お前がピンと来ていないのかよ!(視点:葵)

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お前がピンと来ていないのかよ!(視点:葵)

「では咲の言う通り、本題に入ろうか。率直な意見としてだね、恭子。私が思うに」  おっと、本当に本格的な相談が始まった。咲ちゃんと武者門さんと並んで静かに見守る。はい、と恭子は背筋を伸ばした。 「君は葵が評した通り、非常に真面目だね。相手に対しても、自分の気持ちに対しても、よく考え、悩み、迷い、そしてきちんと正面から向き合っている」  その通り。だから私より二年も長く、私から向けられていた恋心に捉われていた。フるのに躊躇は無かったくせに、その後六年も気に掛けるなんてね。偉いと思う一方で、正直ちょっと変な奴、とも感じる。まあ恭子の変わり者っぷりはちょっとじゃなくてかなりだが。綿貫君と同系統に思考が突き抜けている。つくづくお似合いに見えるんだけどな。今はどうにもボタンを掛け違えちまっているね。 「一方で、その真面目さ故に自分の首を絞めている」 「……と、仰いますと」 「恋を楽しみなさい」  簡潔な返答に、へ、と恭子の口が開く。 「恭子。君はいつでも一生懸命だ。全力で思考し、全力で一喜一憂し、全力で舞い上がり、全力で落ち込む。まるでジェットコースターのよう。その状況を楽しめるのなら構わない。だが、自分自身も振り落とされて今は落ち込んでいるのだろう」  唇をぐっと噛む。吹き出してしまいそうだから。ふと見ると咲ちゃんも全く同じ顔をしていた。気が合うね。だが神様の指摘はあまりに芯を食い過ぎている。今日の恭子を思い返せばまさに指摘された通り。耳元で囁かれてフリーズしていた。私が助け船を出したら照れながらキレていた。落とした鞄を綿貫君に拾って貰ってじーっと彼を見詰めていた。自分のイラストをなかなか生成して貰えなくて焦れていた。それでいて、いざ作って貰った上に元の恭子が綺麗だからって言われて滅茶苦茶喜んでいた。かと思えば、一緒に仲良く作業をしていたくせに、急にどうでもいいことで喧嘩をして、だけどすぐに仲直りをし、道端で彼をくすぐってからかった挙句、彼が疑似デートの相手は恭子がいいって即答しなかったから落ち込みとうとう泣き出した。  一日にこんだけ感情が飛び回っていたら、そりゃ疲れるわ。自分で散々自分の感情に振り舞わされて、挙句奈落の底へ転落したらどうすればいいのかわからんわ。そんでもって青竹城へ連れて来たのは大正解だったな。私はこんな嵐のような恋心をどうにかする術も知恵も持っていない。多分、咲ちゃんも恋愛相談者のレベルとしては私と同程度だ。婚約をする程の交際相手はいるけど、そもそも片想いを二年も温めていたくらいだからな。我々はどう足掻いても、恋の相談相手としてはポンコツなのさ。  さて、神様の率直な指摘に当の恭子本人はと言えば。 「……?」  首を傾げていた。いや何でお前がピンと来ていないんだよ! 当事者じゃない私達は唇を噛んで爆笑を堪えるくらい、その通り! よく仰ってくれました! と思っているのに、肝心の恭子に自覚が無いんじゃどうしようもないだろうが!  ええと、と珍しく神様が言い淀む。 「恭子は今、どういうこっちゃ、と思っているようだが」  まだ心を読んでいるらしい。咲ちゃんが目を瞑って俯く。その肩は小さく震えていた。気持ちはわかるぞ咲ちゃん。果てしなくバカみたいな感想だからな。 「自覚、無いの? 自分の気持ちが大暴れし過ぎているって」  そう言われて、いえ、と恭子は反対側へ首を傾げた。 「勿論、ありますよ。物凄い勢いで振り回されている、と」 「ふむ? ではどうして、どういうこっちゃ、と思ったのかな?」  しれっと繰り返さないで欲しい。さては神様、相談に乗る一方で私達をからかっているな? 明日、腹筋が筋肉痛になったら恨んでやる! だって、と我々の様子に気付きもせずに恭子が応じる。 「そういうものでしょう、恋って」  きっぱりと言い切った。深呼吸をして笑いを押さえる。ここから先は真面目に聞くとしよう。ほう、と神様は腕組みをした。 「私は恋ってとても大きな感情だと思います。自分でもどうにも出来ない、自分自身を振り回してしまうくらい、強い気持ちでしょう。だから、綿貫君に恋をしている私が彼とのやり取りで派手に一喜一憂するのは当然だと捉えています」 「成程」  そっと溜息を漏らす。姉さんよ、そいつはちょいとばかし我儘過ぎるんじゃあないのかい? すると神様は、何か言いたげだね、と私へ視線を寄越した。目ざといなぁ。 「葵は恭子の意見に不満なようだが?」 「そうなの? どうして?」  全員の視線が私に集まる。ええい、こっちを見るな。注目されるのは苦手なんだ。しかしこうなったからには逃げられまい。だって、と口を開く。 「お前が彼と彼への恋心に振り回されて、喜んだり落ち込んだりするのは勝手だけどさ。今日みたいに場の空気を悪くしちゃうのは駄目だろう」  う、と恭子が顔を顰める。 「そういう自分の振る舞いに落ち込んでいた部分もあるんじゃないのか。ファミレスで綿貫君と小競り合いを起こしたことも、夜の飲み会を結果的にお開きとした原因になったのも、やっちまった、と気にしていたんじゃないのか。そいつを棚に上げて、恋って自分を振り回しますよねー、って主張するのは些か刹那的というか、呑気というか。ともかく釈然としない。あと、お前を支えると私は心に決めているが、一生懸命フォローしたってのに、それも当然、しょうがない、だって恋って振り回されるものだもの! と免罪符を突き付けられたようで納得がいかない。自分で何とか出来るなら構わんよ? でも今日の昼、綿貫君に耳元で囁かれてフリーズした挙句解凍不可になったの、忘れていないからな」  遠慮無く指摘をする。ぐぅ、と恭子は喉の奥から声を絞り出した。ずっけぇですね、と咲ちゃんが呟く。よっぽど気に入ったんだな、そのフレーズ。 「そうだよ。やっぱりあいつはずっけぇ姉さんだ」 「本当ですねぇ」  まあまあ、と武者門さんがまた止めに入る。悪かったわ、と恭子は手を合わせ、私へ頭を下げた。 「ごめん、葵。今のは失言だった。そうよね、恋をしているからって周りに迷惑をかけていい理由にはならないわよね……」 「そういうこった。わかればよろしい」  言いたいことは全て伝えたので、どうぞ、と手を向け会話の主導権を返す。今の葵の主張にも繋がるのだが、と神様は話を引き取った。 「もう少し、楽しんでみてはどうだろうか」 「楽しむ、ですか」  うん、と頷き神様は盃を傾けた。私も酒を口に含む。傍らで、不意に咲ちゃんがくしゃみを立て続けに三発かました。すみません、と手で顔を隠している。緊張感、無いなぁ。 「葵さん、ごめんなさい。ティッシュ、持っていませんか」 「あるよ」  ほれ、とポケットから取り出し渡す。ありがとうございます、とこそこそ顔を拭うその瞬間、確かに見た。鼻たれ娘の間抜けな顔を。いよいよ幼女か。 「埃ですかな。何分、古い城なので」  武者門さんが口元に手を当て咲ちゃんに囁く。多分、と答えると同時にもう一つくしゃみをした。静かに出来んのか。 「大丈夫?」  ほらぁ、神様も気にしてくれちゃったじゃんか。話の腰を折られた恭子も気まずそうに体を小さく揺らしている。何となく海中の昆布を思い出した。 「お話の邪魔をしてすみません」  急いで鼻をかんだ咲ちゃんは、さっきの私よろしく、どうぞ、と手を差し向けた。 「……なんだっけ」  今日の神様は私と武者門さんと三人で飲む時より調子が悪い。恭子も咲ちゃんも大物になるよ。まったく。 「えっと、恋を楽しめ、と仰っておりましたが」  おずおずと恭子が述べる。あぁ、と神様は手を打った。 「そう。楽しむんだよ、恭子。君は肩に力が入り過ぎている。喜ぶのも落ち込むのも全力だ。勿論、君の気質が真面目であるが故の振る舞いではあるのだが、もう少しリラックスしてはどうかな。振り回されるだけではなく、楽しむものだよ、恋心はね」  神様は人差し指を指揮でもするように軽く振った。リラックス、と恭子が呟く。 「でも私、どうしても前のめりになってしまうのです。綿貫君だ! 好き! って」  多分こいつは、ちょうちょやトンボを追い掛けてドブに足を取られた経験があるに違いない。 「その考えも一度脇に置いてみたら?」 「急に出来ますかね、そんな意識改革。自信、無いなぁ」  惚れたかも知れないって気付いた日の夜から翌朝にかけて、ワインを二本空けながら必死で自分の気持ちを分析して、挙句私らの前で大泣きしたくらいだもんな。確かに、恭子一人ではそう簡単に変われまい。 「感覚として理想なのは、うーん。例えば先日、恭子は咲とノドグロを買いに行ったよね」 「……はい」  記憶を探れるのなら、私が恭子にお手付きしたことも神様は御存知なんだな。恥ずかしいですねぇ。うふふ。 「あの時、肩に力は入っていた?」 「微塵も入っていませんでした」 「それが君の自然体だ」 「私を一人、居酒屋に一時間も置き去りにして楽しんだんだもんな。さぞリラックスしていたに違いない」  茶々を入れると、悪かったわよ、と頭を搔いた。 「ちょっと咲ちゃんと盛り上がっちゃって」  ごめんなさい、と隣からも謝罪が届く。うりうり、と咲ちゃんの柔らかほっぺをつつくとされるがままだった。ちょっとは抵抗してくれた方が燃えるのだがな。 「まあノドグロが美味かったからいいよ」 「ノドグロかぁ。私も久々に食べたいな。今度遊びに来る時は買って来ておくれ」  神様もこっちの話へ乗っかって来た。わかりました、と私はしっかり応じてすぐに咲ちゃんの肩を抱く。 「頼んだぜ、超能力者」 「葵さん、仲介人みたいです」 「こんなに存在意義の無い仲介人も珍しい。なにせ神様と咲ちゃんはお互いの声が聞こえているのだから」 「そうですねぇ」  呑気なやり取りに、あぁそれと、と神様が更に先を続ける。 「あれも作っておくれよ、葵。サーモンといくらの親子漬け。恭子には随分好評だったようじゃないか。私も食べてみたい」 「人の記憶を覗いて腹を減らさんで下さいよ」 「楽しみにしているからね」 「話を聞いておくんなせぇ」 「私も是非、いただきたいですな」  傍らのおっかない鎧兜も小さく手を上げた。でもあなたの場合はさぁ。 「武者門さん、食えるのか? 酒が飲めるからいけるんだろうけど、一体何処へ消えるんだよ」 「魂で、いただくのです」 「深いお言葉ですね……」 「咲ちゃん、そればっか」 「そうは思いませんか?」 「っていうか君、ついさっきはビビッて武者門さんをサイコキネシスでぶっ飛ばそうとしていたじゃないか。懐きすぎだろ」 「相手の人となりを知ったら対応も変わりますよ」 「私は気にしておりませぬぞ。むしろ仲良くなれて嬉しい限りです」 「私もですよ、武者門さん」  でっかいのとちっこいのがほんわかと笑い合う。緩んだ空気の中、何気無く視線を送ると恭子は目を丸くしていた。だが、ふっとその肩から固さが取れた。そして親友も私を見た。こっちは肩を竦めてみせる。 「力、抜けた?」  神様も恭子へ問い掛けた。おかげさまで、とようやく柔らかい笑みを浮かべた。 「こんな緩いやり取りをしている中、肩肘を張っている方が難しいです」 「だろうね。その脱力感を抱いてさ、改めて恋心に向き合ってみようじゃないか。恋愛相談なんて堅苦しい言い回しはやめよう。恋バナさ、恋バナ」  そうして神様が再び杯を空ける。酒を注ぎながら、本当に恋バナがしたいんですね、と言ってみた。 「したい。相談じゃあ真面目に答えなきゃならないじゃないか。私は恋を語って欲しいのだよ。楽しく軽やかで美しい気持ちをね」 「詩的で素敵な言い回しですこと」 「ちなみに葵の恋心は、かなり眩しい一方で、何故か闇も深いから胃もたれしそう」 「人の恋を揚げ物みたいに扱わんで下さい。神様、今日は私の扱いがちょいと悪くはありませんか?」 「親しみの表れと捉えてくれ」 「親しき仲にも礼儀あり、ですぜ」 「神に礼儀を説くとは、君も大したものだよ」  揃って吹き出す。さて、と神様が改めて恭子に向き直った。 「聞かせて、恭子。色々尋ねるからさ」  親友も杯を空けた。そして、えぇ、と白い歯を見せる。私はそこへなみなみと酒を注いだ。ようやく楽しい夜の幕開けだな。
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