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ハイテンションとメリット・デメリット。(視点:佳奈)
電話を切った綿貫君の表情はとても明るい。やった、と私達の顔を見回した。
「ちゃんと仲直り、出来たぞ! めっちゃ緊張したけど、恭子さんに伝えられた! 貴女が相手だからお願いしたいのです、って! あぁ、そっか。皆、聞いていたんだもんな!? あー、良かった! 取り敢えず何とかなった! また疑似デートに付き合ってくれるって! いやー、安心した。次回については改めて連絡をくれるってさ。ふうっ!」
元気に捲し立てて、ビールを飲み干した。あー美味いっ、とおしぼりで口元を拭っている。えっと、と遠慮がちに田中君が口を開いた。
「綿貫さ、いつもそういう物言いをしているわけ?」
「そういう物言いって?」
曇りの無い笑顔を見せながら綿貫君が聞き返す。
「だから、その、ほら。なんちゅうの?」
ちょっと、こっちを見ないでよ! 何だよ田中ぁ、と綿貫君は上機嫌で彼の肩を軽く叩いた。
「ねえ、わかるでしょ?」
「意味わからんぞ! しかし次回の疑似デートは高橋さんに言われた通り、えらく緊張しそうだ。なにせ俺は恭子さんを好きになってしまったんだからな。自然に振舞えるだろうか」
腕組みをして考え込んでいる。百面相みたい、とぼんやり頭を過る。そうかと思えば、いいデートスポットはあるかな!? と私の方へ身を乗り出した。
「目的によると思うけど……今までは映画と水族館へ行ったんだっけ?」
「うん。めっちゃ楽しかったし仲良くなった」
聞いてないことまで答えてくれるなぁ……よっぽど興奮しているんだね。
「次は何処がいいと思う? 高橋さんなら何処へ行きたい?」
「ええと、そうだね。美術館とか博物館も面白いかも」
「成程ー、見て楽しむ系か! 室内なら雨が降っても関係無いし! いいね!」
それこそ直前の天気予報を確認してから行先を決めればいいんじゃないかな。
「逆に外だったら何がある!?」
結局、外も気になるんかい! もぉ、慌ただしいな! 外!?
「もうじき十二月だし、特設のスケートリンクとか、どう? 公園とかに冬季限定で設置されたりするよね。遊ぶのには丁度いいんじゃないかな」
おぉっ、と目を輝かせた。
「スケート! 滑る! 素晴らしい!」
思い付くまま単語を口に出しているとよくわかる。
「綿貫、スケートなんて出来るの?」
聡太の質問に、やったこと無い、と首を振った。
「危なくない? 経験も無いのにいきなりスケートなんて」
「あ、でも昔、インラインスケートならやっていたぞ。何故か親が買ってくれたからしばらく一人で滑っていた」
「何処で」
「地元の公園」
「知らんぞ、お前がそんな遊びをしていたなんて」
「小学一年生の時だからな。お前らとも仲良くなる前だよ」
そっか、三人は中学からの親友だもんね。逆に言えばこれだけ仲が良いのに知らない時期もあるのかぁ。ちょっと新鮮。まあ私だって聡太と付き合い始めて七年経つけど、同じクラスになる前の聡太のことなんて知らないもんな。
「ともかく、スケートはいい案だ! 高橋さんに聞いて大正解だった。流石高橋さん。そして流石、高橋さんを選んだ俺。偉い」
酔いとテンションが相まっているのか普段の綿貫君が言わなさそうな台詞が飛び出した。自分を褒める彼なんて珍しい。
「よし、そうと決まれば恭子さんに提案するため調べてみようっと。どうぞ、ご歓談ください。俺は検索に勤しむ」
スマホを取り出し、静かになった。嵐みたいなテンションだ。さながら、今は台風の目の中ってところかな。スケートの会場が決まったら、此処がいいかな! とか、もう恭子さんを誘っていいかな! とか始まりそうだもの。今の内に、聡太と田中君の二人だけに向けてメッセージを飛ばす。
『さっきの綿貫君の物言いだけどさ。大分、告白の気配を匂わせていたと思うのは私だけ?』
二人ともスマホを取り出した。田中君は小さく頷いた。聡太は唇を三日月形に歪める。
『めっちゃ恥ずかしいけど、ちゃんと伝えなきゃいけないと思って、ってやつな』
田中君が溜息を吐きながら返信を寄越した。聡太はにやにやしながら画面を眺めている。私もいそいそと返信を打つ。
『そう、それ!』
『一瞬、マジでビビった。あれ? これ、もしかして告白するんじゃないの? って』
『だよね! 恭子さんを好きだって聞いた直後だったせいもあるけど、もしかして勢いに任せて言っちゃうの!? ってドキドキした』
『オチの付け方も見事だったな。俺と、疑似デートに、付き合って下さい、だもん』
『いっそ、真ん中の部分をうっかり抜かしちゃえば良かったのに!』
『告白じゃん(笑)』
『いいでしょ、それで。だって二人は両想いなんだから。あー、早く付き合え! 告白しちゃえ!』
『駄目だよ、高橋さん。人には自分のペースってものがあるんだから。勝手に催促したりしないように』
『わかっているけどさぁ。っていうか綿貫君も恭子さんも鈍い!』
『綿貫は鈍感だよ。それどころか、敢えて自分を恋愛対象から外して考えているんだから。自己肯定感、低いからね』
『でも、疑似デートとかいうあまりにわかりやす過ぎる誘いに全く気付かないのは不自然過ぎるでしょ』
『それが事実なんだからしょうがないよ。綿貫はそういう人間だ』
『あとさぁ、恭子さんも綿貫君の好意に気付いて良くない? 綺麗で素敵な魅力に溢れる人、だよ? そんな風に言われたら、好きになられているかも! って気付きそうだけど』
『無理じゃないかなぁ……あの人、自分の恋愛に関してはマジでポンコツだって自白していたもん』
『自白て』
『しかも、やらかした直後の俺にそう告げたくらいだから、よっぽどなんだと思う。普通見せたくないじゃん、散々人を叱った後に自分の隙なんてさ』
『まあねぇ』
『つまりそれだけ恭子さんの中で、本当にポンコツだって自覚があるんだろうね。実際、酸欠を起こしていたし』
『酸欠……?』
『恭子さんが綿貫を好きなんだったら、俺は全力で応援しますって伝えたの。そうしたら、照れて、息が出来なくなって、酸欠を起こして真っ赤になっていた』
『どういう動揺の仕方をすれば、息が出来なくなるの……?』
『知らない。でも滅茶苦茶苦しんでいたよ。心身共に』
『告白が成功しようものなら血管が切れそうだね』
『ともかく、そんな人だから綿貫の気持ちに気付くことは無いんじゃないかな。俺達が教えるわけにもいかないし』
『そりゃそうだ』
『あ、でも情報は共有したいね』
『え、まさか恭子さんと!?』
『違うよ。本人には教えないって言ったばっかじゃん』
『あぁ、咲と葵さんにか。え、教えていいの?』
『どっちにしろ、咲には俺から話すし。葵さんだけのけ者ってのも可哀想じゃん』
『いいのかな、綿貫君はそれで』
『じゃあ本人に聞いてみよう』
え、と返す暇も無く。なあ綿貫、と田中君は話し掛けた。
「今、検索中」
「ちょっとだけでいいから。お前が恭子さんを好きになったって、咲と葵さんに教えてもいい?」
ん? とスマホから顔を上げた。そして、何で、と当然の疑問を口にした。
「咲には俺から教えたい。秘密にするのは落ち着かないから」
「そうか、別にいいぞ。ふふん、咲ちゃんが田中に片想いをしていた時と逆だな。あの時は俺が相談に乗ったっけ。何も助けにならなかったが」
遠い目をして思い出に耽っているけど、助けにならなかったんかい。そんなこと無いよ、気持ちを聞いて貰えて咲は気が楽になったんじゃないかな。
「で、何で葵さんにも教えるんだよ」
「そりゃあ恭子さんの親友だからだよ」
「葵さんが恭子さんの親友であることと、俺が恭子さんを好きだってのを教えることが、全く繋がらないんだが」
お、意外としっかり分別をつけている。田中君はどう言い訳するのかな。外堀を埋めたいから本人達を除く全員で情報を共有したいのだろうけど、意外と頑固な綿貫君を説得出来るかね。
「いいか。葵さんは誰よりも恭子さんと仲が良い。つまり葵さんしか知らない恭子さんの情報があるわけだ。お前が片想いをしていると葵さんに教えれば、恭子さんの好みや行きたがっている場所も教えて貰えるぞ」
意外とちゃんとしたメリットを提示した。それに対して綿貫君は。
「何で葵さんに訊かなきゃならんのじゃ。そんなもん、知りたければ恭子さんに直接訊くわ」
彼らしい真っ直ぐな意見で叩き落した! 凄い! 気持ちいい! 田中君は口を開けたまま固まっていた。回りくどい手段ばかり取る君とは真逆の発想だもんね。その時、ずっと黙っていた聡太が、でもさ、と口を開いた。
「例えば、サプライズプレゼントを仕掛けたい時とかに、葵さんが味方にいたら心強いんじゃない?」
「サブライズ?」
「恭子さんの誕生日に、好きなブランドのアクセサリーやバッグをあげるとか。好みのワインの銘柄とか、特別な日につける香水とか。あとは化粧品とかさ、いい物をあげると好感度が上がるかもよ」
「あ、意外と化粧品は嬉しいかも」
いい意見だと思い、私も賛同をする。
「リップとかファンデとか、普段自分が買わないような高い物を貰うとちょっとテンションが上がるかも。使う、使わないはこっちで決められるし。使ってなくてもバレにくいし。鞄とかアクセサリーとかは使わなきゃいけないからちょっと気持ちが重いんだよね」
成程、と田中君が頷く。化粧品ねぇ、と綿貫君は眉をしかめた。
「俺、全然わからんぞ。化粧なんてしたこと無いから」
そりゃそうだ、と三人揃って頷いた。
「だからこそ、葵さんを味方に引き入れるんだよ。あれだけ仲が良ければ何処のメーカーの商品を使っているのか、くらい知っているだろ。普段、使っているところの物じゃないと肌に合わないとかあるだろうし」
「そうなの?」
綿貫君に見詰められ、うん、と聡太の意見を後押しする。へぇ、と目を丸くした。
「そうか、メーカーが変わると成分とかも違ってくるもんな」
「流石理学部。ピンと来るのが早いね」
褒められた綿貫君は、へへん、と胸を逸らした。
「だから葵さんにも教えるのは、綿貫にとってかなり大きなプラスになると俺は思うよ。勿論、お前が良ければ、だけど」
「そうか。いいよ」
あっさり承諾された。翻り方が凄い! いいのか、と田中君は戸惑いを見せる。まあそうだよね、君はさっき叩き落されたのだから。
「ちゃんとした理由があるなら構わない」
「田中の意見は中途半端だったから不採用だったわけだ。やーい」
聡太に指差され、うっせ、と唇を尖らせた。
「じゃあ、とにかく俺から咲と葵さんには伝えておく。ただし、恭子さん本人にあからさまな真似はしないでくれ、とも伝えとくよ」
「え、後半は言わなくていいよ。二人とも、そんな真似をするような人じゃないから」
あっさりとそう言って、綿貫君はスケートリンク探しに戻った。残った三人、視線を交わす。
人が良過ぎる、とお互いの顔に書いてあった。そういうところはやっぱり君の魅力だと思うよ、綿貫君。もっと自信を持ちなさい!
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