大先輩がいるじゃんか。(視点:葵)

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大先輩がいるじゃんか。(視点:葵)

 恭子のスマホを一緒に覗き込む。さて、綿貫君からの返信や如何に。 『クリスマスのお誘いをいただき、ありがとうございます。まさかクリスマスの日にまで疑似デートをあてがって下さるなんて、ありがたい限りです。ありがたすぎて畏れ多いレベルでしたので、お断りしようかと思いました。しかし、恭子さんの御気遣いにあやからせていただこうと考え直しました。ぜひ、お願い致します。』  顔を見合わせる。えっと、と形の良い唇が開いた。 「疑似デートをするって認識でいいのよね? 断ろうと思ったって書いてあるけど、気遣いにあやかるってことは、つまりクリスマスの日にデートをしようって意味よね?」 「あぁ、お願いしますって書いてあるしな。よっしゃ、しっかり楽しんでこい」  ぶへぇ、と恭子は息を吐いた。あー緊張した、と天井を仰いでいる。私の角度からだと鼻の穴の中が丸見えだ。見事に手入れされているが、なんぼ親友同士でも如何なものかと思うぜ。つくづく残念美人だな。しかし一方、綿貫君も綿貫君だ。断ろうかと思った、とかわざわざ書かんでいいだろ。私は両腕で大きく丸を作った。咲ちゃんと武者門さんが拍手をする。神様は黙って勘チューハイを煽った。 「んじゃまあよろしくって返信だけ打っちゃえよ。アイススケートは綿貫君、クリスマスは恭子が予定を立てるって伝えておけ」  わかった、と恭子はスマホを操作する。しかし、駄目、と首を小さく振った。 「何で」 「……指が震えて上手く打てない」  吹き出しそうになるのをかろうじて堪える。真剣に、一生懸命向き合った結果の緊張と弛緩、そして震えだもんな。笑っちゃ悪い。いやそれにしても。 「どんだけ緊張していたんだ。それともあまりに喜んだ反動か? 羨ましいねぇ綿貫君、恭子にそこまで好きになって貰えて」  うりうり、と頬をつつく。随分熱を持っておられますわね。やれやれ。 「それじゃあ震えが止まるまで作戦会議を進めるとするか。もしくは酒を飲めば落ち着くかもよ」 「依存症扱いしないでよっ」  ちらっと見ると咲ちゃんは見事なまでの無表情だった。おっかないねぇ。 「そんじゃあクリスマスの日に何をするか、まずは先輩の意見を仰ぐとしようか」  私の言葉に、先輩? と恭子は首を傾げた。そして真っ先に神様を見詰める。 「私ではないよ」  そっか、と今度は武者門さんへ向く。 「同じく、私でもありません」  今度は私へ視線を寄越す。デートの経験なんざねぇ、と一刀両断すると腕組みをして更に深く傾いた。 「……先輩って?」 「何でそう見事に核心だけを外すんだ。咲ちゃんのことだよ。二年も前から田中君と付き合っているんだぞ。男女交際の大先輩だろうが」  あぁ、と右の拳で左の手の平を打った。古くさい仕草じゃのぉ。そういや通勤時に落語を聞いているって言っていたな。その影響だろうか。 「そっか、うん、そうよ! 咲ちゃんは何気に経験豊富じゃないの! とっても可愛い後輩だから全然頭に無かったけど、私達の中では佳奈ちゃんと橋本君に次いで交際期間が長いのだもの、貴重な意見を持っているわよね!」  はしゃぐ恭子の勢いに咲ちゃんが両手を振る。 「そんな、大した経験はしていませんよ。お役に立てるアドバイスなんてなかなか差し上げられないと思います」 「でもクリスマスにはデートをしただろ?」  私の問い掛けに、バツが悪そうに目を逸らす。 「まあ、はい」  気まずそうだねぇ。私もモヤモヤするよ。だけど気にしていない風を装って話を続ける。いつまでも引き摺っていたんじゃあ、ずっと楽しくないもんな。そんなの嫌だ。早く笑い飛ばせるようになりたい。だから今は踏ん張り時なんだ。頑張れ私。偉いぞ私。 「去年と一昨年、どんなことをしたん? やっぱ高いレストランへ行った? あとは夜景を見たのかね。後学のため、私にも教えておくれ」  わざと最後に付け足してみる。さて、話しやすくなるか余計に気まずくなるか。どっちかな。  咲ちゃんは深呼吸を一つした。そして、わかりました、と笑顔を浮かべた。流石咲ちゃん、後者へ進んでくれてありがとさん。気まずさも傷も一緒に乗り越えようぜ。 「先に断っておきますが、私の体験談なので恭子さんと綿貫君のデートのお役に立てるかはわかりません。あくまで参考程度に留めて下さい」 「勿論よ。デートコースをトレースしたりはしない。ただ、勉強させて下さいっ! 師匠!」  先輩から師匠にランクアップか。恭子が床に手を付き頭を下げる。酒とデートオッケーの返答でこいつも大分テンションがおかしくなっているな。私も結構酔っているからとやかく言えんが。 「咲師匠、説法をよろしく頼みまさぁ」  何となく面白そうなので私も咲ちゃんをおだててみる。師匠だなんて、とおろおろしていたが、恭子を見る目が少し細められた。咳払いを一つして、ではお伝えを、と話を始める。 「付き合い始めて一年目、大学四年生の時にはまず昼間に映画を観ました。邦画のラブストーリーで、あまりに演出がくどくわざとらしくて私は途中から寝てしまいました」  唇を噛み締める。完全にいらない情報だけど、辛口評価で面白い。ふんふん、と恭子は真顔で頷く。そこは食い付くところじゃないぞ。 「その後はお茶をして、少しお散歩をしてからいつもより若干お高い居酒屋に行きました。大きな水槽があって、お魚さんを眺めながらイタリア料理のコースと飲み放題を楽しみました。そこでプレゼントを交換して、ありがとうございますってお伝えして、終わりです」  あぁっ、と恭子が頭を抱えた。 「そうか、プレゼント! クリスマスと言えばプレゼントじゃないの!」 「落ち着けよ。私とお前も毎年交換していたじゃねぇか」 「上限五百円でね」 「ハンカチ、靴下、リップクリーム、ハンドクリーム、ミニサイズの包丁用研ぎ石、何故かリモコン立て、あとは何を交換したっけ?」 「ハンガー、クッション、靴ベラ、ブックカバー、手袋、耳当て、東京タワーとスカイツリーのめっちゃ小さい模型」 「七年の軌跡だな。八年目にして途切れたか、まあ喜ばしい限りでもある」 「今年もプレゼントは交換しましょうよ。当日じゃなくてもいいんだから」 「ただ五百円以内だとそろそろネタ切れなんだよ。何だ、東京タワーとスカイツリーの超小さい模型を交換って。お前は東京タワーの脚線美が好きだからいいだろうけど、私は特に関心の無いスカイツリーの模型を貰って完全に持て余したんだからな」 「ちゃんと本棚の上に飾ってくれたじゃない」 「他に置き場が無いんだよ。玄関だと凄い好きみたいに捉えられるし」 「それはそう。えー、でも五百円以内って縛りがあるから色々考えたんじゃないのよさ」 「限界がある。せめて千円まで上げようぜ」 「幅が広がり過ぎて面白くない」 「狭すぎて身動きが取れないんだっつーの」 「じゃあ折衷案で七百円!」 「五百円から大して変わってねぇじゃん」 「そんなこと無いわよ」 「わかった。今度、一緒に雑貨屋へ行くぞ。そんで値札と見比べて予算を決めよう」 「よし、交渉成立ね」 「んだな」  そこではっと気付いた。咲ちゃんを見ると指を絡ませ、視線を彷徨わせていた。ごめん、と慌てて手を合わせる。 「君の経験談を話させておきながら、派手に脱線させて」 「いえ、お二人が仲良しなのは知っていますし、七年連続でプレゼント交換をしているというのは非常にありがたい情報でした」  今度はどんな妄想を広げるつもりなのかね。まあ今は私がやらかしたから口を噤むが。 「葵殿と恭子殿は本当に仲が良いのですなぁ。常々、一番大切な親友、と語られていたのも納得です」  急に武者門さんが爆弾を投げ込んで来た。コラッ、と固い鎧を軽く小突く。 「さっきも言ったよな!? 恥ずかしいからやめてくれって!」 「いやぁ、想像以上の仲の良さでしたから感心致しました。ここまで親しく本心をさらけ出せる相手にはなかなか巡り合えますまい! お二方は幸せですなぁ。本当に、いいご関係で……素晴らしい……!」  ……ちょっと待て。 「え、泣いてる?」 「感動しました!!」 「声がデカい!」  こらこら、と神様が変わらない調子で入って来る。 「武者門も酔っ払っているね。皆、少し浮ついているみたい」  もっともなご指摘だ。失礼しました、と武者門さんは居住まいを正す。 「まあ気持ちはわかるけどね。恭子がデートをオッケーされ、今度は咲の経験を聞かせて貰っているのだから心が躍るのは当然だ」 「……もしかして、神様もめっちゃ楽しんでます?」 「当たり前じゃないか」  いつも通りだけど、そうか。態度に出さないだけで満喫しているのか。考えてみれば初めて会った日から恋バナをしたいってずっと主張していたもんな。マジで好きなんだ。 「ちなみに咲は徹と何を交換したの?」  見事に軌道修正をしてくれた。はい、と咲ちゃんが背筋を伸ばす。 「私は彼にパスケースをあげました。高校の時から使っているというケースを持っていたのですが、生地は黒ずんでいたし、ビニールはところどころ破れていたし、むしろ何故買い換えないのか不思議な程傷んでいたので」 「シンプルに汚ぇな」 「彼氏が持っていたら嫌な物の一つではあるわね」  私達の感想に、まったくです、と咲ちゃんが大きく頷く。 「んで? 田中君からは何を貰ったんだよ」  何故か咲ちゃんは呆れから無表情へと変わった。鞄を、と呟く。 「鞄?」 「はい。トートバッグをいただきました」 「へぇ。普段使い出来ていいじゃんか」  いえ、とまたしても首を振り、スマホを操作している。そして一枚の画像を見せてくれた。流石に私は吹き出した。げっ、と恭子は顔を顰める。覗き込んだ神様は鈴のような笑い声を上げた。武者門さんは、うむむ、と唸っている。 2959b075-4217-4315-85a6-8a0793a53ed9 「いくら私がイルカさんを好きだとは言え、こんなイルカまみれのバッグを使うのは流石に抵抗があります。しかし貰った手前、使わないわけにもいかず、田中君と会う日だけは恥を忍んで持って行きました」 「あいつ、センス無ぇなー。こういうのは小さくワンポイントとか、近付かなきゃわからないような柄の方が素敵だってのに」  私の意見に、そうなのですっ、と身を乗り出した。 「イルカさんは可愛いですよ? でも、いくらなんでも自己主張が激しすぎます。私、イルカさん、だーい好き!! そう宣言しながら歩くようなものです。だけど付き合い始めて初めてのクリスマスで貰ったプレゼントだから、全然使わないのも失礼ですし……」 「結果、イルカさん大好き女として練り歩く羽目になったわけだ。しかし知らなかったな、そんなトートバッグを持っていたなんて」  そりゃあそうです、と深い溜息を吐いている。 「見せられませんよ、いくら葵さんや恭子さんが相手でも」 「そこまで嫌だったのか……」 「実際にこれを持って出歩いてみて下さい。気のせいではなく聞こえるのです。あの鞄やばっ、とせせら笑う声が」 「そりゃそうだ。どんだけイルカまみれやねんって私でもツッコむ」  ですから、と咲ちゃんが眼光鋭く恭子を見据えた。 「大事なアドバイスです。プレゼント選びは慎重に」  借金のCMみたいだな。ご利用は計画的に、なんてね。 「わ、わかりました」  咲ちゃんの圧に恭子がたじろいだ。まあそりゃ咲ちゃんもバーナーみたいに燃え上がるよなぁ。そして今だけは私が田中君とくっつかなくて良かった、と胸を撫で下ろした。あんな鞄を持って街をふらつく勇気は無い。たとえ好きな人から貰ったクリスマスプレゼントだとしても。その点でも私は咲ちゃん程の想いは無いのだなぁと察する。完敗でござるよ、咲殿。お見事、天晴。そして、ドンマイ。わはは。
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