ケース・バイ・ケース?(視点:田中)

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ケース・バイ・ケース?(視点:田中)

 よっしゃ、と綿貫がスマホを掲げた。 「アイススケート、行ってくれるって。恭子さん、やったことが無いから楽しみだって言ってくれた! ありがとう高橋さん。君がアイデアを出してくれたおかげだっ! 一杯奢るよっ!」  勢いよくお礼を伝えられた高橋さんは、いいよ別に、と手を振った。 「楽しんできてね」  おうっ、と力こぶを作っている。スケートねぇ、と俺は頬杖をついた。 「転んで怪我をするなよな。そういう時にやらかすのが綿貫なんだから」 「失礼な。筋肉痛になるまで満喫してやるぜ」 「結局負傷するんかい」  それよりも、と橋本も口を開く。 「恭子さんをちゃんと支えろよ。未経験なんだろ、いきなり滑れるわけ無いんだから」  確かに、と高橋さんは頷いた。支える? と綿貫は首を傾げる。 「俺もアイススケートは未経験だけど」 「それでも恭子さんが怪我をしたり滑って転んだりしないよう、君が気を付けてあげなきゃ駄目だからねっ」  綿貫が反対へ首を傾げた。 「気を付けるって、どうやって」 「まあ君がどれくらい、インラインスケートのおかげで滑れるのかはわからないけど、転びそうになったら支えるとか、背中を押して滑らせてあげるとか、色々あるでしょ」  途端にぶんぶん手を振った。 「俺、恭子さんには触らないもん。物理的接触は、無し!」  まあこいつはそう言うよなぁ。しかし才女高橋は強かった。駄目、と即刻切り捨てる。 「何でさ。付き合ってもいないのに体を触ったりしたらいけない」 「綿貫君のそういう真面目なところは本当に偉いと思う。聡太も見習いなね」 「急に撃たれた」  橋本が胸を押さえる。にやにや見ていると高橋さんに睨まれた。くっ、どこまでもやらかしが尾を引くな。だけどね、と高橋さんが綿貫へ向き直る。 「もし恭子さんが転んじゃったら、綿貫君は手を差し伸べる?」 「うーん、状況によるかな。滑りまくって全然立てないような、どう見ても助ける必要がありそうな場合は起こしてあげる」 「どうしてすぐに助けてあげないの?」 「自力で何とか出来るなら、触ったりしちゃいけない」 「その過程で恭子さん、あちこちに青あざを作るかも知れないよ? いいの?」  う、と綿貫が口籠る。 「怪我は、して欲しく、ない」 「じゃあすぐに手を差し伸べなきゃ」 「でもなぁ」  なかなかしぶといな。対する高橋さんは、それに、と言葉を続ける。 「折角一緒に行ってもさ、上手く滑れなかったらやっぱり満足には楽しめないじゃん。だけど君が背中を押したり、手を握って支えてあげたら滑れるかも知れないでしょ。そっちの方が満喫出来ると思わない?」  その問いに、いやいや、と再びぶんぶん手を振る。 「触られたら嫌だって。俺、恭子さんに嫌われたくないし」  ふと、とあるハグを思い出す。触られるイコール嫌いになる、と綿貫は捉えているが全部が全部、そうなわけじゃないぞ。なんて、口にしたら高橋さんにジョッキでぶん殴られる気がするから絶対に言わないでおこうっと。 「まあ勿論、必ずそういう行為をしろとは言わないけどさ。それこそ綿貫君が言ったように、状況によっては必要になる場合もあるって頭に置いておきなね」 「えぇ~……いくら女子の高橋さんの意見でも、受け入れ難いなぁ……」 「恭子さんがあざだらけになったら綿貫君のせいだからねっ」 「そんなぁ」 「誘ったの、君だし」 「提案したのは高橋さんでしょっ」 「採用したのは綿貫君だもん。責任は取りなさいっ」  びしっと人差し指を突き付けられた綿貫は、しばし唇を噛んだ後、わかりました、と小さな声で返事をした。うーむ、なかなか力強いな高橋さん。まあそりゃそうだ、アイススケートの提案はしたけど負傷の責任まで取らされたらたまったもんじゃないもんな。 「まあ楽しんでこいよ、綿貫。今度は喧嘩をしたりするなよ」  俺の台詞に、昼の喧嘩はお前のせい、と返された。 「悪かったよ」 「夜は俺のせいだけど」 「じゃあ俺を責めるな」 「もう仲直りしたからいいもんね」 「俺だって電話で謝ったよ」 「次に恭子さんと会った時、せこいってきっと責められるぞ」 「あ、こいつ恭子さんの理解者面してら。流石、好きになっただけあるな」 「おい、やめろ。人から言われると恥ずかしい」 「疑似デート、もっと恥ずかしくなるんじゃねぇの?」 「わかってる。それでも恭子さんが継続して付き合ってくれるって宣言したのだから、俺も最後まで頑張るだけだ」  最後、とは綿貫の家に恭子さんが泊まることを意味している。もうはっきりと、恭子さんが綿貫を好きだって意思表示がされているのだが、こいつは絶対に気付かないだろうな。自分が惚れられるなんて有り得ない、と決めつけているのだから。しかし両想いなんだよなぁ、綿貫と恭子さん。俺らはどうしたらいいのだろう。無理矢理くっつけようとするのは本人達の望みではない気がする。それに綿貫はつつき方を間違えたら明後日の方向へ飛んでいく。下手に刺激せず、成り行きに任せればいいのかな。ただ、綿貫は告白しないって決めているし、恭子さんもご自分の恋愛にはポンコツだからなぁ。  ビールを飲み干した綿貫は、トイレ、とまた席を立った。 「近くない? 頻尿か?」 「ビールは近くなるんだよ。体質だな」  どんな体質だ。だけど丁度いい。ある程度離れたのを確認して、橋本と高橋さんと顔を寄せる。 「両想いだったな」 「うん」 「今、まさに考えていたんだけど、俺達三人に加えて咲と葵さんとも情報を共有するだろ」 「そうだね」 「だけど無理矢理くっつけようとしたりはしない方がいいと思うんだ」 「なにせ綿貫だ。扱いを誤れば何もかもが台無しになりかねない」 「そこまでひどくはないと思うけど……」 「まあとにかく、静観でいいよな?」 「いいと思う」 「学生じゃないんだし、変に冷やかしたり匂わせたりはしないようにしようね」 「オッケー。基本方針はちゃんと共有しておきたかった」  ぐっと三人揃って親指を立てる。そして俺はスマホを取り出し、咲と葵さん宛にメッセージをしたためようとしたのだが。 「あー、スッキリした」 「ちょっと! 女子もいるところでそういう発言をしない!」  帰って来るなり綿貫が高橋さんに怒られた。デリカシーに欠けるな、と俺も深く頷く。失敬失敬、と綿貫は頭を掻いた。 「そんな調子じゃ恭子さんに愛想を尽かされちゃうよ」 「む、それは困るな。今度から気を付けよう」 「私の前でも気を付けてよね」 「あはは、その通り! ごめんごめん」 「まったくもう」 スマホをそっと仕舞う。今は友達との時間に集中しよう。急いで送る情報でも無し。それに、片手間にやったら間違えたところへ送信しそうだし、あと当の本人である綿貫の隣で打つのはリスクが高いしな。 「そういや高橋さんって橋本と付き合う前に彼氏がいたことってあるの?」  唐突な質問に、急に何!? と高橋さんが目を見開く。 「いや、俺の恋愛について話をしたから、皆の様子も聞きたくなって。恋バナしようよ、恋バナ」  そういう話題はわかりやすく照れるタイプだったくせに、恭子さんを好きだって暴露したら開き直ったらしい。……開き直りすぎだろ! 七年好きだった高橋さんの過去の恋愛事情を本人に直接訊くなんてさ! 「恋バナって……」  ほら、ちょっと引いているぞ。 「俺も知りたい。佳奈ってモテるじゃん。俺と付き合う前って何人彼氏がいたの?」 「え、本当にここで話さなきゃ駄目!? 割と嫌かなー、男子にそういう話をするのは! 女の子には秘密が多いからさ!」 「やましいところがあるの?」 「無いよ! 無いけど、地元の男友達に知られるのは凄く嫌!」 「いいじゃん、彼氏と特別な友達が開いてなんだから。田中は席を外せ」 「ひでぇな!」 「どっちにしろ言わないから!」 「えー」 「しつこい男は嫌われるよ綿貫君!」 「それは困る! じゃあ恋バナは終わり! 田中、面白い話をしろ」 「扱いが雑!」 「早く話してよ田中君」 「高橋さんも急に乗っからないで!」 「やらかしトークには事欠かないだろ」 「お前にだけは言われたくないんだよ橋本! むしろ美奈さんとどんなことをしていたのか、話してみろ!」  やけくそ気味にそう返すと、三人揃って口を噤んだ。 「今度は何だよ」 「彼女の前で、前に付き合いかけた人とどうだったのかを訊くってひどくない?」 「俺、そこまで踏み込んで欲しくは無いかな」 「私も、聡太と一対一なら聞いたかも知れないけど、田中君と綿貫君の前ではしたくない話題だな」  あ、これマジでドン引きされているな。失礼しました、とすぐに頭を下げる。 「やらかしがまた一つ増えたのぉ」  橋本に向かってはおしぼりを投げ付けた。絶対、お前だけには言われたくないんだよ!
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