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力を抜いて。(視点:恭子)
スマホが遠慮なく震えている。発信者の名前は綿貫健二。
「ど、ど、どうしよう! かかって来ちゃった!」
反射的に皆の顔を見回す。神様は穏やかに微笑み、少し肩を竦めた。武者門さんは、おぉ、と声を上げるだけ。アドバイス、頂戴よ!
「凄いタイミングです。流石は綿貫君ですね」
咲ちゃん! 感心する気持ちもわかるけど、ヘルプミー! その間もスマホは着信を続けていた。
「どうする!? 出るべき!? それとも無視する!?」
テンパっていると、落ち着けよ、と葵がすぐ傍に座り直した。と、思いきや。スマホを握り、あぁっ!
「ちょ、あんた勝手に!」
通話状態にされちゃった! 葵は自分の唇に左手の人差し指を当てた。右手でそっとスマホを私の耳元に宛がう。
「応じてやれよ。彼が歩み寄ってくれたんだから」
耳元で囁かれた。吐息が当たってくすぐったい。な、と微笑むその顔が、一瞬寂しそうに見えたのは気のせいよね……? 葵はそのまま私の後ろへ回り込み、両の肩に手を置いた。
「もしもし。もしもし?」
受話器の向こうから好きな人の声が聞こえる。体が、強張ってしまう。だけど葵が、リラックス、と呟き揉み解してくれた。そうだ、神様も力を抜けって言われたっけ。深呼吸を一つする。鼓動がとても高鳴っている。この状況、楽しめるのかな。恋ってやっぱり難しいな。
「恭子さん? あれ? 繋がってないのかな。もしもーし」
「聞こえているわよ」
平静を装って応じる。ふと見ると、咲ちゃんと武者門さんが両手を握り締め、全く同じ角度で身を乗り出していた。あはは、気が抜けるわね。可愛いコンビだわ。
「あ、良かった。通じた。こんばんは、恭子さん」
「こんばんは。さっきはごめんなさいね、一人で勝手に落ち込んじゃって」
言葉が自然と口を突いて出る。
「いえ。あの、俺の方こそすみませんでした」
「君が謝ることなんて無いわよ。私が情緒不安定だっただけ」
「調子、悪いのですか」
「体は絶好調よ。ただ、葵も言っていたけどね、どうしようもなく感情が制御出来ない日が稀にあるの。たまたま今日、その状態になっちゃって。皆に迷惑を掛けて、申し訳ないわ」
葵の指に、僅かに力が入る。わかっているわよ。
「そうですか。まあそんな日があるのはしょうがないですね。俺もやけに落ち込む時とかあるし」
「綿貫君が? 意外ね。君はいつでも元気いっぱいの感じがするのに」
「基本的には元気で明るくいようと思っていますねぇ。そっちの方が楽しいし」
「もしかして、普段の君って意外と演じているの?」
「いや、全然。素のままです」
思わず吹き出す。闇の深い話かと思ったら全然そうじゃなかった!
「あれ、でも案外根暗だって言っていなかった?」
「そうですよ。だけどいつもの皆といる時は、無理に明るく演じてはいません。有りの儘、リアクションを取っています。田中や橋本、高橋さん、咲ちゃん、葵さん、恭子さん。この人達の前では、自然体で楽しくいられます。うーん改めて思うとありがたいなぁ。ありがとな、田中。橋本。高橋さん」
電話口の向こうからは、綿貫君以外の声は聞こえない。だけどその三人と一緒にいるとよくわかった。きっと今頃、田中君は頭を抱え、橋本君は意地の悪い笑みを浮かべ、佳奈ちゃんは電話を指差しているのだろうな。私と通話をしているのに、三人へお礼を伝えたりしたら、今はそれどころじゃないだろ! ってあの子達はツッコミを入れるに違いない。
「そこにいるの? 田中君と橋本君、佳奈ちゃん」
わかり切ってはいるけど、敢えて口に出す。こっちの皆にも状況が伝わるように。
「あ、そうなんですよ。ボドゲ選定チームが飲んでいるって聞いたから、合流しました」
「しおり作りチーム、解散が早かったものね」
「俺が店で騒いだせいです。大変、失礼致しました」
「私の情緒不安定が原因だってば。そんなに謝らないで」
会話が途切れる。電話で沈黙しているなんて時間の無駄だ、って葵に言われたのはいつだったかしら。やがて、恭子さん、と綿貫君が口を開いた。
「何?」
「あの、めっちゃ恥ずかしいんですけど」
「うん」
……まさか告白されるの? 咄嗟に葵の手首を掴む。いて、と小さな声が聞こえた。ごめんっ、力を加減する余裕が無いのっ!
「ちゃんと伝えなきゃいけないと思って」
「……はい」
何を? 何をぉぉぉぉぉ!?!?
「改めて、俺と疑似デートに付き合って下さい!」
とうとうきたぁぁぁぁ……あれ?
「…………疑似デートに、付き合って、ね?」
はいっ、という元気な返事が聞こえた。俺と付き合って下さい、じゃなくて、俺と疑似デートに付き合って下さい、なのね? つまりお付き合いをお願いされたわけじゃなくて、疑似デートの継続を頼まれたわけね?
葵から手を離す。そして振り返り、胡坐をかいた膝に頭を乗せた。なんじゃいな、と困惑された。細いけど案外柔らかい脚ね。
「私でいいの? 疑似デートの相手」
「はいっ! 恭子さんがいいです。貴女だけにお願いしたいのです。駄目ですか?」
「そこまで言われて嫌と断る程、私は根性悪じゃないわよっ! むしろ、ありがとう。わざわざ電話をして、伝えてくれて」
「いえ、さっきお店で即答出来なくてすみませんでした。葵さんと咲ちゃんの前で答えるのは照れ臭くて、だけどそのせいで恭子さんを傷付けてしまいました。本当に、申し訳ない。そして、改めてご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます」
「真面目ね。わかったわ、こちらこそ、よろしくお願いします」
私の返答に、綿貫君はほっと息を吐いた。そして、良かったぁ~、と明るい声を上げた。
「恭子さん、凄く優しいからキレたり罵倒されたりはしないと思っていたけど、それでもさっきの俺の態度はひどかったから、どうなるかとハラハラしましたよ!」
「まあ確かに、葵と咲ちゃんの前で、疑似デートの相手は恭子がいいですって即答するのは難しいわね」
「そうなんですよ。俺が恥ずかしがりだって葵さん、忘れていたのかな。めっちゃ焚き付けて来たけど」
「さあ、どうかしら? なんにせよ、こうして電話で話せて良かった」
「皆が背中を押してくれたんです。三人とも、ありがとう! おかげで恭子さんと仲直り出来たぞ!」
「私もありがとうって言っているって伝えておいて」
「恭子さんもありがとうだって!」
「あはは。じゃあ、そっちの邪魔をしちゃ悪いから切るわよ?」
「そんな、気にしなくてもいいのに」
「こっちも葵と咲ちゃんがいるからね」
「あ、そっか。二人にもごめんとお伝え下さい」
「了解。じゃあ次の疑似デートについては改めて連絡するから。よろしくね」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「電話、ありがとう。またね」
「はーい、おやすみなさ―いっ!」
通話を終えたスマホの画面を切る。床にそっと置き、私は葵のお腹に抱き着いた。ほっそいな!
「よしよし、今度は何があった。取り敢えず、仲直りは出来たんだろ」
腕に力を籠める。ぐえぇ、と声と空気が葵から漏れた。
「飲んだ酒が出てきちまう。もう少し手加減しろ」
渋々力を緩めた。怪力め、と呆れられる。
「んで? 今度は何を言われたんだ」
「……めっちゃ恥ずかしいんですけど、って前置きをされて」
「うん」
「ちゃんと伝えなきゃいけないと思って、って断りを入れられて」
「うん」
「改めて、俺と疑似デートに付き合って下さい! って言われた」
誰かが吹き出す声が聞こえた。寝返りをうって皆を見回す。葵は唇を噛んでいた。どう見ても笑いを堪えている。神様はそっぽを向き、肩を震わせていた。咲ちゃんと武者門さんは小さく首を振っている。
「別に、いいんだけどさ」
誰も、何も言わない。私は先を続ける。
「あの前置きと断りの後には、告白が来ると思わない? 厚かましいと思われるかも知れないけどさ。めっちゃ恥ずかしいけどちゃんと伝えなきゃいけないからわざわざ電話を掛けてきたのなら、その先には僕と付き合って下さい、が来るものじゃないの? 何で、疑似デートに付き合って下さいって余計な言葉が挟まっているの? いや、別にいいのよ? 私が告白をしてその返事を待っていたとかじゃないし。彼が私に告白する理由も無いし。だから私がイラつくのはお門違いってわかっているのよ? でもさ」
葵を見上げる。バッチリ目が合った。
「おかしいと、思わない?」
「…………ドンマイ。ふっ」
再び寝返りを打ち、葵のお腹に顔を埋める。いいもん。仲直りは出来たもん。あーあ。あーーーーああー!!!!
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