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ピザパーティ。(視点:葵→会話のみ)
頑なに譲らない私に、わかりました、と橋本君は切り出した。
「小さいボトルの二本セットにしましょう。一本は念書。もう一本は綿貫の写真。これでどうです?」
うむ、と腕を組む。
「あんのか? 小さいやつ」
「知りません。検索しますか」
その時、インターホンが鳴った。ピザかな、と彼が玄関に向かう。そうか、オートロックが無いからダイレクトに届くのか。暇になったのでスマホを取り出し『ワインボトル 写真』で検索する。通販サイトを覗いてみると、確かに小瓶の取り扱いもあった。よし、丁度いい。七百二十ミリリットルのボトルを二本持ち歩くんじゃあ、いくら恭子が怪力とはいえ大変だもんな。
「ピザ、届きました~」
「お、いいね。暖かい内に食おうぜ」
「ですね。咲ちゃん、悪いけど台所から台拭きを持って来て貰える?」
「わかった。見ればわかるかな?」
「わかるよ~」
ピザを持った橋本君に、見ろ、とスマホの画面を向ける。
「二百とか三百六十のボトル、あった。二本作ろう」
「えらいノリノリですが、最終的には恭子さんへ確認をするんでしょぉ? 採用されなくてもむくれないで下さいね」
「念書はゴリ押しで通すから問題無い」
「何でそんなに気に入ったんですか」
「おもろいから」
率直な気持ちを答える。橋本君は肩を竦め、台所に向かった。
「台拭き、わかんない……」
「いや目の前にあるじゃん」
「……本当だ」
「咲ちゃん、酔っ払った?」
「酔ってません」
「じゃあ尚更問題アリだね」
「……」
後輩達のやり取りを聞きながら、通販サイトを再び眺める。今後の段取りはどうしようかね。しかし思考する間も無く二人が戻って来た。咲ちゃんは台拭き、橋本君は皿とフォーク、それにナイフを持っている。
「手伝うこと、あるか?」
「無いです」
にべも無く断られた。ちょっと居心地が悪い。
「葵さん、先輩なのですからどーんと座って待っていて下さい」
咲ちゃんはそう言ってくれたけど。
「性に合わないなぁ」
でしょうね、と笑われた。頬杖をつこうとしたけど拭き掃除をしている咲ちゃんの邪魔になってしまうので自粛する。
綺麗になったテーブルに橋本君が食器を並べた。
「ピザの切り分けくらい、やるぞ」
「大丈夫です。ここのは最初から切り込みが入っているので」
また断られた。むうぅ、座っているだけって偉そうで嫌だ。
「あ、コップとか運ぶか」
立ち上がった私だが。
「丁度今、持ってきましたよ」
その返答に振り返ると、咲ちゃんがニコニコと私を見上げていた。手にはコップが三つ。準備完了です、と橋本君の声が聞こえた。
「葵さん、本当に気ぃ遣いですね。綿貫みたい」
「……トイレを流さない人間と同列に扱わないでくれ」
そういや恭子は結婚したら、彼の水洗事情に苦しめられるのだろうか。嫌な新婚生活だな。遊びに行った際、トイレに『水を流すこと!』なんて貼紙がされていないことを祈るよ。
「さ、準備完了です。ここからは夕飯を食べながら写真を選定しましょう。ちょっと行儀が悪いけど、まあ多めに見て下さい」
橋本君がそう言って、ビールを注いだコップを掲げた。咲ちゃんから奪ったレモンチューハイを私もコップに注ぐ。そして三人で乾杯をした。
「……何に?」
「そりゃあ綿貫と恭子さんが両想いだったことに、でしょ」
確かに! と私と咲ちゃんが見事にハモる。ははは、気が合うね。そうして酒を飲みながらの楽しいピザパーティが幕を開けた。
三人 いただきま~す。
橋 ここのピザ、マジで美味いですからね。
葵 ほほう? そんなにハードルを上げていいのかね?
橋 自信を持ってお届けします。
葵 君は注文しただけだろ。どれどれ……いや美味いな!!
橋 でしょお?
咲 そんなに美味しいのですか? 私も一切れいただきます。
葵 なんじゃこりゃ! うまっ!
咲 わっ、美味しい!
橋 ふっふっふ。
咲 窯焼きなのかな! 香ばしい!
葵 チーズ、濃い! 美味い!
橋 デリバリーやテイクアウトもやっていますが、店にちゃんとした窯の……。
葵 めっちゃ美味い! 咲ちゃん、もう一切れお食べ!
咲 むしろチキンを……わぁ、こっちも美味しい!
葵 マジか! 一個貰い!
咲 どうです!?
葵 うおお、こっちも美味い!
橋 まあ満足して貰えたならいいか。
葵 いい品を選んでくれたな橋本君。ありがとう!
咲 とっても美味しいです!
橋 いえいえ~。
葵 あー、最高。幸せ。
橋 葵さんってあんまり食に興味が無いのかと思ってました。
葵 ん? 少食だからか?
橋 はい。
葵 むしろ逆かな。量が食えない分、質が高いと嬉しくなるのだ。
橋 成程。
葵 まあ別にグルメでもないがな。しかしこのピザは久々に大当たりだ。
咲 ね! 美味しいですね!
葵 うん!
橋 そんなに喜んで貰えるとは、予想以上でした。よかったよかった。
葵 ふう。
橋 それにしても、まさか綿貫と恭子さんが両想いだったとはなぁ。びっくりしました。
葵 そうか?
橋 え?
咲 葵さんはね、もしやと思っていたんだって。
橋 へぇ~。
葵 私は彼の恭子に対する言動を直で聞いているからな。綺麗で素敵な魅力に溢れる人、だぜ? 好きになってなきゃ出て来ない台詞だ。
橋 げ、あいつそんなことを言っていたのですか。よく照れなかったな。
葵 普通の顔をしていたよ。事実だから照れません、だって。
咲 えぇ……告白じゃないですか。
葵 ははは、咲ちゃんがヒいてら。
橋 あいつ、アホだなー。アホ素直な発言だ。そして、自分と恭子さんは絶対に釣り合わないから告白しないって宣言してました。
葵 しろや、告白。そうすりゃ万事解決なんだよ。
咲 釣り合わないって、そんなこと無いのにね。綿貫君、面白いし優しいもの。
橋 自己評価、低いから。本人も自覚していないけど、意外と闇が深い部分があるの。
咲 田中君も同じ評価をしていたよ。じゃあ、どうして綿貫君はそんなに自信が無いのかな。
橋 二十四年間、浮いた話と縁が無かった。加えて人生、平坦だったからだね。
咲 平坦? 大分奇特な人格だと思うけど。
葵 咲ちゃんって同級生には手厳しいよな。
橋 うんうん。
咲 え、そうですか? 綿貫君はとても変わったところがあるじゃないですか。
葵 言わんとすることはわかる。
橋 あいつは間違いなくぶっとんだ思考回路をしているけどね、人生自体は普通極まりなかった。
咲 そうかな。
橋 普通の学生時代を送って、普通に就職して、普通に働き続けている。
咲 普通……。
葵 もう引っ掛からないでやれよ。
橋 周りと同じ人生を送れているのって、それだけで幸せだと思うけどさ。あいつはそうは捉えなかった。普通な俺、特別な才能や特徴の無い自分は、つまり取り立てて魅力なんて無いんだって結論に至ったんだ。
咲 ……。
葵 気持ちはわかるぜ。独り身だからかね?
橋 もしかしたら、あながち無関係ではないかも知れません。あなただけを特別に好きです、って言われたら自分に価値があると思えるから。
葵 ふむ。
橋 綿貫は告白されたことも無いから歳を重ねるごとに無意識の内に拗らせた。俺なんて別にどうだっていいような奴ですよ、と。
葵 だが橋本君と田中君とは親友じゃないか。
橋 俺達二人はずっと親友です。だからあいつも頭から爪先まで信じてくれている。葵さん、咲ちゃん、恭子さん、高橋さんのことも信用していますよ。ただ、それとこれとは別なんです。自分が誰かから好意を向けられるわけが無い。何故ならそんな価値は無いから。まあ拗らせ童貞ですね。
葵 言い方よ。合っているけどひどいもんだ。
咲 綿貫君、いいところがたくさんあるし、明るく見えるのに本当に意外と闇が深かった……。
橋 まあでも咲ちゃん程重たい過去を背負ってはいないから大丈夫だよ。
葵 そりゃそうだ。幸せになれて良かったな。
咲 あ、ありがとうございます。
橋 そうだ、咲ちゃん。婚約おめでとう。からかうのと写真選定に夢中で伝え忘れていた。
咲 ありがとう。田中君から聞いたの?
橋 うん。二十二日の夜に、プロポーズ出来ましたって報告のメッセージが届いた。
咲 そっか。
橋 そもそも、指輪をしているなーとは思っていたんだけどね。
葵 はよ祝わんか。
橋 葵さんと一緒にからかう方へ夢中になっちゃって。
咲 理由がひどい!
橋 結婚式の段取りは順調?
咲 うーん、最近は色々あったからあまり進んでいないかな。
橋 じゃあ入籍の予定は?
咲 そこもまだ。田中君の御家族にご挨拶もしていないし。
橋 田中の母ちゃん、優しいから大丈夫だよ。
葵 あ、そっか。君は面識があるのか。
橋 何度も遊びに行っていますからね。
咲 そっか。それでも緊張はするね。
橋 平気平気。
葵 逆に橋本君と佳奈ちゃんはどうなんだ? ヨリを戻したばかりで気が早いかも知れんが、今後についてはちゃんと考えるって約束したんだろ。
橋 はい。
葵 どうするん?
橋 まずは別々に暮らして、俺が佳奈に頼りきりにならないようにしながら交際を続けることにしました。結婚とかの話もちょくちょく出ますけど、同棲していた時より焦らなくなったって佳奈は言っていましたね。だから機を見て、いいタイミングだと思ったらちゃんと話し合おうって。そんな感じです。
葵 こりゃまた気楽になりましたわね。
橋 離れたのが正解でした。結局佳奈の意見は正しかったのです。一旦距離を置いた方がいい、って話が拗れて別れちゃいましたが、実際同棲を解消してからの方が雰囲気は良くなりましたよ。適度な距離感をちゃんとはかりつつ、寂しくならないよう気を遣うようになったので。
葵 ふうん。
橋 最初は戸惑いましたけどね。慣れたら心地好いです。
葵 慣れ過ぎて、また結婚を先延ばしにしまくって、愛想を尽かされたりすんじゃねぇぞ。
橋 そうですね、ちゃんと話し合って決めていきます。
葵 まっ、順調そうでようござんした。
咲 佳奈ちゃんと橋本君が仲良く過ごしてくれていて、嬉しいよ。
橋 ありがと。
葵 どこのカップルもいい感じだね。あとはアホ二人がくっつきゃ大団円か。
橋 葵さんは浮いた話、無いんですか? あぁ、田中の件は抜きにして。
葵 無い。
橋 即答~。
葵 無いもんは無い。だから皆がくっついて、先に進んで、置いてけぼりにされて寂しい。
橋 マッチングアプリでもやったらどうです?
葵 やだ。私は人見知りなんだ。
橋 じゃあ結婚相談所。
葵 別に結婚したいわけじゃない。
橋 でも寂しい、と。
葵 うん。
橋 我儘~。
葵 だから相手ができないのだ。
橋 返し辛いっすね~。知り合いとか職場の人とか、いい感じの相手はいないんですか?
葵 いない。
橋 取り付く島もない。
葵 我ながら本当に横暴だな。人見知りだから見知らぬ誰かと知り合うのは無理。だが知っている相手ともそういう間柄になる気はない。そのくせ寂しい。何だこりゃ。どうしろってんだ。
橋 どこかは妥協しなきゃ無理ですよ~。
葵 ううむ、やはり結婚相談所か……だけど結婚なんて全く考えていないぞ。
橋 ただ、相談所に行きました! はい、こちらが結婚相手です! おめでとうございます! ってトントン拍子に進むわけじゃないですからね。
葵 げっ、そうなのか!? 行けば何とかなると思っていた!
橋 あ、その口ぶりは最早利用する気しかありませんでしたね?
葵 どうせ私のことだから、そういう専門家に何とかして貰わないとどうにもならないだろうと薄っすら気付いてはいたんでね。
橋 自覚があるなら開き直って利用して下さい。
葵 まだいいかなって……しかしなかなか決まらないのか?
橋 運もあるでしょうね。奇跡的に一発目で確定するかも知れないし、一年かかっても見付からないかもわかりません。
葵 何だよ、そうなのか? 入会金と月額がバカ高いのだけは知っているんだが。
橋 やけに現実的な面だけは見据えていますね。
葵 くそぉ、頼りにしていたのに。
橋 いやむしろ頼りにしておいて下さいよ。そこを使う前から見限ったら、いよいよ葵さん、出会いが無くなりますよ。
葵 ……むしろ私は恋人が欲しいのか? 結婚、したいのか?
橋 知りませんけど、寂しいからって理由で相手を探すといずれ迷宮に迷い込みますよ。
葵 迷宮?
橋 寂しいからこの人と付き合ったけど、じゃあ本当に好きなわけじゃないのか? 好きな相手と付き合って結婚するべきなのに、最初の動機が寂しいから、ではケチがついてはいないか? って。
葵 う、ちょっとわかるかも。
橋 まあ、決めるのは葵さんですから俺の意見は参考程度にしておいて下さい。
葵 ちなみに経験談を求めるが、マッチングアプリはどうだった? 有用だった?
橋 遊び相手は見付かりました。
葵 そういやそうだったな。だが私はお遊びで寝るような関係は嫌だ!
橋 出ましたね、乙女。発言は奔放だし、咲ちゃんにチューもするくせに。
葵 うむ。それとこれとはまた別だ。可愛くて大好きな咲ちゃんにはチューするだろ。
咲 しないで下さい……。
葵 何で。
咲 私、婚約者がいるんですけど……。
葵 ともかくだ。
咲 聞いて下さいよ!
葵 私はワンナイトな関係は勝手にすればいいと思っているが、私自身は絶対に嫌だ!
橋 そうですか? 案外、ハマったりして。
葵 嫌なことを言うね!
橋 試してみます? 今、マッチングアプリをダウンロードしてはどうでしょうか。
葵 絶対にやらない!
橋 ……絶対に?
葵 絶対に。
橋 じゃあ何で経験談を聞きたがったのですか。
葵 健全な出会い方が出来るなら選択肢に入れようかと。
橋 サービスやアプリによって傾向は違いますよ。俺はどっちかと言えば遊びたい人が集まるサービスを使っていたので。
葵 最低だな。
咲 橋本君、悪い人です。
橋 提供されているものを使っただけ。
葵 今でも活用していたりして。
橋 佳奈の目の前で削除しましたよ。
葵 よし! 丁度橋本君のスマホがテレビに繋がっているな! 変なアプリが無いか見ようぜ。
咲 楽しそうですね。私は実際に見付かるのではないかとハラハラします。
橋 地味にひどいな咲ちゃん。そしてそんな隙があるならこんなに堂々と開示しませんよ。
葵 じゃあ見せて。
橋 はいはい。えーっと、ここをこうして……どうぞ、アプリ一覧です。
葵 多いな。
咲 知らない物がたくさんあります。ゲーム?
葵 全然わからん。メッセージアプリくらいしか見たこと無いな。
橋 電子決済、ポイントサービス、各飲食店のアプリとか。あとはタクシーを呼んだりイラストを生成したり。
葵 はえー。
咲 ほえー。
葵 すっげー。
咲 かっこいー。
橋 何で二人ともバカになっているの?
葵 だってさっぱりなんだもの。
咲 あ、でもイラストの生成AIアプリは私も昨日、ダウンロードしたよ! 恭子さんの絵、作ったの!
橋 綿貫に教えて貰ったんでしょ。ちなみにあいつのAIが作った絵、見た?
咲 見た! すっごくエッチだった!
橋 色々試したら何故かスケベに成長したって言っていたけど、絶対あいつ、怪しいイラストを作ろうとしたんだよ。
葵 おっ、君の見解は私と一緒だな。
橋 ですよねー。十八禁のイラストは作れない。だからどこまでの単語がセーフか試してみた。
葵 結果、ドスケベAIが爆誕した、と。
橋 肉感的な恭子さんのイラスト、流れてましたね。赤いビキニのやつ。
葵 私はあのイラストに『Ku・i・ko・mi』と名前を付けた。表記はローマ字だ。
橋 特徴をそのまま捉えているタイトルだ。
葵 ちなみに実物の恭子もあのイラストに負けていないのが恐ろしいぜ。
橋 マジっすか。まあ恭子さん、スタイルいいもんなぁ。そういえば旅行での風呂は水着着用の混浴施設ですか?
葵 ちゃんとそういうスケベチャンスが転がっていそうなところは押さえているんだな。
橋 女子も入りますよね。
葵 私以外の三人はな。
咲 あら、葵さんってばまだ逃げようとしているのですか?
橋 恥ずかしいから嫌なんでしょ。
葵 げっ、まさかこんなにも早く言い当てられるとは。
橋 ここにも乙女が顔を出していますねぇ。
葵 つくづく恐ろしい男だ、橋本君……。
橋 じゃあ、葵さんちょっと慣らしてみましょうか。
咲 え?
葵 慣らし?
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