愛い、とか幼い、なんて感情は湧かない。むしろ根っこはあの頃も今も変わっていない。だって、田中君に告白されてフラれた後、パニックを起こして恭子に縋り付いたもんな。 「そんな時、地元の城である青竹城に伝わる伝説を思い出した。丁度九月だったこともあり、満月の夜に一人で此処を訪れた。どうせ入城すらも出来ないだろうと駄目下で訪れたんだが、たまたま運良く入れてね。そうだ、訊こうと思っていたんだ。あの時、神様は私を迎え入れてくれたのですか?」  問い掛けに、違うよ、と首を振った。 「偶然が重なり君は私のところへやって来られた。ただ、偶然が重なった理由はわかっている」 「その心は」 「後で教える」  拍子抜けする。まあ神様がそう言うのなら仕方ない。咳ばらいをし、ともかく、と続きを口にする。 「中へ入った私は最上階を訪れた。そこの武者門さんにびびり倒して、全力で駆け抜けたっけ」  いやあ、と友人が頭をかく。 「そんで、神様に初めてお会いしてね。願いを叶えて欲しいと頼んだ。恭子に告白する前まで私の時間を戻してくれ、そうしたら告白をせず口を噤む道を選び直す。そう、その願いを叶えるために私は一人で青竹城を訪れたんだ」  恭子が手を伸ばし、私の腕を掴んだ。相変わらずの馬鹿力だ。咲ちゃんは口元を押さえたまま。 「悪かったな、勝手な真似をして。お前に告白して、断られたという過去を私は無かったことにしようとした」 「……本当よ。何を一人で」  しかし言葉が途切れる。腕を掴む手の力が緩んだ。 「……それだけ、悩んでいたの。私にフラれて、落ち込んでいたの」 「あぁ。お前を大好きだったからな。なに、昔の話だ。何度も言うがとっくに吹っ切っているし、私は今のお前との関係にこの上なく満たされている。だから過去を聞かされたところで改めて落ち込む必要は無い」  でも、と恭子は声を震わせた。 「デモもストもあるか! 六年も前の話だ。終わった過去。訪れなかった未来。そんなものについてうじうじ考えるために今日、此処へ来たわけじゃないぞぅ。お前は綿貫君に惚れた。私が恭子に続いて好きになった田中君は咲ちゃんと結婚する。毎度お相手に恵まれない私は、フラれるのがお家芸みたいでちょっと嫌だが、そんな風に我々の関係は進んだ。だったらこのまま突き進もうじゃないか。な」  クソ真面目な親友の肩を叩く。だが暗い影は晴れない。 「私、葵をフッた後、あんたが私を避けているのには気付いていた。露骨だったし、同時に凄く落ち込んでいるのだろうとわかっていたから、何とかしたいと思っていた。そしたらさっきも言った通り、急に葵は変わっていって、私にも今まで通り接してくれるようになって、どんな風に私を見ているのか気になりながらも安心してまた一緒に過ごすようになった。そこまで悩んで、思いつめていたなんて知らないままに。過去を変えたいと願って伝説に縋る程だなんて微塵も気付かなかった……」  恭子の目から涙が零れた。 「あらら、泣くこたないだろ。その後、どれだけ時間を共有した? 今更昔話を聞いて申し訳なくなるよりも、楽しかったことをなぞろうぜ」  よしよし、と抱き締め頭を撫でる。ごめんね、と鼻声が耳に届いた。 「謝る必要なんて無い。まったく、マジでお前は真面目過ぎるし本当に今日は情緒不安定だな」  恭子が鼻を啜る。うん、耳元であまり聞きたくない音だな。 「そんでもって私はその願いを神様に伝えたのだが。あっさり却下された。叶える気は無いって」  なんと、と咲ちゃんが相槌を打つ。気を遣ってくれてありがとよ。 「恭子が私と向き合おうとしていると諭してくれた。過去を変えたら関係性も変わってしまう。だから願いは叶えない。私がやるべきだったのは、私も恭子に向き合うということだ。そう、教えてくれた。だからその日、青竹城の写真を撮って恭子へ送ったんだ。こっちから話し掛ける切っ掛けにしたくて」  その時から口調を変えたのは全然覚えていないけど、夜中に写メを送信したのは記憶している。 「私が最初に此処へ来た話はこんなところかな。神様、補足はありますか?」  恭子を抱き締めたまま神様へ話を振る。あるよ、と盃を床に置いた。 「さっきの入城の話」  そういやそこが後回しにされていたっけ。 「葵が私のところへ来られたのは偶然の積み重ねだと言ったね」  はい、と頷く。 「あの日、葵が青竹城へやって来たまさにその時。偶々この城の真下を震源地とする地震が起きた。偶々入口の鍵が壊れ、偶々警報も使えなくなった。偶々当日の担当警備員が微妙にズボラで侵入されないよう交代で見張ろう、なども言い出さなかった。これだけの偶然が重なって葵は城に入れたわけだが、現実的に考えて有り得ると思うかい?」 「無理でしょ」 「だけど葵さんは入れた」  咲ちゃんが即座に応じた。ううむ、そうなんだよ。入れたのが事実であり過去だ。 「神様が入れてくれたわけじゃないんでしょ」 「そうだよ。では大ヒントをあげよう。理由となった人物は、この中にいる」  私は咲ちゃんを見詰めた。え、と目を丸くする。 「もしかして、君の超能力が暴発して地震を起こしたのか?」 「ち、違いますよ。地震を起こしたことがあるのは恭子さんのメイド姿を初めて拝見した時だけです」  そもそも起こすなよ。 「第一、今のお話は葵さんが二十歳だった時のことですよね? 私は葵さんと出会っておりませんし、青竹城の存在も知りませんでした」 「……咲ちゃんではないのですか」  神様に確認をする。黙って頷いた。えぇ~、と困惑をわかりやすく顕わにする。 「私でも無いだろ? そうなると武者門さんか恭子になるけど」 「そ。恭子が理由」 「あぁ、正解は恭子でしたか。……え、恭子が!?」  あっさり認められてノリツッコミをしてしまった。人が悪いぜ神様。私? と目元を涙で濡らした親友は顔を上げた。艶っぽいねぇ。うん、と神様は酒を一口含む。 「恭子はさっき、自分でも言っていたね。葵を心配していたって。君は今、葵の話を聞いて自分が想像していたよりも葵が落ち込んでいた、それに気づかなかった、とショックを受けていたが。葵に対する君の心配、気遣い、思いやりが偶然の連鎖を引き起こしたのだと私は考えている。葵を助けて欲しい、誰か彼女の気持ちを救ってあげて。そんな、恭子の望みが葵を青竹城に招き入れ、私と引き合わせたのだと思うよ」  至近距離で恭子と見詰め合う。マジか、と割と間が抜けた台詞を私は発した。 「……自覚、無いけど」 「それでも実際、私は此処に来て神様に会えた。心が救われ、恭子にも向き合えた。結果、紆余曲折は経たが今の私達がある。どうやらそいつはお前のおかげらしい」  ありがとう、ともう一度抱き締める。 「……そもそも私がフッたのが原因よ」 「私が勝手にお前に惚れたのが発端だ。いいじゃねぇか、どっちがスタートのピストルを鳴らしたのかなんて気にしなくて」  すぐに離れて恭子に微笑み掛ける。 「これからも仲良くしようぜ、親友。私はそういう関係を望むよ」  恭子はもう一度鼻を啜り、わかった、とようやく表情を和らげた。その笑顔に惚れたんだったな。今はドキドキもしない。ただ、一回くらいチューしたかったなー。もっと凄いことはしたんだが。わはは。
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