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考えてみれば随分カオス。(視点:葵)
すすり泣く声に振り返る。武者門さんが兜の目にあたるところから涙をぼろぼろ流していた。
「まさかこんな感動的な場面に立ち会えるとは。葵殿が初めて青竹城にやって来てから六年越しにようやく全ての清算が終わったのですね」
「そういうことになるのかな?」
何度も言うが私は二年前の時点で吹っ切っていた。恭子はつい先日まで引き摺ってくれていたが、ちゃんと折り合いはついていた。まあいいか、細かい話は。丸く収まったのなら構わない。
「ちなみに武者門さん、何処から涙が出ているのですか? 体、無いでしょ」
「魂からです」
深いお言葉です、と咲ちゃんがこくこく頷く。君のIQが日に日に下がっている気がするのは私だけだろうか。
「そんなわけで私が青竹城へ最初にやって来た話はお終いだ。二年前に死に掛け、神様に助けられてからは盆と正月にやって来て一献傾けさせていただいている。大抵、武者門さんも一緒にね」
神様の盃が空くのが目に入った。いつもお世話になっております、と言いつつ酒を注いだ。葵はさ、と神様が口を開く。
「善き者だし、気も利くし、見守りたくなる子なのだが。最初に此処へ来た時以外、ずっと恋バナに応じてくれなかったんだ。それが六年間、不満だった」
マジでどんだけ恋バナが好きなんだよ。日本の神様らしいぜ。
「しょうがないでしょ、縁が無かったんだから」
「かと思いきや、告白されてその場でフラれるなんて稀有な目に遭っているし。君の赤い糸は随分こんがらがっているらしい」
「ちょっと! 何で知っているのですか! まさか式神とかで覗いていました!?」
私にプライバシーは無いのか!
「君の心が平穏無事であるか、定期的に確認しているからね。いきなりヒビだらけになっていて驚いたし心配した」
「……そんなに気に掛けて下さっていたのですか」
「大切な友人だからね」
黙って頭を下げる。
「恭子と咲がいるから大丈夫だとはわかっていたけど、傷が痛々しいことに変わりは無い。そして、今もまだ、癒え切ってはいないようだ」
「笑い飛ばせませんからね。まっ、手が震えなくなっただけマシですよ。それに私の分まで咲ちゃんには幸せになって貰うのです。なー」
咲ちゃんに向かい親指を立てる。頑張ります、と両の拳を握り締めた。
「つくづく稀有な関係だね。疎遠になってもおかしくない。むしろ大抵の人間はそっちへ進むものなのだが」
「大抵の奴らなんて知ったこっちゃありません。私は咲ちゃんが大事です。行く末を見届けると約束をしました。ついでにくっついている大馬鹿たれも目の端に留めておいてやりますよ」
「辛くない範囲にしなさいね」
「わかっています。あなたのおかげで」
神様は優しく微笑んでくれた。変わったでしょ、私。自分が一番実感しています。でも今の私へ至れたのは、神様は勿論、恭子や咲ちゃん、そして良くも悪くも田中君のおかげである。皆、大事にしますよ。佳奈ちゃんや橋本君、綿貫君も一緒にね。
さて、と居住まいを正す。
「今、一番悩み苦しんでいる奴の相談に乗っていただきたいのですが。その前に本人の気持ちはどうなったかな? 恭子、神様に恋バナを打ち明ける気になったか? 十分なんて三十分前に過ぎたが」
話を振ると、ええと、と指を絡ませた。
「さっきよりは話しやすくなったけどさ。どこから切り出せばいいのかしら」
「ですって。何から聞きたいですか? 神様」
初対面なので一応間を取り持つ。こういう立ち回りは恭子の方がよっぽど上手いんだがな。
「ではまず確認から入ろうか。恭子は健二に恋をしている。自覚をしたのは先月半ば。彼が佳奈を好きだと聞いて。初めて自分の恋を自覚した。その後、フラれた健二を慰めつつ、本音と建て前を上手に両立させた疑似デートを提案。二度の実行でかなり距離を縮めた手応えはある。一方、難攻不落の健二に挫折しかけ、かと思えば綺麗で素敵な魅力に溢れている、などと彼が口にするものだから狂喜乱舞することもある。今日も健二に振り回された君の心は勢いそのままに揺れに揺れて、自分でも抑えがきかなくなり、怒ったり泣いたりした挙句、何をやっているのかと自己嫌悪に陥り、そしてきっと嫌われた、と落ち込み収集がつかなくなった。そこで葵は恋愛相談の相手として私が適任だと思い付き、咲の力を使って此処へやって来た。結果、今に至る。この認識で合っているかい」
神様は淀みなく言葉を紡いだ。そして話が進むのに合わせてどんどん恭子の口が開いていった。虫でも入りそうだな。ひゃい、と情けない返事をした恭子は慌てて口を閉じた。
「そして今、君は、プライバシーとか無いわけ!? とさっきの葵と同じことを考えている」
「な、何故それを」
「神様だからねぇ。心を覗くくらいわけないよ。それこそプライバシーの侵害だから普段はやらないけど、早く本題に入りたかったから」
そんな理由で遠慮なくプライバシーを侵害するあたり、神様だよなぁ。咲ちゃんは人間だから、テレパシーを使えても勝手に心を覗いたりはしないもの。
試しに、水着を着せた咲ちゃんを色々想像してみる。
まずは咲ちゃんらしく露出の控えめな水着。青なのは私の名前に寄せてみた。わはは。咲ちゃんへ届くか念じてみる。反応、無し。よし、次。
更に露出を抑えてみた。へそすら出さないとハイパー清楚で逆にムラムラしそうだな。咲ちゃん、気付くかーい。なんて思いつつ再び念じる。うむ、察する気配も無し。次!
逆にビキニタイプもどうだろね。フリルが着いていると咲ちゃんの可愛らしさがより強化されて非常に似合うと思うのだが。しかしあまり大胆に腹を出されていると、私はきっとくすぐるな。脇腹が弱いのは私の方なのだが。同族嫌悪? ちょっと違うか。次はどんな水着を想像しようかしらん。あ、そうだ。
大胆にも黒ビキニとかどうだ!? きっと咲ちゃんは照れるよなー! そこがまた可愛いんだ。大丈夫ー、似合うぞー。そう言いながら、ふとした瞬間、後ろから抱き着いて頬ずりをしてみたい。葵さん!? いつもより更に恥ずかしいのですが! なーんて狼狽させてみたいねぇ。もしくは遠くから黙って眺めるのもいいかも知れん。余計な混ぜ物は不要、あるがままの咲ちゃんを楽しむ。清楚な彼女が大胆な黒ビキニ。最初は照れているけど、皆と遊ぶ内に段々いつも通りになって、遠慮が無くなり気付けば、あららおっとっとってなポーズをだな。
いやでもやっぱり咲ちゃんは露出が少ない方が彼女らしい。それこそ素材の味をそのまま楽しまなければ。可愛い可愛い妹分。控えめで慎ましやかな純粋無垢。まあ割と思いっ切りスケベだが、そんなギャップも素晴らしい。なんて、今一番スケベなのは私か。
じっと咲ちゃんを見詰め続ける。だけどイメージ映像に対する反応は無かった。ま、届かなくて当然か。私からテレパシーを発することが出来るわけではないからな。
その時、ふと振り返った咲ちゃんとバッチリ目が遭った。
「え、何ですか葵さん」
いや別に、と誤魔化そうとしたのだが。
「葵。私の家であまり邪な妄想を繰り広げ過ぎないように」
神様がやんわりと、しかし楽しそうに釘を刺した。む、ってことは今の咲ちゃん水着コレクションの妄想は全部神様に見られていたのか。全裸を浮かべなくて良かった。それはともかく。
「ちょっと神様。私の心は覗かんでもいいでしょう」
「うーん、ついで?」
「理由がひでぇっス」
次の瞬間、葵さん? と殺気を感じた。あ、やっべ。
「邪な妄想の対象とは、まさか私では……?」
「いやぁ~、そんなことは」
「恭子の心を読んだ私と比較するため、咲がテレパシーを使っていないか確認しようとしていたよ。君の煽情的な格好を思い描いて」
「マジでプライバシーが無いですね! 妙なこと、考えていなくて良かった!」
その間も、足音が一歩一歩近付いてくる。ホラー映画かよ。怖いのは苦手なんだ。今回は完全に私が悪いが。
「煽情的な格好である必要は無いですよね……?」
「いいじゃん。可愛かったよ」
「……」
「訂正。スケベだったよ」
こら、と咲ちゃんが私の脇腹に手を伸ばした。しまった、いつの間にか咲ちゃんにも弱点がバレていた! 君の脇腹をくすぐりたいと考えていたのに、現実では私の方がやられるとは!
「や、ちょ、待て! 待って!」
「待ちません! 煩悩に塗れた人は、こうです!」
「きゃはは、だ、駄目だってば! 脇は、脇は駄目ぇ!」
「葵さんも煽情的ですね! 悲鳴がエッチです!」
誰が煽情的だ! そのまましばし攻防を繰り広げる。だが、揉み合っていた私達を、まあまあ、と武者門さんが穏やかに止めた。
「お二人が騒がれていては恭子殿の恋愛相談に入れないではないですか。酔って楽しく過ごすのも素敵ですが、此処へ来た目的をお忘れになってはなりませぬぞ」
おかげでようやく、くすぐりから解放された。床に手と膝をつき息を荒げる私を尻目に、そうですね、と咲ちゃんは素直に応じる。
「武者門さんの仰る通りです。神様、恭子さん、失礼しました。どうぞ、相談を続けて下さい。葵さん、変な妄想や余計な茶々を入れてはいけません。私達は大人しくしていましょう」
その言葉に、まだ何も相談していないんだけど、と恭子は首を傾げた。私は黙って酒を飲み干す。どうぞ、と武者門さんが注いでくれた。冷静に考えると随分カオスな状況だな。超能力者に脇腹をくすぐられ、鎧兜の付喪神が酒を注いでくれる。傍らでは城の神様が親友の恋愛相談に乗ろうとしている。まったくどうして。
愉快な人生だね。
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