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好みの髪型と学生時代の写真~イベント事編~。(視点:咲)
「あ、去年三人で野球を見に行った時の写真だ」
「えっ!?」
唐突にドンピシャな写真を出されて声を上げてしまう。しまった、過剰に反応しちゃった! この二人の前でそういうリアクションを取ると、すぐに食らいつかれちゃうのに!
「タイムリー過ぎるだろ」
「それも野球用語ですね」
「そういやそうだ」
「葵さんも野球は見るんですか?」
「祖父母の家に行った時はよく見ていたな。他にやることが何も無いから」
「消極的な理由~」
ドキドキしていたけれど、二人は悪魔の顔を見せなかった。ほっと胸を撫で下ろす。そうだよね、いくらなんでも疑心暗鬼になり過ぎだよね。
「ところで咲ちゃん。どうして野球と聞いてそんなにびっくりした?」
「……」
……。
「触れないでおいてあげた方が、いい?」
はい、と何度も頷く。まあよかろう、と肩を竦めた。
「しかし野球観戦とはまた楽しそうだな」
「綿貫が野球好きですから。ちなみに恭子さんは野球に興味はありますかね」
「さて、話題に出たことは一度も無いな。中高とバレー部だったから、運動自体に関心はあるだろう。しかし野球観戦に意欲的になるかどうかは私にゃわからん」
「球場デートとかも視野に入れていいんじゃないかと思いましたが、興味が無いなら行かない方がいいですね。一試合に数時間かかるし」
私も一度、徹君に野球場へ連れて行って貰った。八月の暑い盛りに屋外の球場へ行ったんだ。夕方に始まったけれどまだまだ気温は高かった。私は超能力で体温を調節したから平気だったけれど、彼はビールを二杯飲んだ後に脱水症状気味になった。仕方ないのでお水を買って来て、飲ませてついでに彼の体温も下げたのだった。
……こうしてみると、田中君ってかなりポンコツだな。優しい人には違いない。だけどやらかすし、空気は読めないし、変な裏工作みたいなこともするし、でもポンコツだからすぐ露呈するし。クリスマスにはギックリ腰になり、夏休みには脱水症状を起こす。そのたび、私の超能力で何とかしているではありませんか!
……そっか。もしかしたら、私の力は彼を支えるために授かったのかも。そう考えると途端に素敵な運命を感じます。逆に言えば、そうとでも捉えないとやっていられないのです! 超能力者に頼らないとまともに過ごせないなんて、ポンコツというレベルを超えている!
「いで。いでででで。何だよ咲ちゃん、頭を締め付けないでくれ」
はっと気が付く。無意識の内に葵さんの頭をぎゅってする腕に力が入っていた。
「ごめんなさい、失礼しました」
「どうした。八つ当たりか」
「ええ、田中君が野球場で脱水症状を起こした時のことを思い出しまして。少しイライラしてしまいました」
葵さんが溜息を吐いた。そういやさ、と橋本君がテレビ画面を指し示す。
「この観戦に行った時、田中がビールの売り子のお姉さんと珍しく話し込んでいたんだ」
「……何ですと?」
「いてぇっての」
おっと、また力が入ってしまいました。慌てて緩める。
「何となくお姉さんの顔を覗き込んだら、納得がいった」
「彼の好みだったわけ?」
胸が大きかったんじゃないですか。
「咲ちゃんにそっくりだったんだ」
……。
「えぇ~? それだけで話し掛けるかぁ? いつでも会える本物の咲ちゃんがいるってのに、そっくりさんとお喋りしたって楽しいのかよ」
「ただですね。決定的な違いがありまして。そのお姉さん、咲ちゃんより髪が長くて、そしてポニーテールにしていたんです」
ポニーテール。
「まあ売り子の姉ちゃんって髪を結んで帽子を被っているイメージがあるわな。……って、ちょっと待て。あいつの好みの髪型って、ポニテなのか?」
「はい。大好きですよ。うなじが色っぽい、揺れる髪も可愛い、って」
「変態だな」
「そうですよ」
「良かったー、私はボブカットで。下手に結んでいやらしい目で見られるなんざごめんだね」
「咲ちゃんもポニテにする程の長さは無いじゃん。だから、よく似たお姉さんにあいつは幻想を見たんだね」
二人が私の顔を伺う。視線は慈愛に満ちていた。だけどそれ以上、何も言わない。だから私は黙ってお酒を煽った。結婚したら、髪を伸ばそうか。そんなことを考えながら。
さてさて、と橋本君が更に写真の選定を続ける。私はこのままの髪型でいようっと、と葵さんは自分の頭をひと撫でした。恥ずかしくって私は席へ戻る。二人とも、気を遣ってくれているとよくわかった。
「うーん、やっぱりここ二年は目ぼしい写真が無いなぁ。仕事に就いたばっかりで飲む以外、あんまり一緒に出掛けなかったもんなぁ」
「別に、学生時代でもよかろうもん。むしろ同居していた頃ならいくらでも面白い場面を撮れたんじゃないのか?」
あ、今葵さん、面白いって言った。いいのかな、ロマンチックとか格好いい写真じゃなくて。まあ、バタバタしている方が綿貫君らしいけど。
「いいですか? ちょっと若くなっちゃいますが」
「まだ二年だろ? 中身はともかく外見は大差ねぇだろ」
ぼんやりと、昨日披露して貰った葵さんと恭子さんの制服姿を思い浮かべる。尊かったな……メイド服だけでなく、制服も買おうかな……。
「それなら候補は一気に増えます。なにせ毎日一緒にいましたから」
画面が更にスクロールされる。そして一枚の写真を選んだ。前に三人が住んでいた一軒家が、空っぽになった様子が収められている。
「退去の日です。荷物もそれぞれの新居と実家に送って、何も無くなった時ですね」
「おおう、切ないね」
「その日、号泣する綿貫」
表示された写真には、腕で目元を拭う綿貫君が写っていた。次の一枚にスライドすると、涙と鼻水に塗れている綿貫君が徹君に背中を叩かれていた。
「夏の甲子園で敗退した高校生くらい泣いているな」
「あいつ、涙もろいから」
「そういや君らが大学四年の時、私と恭子が橋本君と佳奈ちゃんの代打で沖縄旅行に同行したじゃんか。その時、最後の夜にさ。突然綿貫君が泣き出したんだぜ。旅行が終わっちゃうの、寂しいって」
なんと、そんなことがあったのですか。全然知りませんでした。私はお風呂にでも入っていたのでしょうか?
「あいつ、純粋でしょ。二十二歳の男の行動と考えると若干気持ち悪いけど」
「私は引いた。恭子も引いた。田中君は呆れていた」
皆、いたんだ! 私は何処へ……?(作者注:咲ちゃんはたまたまお風呂に入っていて不在でした。ハブられているわけではありません。)
「この涙と鼻水を垂らした写真をボトルにするのも面白そうだが、本人にとってはいじられたくない場面かね」
「ガチ泣きしていましたからね。お前らとバラバラになるのが信じられない! って」
「じゃあ一緒に住めば良かったんじゃね」
「社会人になったら自立しようって約束していたから駄目です」
「お前は佳奈ちゃんと同棲を始めただろうが! 結果的に最も堕落したくせに、よく言うよ!」
「発言の自由とは素晴らしいです」
へへん、と橋本君は笑っていた。本当にいい根性をしているよね。呆れながらお酒を飲む。美味しいですねぇ。
「遡って、綿貫の大学卒業の日」
スーツ姿で卒業証書の入った筒を片手に、ドヤ顔で親指を立てている。
「流石に笑顔なんだな」
「と、思うじゃないですか」
すぐに別の写真が開かれた。またしても同居していた家の中だ。ジャージ姿の綿貫君が、両手で顔を覆っている。
「サプライズで、謝恩会と研究室のお別れ会が終わって帰って来たあいつに、卒業おめでとう綿貫ってプレートに書かれたケーキを出したら泣いちゃいました」
その話を聞いた葵さんが首を傾げた。
「いや、橋本君も田中君も卒業は同じタイミングだろ。大学は違うから卒業式の日はバラバラだったかも知れんが」
指摘に対し、ですよねぇ、と私も頷く。
「綿貫は絶対泣くから、俺らで泣かしてやろうぜって田中がわけのわからない主張をしたので取り敢えず仕掛けてみました」
「君らって本当に三バカだな……」
「そりゃどうも」
「で、実際この号泣ぶりってわけだ。うーん、ネタではあるがボトルにしづらいな……」
「でも本当にあいつ、感情豊かでしょ」
「涙脆いね」
それだけ綿貫君は素直なんだろうな、と感慨に耽ってしまうのは私の彼氏のへそが随分と曲がっているからでしょうか。
「あとは、あ、そうだ。これなんてどうです? 同級生の五人で開いたクリスマスパーティの写真です」
徹君、橋本君、綿貫君に加えて佳奈ちゃんと私も写っていた。橋本君が手を伸ばし、自撮りで五人を収めてくれている。撮りましたねぇ、こんな写真。大学四年の時でしたか。
「おぉ、楽しそうじゃないか! 二年前と今のクリスマスの対比になって丁度いいかも? うーん、だがボトルに五人の写真を載せるのはどうなんだ? プレゼントとして適正か? ちょっと判断がつかないな」
「ちなみに同じ日の綿貫を単体で撮った物もあります」
「おっ、そっちの方がいいかね」
画面に表示された写真は。
「だから何でこいつはいつも泣いているんだよ!」
パーティ用の三角帽子を被った綿貫君が腕で目元を覆っていた。退去の時と同じ体勢ですね……。
「皆とクリスマスが祝えて楽しくて、感極まったって」
「ただの泣き虫じゃねぇか! よく空気が悪くならねぇな!」
「俺らは慣れていますから」
葵さんの肩が大きく上下する。私も綿貫君がしょっちゅう泣くのは知っている。先輩の葵さんより、お友達の私の方が彼と少し距離が近いのかな。えへへ。
「まさか大抵のイベント事で、彼は泣いているんじゃあるまいな」
「そうですよ」
「どんだけ涙脆いんだ! そんでもって恭子の大切なプレゼントには据え辛いんだよ! いきすぎかどうか微妙ないじりだからな!」
確かに、はいプレゼント! って渡されて出て来たボトルに号泣している自分の写真がラベルとして貼られていたら嫌な気持ちになるかも。綿貫君ならびっくりした後、笑い飛ばしそうな感じもするけれど、彼も意外と繊細なところがある上に根っこが暗いと徹君が評していた。思いがけず傷付いてしまうかも知れない。
「パーティ用の三角帽子、似合っているんですけどね」
「そいつは認める。よくお似合いだ。だが橋本君、君ならもっといい写真を持っているだろう」
うーん、と橋本君は天井を見上げた。だけどすぐに視線が戻って来る。
「じゃあ日常の中で撮ったあいつの写真の方が向いていますね」
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