「〇〇なお姉さんはお嫌いかい。」(視点:咲)

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「〇〇なお姉さんはお嫌いかい。」(視点:咲)

 ただいま、と葵さんが帰って来た。お帰りなさい、と玄関で出迎える。すると、何故かじっと私を見詰めて来た。何でしょう、と戸惑い首を傾げる。 「咲ちゃん、台所にあるエプロンを着てくれないか。そしてもう一度、私を出迎えてくれ」  また変なことを言い出した。 「新妻ごっこですか?」 「絶対に癒される。さあ、早く」 「また今度にしましょう」 えー、と葵さんは薄い唇を尖らせた。さっき、ほっぺに走った感触を思い出してドキドキする。だけど顔に出すとまたからかわれるから一生懸命我慢をした。 「今度、私のお家へ遊びにいらした時にはエプロンを着てお出迎えをしますから」 「今やっておくれ」 「橋本君が待っているから駄目ですよ」  ちぇっと舌打ちをしながら靴を脱いでくれた。床に置いたビニール袋を受け取る。買い出しありがとうございます、と頭を下げると撫でられた。えへへ。 「んじゃ戻ろうか。瞬間移動、頼むよ」  ビニール袋を肘に提げ、差し出された手をしっかり握る。わかりました、と応じると同時に、橋本君のお家に到着です。 「お帰り~」  緩い調子で出迎えてくれた。ただいま、と軽く手を振る。 「適当に買ってきたから足りないかもな。そんときゃ悪いが橋本君、追加で買って来ておくれ」  葵さんの言葉に橋本君がビニール袋を覗き込む。 「いや十分でしょ。ワインが赤白一本ずつ。缶チューハイが、何本だこれ?」 「十本」 「多っ」 「あとビールも二本買った」  どんだけ飲むつもりですか、と橋本君は呆れたように呟いた。うーむ、と葵さんが頭を掻く。 「多いのか? これ。ワインは一本でいい気もしたんだが」 「むしろワインは開けなくていいですよ。缶のお酒だけで充分です」 「恭子と飲んでいると二人でワイン一本プラス缶六本くらい空けるからな……三人いるならこのくらいが適正かと」 「まあ翌日が休みならともかく、今日は日曜日ですからねぇ」  そうかな。明日がお休みだったとしても、このお酒の量は多すぎると思うな。だけど私は発言をしない。この二人相手に何か言おうものなら骨の髄までいじり倒されるとよくわかった。今日はからかわないって約束してくれたけれど、お酒が入ったら平気で反故にされかねない。だからあまり隙を見せないように振舞うのです! 「んで? ピザは頼んでくれたのか?」 「ええ。三十分後に届くそうです」 「わかった、サンキュ。それまでに写真の選定、やっちゃうか?」 「そうですね。軽く飲んでつまみながら、何枚か見てみます?」 「うーむ、酔った状態で写真を選ぶのはいかがなものか。ましてや人のクリスマスプレゼントだぜ? 素面の方がいいと思う」 「まあ、そうか。わかりました。じゃあ真面目に選ぶとしましょうか。テレビにスマホ、繋げますね」  二人はさっきと同じように淡々と、淀みなく話を続ける。案外気が合うのですね。その時、嫌な考えが頭を過った。徹君と葵さんの間に生まれた恋心。橋本君、同じ轍を踏まないよね? 佳奈ちゃんがいるのに葵さんへ目移りしたりしないよね? 葵さん、また傷付けられたりしないよね? 大丈夫だよね? やけに気が合ってしまうと間違えてしまいそうで心配になるのですが、君はやらないよね橋本君?  テレビを点けた彼が、咲ちゃんはさぁ、と振り返り、途端に体を強張らせた。 「俺、咲ちゃんに睨まれるようなこと、した?」  葵さんもこっちを向いた。皺になるぞ、と抑揚のない声を掛けられる。私は橋本君に、何かするの、と問い掛けた。 「いや、しないけど。色々したけど、もうしない」 「……本当に?」 「ひどいな。どうして今、疑うのさ」  葵さんと仲が良さそうに見えたから、君まで変な真似をしないか心配になった。それを、葵さんの前で言えるわけもない。……どうしよう。どうしよう。どうしましょう! 心配が顔に出過ぎてしまいました! だけど誤魔化すために嘘を吐くのはよろしくありません! バレたらきっとまたこの二人からけちょんけちょんにいじられてしまいます! ええと、んっと、嘘じゃなくて本当に心配なこととか無いかな!? 本心であり、かつこの場にぴったり当てはまる話題は! 「何をきょどきょどしておるか」  あぁっ! 早くも葵さんから指摘をされてしまいました! その時、あぁ、と橋本君が手を打った。 「多分、俺が葵さんに手を出さないか心配になったんだと思いますよ」  バレた! 「はぁ? 何でまたそんな考えに……いや、そうか。私と橋本君が息ぴったりに咲ちゃんをいじるから、ここから仲良くなって間違いが起きるんじゃないかと心配になったわけだ。田中君という私へ告白した前例がいるから」  全部バレた! 「当たりみたいですねぇ」 「硬直した上に、可愛いおててを握り締めて震えてらぁ。わかりやすいねぇ」 「俺、流石に葵さんには手を出さないよ」 「おっ、魅力が足りないでござんすか?」 「違います。俺達、友達でしょ」 「うん」 「だからです」 「あっそ。ちなみに恭子にはお手付きする?」 「しません」 「友達だから?」 「はい」 「本当に君は友情に篤いねぇ。そのくせ田中君と綿貫君には佳奈ちゃんと別れたって教えなかったりするんだから、よくわからんな」 「気の遣い方を間違えたんです。今ならちゃんと報告するかなー」 「いいや、そう簡単に人は変わらん」 「んなこと無いですよ。あいつらと佳奈に諭されて、俺は更生したのです」 「更生が必要な時点で駄目だろ」 「でもありません? そういう一面」 「んー、悲しいかな。物凄くわかる」 「でしょ。だからあんまり強く指摘しないで」 「ほら、君はやっぱり変わっていない。のらりくらりといつの間にか、矛先を向けない方へ話を持っていきやがった」 「さて、どうでしょう?」 「君が駄目人間なのと、私に直すべき点があったのは別の話だからな」 「いやいや、一緒です。人を責めるなら自分に後ろ暗いところがあってはいけませんよぉ」 「後ろ暗くはない。ただ変わったところと変わらない部分があるだけ」 「葵さんにもあるんですか。聞かせて下さい」 「やなこった」 「えー、ケチー」 「君に隙を見せると碌な方向に進まないからな」 「人を何だと思っているんですか」 「詐欺師並みに口が上手くて女と見れば鼻の下を伸ばすポンコツ駄目人間」 「やっぱり葵さんは俺に辛辣だ」 「事実を述べただけさ」 「ひでぇっすよ。あ、でもですね」 「なんじゃ」 「葵さんが佳奈に、美奈さんの話を勝手にしていたのはどうかと思いますよー」 「それこそ事実だ。君から口留めもされていなかったし」 「だからって別れた彼女に教えますかぁ? 元彼、今は次の女性といい感じだぜって」 「教えたねぇ」 「個人情報~」 「佳奈ちゃんには有りの儘の現実を見詰めて貰って、その上で奮起して欲しかったのさ。丁度君が美奈さんと終わった後に佳奈ちゃんと会ったし、丁度いいタイミングだったね」 「おかげでちょくちょくいじられるんですけど。聡太は私がいなくなってもすぐ次の相手に切り替えられるもんねって」 「その通りじゃねぇか」 「はい。何一つ反論出来ないんですよ~」 「自業自得。身から出た錆」 「葵さんが教えなければこうはならなかったでしょ」 「口止めをしなった自分が悪い。恨むなら一カ月前の君を恨め。だが、こうも考えられないか? 全部知った佳奈ちゃんが、その上でガッチリと乗り越えたからこうしてヨリを戻せたってさ」 「まあそうですけど。微妙に釈然としないなぁ」 「人生なんてそんなもんだろ」 「そっすね」 「じゃあ飲み込め」 「葵さん、強引~」 「強引なお姉さんはお嫌いかい」 「大好きです」 「ははは、素直でよろしい。成程、こういう一面が橋本君のモテる原因なわけだ。ふふん、急に可愛いじゃないか」 「自覚はありませんけどねー」 「君、お姉さんがいるだろう」 「よくわかりましたね」 「可愛い弟キャラって感じ。庇護欲がくすぐられるからピンと来た」  あ。え。待って。 「葵さんの方が俺に引っ掛かってどうするんですか」 「さて、どうしようか。佳奈ちゃんに顔向け出来ないような関係は困るなぁ」 「俺だってそうです」 「だが美奈さんの気持ちもわかったかも?」  ちょっと! 駄目! やめて! 「ワンナイトも駄目ですよ~」 「バレなければ……」  何で、葵さん、橋本君のほっぺに手を! 「悪いお姉さんですね」 「お嫌いかい?」 「大好きです」  二人の距離が、あ、あぁっ! 「ダメぇぇぇぇ!!!!」  瞬間移動で二人の間に割って入る。私のお腹に葵さんの、背中に橋本君の顔がぶつかった。 「ぶえっ」 「わぷっ」  葵さんと橋本君が声を上げる。サイコキネシスを使って二人を拘束し、空中に浮かべた。私は静かに着地をする。何をしているのですか、と問う声は我ながらびっくりするほど低かった。 「葵さん。佳奈ちゃんがいるのに橋本君へお手付きをしようとするなんて信じられません。バレなければ、何ですか。一晩、ご一緒するのですか。橋本君も、大好きです、なんて気軽に言うんじゃありませんよ。お二方、言い訳があれば聞くだけは聞きます。その後、速やかに佳奈ちゃんのところへ行き、今の状況について説明をさせていただきます」  えー、と葵さんが軽い調子で応じた。頭の中で血管が脈打つのを感じる。 「この期に及んでその態度、反省の色が見えませんね……?」 「だって反省しようが無いもんよ」 「何ですと……?」  咲ちゃんさぁ、と橋本君ものんびりと、いつもの調子で話し掛けて来た。二人揃って人間のクズか……? 「落ち着いて考えてみなよ。咲ちゃんの目の前で、俺と葵さんが堂々と浮気をすると思う?」  え? 「バレなければもクソもねぇよな。だって咲ちゃんに見られているんだから」  ……あれ? 「そこまで堂々と浮気をする程、俺は頭のネジが外れてはいないつもりだよ」 「私はそもそも、咲ちゃんの前で理性の外れた行為には及ばん。もし仮に、相手が彼氏や旦那であったとしてもだ。大事な後輩の前でチュッチュするような人間じゃない」 「……つまり?」 「ごめん。またからかった」 「すまん。面白そうだったから」  ……ゆっくりと二人を床に下ろす。そしてサイコキネシスの拘束を解いた。つまり、整理すると。 「可愛い弟キャラと、それに惹かれるお姉さんが一線を超える状況を演じた」 「うん」 「そう」 「何故なら、私が真正面から受け止めるとわかっていたため、そのネタでからかおうと思い付いたから」 「イエス」 「ザッツライト」 「会話の流れで即興で思い付き、アドリブで合わせた、と」 「考えてみ? 橋本君は友達である私や恭子にお手付きしないって宣言しているんだぜ」 「当たり前じゃないですか~」 「そいつを私は無理矢理食べちゃうような人間に見えているとしたらショックだな~」 「葵さん、発言は奔放だけど乙女だから絶対やらないでしょ」 「流石女好き、分析も的確だね」 「そちらこそ、計算尽くしのからかいは流石です」 「君のアドリブ能力ありきさ」 「お褒めに預かり光栄です」 「というわけで、咲ちゃん」 「佳奈のところへ行って全部話してもいいけどさ」 「多分、佳奈ちゃんも一瞬で察するぜ。咲、いじられただけだよって」 「咲がいる目の前でこの二人が不貞に及ぶわけないじゃん」 「そこまで露骨な行動を取ったら流石に不自然だって気付きなよ」 「そんな風に爆笑しながら最後には慰めてくれると思う」 「行くかい? 慰めて貰いに」  結構です、と消え入りそうな声でお返事をした。恥ずかしいやら腹立たしいやら、何だか頭が痛くなってきました。バカコンビ、と叫ぶ気力ももうありません。二人はまたしても拳を合わせている。私はビニール袋から缶チューハイを取り出し、静かに栓を開けた。葵さんはお願いした通り、レモンを買って来てくれていた。今、このお酒だけが私をいじらないでいてくれる唯一の存在ですね……。
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