学生時代の写真~日常編とお菓子戦争~。(視点:葵)

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学生時代の写真~日常編とお菓子戦争~。(視点:葵)

 三人が同居していた頃の日常の写真か。 「へえ、興味あるな。君達三人、どんな愉快な生活を送っていたんだい」  私の言葉に、楽しかったですよ、と橋本君は口元を緩めた。 「まあ見て貰えばわかりますね」  スクロールして、一枚が開かれる。そこには涙を流し、鼻の付け根を押さえる綿貫君が写っていた。傍らでは、彼を指差した田中君が滅茶苦茶いい笑顔を浮かべている。 「どういう状況?」 「思い付いて手巻き寿司パーティをやった時、カッパ巻きだって嘘を吐いてキュウリの代わりにワサビをぶち込んでおいたんです。見事に引っ掛かった綿貫と、仕掛けた田中の構図ですね」 「喧嘩にならなかったのか」 「絶対やり返す、と綿貫が息巻いて終わりました」 「……そうか」  凄く男子っぽい、と感じるのは偏見だろうか。次、と開かれた写真には両手で顔面を押さえる田中君が画面の奥におり、手前では綿貫君がガッツポーズをしていた。 「階段を下り切ったところにラップを張って、朝起きて来た田中が引っ掛かるかといういたずらです。ちなみにマジで寝起きの状態で引っ掛かったから、ラップに目やにと皮脂が魚拓のようにこびりついて非常に汚かったです」 「……余計な情報、ありがとよ」  その次は階段の下でうずくまる綿貫君だった。何やら足を押さえている。 「夜中にトイレへ起きたはいいけど暗くて階段を踏み外し捻挫をした時の一枚です」  可哀想、と咲ちゃんは同情している。 「写真を撮っている暇があれば助けてやれよ」 「田中が氷枕を取りに行ってくれたから、俺は記録に残しておこうと思いまして」 「本当にいい性格をしているな……」  呆れる私を尻目に橋本君は次へと進む。今度は頭を押さえた綿貫君と拳を握り締めた田中君か。 「綿貫が酔っ払って寝た時、窓を開けっ放しにしまして。夜中に目を覚ました際、風にはためくカーテンをお化けと勘違いして絶叫して起こされた田中がキレて殴った時の写真です」 「君はいつもトラブルを写真に収めているねぇ」 「楽しみでしたから」  楽しかったですよってそういう方向の話だったのか!? こ、こいつ……マジで性格が歪んでいやがる……私や田中君がへそ曲がりなら、橋本君は純粋に性格が悪い。うむ、佳奈ちゃんくらいのしっかり者でないとこいつの手綱は握れないな。  次の一枚では何故か田中君と綿貫君が床を雑巾で拭いていた。童話の冒頭みたいだな。或いは小学校の掃除の時間。 「高級シャンパンを飲んでみたい、と三人で金を出し合って買ったんです。一本五千円だったかな。高級って程ではありませんが、学生の俺達には物凄い贅沢に思えました。ところが喜び勇んで買って来て、いざ栓を開けたところ。どうやら家まで持ってくる間に振動が加わったらしく、なかなかの勢いで中身が吹き出しました。これはその零れた高級シャンパンを泣く泣く拭き取っている時ですね。この後、お前も掃除をしろって雑巾を投げ付けられたのをよく覚えています」 「……冷蔵庫で寝かせようって思わなかったのか?」 「一刻も早く飲もうぜ! と盛り上がっていたので」  つくづく三バカって評価が似合うな。ふと気が付くと咲ちゃんはそっぽを向いて震えていた。どうやらツボにハマったらしい。楽しそうだね。  写真はいくらでも出て来た。ケーキを前に三角帽子を被った田中君とクラッカーを持っている綿貫君。海に向かって走る海パン姿の二人。汗みずくで山道を歩いている綿貫君。桜の木の下で三人が自撮りで収まっているもの。懐かしいなぁ、と橋本君が呟くのが聞こえた。 「四年間、あっという間だった」 「そりゃこんだけ楽しんでいたら時が過ぎるのも早かろう」 「ですねぇ。色々写真に残しておいて良かった」 「動機は大分腹黒な気もするがな」  私の指摘に肩を竦めた。やれやれ。そして次の一枚をまた開く。そこに写っていたのは。 「これは何をやっているんだ」 「綿貫が田中の饅頭を勝手に食ってヘッドロックをされているところ」 「食い物の恨みは恐ろしいからな、仕方あるまい」  その時、あ、と咲ちゃんが小さな声を漏らした。どうした、とテレビから視線を移す。 「私、この件、知っています。まだ田中君とお付き合いする前だったかな。彼から愚痴られたけれど、元を正せば田中君に原因があったのです」 「ほお? この時は一体、何があったんだい」 「これ、おやつ戦争?」  咲ちゃんが橋本君に問い掛けた。またアホ程気の抜ける響きだな。そうだよ、と橋本君は深々と頷いた。余計に気が抜ける。 「全く深刻じゃなさそうな争いだな。むしろバカバカしい気配すら感じる。故に興味がある。説明して貰えるかい」  後輩二人は顔を見合わせたが、どうぞ、と咲ちゃんが手を差し伸べた。橋本君が口を開く。 「この写真は、ええと、大学三年の十月に撮ったのか。だけど発端はその年の夏でした」  数か月スパンかよ。割と長期にわたっているな。そんで私は田中君と咲ちゃんには出会っているが、橋本君と綿貫君とはまだ知らない間柄の頃ね。後の二人とは彼らが大学四年の時に初めて会ったからな。 「綿貫が自分用に六本入りの棒アイスを買ったのです。忘れもしない、みかん味。一本ずつぐらいなら食ってもいい、と綿貫は言ってくれました。しかし俺は手を付けませんでした。アイスくらい自分で買うし、下手に食べちゃって言い争いになるのも面倒だと察したから」 「正しい判断だな」  今度は咲ちゃんが何度も頷く。 「田中は一本目を綿貫に断って食べました。綿貫も当然了承しました。そして数日後、橋本もアイスを食ったのか、と聞かれました。その時点で綿貫は三本食べていた。だけど残りは一本になっていた。田中は既に食べている。必然的に俺が食べたと思われますよね」 「あー……」  何となく話が見えた。 「食べていない、と正直に答えましたが日頃の言動のせいで疑われました。食べたって別にいいけど、何で食べていないなんて嘘を吐くんだ、と」 「オオカミ少年を地で行く奴があるか」 「そこは普段の行いがブーメランになって返って来たから構いません。そして視野の狭まった綿貫には何を言っても無駄だということもわかっていました。だから、田中が帰って来てからその話をしよう、と一度話を止めました。あいつは丁度、バイトに行っていたので」 「……争いの引き金ってのは些細なものだったりするんだよな」  しみじみと呟き缶チューハイを傾ける。無益です、と咲ちゃんも私に続いて酒を飲んだ。 「さて、その日の晩。帰って来た田中の前で、橋本がまたしょうもない嘘を吐いた、と綿貫は俺を指差しました。俺は同じ主張を繰り返しました。食べてない、と。食べて良いって言ってあるから食べたって正直に答えればいいのに何故そんな下らない嘘を吐くのか、と綿貫はまた繰り返しました。その時、田中が白状しました。自分が二本目を食べた、と」  溜息が漏れる。咲ちゃんは黙って目を瞑っていた。 「暑かったからつい手を付けた、バレないと思って黙っていた、と白状しました。綿貫は俺に土下座をし、それから田中を叱り飛ばしました。アイスを食べられたことより黙っていられたのが腹立たしい、もう一本貰ってもいい? の一言が何故出て来なかったのか、って」 「ド正論だし田中君はどうしようもないな」 「隠ぺい体質は変わっていないのです」  その言葉にわざとらしく手を叩いて見せる。 「そういやこないだ私に告白したことも、咲ちゃんには黙っているつもりだったっけ。結局私が騒ぎ立てたおかげで恭子がブチ切れて殴りに行ったから明るみに出たけど」 「更生してくれると良いのですが」 「人間、そう簡単には変わらねぇよ。ファイト、咲ちゃん。草葉の陰から応援している」  返事は巨大な溜息だった。しかし咲ちゃんもよくプロポーズを受けたな。改めて感心するし、道行が不安でならない。ま、二人一緒に頑張って進みたまえ。 「そんで、それからお菓子戦争が始まったわけか?」 「はい。田中は謝りはしたものの、綿貫は納得しなかったようで。田中の買って来たお菓子をあいつの目の前で掴み、何も言われず食われた人の気持ちを理解しろ! と食べちゃいました。謝ったのにお菓子を食われるなんて理不尽過ぎる、それにお前の気持ちだってちゃんと理解した、と憤った田中が今度は綿貫のお菓子を食べました。結果、二人は自分が買って来たお菓子を相手にぶんどられて食われるという状況に陥りました」  なんてしょうもない争いだ。 「そもそも取られる前に自分で全部食べちゃえよ」 「葵さん、学生時代を思い出して下さい。安くて量の多いお菓子を買っていたでしょう。何故なら金が無いから」 「知らん。お菓子、嫌い」  無駄に腹一杯になっちゃうし。一刀両断された橋本君は、そうですか、と頭を掻いた。悪いね、同意出来なくて。 「葵さんのお菓子事情はともかく、そういう傾向にあるんですよ、学生は貧乏なので。だから一度に食べ切れない量を買って、保管しておいて勝手に食われる。すぐに言い争いは無くなりました。ただ、黙って相手のお菓子を食べては睨まれ、食べられては補充し、その繰り返しになりました」 「……それ、ただのお菓子のシェアじゃねぇの」  その通り、と橋本君が私を指差す。 「なんなら途中から、相手の好みに合わせて補充をしている節がありましたからね」 「何の意味があるんだよ!」  バカじゃねぇの!? 「途中から、単品価格の上限額は二百円までって暗黙のルールができていたし」 「やめちまえそんな争い!!」  何がお菓子戦争だ! 下らないにも程がある! ……あれ? 「そんな平和路線を辿っていたはずのお菓子戦争なのに、何でこの写真では綿貫君が田中君にヘッドロックをかけられているんだ?」 「原因の一端は咲ちゃんにあります」  え、と思いがけぬ登場に咲ちゃんを見詰めると、実は、と困ったように切り出した。 「綿貫君が食べたお饅頭、私が田中君にあげた物だったのです」 「……あー……」 「その日、大学の近くの和菓子屋さんでおやつのどら焼きとお饅頭を買いました。そうしたら、おまけでもう一つお饅頭をいただいたのです。丁度、田中君とお昼を食べる約束をしていたので、彼におまけの分をあげました。たまたま大盛りのカツカレーを頼んでしまった彼は家で食べるねと持って帰りました。そして田中君がお風呂に入っている間に悲劇は起こりました。リビングのテーブルに置いてあったお饅頭を、綿貫君が食べてしまったのです」 「風呂から上がった田中は激高しました。田嶋さんが俺にくれた饅頭なんだぞ! 勝手に食ってんじゃねぇこの大馬鹿野郎! と、向こう三軒両隣に聞こえるのではないかってくらいの声量で叫んでいましたね」 「まあそりゃ田中君もキレるか。だけど元を正せばあいつが綿貫君のアイスを二本食って黙っていたのが悪い、と」  はい、と咲ちゃんが頷く。本当に、本っっ当によくプロポーズを受けたな。 「んで、その争いの瞬間すらも橋本君はカメラに収めたってわけだ。性格悪っ」 「そりゃ残すでしょ。ただ、この時はマジの喧嘩に発展しそうだったから流石に仲裁へ入りました。田中はアイスを二本食べてごめん。綿貫は大事な饅頭を食べてごめん。お互いにそう謝る。そして二度と今日の悲劇を起こさないためにも、お菓子戦争を終わりにしたらどうか、と提案しました。今後は自分が買ったお菓子以外、無断で手を付けない。食べていい時は本人達が立ち会っている時に限りシェアをする。そういう協定を結び、激突は回避されました」  そして一枚スライドさせた。念書と、三人の拇印の写真がテレビ画面に映し出される。 「二度と同じことをしないよう、記録に残しました」 「よし、決めた。この念書をボトルにしよう」  いやいやいや、と橋本君は慌てて手を振った。 「お菓子戦争終結の念書が恭子さんからのクリスマスプレゼントとか、意味がわからないでしょ!」 「だから面白いんじゃねぇか。何で知ってんの!? ってインパクトがある」 「圧倒的に戸惑いが勝りますよ!」 「私はこれがいい」 「落ち着いて、葵さん! 変なスイッチ、入ってません!?」 「間違いなくウケるって。な、これにしよう」 「下らないとか言ってませんでした!?」 「これがいい。懐かしさもあり、バカげた話でもあり、だけど虚しさもある。何より、これが恭子から渡されるワインのラベルになっているのが本当に意味がわからない」 「だったら駄目でしょ!」 「いいや、これがいい!」  絶対に譲らないぞ!! 恭子から綿貫君へのクリスマスプレゼントは、お菓子戦争終結の念書がラベルになった酒瓶で決まりだ!!
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