「私に刺さる、やめてくれ」(視点:葵)

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「私に刺さる、やめてくれ」(視点:葵)

「そいじゃあプレゼント選びは橋本君と咲ちゃんを頼るとしてだ。あと決めるべきことは昼間に何をするかと夜は何処の店に行くかだな」  私の言葉に恭子は指折り数えた。足りない気がする、と首を傾げる。 「足りない?」 「うーんと、えーっと、あぁそうよ。綺麗な夜景。やっぱり見に行った方が盛り上がるかしら。でも咲ちゃんは楽しくなかったのよね?」  はい、と咲ちゃんは小さく頷く。 「私はあまり楽しめませんでした。ですが大抵の人は満喫出来るから、イルミネーションは人気なのだとも思います。恭子さんは私より身長が高いですし、お話を伺った限りですと綿貫君も人込みから一生懸命庇ってくれるでしょう。葵さんも仰った通り、もし告白をされるつもりでしたら雰囲気作りにはピッタリです」  そう言われて恭子の鼻息が荒くなる。鼻毛を綺麗にカットしてあるから余計に抵抗が少ないのかね。 「じゃあ、やっぱり、行くか。夜景」  私は立ち上がり、片言気味になった親友の肩を揉む。ガッチガチに力が入っとるがな。いつになったら神様のアドバイスを実践出来るのやら。 「あ、じゃあ逆算して決めたらどうだ? 夜景で締めるなら近くで飲むだろ。昼間はその近辺か、せめてアクセスの良い場所で遊べばいい。な、予定が一気に決められるぞ」  しかし、タイムです、と咲ちゃんが待ったをかけた。 「夜景が有名なところの近く、もしくはそこを中心に予定を固めるのはあからさまではありませんか?」 「あー、そっか。最後に告白が来るんじゃないかと身構える羽目になる、と」  しばし考えたのだが。 「……あるか? 綿貫君に限って。多分、勘付くとしたら予定を伝えた時だわな。その際、彼がこう思うってんだろ。あれっ、もしかしてこれは最後に夜景を見に行くのかなっ。え、クリスマスの日に一緒に夜景を楽しむなんて、ひょっとして恭子さん、此処で俺に告白を!? ……ねぇよ。むしろ、そういうフラグを悉く見ないふりをされて来たせいで恭子は情緒不安定になる程追い詰められたんだ」  三人揃って空中を睨む。その時、神様が指を動かした。宙に半透明の綿貫君の生首が浮かぶ。ホログラム映像みたいだ。呑気にニコニコ笑っている。 「健二を見ていたらより具体的に想像出来るかと思って」  細かな心配りの出来るお方だ。ほほぉ、と武者門さんが顎を擦る。 「此方が恭子殿の思い人ですか。どのような方なので?」 「スーパー鈍感なハイパー暴れネズミ花火」  私の評価に、ちょっと、と恭子が憤る。 「そんなに悪いようには……言ってないか。むしろ的確な評価か」 「だろ?」  お互い、溜息が漏れる。はて、と武者門さんは疑問の声を上げた。 「さっぱり見当がつきませぬが、どうやら変わった御仁のようですね?」 「変人も変人。恭子とタメを張るレベルですよ」  途端に、一緒にしないでくれる!? と気炎を揚げた。 「私、変じゃない!」  それはどうだろう。  学生時代は、寂れた城のナイト・ツアーへ私を引き連れてわざわざ参加をしに行った。あとはサークルの後輩達を巻き込んで、地方テレビの素人音楽ライブイベントへ無理矢理応募をした挙句、恭子本人は本番直前にインフルエンザへ罹って代役を私に押し付けた。  社会人になってからは、咲ちゃん、田中君、綿貫君と恭子、私の五人で沖縄旅行へ行ったが、そこでは三泊四日の内、二日間は二日酔いでふいにしていた。男子の部屋で寝込んだ挙句、風呂まで借りて、おまけに事故で田中君の全裸を目撃していた。でっかい水族館へ行ったらば、カニの水槽を見ながらカニが食いたいと言い出して店を探していた。旅行から帰って来てからも、元気の無い咲ちゃんを慰めようとして何故かデリカシーの無い発言をかまし、私に尻を蹴飛ばされていた。  最近じゃ泥酔して恋に泣かされ咲ちゃんに迷惑をかけ、私のエプロンに涙とよだれ、鼻水を盛大につけていた。傷付いた私の気持ちを思いやって、田中君を三発殴り、綿貫君を私の部屋に連れてきたことを忘れて下着姿でリビングに現れ、挙げ句今日は喧嘩したりくすぐったり落ち込んだりした挙句、神様と嚙み合わない会話を繰り返していた。  どこが変じゃないって? なあ恭子。私に言わせりゃお前も十分変人だ。そして情に厚く、他人に真面目で、真っ直ぐ全力で向かい合う、素敵で魅力的なお姉さんだよ。だから私はお前が好きだったし、今も幸せになって欲しいと思っている。そんな本心、口には出さないけどさ。これ以上、恭子を混乱させたくないし、自分の恋心へ真っ直ぐ進んで欲しいから。 「いや、お前も変だ」 「こんなにまともで普通の美人はいないわよ!」 「腹立たしい自己評価なのに適正なのがムカつくな」 「あんただって可愛いじゃない」 「自覚はある。だが幸せに恵まれないからあんまり意味は無いな」 「……返しづらいってば」 「で、何の話だっけ? くそ、酔っ払っているせいか話題があちこちとっ散らかってなかなか前に進まねぇ」 「綿貫君に勘付かれないか、というお話ですよ」  今度は咲ちゃんが軌道修正してくれた。あぁそうだ、と頭を掻く。私も明日は久々に二日酔いかもなぁ。 「まあ、言い出しておいてなんですが、確かに綿貫君は勘付きそうにありませんね。もしや、と思ったとしても、いやいや無い無い、と自ら否定をするでしょう」 「だべ? だから安心して夜景を中心に予定を組むべさ」  そうね、と恭子がスマホを取り出す。画面を覗き込むと有名な夜景スポットを検索していた。ランキング形式で、上位はやはり都内の中心部だ。反対側から見ていた咲ちゃんが、混みますよ、と指差した。 「此処が去年、私が行ったところです。イルミネーションが見える範囲は立ち止まらせて貰えません。まあ、歩きながら眺めて楽しむものなのでしょう。しかし告白をするのには不向きかと。もう少し、落ち着いたところの方が良いと思います」 「成程、じゃあ此処は候補から除外しようっと。って言うか、都内だと何処も同じ気がするわ。とにかく人が多いし、ランキングの写真や紹介文を読む限りだと、ビカビカに照らされた電飾の下を歩き回るのが目的って感じがする」  微妙に引きが無い表現をした。そういうところもお前の変人要素だからな。 「では近県で探してみますか?」 「うーん、そうねぇ」  その時、一つの考えが浮かんだ。なぁ、と声を掛ける。 「海沿いの公園とか、どうだ?」  海沿い? と二人が揃って聞き返して来る。 「海を挟んで対岸に街が広がっていたら結構綺麗な夜景が見えると思うんだよ。イルミネーションじゃないけど夜景としては悪くないんじゃないかな。それこそ東京湾を挟んで都心部を眺められるようなところとか、無いのか? 別に都心が見渡せなくても、夜景ならいい気もするけど。そういう場所なら、クリスマスに合わせたイルミネーション地帯よりは人も少ないし落ち着いて告白も出来るだろ」  今度は二人が揃って首を傾げた。ええい、説明が難しいんだよ。ちょっと待ってろ、とスマホでマップアプリを開き、海岸沿いを中心にそれっぽい公園を探す。私のイメージに合う場所はすぐに見付かった。取り敢えず例を示せればいいから何処だっていいのだ。公園の名前を確認し、夜景と追記して検索をかける。表示された画像を二人に示した。百聞は一見に如かず。これなら伝わるだろ。どれどれ、と覗き込んだ恭子と咲ちゃんは、成程、と手を打った。さっきからやけに動きが合うな。シンクロナイズドスイミングでも始めるといい。 「そういうことね。対岸から街の夜景を眺める、と」 「綺麗ですねぇ。それに公園ならベンチとかに座ってのんびり出来るのではないでしょうか」 「ま、今はイメージが伝わればと思って適当な公園を開いたから、此処の周りには何も無いし電車も通っていないけどさ。探せばもうちょい商業施設の近くにあるところも見付かるだろ。若しくはアクセスの良い公園もあるやも知れん。その辺は自分で探してみ。後はそこを中心に組み立てれば何とかなるだろ。綿貫君もやりたいことがあるかもしんないしさ、二人で決めるのがいいと思うぜ」  わかった、と恭子は深々と頷いた。目途が立ちましたね、と咲ちゃんも微笑む。 「ちなみに夕飯のお店は早目に予約をした方が良いです。人気なお店は既に埋まり始めていますから」 「マジ? まだ、丁度一カ月前よ?」 「クリスマスを侮ってはいけません。世の中のカップル達が満喫するのは勿論ですが、お相手のいない方々も仲間と手を取ってお酒を飲みに来るのです。だから結構いいお店を選ばれた方が良いかも知れません。居酒屋ではやけ酒を煽った若者達が大きな声で騒ぐかも知れませんもの」 「咲ちゃんよ、それは独り身への偏見だ。私に刺さる、やめてくれ」  ちょっと傷付いたので釘を刺す。いえっ、と慌てて手を振った。 「葵さんが荒れるとは思ってませんよっ。むしろそういう人々を冷ややかに眺めるタイプじゃないですか」 「私個人はそうだがな。大きな括弧で括ったら、独り身って同じカテゴリーにぶち込まれるんだよ。同族が見下されるのは辛抱堪らん。やめちくり」 「えっと、そんなつもりはありませんでしたが、見下しているように聞こえましたか……?」 「独り者はね、へそが曲がるんだよ。だから普通の発言でもそういう風に捉えてしまう」 「ごめんなさい……」 「許さん」 「えぇっ」 「冗談だよ。今の反応が可愛かったから許してあげる」 「もう、葵さんったら」  イチャイチャしている傍らで、海沿いの公園、海沿いの公園、と恭子は必死でスマホをいじっていた。大分乱れて来たねぇ、と神様がのんびりと呟く。 「皆、酔いが回って来たようだし、恭子のクリスマス・デートも道筋は見えたね。では今宵の作戦会議はそろそろお開きにしようか」
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