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プレゼント・トラブル。(視点:葵)
「ちなみに綿貫君の欲しい物とか、わかるのか?」
「全然わかんない」
いっそ清々しい程の返答を恭子が寄越した。おいおい、と肩を竦める。
「そんな調子で大丈夫か? 流石に田中君程の失敗は犯さないだろうけど、変な物はあげるなよ?」
「あげないわよ。葵とのプレゼント交換、困ったことは無いでしょ?」
「スカイツリーの模型を持て余したっつってんだろ。あと、普段使い出来る物がほとんどだったから困りようが無かったけどさ、好きな彼相手に靴ベラだのハンガーだのをあげるわけにはいかねぇだろ」
む、と腕組みをした。
「確かに、それは駄目ね」
「だろ? かと言って鞄みたいに使っているかどうか、一発でわかる物も気持ちが重い。咲ちゃんみたいに、嫌だけど使わなきゃ申し訳ないってプレッシャーを感じさせる可能性もある」
「付き合ってもいないのに重圧をかけるのは悪いわ。あれ、ちなみに去年のプレゼントはどうだったの? っていうか、去年のクリスマスの話、まだ聞いていなかったわね」
「そういやまた途中で話をぶん取っちまったな。すまん咲ちゃん、私らがお喋りなばっかりに」
いえいえ、と微笑み掛けてくれた。また、尊い、とでも思っているのかね。別に普通に接しているだけだ。ちょっと昔惚れちゃって、今は唯一無二の親友なだけ。
「去年のお話、しても良いのですか?」
「むしろ聞かせて、咲師匠!」
「神様、付け髭とか出せます? 白い、仙人みたいなやつ。咲ちゃんに付けましょうよ」
「出せるよ」
私の手元に現れた。ほれ、と裏面のシールを剥がし、咲ちゃんに迫る。
「い、いりませんよ。付け髭なんて」
「師匠キャラに髭は必須だろ」
「私は別に師匠なんて偉い存在になったつもりはありません。それにお酒が飲み辛くなるのでいらないですっ」
両手で口元を覆われた。ちっ、なかなか頑なじゃないか。ちょっと葵、と恭子に肩を叩かれる。
「咲師匠の話が聞けないじゃない」
「お前が師匠って呼び始めたから私は付け髭をだな」
「髭なんて心の目で見ればいいのよ」
「何言ってんだお前」
「いいから。それで、去年はどうだったの?」
あ、私を無視しやがった。ちぇーっ。気が付くと付け髭も消えていた。神様が人差し指と中指を立てる。長くて綺麗な指ですね。
「去年は昼間に美術館へ行きました。丁度、お互いに好きな漫画家さんの展示会をやっていたので」
「へぇ~」
「恐ろしく混雑しており、人間の発する湿気と熱気が充満した上に展示物がよく見えないという地獄の有様でしたが」
「確かに、混むこと間違い無しの日によく行ったわね」
「見通しが甘かっただけです」
咲ちゃんが自嘲気味に語る。そっか、と恭子も触れづらそうだ。さっき、付け髭を無視された私は黙って眺める。ふーんだ。
「でも夜はまた、いいところへ行ったんでしょう?」
はい、と咲ちゃんは気を取り直したかのように声のトーンを上げる。プレゼントは大丈夫だったんだろうな。
「スペイン料理のお店へ行きました。ご飯もお酒もとっても美味しくて、非常に満足しました。あ、ちなみにお店を訪れる前に夜景を見て来たのですが、都内でも有名なスポットを訪問したのです」
「やっぱり凄かった?」
「えぇ。混雑が」
駄目じゃん。何処へ行っても人波にやられているじゃん。そりゃあクリスマスの日に都内の有名夜景スポットなんざ行ったら混んでいるに決まっているよなぁ。そうなの、と若干引き気味に恭子が相槌を打つ。
「確かにイルミネーションは通り一面を照らしており、とても眩しかったです。ですがまず、電球が眩しすぎて何の形を取っているのかよくわかりませんでした。そして、人が多くて立ち止まって眺めるなんてことは愚か、写真を撮る暇もありませんでした。何より私はチビなので、イルミネーションより他人の後頭部を眺めている時間の方が長かったです」
「……お疲れ様」
「なので、有名スポットは勿論外れは無いでしょうが、そもそもゆっくり見られない、止まれない、思い通りにいかない、最悪はぐれる、そういった可能性も考慮して下さい」
咲ちゃんにとってあまりいい思い出にはならなかったらしい。でも多分、田中君には言っていないんだろうな。そうしてあいつは気付きもしないで、綺麗だったね、なんて呑気に微笑んでいそうだ。やれやれ。
人込みかぁ、と恭子は腕組みをした。
「うーん、それは避けた方がいいかも」
「まあ絶対に避けろとは言いませんが」
いや、と眉を顰めている。普段は化粧が崩れるから、とあまり見せない表情だ。酔っ払っているのか、そのくらい重大な問題なのか。さてどっちかね。
「実はさ、こないだ水族館で会った時、なかなかの数の団体客が押し寄せて来たじゃない」
「あぁ、ありましたね。外国の方々が集団で突撃してきました」
恭子が綿貫君の前で下着姿を晒したあの日か。
「あの時、私と綿貫君はそれこそちょっとの間だけどはぐれちゃったの。彼、そのことを凄く気にしちゃってね。私を痴漢のリスクに晒してごめんなさいってへこんでいたわ」
「うーん、真面目です。恭子さんと人込みの組み合わせは、成程、ちょっと危険ですね」
「全く、困ったもんよ。世の中には欲求に忠実なバカが多過ぎる。おかげでこっちが不自由を強いられるなんて妙な話もあったものね。まあともかく、そういうわけでまた綿貫君を落ち込ませるのも嫌だし、夜景スポットはパスしようかなぁ」
でもさぁ、と横やりを入れる。痴漢のリスクは確かに高いが。
「告白するのなら、やっぱ夜景は王道なんじゃねぇの」
私の指摘に、うっ、と恭子が返答に詰まる。
「わかりやすい場面じゃん。男女がクリスマスに綺麗な夜景を前にしたら、大抵告白に及ぶべさ。なんぼ彼が鈍感でも、まさかって察するんじゃねぇの。恭子は恭子で、ここまで来たら言うしかないって踏ん切りをつけられそうだし。何より、こないだの人込みで恭子を守らなかったって彼が後悔したのなら、次は手ぐらい繋いでくれるかもよ。出来れば腰に手を回して欲しいが。やらしい意味や茶化しているわけではなく、そのくらいの気概は見せて貰いたいからな」
むむむ、と唸っている。もう少し背中を押しておくか。
「多分、恭子はなかなか決心がつかないと思う。だけどお膳立てが整ったら、行くしかない! って跳べるかも知れん。背水の陣じゃないけどさ、状況を作り出して自分を追い込むのも一つの道だぜ。勿論、最終的に決めるのはお前だけどな」
背水の陣、と小さな声で繰り返している。そんで、と私は咲ちゃんに再度水を向けた。
「げんなりした後、美味いスペイン料理と酒で気分は持ち直したわけだ。そこへ差し出されたプレゼントはどうだった?」
恭子をちらりと見た後、去年は、と咲ちゃんは答えを口にした。
「私はネクタイのセットをあげました。彼の好きな漫画と期間限定でコラボした商品を十月に見付けたので、急いで買って自分でクリスマス用のラッピングをしました」
「甲斐甲斐しいねぇ。さぞ喜んだだろ」
「店内で大声を出して注意されるくらいには」
いちいちケチがつくな、あいつ。
「そんで、肝心の田中君からのプレゼントは?」
咲ちゃんが再び遠い目をする。
「低反発枕でした」
「……は?」
こりゃまた予想外の品物だ。
「……何で急に、枕? 咲ちゃん、欲しがっていたのか?」
私の問いに、いいえ、とゆっくり首を振る。
「会社の人に勧められたそうなのです。肩凝りが治るし睡眠の質も良くなる。ぜひ使ってみて欲しい。そう言われて、私にプレゼントをしたのです」
あいつ、やっぱバカだ。
「それは、咲ちゃんに押し付けたってことか?」
「いえ、流石にそこまでひねくれてはいませんでした。会社の人がそんなに勧める良い品なら、咲にぜひ使って貰いたい。だからプレゼント! そう笑っておりました。ちなみに当日持ってくると荷物になるので、後で瞬間移動で取りに来て、と頼まれました。そこまでして、何故別に欲しくも無い枕を貰わなければならないのだろう。そんな疑問が浮かびましたが考えるのをやめました。イルカさんまみれの鞄よりは実用的ですから、彼なりに進歩はしているのです」
「マイナスからの始まりだから、進歩したところで結局スタートラインにも届いていないな」
遠慮なく指摘をする。無言で一つ頷いた。おまけに、と咲師匠の愚痴は続く。
「その枕は私に合いませんでした。首が痛い。頭痛がひどい。昼夜問わず眠い。一週間、その状態が続きました。最初は風邪かと思いました。ですが、もしやと枕を元に戻すとあっという間に改善されました」
「駄目じゃん」
「駄目なのです」
巨大な溜息を吐いている。なあ咲ちゃん、と私はそっと肩に手を置いた。
「君、喋りながら後悔していないか? 彼との結婚を決めたことを。私が指摘するのも些かややこしいが」
「……後悔はしていません。ただ、前途多難だな、と改めて割と絶望しました」
「そうか。愚痴ならいくらでも聞くからな」
「ありがとうございます。心の支えになります」
なので、と咲ちゃんは恭子に向き直った。
「プレゼントを貰った人には喜んで貰いたいと特に私は強く感じます。だから綿貫君のためにも、恭子さんの好感度を上げるためにも、私が協力致します」
ほう。こりゃまた力強い宣言だ。田中君のバカさ加減が咲ちゃんに火を点けるとは、何がどう転ぶかわからないもんだね。
「いいの?」
「無論です。恭子さんがイルカさんまみれの鞄や首に合わない枕をあげるとは思いません。しかしどうせあげるなら綿貫君を大喜びさせたいじゃないですか」
「それは勿論、そうね」
いいですか、と咲ちゃんは真剣な眼差しを恭子に向けた。そいつは、プレゼントに失望してきた咲ちゃんの怨念の裏返しと捉えてもいいものかね。
「田中君経由で綿貫君の好みや、今欲がっている物を聞き出します。そして恭子さんにお伝えします。情報を元にプレゼントを選んで下さい」
「うーん、大丈夫かしら。そんな質問をしたら、クリスマスを一緒に過ごす私が何か探っているんじゃないかと勘付かれそうじゃない? ほら、田中君って口は禍の元、を地で行く人だし危なくないかしら」
咲ちゃんはしばし黙り込んでいた。だけど、仰る通りです、と静かに肯定した。
「田中君はやらかしそうですね。ここは口の上手な橋本君にお願いしましょう」
自分の旦那をクビにしたよ。
「それなら安心ね。のらりくらりと躱すだろうから」
「はい。まあ一応、田中君からも彼が知っている綿貫君の情報は聞いておきます。クリスマスプレゼント、絶対にいい物を渡して綿貫君を喜ばせましょう」
段々、趣旨がブレとるがな。プレゼント大作戦じゃなくてクリスマス・デートがメインだぞ? あくまでデート全体が目的だ。そしてゴールはプレゼントじゃなくて告白だってのに、大丈夫かな。まあいいプレゼントを渡すに越したことは無いな。
頑張りましょう、と拳を握る咲ちゃんの後ろには確かに青白い炎が燃えていた。ありがとう、と応じる恭子も微妙に咲ちゃんの後ろを気にしている。あれ、新しい超能力じゃないよな。神様を見ると肩を竦めた。大丈夫、って意味だと捉えますからね。
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