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嫌々許可制を敷いているのです。(視点:田中)
恭子さんとの通話を終え、すぐに咲へと電話を掛ける。しかしなかなか繋がらない。挙句、留守番電話になってしまった。葵さんと一緒にいるはずだから気付かないのかね。困ったな、咲の許可無しに女性と二人で出掛けるわけにはいかないぞ。もう一度発信してみる。すると今度は七コール目で繋がった。取り敢えず安堵する。だけどまだオーケーが出たわけではない。もしもし、と応じる咲の声に風の音が混じっていた。
「もしもし。咲、ごめんね。葵さんといるところに」
「よぉ色男。私と咲ちゃんのデートを邪魔するとはいい度胸じゃねぇか」
返って来た葵さんの声に少し動揺する。どうやらスピーカー受話にしているらしい。
「折角遠出して温泉街まで来たってのにさぁ」
「温泉街?」
俺の疑問に、遊びに来たの、と咲が答えた。
「何処の温泉?」
「西の、有名なところ」
「私がちょいとナーバスになっていたんでね。咲ちゃんが連れて来てくれたのさ」
成程、と言ってはみたものの実は事情がよくわかっていない。こういうところが皆に注意される原因なのかな、と頭を過ぎった。それで、と咲が続ける。
「何か用? 電話、掛けたでしょう」
あぁ、そうだ。許可を取らねば。
「ええと、ついさっき恭子さんから呼び出しを受けたんだけど、これから会いに行ってもいい?」
途端に、えぇ~、と葵さんが横やりを入れた。
「私の次は恭子と二人ぃ? 我が親友にナニをする気だ?」
あんたがそこをいじるなっての!
「ちょっと! 邪推はやめて下さいよ!」
「田中君と二人きりになったら告白されかねんからな」
「悪かったですってば!」
「私の親友を泣かせたらお前のケツに焼けた鉄棒をぶち込むぞ」
「物騒だな! そんで泣かせないです! むしろ俺は呼び出しを受けた側!」
「本当か? 綿貫君とのデートがうまくいくよう手伝うって口実であいつを油断させて、毒牙にかける気じゃあるまいな」
途中までは合っているのが怖いな……。
「そんなつもりは無いです。ただ、葵さんが仰った通り、綿貫とのクリスマス・デートがいいものになるようお手伝いします、とは伝えました」
「電話で?」
「はい」
「下心は?」
「ありません!!」
「どう思う咲ちゃん?」
え、ここで咲に振るの? ちょっと怖いんだけど。なんて思っていたが、咲は黙り込んだまま、言葉を発しない。不気味な沈黙が降りる。葵さん、話を振った身として今どんな顔をしているのだろう。
「あれ、咲ちゃん? 怒っている?」
げ、マジか。許可は下りないか?
「田中君、しばしお待ちを。葵さん、恭子さんにお電話を掛けていただけますか?」
「成程、あいつに直接確認するんだな。いいぜ、請け負っちゃる」
そこまで疑われているのか。俺の信頼ってつくづく地に墜ちたんだなぁ……まあ咲からすれば当然だ。葵さんと二人きりで会った挙句、告白したって前科がバッチリあるもんなぁ……。しかし、よくプロポーズを受けてくれたものだ。ありがとう、咲。
もしもぉ~し、と葵さんの飄々とした声が響いた。こっちもスピーカー受話にしているらしく、もしもし? という恭子さんのがびついた返答が聞こえて来た。電話と電話で会話をするとこうなるのだな、と妙な部分に感心する。
「よぉ恭子。二日酔いか?」
「あんたはどうなのよ、葵」
「ちょい不調だな。ところで今、私は咲ちゃんと一緒にいるのだが。田中君から咲ちゃんへお伺いがあってな。恭子に呼び出されたから二人で会って来てもいいかって申し出なんだが、お前、本当に呼び出した?」
何故か鼓動が高鳴る。落ち着け、俺。事実、恭子さんは俺を誘ったじゃないか。やましいところは一つも無い! 恭子さんに懸想なんてしていないし! ……だったらいい、とはならないか。
「その確認のために電話をして来たの?」
「咲ちゃんのご要望でね」
お疲れ様です、と咲の声が聞こえた。あぁ咲ちゃん、と恭子さんが応じる。
「昨夜はお疲れ様」
「はい、お疲れ様でした」
「それで、田中君の呼び出しの件だけど」
咲は黙っている。怒っているのか、緊張しているのか。
「私がお願いしたのよ。く、クリスマス、デート、の……」
そこで恭子さんの言葉が途切れた。またしても沈黙が降りる。おい、と口火を切ったのは葵さんだった。
「何故そこで話が終わる。腹でも痛くなったか」
違う、と押し殺したような恭子さんの返事が聞こえた。
「は、恥ずかしくて」
「あ?」
「く、く、クリスマスに、綿貫君と、デート! するなんて! 改めて! 皆に宣言するの!! 恥ずかしい!!!!」
……こんな調子の恭子さんを相手に、今日俺は相談に乗れるのか。そうか、と答える葵さんの声は震えていた。明らかに笑いを堪えている。咳払いが聞こえた。誰のものかは流石にわからない。
「クリスマスに好きな男と過ごせるなんて幸せじゃねぇか。うまくいくといいですわね。そのままうまいこと一夜を共に」
「田中君の前で生々しい話をしないで!!」
生々しいって言い回しが一番生々しいんですけど。親友と先輩がどうこうなっている様なんて想像したくない。
「わかった、悪かったよ。で? 結局田中君にはお前から助太刀を頼んだってことでいいんだな?」
茶化しながらも本題に戻してくれた。そうよ! と恭子さんの叫びが聞こえる。そんなに勢い込んで応じなくてもいいだろうに、よっぽど照れが尾を引いているのだろうか。
「だってさ。さて、咲ちゃんよ。どうする? 我が巨乳の親友は、巨乳好きの君の婚約者に助けを求めているわけだが。二人きりで作戦会議を開くの、許可する?」
あ、クソ! わざわざ余計な情報を付け足しおって! 別に好みと告白は直結しないぞ、と咲や葵さんの姿を思い浮かべる。そして、我ながらどれだけ失礼なのかとすぐに反省をした。駄目だな俺! 怒られる要素ばっかりだ!
「巨乳好き……」
そんでもって咲も見事に引っ掛かっている! やめてよ、と恭子さんの割と真面目な声が響いた。
「そこを粒だてられるの、好きじゃない」
「でも彼の好みに合致しているのは事実だぜ」
「いいから、いちいち口にしないで」
「んん、そうかい。で? 結局咲ちゃんは許可するの? それとも二人きりじゃ駄目って言う?」
三度目の沈黙が降りた。緊張が張り詰める。やがて、わかりました、と咲が口を開いた。
「いいですよ、恭子さんと田中君のお二人で会って。夜ご飯まではオッケーです」
ありがとう! と恭子さんは間髪入れずにお礼を述べた。
「咲、ありがとう」
俺も後に続く。
「あと、誤解の無きよう宣言しておきますが、基本的に私は相手を束縛するような真似は好きではありません。田中君が女性と二人きりになる際にわざわざ毎回お伺いを立てられるのも、自分が何様なのかと思いますので割と気まずく感じております。その上で、今こうして許可制を敷いている理由を、皆様ご理解いただきお忘れなきようお願い致します」
わかった、と恭子さんがしっかりと応じる。
「私にそのつもりは欠片も無いけど、彼女持ちの男と二人きりになるのだからちゃんとするわ」
綿貫とくっつきたいのだから恭子さんがどうこうするわけない。問題は俺だ。ちなみに咲ちゃん、と葵さんが話を引き取る。やけに声が甘い。あ、何だろう。物凄く嫌な予感がする。背中の毛が逆立つ程に悪寒が走った。
「色々言ったが恭子は基本的に貞操観念がしっかりしているから、通常有り得ないとは思うのだが。泥酔したあいつを介助した上で、夜ご飯のその先を二人がお召し上がりになったとしたら」
あぁ……勘弁してくれ……。
「あんた何言ってんの!?」
まったくですよ恭子さん。しかし葵さんは、どうする? と咲を促した。返って来た答えは。
「五体満足でいられると思うな」
抑揚の無い咲の言葉に全員黙り込んだ。そして、葵、と恭子さんが呼び掛ける。
「すまん。悪かった。触れちゃいけない話題だった。何も無い、何もしないよな、田中君」
「当たり前じゃないですか」
間髪入れずに応じる。しかし。
「当たり前……?」
咲が怖い! そうだよね! 咲がいるのに俺は葵さんに告白したのだから、何もしないのが当たり前って言っても説得力が無いよね!
「じゃあまあ恭子、田中君に助けて貰ってこい。田中君、恭子が綿貫君とクリスマスを満喫出来る様存分に知恵を貸してやってくれ。咲ちゃん、私達は引き続き楽しむとしよう。全員、それでいいな?」
はい、と食い気味に返事をする。ありがとう、と恭子さんも叫んだ。
「行ってらっしゃい」
咲は声まで無表情だ。非常に気まずい!
「じゃあ咲、恭子さんに恩返しをして来るよ!」
そう付け足すと、溜息が返って来た。これは絶対咲のものだと確信する。そして、わかりました、と嫌そうな声が聞こえた。ようやく感情が乗ってくれてむしろ安心する。
「徹君。恭子さんが綿貫君とうまくいくよう、お手伝いをお願いします。私もお二人にはうまくいって欲しいから」
「わかった! 咲の分まで頑張るね!」
我ながらよくわからない返答だ。よろしくな、と葵さんの声が響く。そして電話は切れた。スマホを握ったまま、床へ大の字に寝転ぶ。疲れた。そしてとても怖かった。大きく息を吐いたその時、またしても電話が掛かって来た。発信者は、恭子さん、か。
「もしもし」
「もしもし。そういうわけで、今日はよろしくね」
「何とか許可が下りて良かったです。時間と場所はどうしますか?」
「そうね。十四時半に東秋野葉駅でどうかしら」
今は十二時半か。余裕で間に合う。
「いいですよ。恭子さん、昼飯は食ってから来ますよね?」
「ううん、支度と移動で時間が無いから喫茶店かファミレスで何か食べるわ。君はこっちを気にしないで好きにしていいから」
「わかりました。じゃあ、十四時半に東秋野葉駅でお会いしましょう」
「うん、よろしくね」
じゃあ、と電話を切られそうになる。半ば無意識に、恭子さん、と呼び掛けた。
「何?」
「……いえ、信用を取り戻せるよう頑張ります」
少しの沈黙の後、ファイト、とだけ励まされた。電話が切れる。さあ、支度をしようか。
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