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それ、神様が提案していいやつなんです?(視点:葵)
まったくもう、と膝の上で恭子が鼻を鳴らす。
「おいおい、神様の前で横になるなんて罰当たりな」
諌めてみたが、別にいいよ、と神様は寛大だった。
「健二のあの物言いじゃあ、ふて寝くらいしたくなるよね。恭子」
「神様ってば、優しいんですから」
「わかってはいたけど、こうも見事に彼の在り様を目の当たりにすると同情せざるを得ない」
「爆笑していたくせに」
「ふふっ」
そんなやり取りの間も、恭子は私の腹に顔を押し付けていた。やれやれ、甘えたい側の人間は私の方なんだけどな。まあでも、たまにはいいもんだ。よしよし、と背中を擦る。
「おっ。お前、今日は新しい下着を着けて来たのか。勝負ブラ?」
バカ、とくぐもった声が聞こえた。
「……手触りだけで当てないでって言ったじゃない」
黙っていると、ゆっくり体を起こした。やってられない、と呟く親友の髪はボサボサだ。
「ブラが合わねぇの? またデカくなったか」
そう問い掛けると手刀が振り下ろされた。痛いがな。
「違うわよ。綿貫君。当たり前だけど、彼がいつも通りに振舞ったらこうなるのよね」
「そりゃそうだ。いつも通り、お前は振り回されっぱなし。しかもそれに加えてお前は自分の気持ちも収集がつかなくなった。情緒不安定にもなるってもんよ」
私の言葉に、恭子は巨大な溜め息を吐いた。
「まあいいじゃねぇか、仲直りは出来たんだから。疑似デート、継続決定おめでとう」
「どうせ疑似だけどね。あぁ、でもそれすら出来なくなりそうで大騒ぎしたんだったわ」
そうしてきちんと正座をし直した。自分で気付いたのなら結構。
神様、武者門さん、咲ちゃんに向かって恭子は指を揃え、しっかりと頭を下げた。長い髪が床に広がる。
「おかげさまで、どうにかなりました。取り敢えず、今後の関係に可能性は残せたかと思います。神様、武者門さん、咲ちゃん、そして葵。本当に、ありがとうございました」
うん、と神様は一つ頷いた。良かったですなぁ、と武者門さんも嬉しそうだ。
「恭子さん、改めて頑張りましょうね。きっと綿貫君といい関係になれますよっ。揉めてしまってもちゃんと仲直りが出来たのですから、それはとても仲良しって意味ですものっ」
咲ちゃんにそう言われ、恭子は顔を上げた。ありがとう、とはにかむ。
「そう、なれるように頑張る」
「はいっ」
心温まるやり取りの傍らで、ちょっとだけ、ほんのちょっっっとだけ、ジェラシーを覚える。いいなー綿貫君、恭子にそう思って貰えて。私は一回も思って貰えなかったんだぞぅ。贅沢な兄ちゃんだよ、まったく。恭子にここまで好きだって言わせるなんてさ。
さて、と神様が恭子を見据えた。
「取り敢えず、現状の問題は解決出来たようだ。そうなれば、次の段階を考えなきゃね」
はい、と深く頷いた恭子は、しばし黙り込んだ後。
「……次って何ですか」
神様の笑顔がひきつった。わかってなかったんかい、とでも言いたげだ。つくづくペースを乱されますねぇ。やっぱり恭子も変人だ。よし、此処は親友たる私にお任せを。
「おい恭子。わけもわかっていないくせに、さもそうですねと言わんばかりの頷きを返すなよ」
「いや、だって本当に次ってなんなのかわかんないもの」
「だったら尚更、わかっていそうな反応をするな」
「そんなリアクションをしたつもりは無いわよ」
「なー咲ちゃん。恭子、わかってそうだったよなー」
突然話を振られた咲ちゃんは、どうでしょう、と首を傾げた。
「あまりよく見ておりませんでしたので……」
「あー、逃げんなよ」
「しつこいわね葵。それで、神様。次って何ですか?」
よし、強引に話を進めたか。ツッコミと軌道修正、完了っ。咳払いをした神様が、次とはね、と仕切り直した。一瞬、私の方を見る。ありがと、と脳に直接声が届いた。とんでもござんせん、と返す。
「再開する疑似デートさ。健二が今、一つ案を練っているから後程提案はされるだろう。しかし彼は肝心な日を忘れているね」
あぁ、と私は理解した。そうでした、と咲ちゃんは手を叩く。
「え、何? 二人はわかったの?」
「前にも話したじゃねぇか。な、咲ちゃん」
「はい。そして前回、気付かなかったのは私の方です」
「真っ先に年越しが出てくる辺りが咲ちゃんの素朴さだね」
「年越しは素朴でしょうか?」
私達のやり取りに恭子もようやくピンと来たらしい。しかし本当に自分の恋愛に関することになると、マジで鈍感になるよなぁ。
「もしかして、クリスマス……?」
正解、と神様は拍手を送った。いいんですかい、と私は半ば茶化すように問い掛ける。
「日本の神様がクリスマスデートを勧めて」
「いいよ。少なくとも私は構わない」
「さいですか」
「むしろ大手を振って色々出来る、素敵な日じゃないか」
随所にこういう神様らしい価値観が顔を見せるんだよな。ちょっとっ、と恭子が腕をバタつかせる。
「ク、クリスマスだからって、何でも許されるわけではないと言いますか、その、だって私達、付き合ってもいないのに色々なんてっ」
「何、エロい想像をしているんだ」
「だって、だって大手を振ってとか仰るからっ」
「デートとして丁度いい日だと思っただけだよ」
えっ、と恭子の動きが止まる。
「私は具体的にどういうことが出来るとは、一言も口にしていない」
意地悪ですなぁ、と武者門さんが神様を窘めた。
「あまり下世話なからかい方をされるのはいかがなものかと」
「さて、何の話?」
恭子の顔は完熟トマトよろしく真っ赤だ。いいじゃん、と私は親友の肩を抱く。
「クリスマスデート。雰囲気に乗っかって、手を繋いで、抱き着いて、告白して、ホテルへゴー!」
「馬鹿ぁっ!!」
うおっ、あぶねっ! 顔面に向かって繰り出された鉄拳が、しかし寸前で止まった。こらこら、と神様が目を細める。
「照れ隠しとはいえ、親友に向ける突きじゃないよ。落ち着きなさい、恭子」
どうやら神通力で止めてくれたらしい。はっと気が付いた恭子は、ごめん、と拳を下ろした。
「お前は私の顎を粉々に砕く気だったのか?」
「ちょっと、あんたの言った状況を想像したら思考が茹で上がっちゃって」
「テンパったら人を殴っていい、なんて法は無い」
「でも今のは葵が悪い」
「咲ちゃんはどう思う? 結構いい流れだよな? クリスマスって雰囲気があるし、そういう風に事を進めるのもアリじゃんねぇ」
だが咲ちゃんはゆっくりと首を振った。
「駄目ですよ、葵さん。恭子さんには恭子さんのペースがあるのです。今日は波が高いからサーフィンをしよう! とカナヅチの人を誘うようなものですよ。溺れて大変な目に遭ってしまいます」
成程。なかなか良い例えだが。神様と私は口元を押さえて俯いた。咲殿、と呼び掛ける武者門さんの声も震えている。
「あれ、何でしょう? 私、また変なことを言いましたか……?」
「私って、咲ちゃんから見たら恋愛のカナヅチなの? 全く泳げない人って扱い……?」
我慢出来ず、吹き出してしまう。いえっ、と慌てて咲ちゃんは恭子に駆け寄った。
「違うのです。さっきのはものの例えでして、別に恭子さんが恋に溺れているとは思っていませんっ」
「溺れて沈みかけているところをかろうじて私らに引っ張り上げられたってところかな」
煽ってみると、葵さんっ、と咎められた。肩を竦める。
「でも思ってなきゃ出て来ない台詞よ咲ちゃん……」
ぶはは、その通り。
「ちょっと間違えてしまっただけですってば……」
「まーどっちでもいいさ。恭子が溺れたら私らが引き上げるから。そんで、クリスマスデートだろ。当然、誘うよな?」
話を強引に戻す。違うのに……と咲ちゃんはまだ呟いていたが、そろそろ本題に戻ろうぜ。引っ搔き回したのは私だけどさ。恭子はしばし唸りながら考え込んだ。何を迷う必要がある、と脇腹をつつく。きゃっ、と可愛い悲鳴が上がった。
「人が真面目に悩んでいるのにセクハラなんてしないでよ」
「悩む? 何で?」
だって、と指を絡ませた。二十六歳がやるにはちょっとあからさま過ぎる仕草じゃねぇかな。
「彼のクリスマスの予定を私が奪っちゃうのは、流石に厚かましいじゃない」
「そうか? どうせ相手はいないだろうし、むしろ早目に押さえちまえよ。下手に気を遣った結果、まかり間違って奇跡的に彼をクリスマスデートに誘う相手が現れたら目も当てられんぞ」
傍らで咲ちゃんが激しく頷く。そういや君は、沖縄旅行の真っただ中に田中君と恭子が付き合い始めたのではないかと勘違いして号泣したっけ。ちなみにその時も焚き付けてからかったのは私だった。いやぁ、今思えば咲ちゃんには随分悪いことをしたなぁ。田中君と恭子が付き合うなんて有り得ないと思っていたからいじってしまったが、咲ちゃんの気持ちを考えていなかったね。
「恭子さん。絶対に、後悔の可能性は残してはいけません。いいですか、後悔は先に立たないのです。葵さんが仰ったように、万に一つ、綿貫君を狙ってクリスマスを一緒に過ごそうと言い出す人が現れるかもわかりません。まあ無いとは思いますが、可能性はゼロではありません。だから手遅れにならない内に、彼のクリスマスを押さえてしまうべきです。ね、葵さん」
「んだんだ」
「どうでもいいけど、二人揃って綿貫君に辛辣じゃない?」
「気のせいだ」
「そうです」
「さあ、恭子。決断の時だ」
「いざ、クリスマスデート、です」
「こうなりゃデモもストもねぇぞ」
「もし綿貫君にいいお相手ができてしまったらどうするのです?」
「恭子さん! 疑似デートで経験を積ませて貰ったおかげで、本番でもうまくいきましたよ!」
「そんな報告を聞きたいのですか?」
「んなことになったら泣き濡れる程度じゃ済まねぇぞ」
「そして私はそんな恭子さんを見たくありません」
「もう一歩、先へ踏み出せ」
「頑張るって決めたのですよね? それなら、今が踏ん張り時です」
「とっとと決めろ」
「クリスマスは綿貫君と共に」
「なんならベッドも」
「それは強要しちゃダメです」
咲ちゃんと揃ってじわじわと恭子に迫っていく。後ずさっていた恭子だが、とうとう壁にぶつかった。
「ちょっと! 圧が凄い!」
「さあ。さあさあさあ」
「いざ。いざいざいざ」
「何なのよ、あんた達の息の合い方は!」
「早くやるって言えよ」
「宣言するまでどきませんよ」
「なんならお前、このまま追い詰めて唇を奪ってやろうか」
「葵さん、それはあんまりな脅し文句です」
「咲ちゃんってば、ちょいちょい私を諫めてくるな」
「超えちゃいけないラインを踏ん付けている気がするので」
「超えてやろうか」
「駄目です」
わかったわよ、と恭子は両手を上げた。
「ク、クリスマスデート、誘って、みる」
「よし。そうと決まればレストランとホテルの予約だな!」
早速スマホを取り出すと、気が早いっ! と飛びつかれた。床に転がりかけるが咲ちゃんが支えてくれる。
「んだよ、退路を断ってやろうと思ったのに」
「退路を断つどころかいきなり崖っぷちに突き飛ばされた気分よ! ね、本当にホテルとかは無しよ? まだ付き合ってもいないのだし、そもそも私は彼とのそういう関係を求めているわけじゃないのだから!」
ほほう、と恭子の頬に手を添える。なによ、と困惑した表情を浮かべた。
「じゃあ姉さんよ。もし愛しの彼からこんな風に迫られたら、お前はどうする?」
「ち、近いわよ葵」
「想像してみ? 恭子さん、俺は貴女が……なんて見詰められたとしたらさ」
みるみる内に顔が赤くなっていく。想像力豊かですわね。此処にいるのは私だぜ。まあまあ、と咲ちゃんが私達の間に手をねじ込んだ。
「きっとなるようになりますよ。今から先を想像し過ぎても、実際そんな風に進むとも限りませんし。何度も言いますが、急かしてはいけませんよ葵さん。恭子さんには恭子さんのペースがあるのです」
「ちぇー、咲ちゃんは甘いんだから。これでもし、当日いい雰囲気になって一夜を共に過ごそうってなったとしてさ。ホテルが満室で泊まれないからやっぱり解散しましょうか、なんてなってみ? ロマンもエロスもあったもんじゃない」
「その時はどちらかのおうちに泊まれば解決です。なんなら私へご連絡をいただければ、瞬間移動で地方の空いているホテルへお連れしますよ」
げ、とちょっと引く。何ですか、と咲ちゃんは小首を傾げた。頼むわけないでしょ……と恭子の弱弱しい声が聞こえる。
「何故です? 折角の超能力、こういう時にこそ役立たさせて下さいっ。恭子さんのお力になりたいのですっ」
あのなぁ、と私は咲ちゃんの肩に手を置いた。
「クリスマスの夜にさ。今からしっぽり過ごしたいけど宿が無いから連れて行ってー、なんて連絡、友達に出来ると思うか? 私だったらしない。逆にされたらドン引きする。そんなオープンにされたくないし、生々しくて聞いてられん」
少しの間、考え込んでいた咲ちゃんだが。確かにっ、と目を見開いた。君も大概だね。かーわいい。
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