お誘い。(視点:田中)

1/1
前へ
/404ページ
次へ

お誘い。(視点:田中)

「もう少し相手の気持ちを考えること。そんな調子じゃ本当に咲から愛想を尽かされるよ? 普段は咲の前でいい顔をしているみたいだけど、むしろそういう二面性があるとあの子は怒るからね? そんなの、言われるまでもなく田中君が一番よくわかっているよね?」  懇々と説教を続ける高橋さんに、はい、はい、と何度も頷きを返す。橋本は素知らぬ顔をしていたが、聡太も聞いている? といきなり矛先を向けられた。はい、と慌てて首を縦に振った。絶対他人事だと思っていただろ。その時。 「え?」  スマホを見ていた綿貫が小さく声を上げた。自然と視線が集まる。 「恭子さんからの返事?」 「あぁいや、返事と言うか。たった今、アイススケートとは別のお誘いが来た」  綿貫以外の三人が目を見交わす。もしや。 「クリスマスに疑似デートをしないかって。貴重な体験になると思うから、だってさ」  マジか! とうとう恭子さん、本腰を入れたな! もう綿貫を好きって気付かれても構わないってお誘いじゃないか! だってクリスマスにデートへ誘うなんて好き以外の何ものでもないもんね! 凄い、と高橋さんが明るく応じる。 「クリスマスに恭子さんと過ごせるなんて、最高じゃん! ね、綿貫君。これ、千載一遇のチャンスだよ。疑似とは言えデート出来るんだから、もし君が良ければ告白しちゃえば?」  高橋さんがさりげなく水を向ける。でも綿貫は。 「いやしないけど」  即答した。だろうな。こいつは一度決めたら頑として動かない。恭子さんに告白をせず、ずっと仲の良い先輩と後輩として過ごしていく、と宣言していた。おまけにクリスマスを一緒に過ごそうと誘われたところで、もしかして自分に好意を抱いているのでは、なんて微塵も考えたりはしない。だからもう、こいつと付き合うために恭子さんが取るべき選択はただ一つ。恭子さんから告白するしかない。そして高橋さん、焚き付けるなんてまだまだ綿貫をわかっていないね。まあ俺達にもこいつの頭の中は理解出来ていないんだけど。  即答された高橋さんは少しだけ黙っていた。だけど、そっか、と静かに引き下がった。もっと前向きに捉えて欲しい。だけど下手につついて妙な方向へ話が進むのは避けなければ。そんな葛藤が伝わってきた。 「しかしマジで面倒見が良すぎるよ、あの人は。俺のためにクリスマスを潰させるのは流石に申し訳ない。断ろう」  バカ!!!! という心の叫びが三人分、重なって聞こえた気がした。鈍いを通り越してやっぱりバカだ!! 恭子さんはお前と過ごしたいだけなんだよ!! 申し訳なさを覚える必要が無いどころか、むしろあっちは大喜びするっての!! しかしどう勧めればいい? 迷惑なんかじゃない、一緒に過ごせよ。そう伝える言い回しが難しい。恭子さんの好意を勝手にバラすわけには絶対にいかない。かと言ってそこを避けて上手く説得するには何て言えばいい?  それ以前に、俺は口をつぐむべきだろう。またやらかす気がするし、人の恋路をうっかりぶち壊すわけにもいかない。葵さんの心を粉々にしておいて言うなって話だが。  ともかく、口の回る橋本か頭の回る高橋さん、頼んだぞ!  だけど二人も揃って黙り込んだ。あ、これ完全に皆、ビビっているな。下手な発言は綿貫という暴れネズミ花火の導火線に火を点けることになる。そして爆発四散するのは恭子さんの恋かもしれない。そんな責任は負いたくない、という思いは共通らしい。 「な、皆もそう思うよな。クリスマスまで疑似デートに費やさせるわけにはいかないよな」  あぁっ、そうする内にも綿貫が断りをいれようとしている! 一瞬目を見交わした後、そんなことはないよ、と若干固い声で高橋さんが切り出した。よし、頑張れ才女! 君の意見はきっと俺や橋本よりマシだ! エールの気持ちを視線に込めるとまたしても目があった。眼光鋭く睨み付けられる。すまん、俺には無理だ。
/404ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加