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写真とピザと透明人間。(視点:咲)
さて、と葵さんが改めて切り出した。私は一瞬身を竦める。だけど今日はもうからかわないと約束してくれたから流石に信じなきゃ。……いや、でもやっぱり怖いなこの二人……。そんな私の内心を知ってか知らずか、咲ちゃんや、と葵さんが此方へ視線を寄越した。
「改めて橋本君の案を見てごらん」
「あ、画面が消えてる。ちょっと待ってね」
スマホを操作した橋本君が、はい、とすぐに差し出してくれた。怯えながらも画面を覗き込む。表示されているのは、えっと、通販サイトかな。ワインボトルがたくさん並んでいるのだけれども。
「ラベルに顔写真を添えられるの?」
説明を読んだ私の質問に、そ、と橋本君は笑顔を浮かべた。えっ、と私は思わず自分の頬に手を当てる。
「まさか、恭子さんの写真を貼ったワインをプレゼントするの? それってもう、告白じゃないかな!?」
そんな、あからさますぎる! いや、二人は両想いだからそのくらいやってもいいのかも知れないけれど、あぁでも綿貫君が動揺してまたおかしな思考を働かせそうでもあるなぁ!
「やめた方がいいと思う!」
はっきりと考えを口に出す。すると、まだ動揺してんのかい、と葵さんが頬杖をついた。違うよ、と橋本君は薄い笑みを浮かべたまま。
「綿貫の写真を持っている? って訊いたでしょ。あいつ本人の顔写真を印刷するの」
「……あ」
確かにそう言っていましたね……。
「恭子から恭子の顔入りワインを渡すなんて、咲ちゃんの言う通りもう告白だぜ。実際、当日するのかしないのかはわからんが、流石にそんなわかりやすいプレゼントは渡さんだろ。第一、恭子が全力で却下するだろうな。渡せるかぁ! 自分の顔写真を貼り付けたワインなんてぇ! って」
「葵さん、恭子さんの真似が上手いな」
橋本君の称賛に肩を竦めた。本当によく似ているなぁ、と私も感心する。おかげで少し落ち着きを取り戻した。
「まあ彼の顔がプリントされたボトルなら、洒落がきいていていいんじゃないの?」
きいているかな。私は自分の顔より葵さんのお顔がプリントされている方が嬉しいな。……ちょっと気持ちが重いでしょうか。また変な顔をされるのも嫌だから、口には出さないでおきましょう。
「写真にもよりますけどね。咲ちゃん、何枚かあるって言っていたよね」
頷きつつ、そこまで話しておきながら何故私は恭子さんのお顔を貼り付けると勘違いをしたのか、自分に対して疑問を抱いた。お昼寝から起きたばかりでぼーっとしているのかも。うん、昨日恭子さんから任されたのにそんなことではいけません。ここからは気合を入れていきますよ!
「俺も当然、持っている。よさげなものを見繕ってみようか」
「わかった。スマホ、探してみる」
意気込んで取り出す傍らで、私は関係なさそうだ、と葵さんは伸びをした。
「それじゃあ暇だから夕飯のメニューでも選ぶとするよ。此処でデリバリーを取るので構わないか? 恭子の手助けをして貰っているお礼に私が奢ろう。二人とも、何が食べたい?」
葵さんの問い掛けに、俺はピザ、と橋本君は即答した。
「あ、私も食べたいです」
「よし、決定」
「いいのですか? 葵さんの食べたい物は」
「酒が飲めればなんでもいいさ。そんなに食わないしね」
小食だからこそ、好きな物を召し上がっていただきたいのです。でもピザを希望した私が今更そう言うのも変かな。うーん、橋本君の遠慮なさって強いなぁ。関心と呆れを含ませた私の視線に気付くことも無く、じゃあ、と彼は葵さんに向かって話を続ける。
「大仏ピザって店の、バジルとサラミのやつがいいです。あと、マルゲリータ。ハーフアンドハーフでお願いします。コブサラダも美味いですよ。あと、チキン。五ピースから頼めたかな」
澱みなく喋る橋本君に、おいおい、と葵さんは目を丸くした。
「君、メニューを暗記しているのか? だが待ってくれ、私はその店自体を知らないんだ。とてもじゃないが覚えきれん」
葵さんがあたふたとスマホを操作する。メモを取ろうとしているのかな。だけど橋本君は、いいですよ、と手を振った。
「俺、アプリ会員だから注文します」
「いやいや、君らが写真の選定をするからその隙に暇な私が注文をだな」
「でも何を食べるか選ばなきゃいけないんだから、どっちにしろ作業は進められないでしょ」
橋本君の指摘に、葵さんは僅かに首を捻った後。
「……その通りだ。すまん、邪魔をした」
小声で謝った。いえっ、と私は先輩の腕を取る。
「お気遣い、ありがとうございます。そのお気持ちが嬉しいです」
「俺は奢って貰えて嬉しい」
「橋本君はちょっと黙って」
軽く睨むと、注文しようっと、とスマホへ視線を落とした。まったく、本当にのらりくらりとしているんだから。佳奈ちゃんくらいしっかり者でないと、相手は務まりませんね。
「咲ちゃんこそ、フォローありがとさん。そんじゃあ私は酒でも買ってこようかな。悪いが一度、瞬間移動で自宅へ帰して貰えるかい?」
お任せを、と手を繋ぐ。別に接触していればそれで十分なのだけれど、しれっと役得、です。うふふ。
「橋本君、注文は任せた。代金は後で払う」
「わっかりましたー。ちなみに支払いは現金ですか?」
「他にどうやって払えってんだ?」
あー、と橋本君が頬を掻く。
「葵さん、電子決済とか使ってないですかね」
「クレジットカードは持っているが」
「スマホのポイント払いとか」
「何も使ってない」
橋本君はちょっとだけ口を噤んだ。そして、わかりました、と親指を立てる。
「現金でお預かりします」
「ひょっとして、君はキャッシュレス派だったかい?」
「まあ、何かあった時のために当然現金も持ち歩くので、その補充に使わせて貰いますよ」
全部説明する必要はあるのかな、と疑問が過る。しかし葵さんは、ありがとよ、と親指を立てた。
「じゃあ酒を買いに行ってくらぁ」
「お願いします。戻ってきたらラベルの写真選び、始めましょ」
行ってらっしゃい、という橋本君の声を聞き届け、私は瞬間移動をした。葵さんの手が離れる。
「そんじゃあ行ってくる。咲ちゃんはどうする? うちで待つ? それとも橋本君の家に戻る?」
いえ、と私は首を振った。
「一緒に行きます」
「え? 瞬間移動でうちへ来た時は、部屋から出られないって言っていたじゃんか。いないはずの人間が出て来る様子が防犯カメラに残っちゃまずいから」
その言葉に、ふっふっふ、と自慢を込めた笑いを返す。
「それがですね、一緒に行ける方法があるのです。この超能力を使えば!」
透明化、発動! 自分の体を見回してみる。完全にスケスケだ。あー、と葵さんが明らかに戸惑った声を漏らした。
「昨日、注意したよな。その能力は使わない方がいいって」
「疑心暗鬼になるからでしょう。でも今は私が傍にいるとはっきりしています。それに葵さんには昨日の時点で既にこの超能力をお伝えしておりますから、今更使わない手は無いなって」
そりゃそうだが、と葵さんが頭を掻く。しかし、まあいいか、と表情を緩めた。
「じゃあ行こうか。道中のお喋りはテレパシーか?」
「はい。しっかり繋ぎますのでよろしくお願い致します」
「そこまでして一緒に行きたいかね。たかだか十分か二十分だってのに」
「少しでもご一緒したいのです」
微笑み掛けてみせたけど、すぐに気付いた。見えてないんでしたね。
「あ、ちなみに私が傍にいるという証拠に腕を組んでもいいですか」
「あんまり強く組むなよ。動きが不自然になって私が不審者扱いされてしまう」
「勿論です。では遠慮なく」
細い腕にまた絡み付く。やれやれ、と呟くのがすぐ近くで聞こえた。
「では出発だ」
「はい、買い出しです!」
二人で並んで外に出る。テレパシーを繋ぎ、葵さん、と呼び掛けると一瞬体が強張るのがわかった。
(どちらへ買い出しに行くのですか)
(近所のスーパー。歩いて十分のところ)
(わかりました)
(しかしワインのボトルに綿貫君本人の顔写真を印刷してプレゼントをするってのはなかなか面白い試みじゃないか)
(恭子さんにご確認しなくてよいのでしょうか)
(写真の候補が何枚か出てから打診すればいいだろ。イメージが湧かないとあいつも決めようが無い)
(確かに。橋本君はきっと変な写真をいっぱい出すだろうなぁ)
(四年も同居していたんだし、妙な場面を写真に収めていそうだ。綿貫君が珍妙な行動を取るのは想像に難くないし、その模様をわざわざ撮る橋本君の性格の悪さもよくわかる)
(先程は随分気が合っておられましたね)
(はっはっは! いやぁ、久々に咲ちゃんを思い切りからかわせて貰ったよ)
(葵さん、ひどい)
(君が新しいからかい方を模索しろって言ったんじゃないか)
(連係プレーは卑怯です!)
(ルールブックには書いてない)
(元々そんな物はありません)
(じゃあ二人がかりでもいいじゃん)
(私にも味方が必要です!)
(超能力者なんだから、そこはハンデってことで)
(むしろサイコキネシスで強引にお二人を制圧しなかったのですからこっちがハンデを負っていたようなものですよ!)
(わかったわかった。田中君、は駄目か。私に対して相性が最悪だ。恭子か佳奈ちゃんを味方につけるんだな)
お喋りを続けながらマンションを出て、スーパーに向かって道を進む。あれ、あの正面から走って来る自転車、私を避ける素振りがこれっぽっちもありませんね。仕方が無いので葵さんから腕を離し、後ろに回り込んで衝突を避ける。
(ありゃ、咲ちゃんってば離れたか?)
(いえ、すぐ傍におります。自転車が突っ込んで来たから躱さざるを得なくて)
(まあそりゃしょうがない。相手から君は見えないのだから)
そう言われて、悪寒が走った。あの、と脳内で囁く。
(もしかして、透明化した状態で外に出るのって物凄く危ないのではないでしょうか)
(……確かに。君がいる場所には何も無いように見えている。だから今の自転車みたいに誰も彼もが遠慮なく突っ込んでくる)
その時、信号が赤になった。並んで足を止める。だけど私はしきりに辺りを見回した。あ、ほら! 案の定、私のいるところに人が立とうとしている! 仕方が無いので葵さんから離れて避ける。おっと、今度は子供が! わわわ、もうすぐ其処は車道じゃないですか! ええい、見えないのなら此処でどうだ!
(咲ちゃんよぉ、テレパシーが繋がっているから君の動揺は全部私に聞こえているのだぜ)
葵さんの声が脳内に響く。すみません、と信号機の支柱に上った私は何とかお返事をした。
(聞いていただいた通り、大分余裕が無かったので)
(だったらサイコキネシスで空中を浮遊していりゃいいだろ。鳥や虫はいるかも知れんが君が交通事故に遭うよりよっぽどマシだ)
(確かに! 全然思い付かなかった!)
(まあそこまでして私と一緒にいたいって言ってくれるのは嬉しいけどさ。出来ればうちで待っていてくれ。見えない君が妙な状況に陥っていないか、気が気じゃない)
(……わかりました。すみません、葵さんのお家で待っています)
(ちなみに酒は何が飲みたい?)
(缶チューハイをお願いします。レモンがいいです)
(あいよ。そんじゃあ行ってくらぁ)
(行ってらっしゃい。お気を付けて)
(君には言われたくないなぁ)
テレパシーを切る。青に変わった信号を、葵さんは渡り始めた。信号機の支柱にしがみ付いたまま華奢な背中を見送る。振り返るそぶりも無い。当たり前か、私の姿は見えないのだから。瞬間移動で葵さんのお家へ戻った。透明化を解除する。そのまま玄関に座り込んだ。あぁ、疲れた。透明人間は大変ですね。悪巧みをしている様子を物語に描かれることが多いですが、これでは実行する前に事故死する可能性の方が高いでしょう。
手洗いうがいを済ませてリビングのソファに腰掛ける。さあ、大人しく綿貫君の写真を選ぶとしましょう。そして透明化の能力は、万が一必要な時が訪れるまで、使わないようにしようっと。
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