佳奈VS暴れネズミ花火。(視点:佳奈)

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佳奈VS暴れネズミ花火。(視点:佳奈)

 おのれ、聡太と田中のバカコンビめ! 役に立たないんだから! 誰かが止めなきゃ綿貫君は平気でクリスマスのお誘いを断っちゃうでしょうが! 親友のくせに貧乏くじを引くのにビビって黙り込みおって! 「いやでも高橋さん、クリスマスだよ? 俺の経験値のために疑似デートをしてくれるって恭子さんの気遣いは嬉しいし、そういう優しいところは尊敬しているけどさ。気が引けるって」  それこそ変な遠慮が発動したな! もしかして悪くない気持ちを向けられているのかな、とか少しは考えないわけ!? あぁもう、この大バカ者! 三人あわせて三バカよ、三バカ!! 「でも折角誘ってくれたんだし、恭子さんの御厚意に預かるべきだと思う」  こうなったら強く言い切って押し切ってしまえ! ただ、あんまり後押しし過ぎると怪しまれちゃうから気を付けなきゃ。綿貫君、動物的な勘が鋭いし。 「そうかなぁ。うーん、でも恭子さんくらい素敵な方なら、もっといい人と過ごすべきだと思うなぁ」 「尚更いいじゃん、もしかしたら今年が最初で最後のデートになるかも知れないんだよ? 君は告白しないって決めているみたいだけど、だったら記念に行って来たら? 来年は恭子さん、本当に別の人と過ごしているかも知れないんだから」  ふむ、と綿貫君が腕組みをした。こっちは緊張感が増す。恭子さんの本心を気付かれてしまってはいないか。或いは、暴走ネズミ花火が炸裂するか。……何でクリスマス・デートに誘われたって明るい話題で此処までヒリつかなきゃならないの!? ふと見ると、聡太と田中君は目を見開き綿貫君を凝視していた。全く同じ表情だ。それは、ええと、どういう感情? 腹を決めてデートしてこい! って前向きな気持ちなの? それとも、次に何を言い出すんだ!? って戸惑いなの? ただでさえ、綿貫君の相手で手一杯なんだから余計な難題を継ぎ足さないで! 「ううむ、今回が最初で最後か……」  綿貫君は綿貫君で首を傾げて考えている。行ってきな! 恭子さんから告白してくれる可能性もあるんだからね! と、言えたらどんなに楽か。だけどそんな勝手な真似は許されない。私に出来るのはギリギリを攻めた説得と、綿貫君がお誘いを受けるよう願うことだけ。 「来年は誘われないかも知れないんだよな……」  今年、行ってくれば多分来年も行けるんだけどね。 「しかし恭子さんのクリスマスを俺のために消費させるのは……」  こだわるねぇ。一緒に過ごしたいと思われているって考えには絶対に至らない辺りに、慎ましさを通り越してちょっと闇が深いのではないかと若干引きたくなる自己肯定感の低さが見える。 「いいじゃん綿貫、行ってきなよ。恭子さんが誘ってくれたってのは、クリスマスを疑似デートに費やして構わないって意思表示なんだからさ。ありがとうございます、よろしくお願いします、って乗っかればいいんだよ。むしろ断るなんて生意気じゃない? お前、あんな美人でいい姉御にクリスマスを一緒に過ごそうって言われて、いやいいです、って言えるほど選り好み出来る身分か? 二度と出来ない経験だぞ」  おぉ、聡太が援護してくれた! その様子を見た田中君が、我も続かんとばかりに口を開く。テーブルの下で、咄嗟に足を伸ばし彼を蹴飛ばした。慌てて私を振り返る。君は黙っとれ! 悪い方向にしか進まん! その思いを視線に込めたら察してくれたのか、口を閉じた。やらかし大王の自覚を持て!  しばしの沈黙。そして綿貫君は、よし、とスマホを取り出した。 「やっぱり悪いから断るわ」 「「「何でだよ!」」」  流石にツッコミが三重になった。こんだけ後押ししていかないって五百八十度くらいへそが曲がっているんじゃない!? 「いやだって橋本も言ったように恭子さんはあんなにも魅力に溢れた人なんだぞ。クリスマスを一緒に過ごすなんてどれだけ価値があると思うよ」 「それを差し出してくれているんだから、綿貫君はありがたく受けなさいって!」 「申し訳ないし気後れする。多分、当日は何も喋れなくなるな」 「……緊張で?」 「いや。ずーっと心の中で、悪いなぁ、申し訳ないなぁ、気を遣わせちゃったなぁ、って繰り返すから会話に思考を割けないだろう」  あぁ、頭が痛くなってきた。恭子さん、私は貴女に訊きたいです。何で付き合いたいんですか? 恋は盲目とは言いますが、貴女の瞳に彼はどう映っているのですか? 私にはアホに見えます。友達をそう評したくはありませんが、ただただアホです。バカというよりアホ。阿呆。あはは、阿呆阿呆。  私が精神崩壊を起こしている場合じゃない。息を吸い込み、じゃあ言わせてもらうけど、と人差し指を突き付ける。 「今後、恭子さん以外を綿貫君が好きになったとして、クリスマスのたびにデートを避けるの?」 「え?」 「恭子さんと付き合っていないから、誘われたけど気おくれするのでしょう。だけど同じような機会は今後、別の人に対しても訪れるかもしれないんだよ?」  本心では、無いと思っている。そもそも疑似デートが特殊だし。だけどそんな思いはおくびにも出さずノリと勢いでもう一度、今度こそ、押し切ってみせる! 「その時、同じように断るの? 俺のためにクリスマスは割かせられません、って。きっと相手は君の前からいなくなるね。あぁ、この人は私とクリスマスを過ごしたくないんだ。興味を持って貰えていないのかな。それとも私より優先するべき予定があるのかな。まさか別の人がいるのかな。まあどう考えられるかはわからないけど、十中八九いい感じにはなれないよ」  早口で捲し立てる。頑張れ私! ……何で頑張らなきゃいけないの私!? あぁそうか、友達だからか。綿貫君にも恭子さんにも幸せになって欲しいもんね!  あの、と綿貫君が小さく手を上げる。 「それなら付き合ってからクリスマスを一緒に過ごせばいいのでは」  ぐぁっ、やたら正論で突き刺してきた! まったくもう、口答えしないで大人しく、行くって、答えなさいよ! ええと、今の正論をうっちゃるにはどうしたらいい! 働け脳細胞! 根性見せろ! 繋がれシナプス! って、あ、そうだ! 「だけどそこにもリスクはあるよ。一応訊くけど、クリスマスに誰かとデートをした経験はある?」 「田中と橋本と一緒に俺ん家でパーティをしたことはあるよ。フライドチキンとケーキを買ってさ。な」  な、じゃない! そういう意図の質問じゃないよ! バカコンビも、うんうん頷くな! バカ! 「それはデートじゃないでしょ。二人きりで過ごしたことは?」 「あぁ、デートか。無い」  だよね! 悪いけど、そこをつつかせてもらうよ! 「ほら、そこが落とし穴になるかも知れない。いい歳こいてクリスマスにデートをした経験が無くてさ、失敗でもしてみなよ。幻滅して交際相手にフラれちゃうかも」 「失敗って?」 「極端な例だと、力が入り過ぎて凄い高額なレストランや都内の夜景を見渡せるホテルなんかを予約しちゃって、ヒかれちゃうパターンが一つ。あとは逆によくわからないから相手に教えて貰おうとして、頼りないなって幻滅されちゃうパターン。それとシンプルに、わかんないから普通のデートでいいやっていつも通り過ごしてクリスマスなのにそういうイベントを大事にしてくれないんだ、ってがっかりされて去られるパターン。ほら、経験が無いせいでこんなにもリスクが上がるんだよ?」 「でも一回のクリスマス・デートが切っ掛けで別れるような人だったら、そもそも長続きしなさそうだね」  いい加減、その正論ナイフを振りかざすのをやめろ! むしろこっちが、確かに、って納得しかけちゃうんだけど! 当たり前だよ、綿貫君を乗り気にさせるためにこっちは綱渡り状態で言い訳を考えているんだから。正論に刺し貫かれるのも詮無い話!! 「いやいや、案外こういうのはわからないものなんだよ? そんな些細なことで、って周りが驚くような理由で破局するカップルなんてごまんといるんだから」 「そうなの? 大変だね、付き合うって」  あんたも恭子さんと付き合いなさいよ! 両想いなんだから! 「ともかく、疑似とは言えクリスマス・デートの体験を一回でもしておくのは君にとって大きなプラスになるに違いない。ましてやお相手が恭子さんなら莫大な経験値を得られるよ。なによりさ、好きなんでしょ、恭子さんを。それなら一日一緒に過ごしてみな。きっと楽しいから」 「でも」 「恭子さんに悪いって思いは仕舞って。誘っておいて、クリスマスを綿貫君に取られちゃったわ、なんてぼやくような人じゃない。君は気にせず、ありがとうございます、って隣で満喫すればいい。考えすぎだよ綿貫君。君は誘われた側なんだから、堂々と乗っかればいいんだ」 「……そう、なのかな」  よし、揺れた! あとは軽く押すだけ! 「そうだよ。行っといで。そして好きな人と過ごすクリスマスがどれだけ楽しいか、実感してくるのだ!」  ね、と親指を立てる。そっか、と綿貫君は表情を和らげた。 「わかった。恭子さんの申し出、ありがたく受けるとするよ」 「うん、それがいい!」  笑顔で応じつつ、膝に手をついて息を整えたい気分だ。つ、疲れた……何か今日は綿貫君を説得してばかりの気がする……。 「ありがとう、高橋さん。返事送っちゃうね」  またもスマホに向かい、綿貫君は静かになった。ちょっとトイレ、と私は席を立つ。一度、何処かに手をついて、思いっ切り息を吐きたくなった。歩き始めてすぐ、とんでもない疲労感を覚える。高校のマラソン大会で七キロ走った時と同じような感覚だ。どうやら綿貫君を説得するにはそのくらいのエネルギーを必要とするらしい。疲れたよぉ~。恭子さんの方は葵さんと咲とどんな話をしているのだろう。少なくともクリスマス・デートに誘ったってことは前向きな意見を交わしているんだよね。あぁ~、恋バナをするなら私もそっちがいい!   私が何をしたっていうのさー!! 世の中、不公平だ!!
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