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懲りない男。(視点:咲)
伸びた橋本君をすぐに叩き起こした佳奈ちゃんは、まったくもう、と眉を顰めた。
「反省したように見えてもすぐこれなんだから。咲が動画を送ってくれなかったら、あんた葵さんに抱き着いていたわけ?」
正座をさせられた橋本君は、良かれと思って、と呟いた。馬鹿者、と佳奈ちゃんが拳骨を落とす。
「いってぇ!」
「無理強いするのはただのセクハラ! 葵さん、嫌がっていたでしょうが」
「そういうところも徐々に慣れていければ解消されるかなって」
「だからっていきなりハグなんてするんじゃない!」
そう言えば葵さん、徹君にはハグしていたな。私が勧めたからとは言え、やっぱりどこかで好きだと感じていたから恥ずかしくても慰められたのかな。うーん、つくづくあの時の私の勧めは無茶ぶりと悪影響でしか無かったかも。ただ、徹君を一番心配していたのは葵さんに違いなかったし、泣いちゃった彼を先輩として慰めてくれていたのは心温まる光景だったはず。……本当にそうなのかな? もしかしたら困らせていただけなのかな? 葵さんは優しいから、嫌だって私の求めを突っぱねられなかったのかなぁ……。
一人悶々としている私の内心など露知らず。
「ハグの前に手を繋いでみたけど、それも拒否されたよ」
懲りない橋本君がありのままを伝えた。今度は黙ってゴツンと殴られる。ぐあぁ、と頭を押さえた。そして、すみません、と佳奈ちゃんは葵さんへ丁寧に頭を下げた。
「聡汰がとんでもない行動をしまして」
その言葉に、怖かったよぉ、と葵さんは佳奈ちゃんへ抱き着いた。むむむ。
「佳奈ちゃん。葵さんは今、佳奈ちゃんの負い目に付け込んで抱き着いているんだよ」
面白く無いので告げ口をすると、わかっているよ、と即答した。ぐ、と葵さんが気まずそうに離れる。
「もう、困った人ばっかり。聡太は罰として今日の夕飯代、全部出すこと!」
「えー」
「どうせ葵さんに奢って貰うつもりだったんでしょ。あんたがピザとお酒の支払いをしなさい」
唇を尖らせていた橋本君だけど、わかったよ、と呟いた。
「次。葵さんは、まあビビらされていたから今のハグは不問とします。友達だからいいけど、セクハラと捉えられてもおかしくありませんからね」
「ちなみに咲ちゃんにはチューしているが」
「咲も嫌だったら言いなさい!」
嫌じゃないです、と今度は私が即答する。わはは、と葵さんは腕組みをして勝ち誇った。
「でも私にチューしたら、セクハラで殴り飛ばしますから」
恭子さんといい佳奈ちゃんといい、たくましいですね。恭子さんはバレー部で、佳奈ちゃんは柔道を習っていたのと部活はテニスでしたか。運動をしていた人は強いのかなぁ。あれ、だけど葵さんもスイミングスクールに通っていたのだっけ。その割に身体能力は壊滅している。逞しさとはあんまり関係無いのかも。
「わかりました……」
一転、大人しくなった葵さんの返事に頷いた佳奈ちゃんは、さて、と腰に手を当てた。
「私は帰るけど、二人とも咲がいる限り変な真似は出来ないと心得てね」
くっ、と二人が奥歯を噛む。
「瞬間移動が手強過ぎる」
「本気でサイコキネシスを使われたら太刀打ち出来ないもんなぁ」
だけど佳奈ちゃんは、そこじゃない、と首を振った。
「超能力関係無く、咲はちゃんと証拠を押さえたんだよ」
ほら、と佳奈ちゃんはスマホを取り出し動画を再生する。
『ほら、チーズが落ちちゃいます。早く食べて』
『いや、でも、その」
『あーん』
げっ、と今度は二人揃って悲鳴を上げた。
「咲ちゃん、撮っていたの!?」
「おい、佳奈ちゃん! 動画を止めろ! 滅茶苦茶恥ずかしい! っていうか消せ! 咲ちゃんもな!」
私は黙って首を振る。佳奈ちゃんはスマホをポケットに仕舞った。ただ、再生は止めていないから。
『可愛いお姉さんですね』
『やめろよ気色悪い……』
音声だけは流れて来る。ぎゃあぁ、と葵さんは頭を抱えた。
「我ながら、恥ずかしくて死ぬ!」
「だから慣れた方がいいって言っているじゃないですかぁ」
橋本君は本当に懲りないなぁと発言を聞いて思っていたら、佳奈ちゃんの蹴りが彼の太ももに入った。あらら、足を押さえて倒れこんじゃったよ。
「聡汰はお手付きしないように。葵さんも、咲へのセクハラはほどほどにして下さい。じゃ、私はこれで。咲、お願い」
その言葉に、あれ、と私は首を傾げた。
「佳奈ちゃんも一緒にピザを食べないの? 折角来たのに」
「だって夕飯、作っちゃったもん。餃子、丁度焼き終わったところだったの」
「じゃあ餃子を持ってこっちへおいで。ピザと餃子のパーティです!」
我ながら、ナイスアイディア! と手を叩く。すると、食べ合わせを考えな、と呆れられた。だけど間髪入れずに佳奈ちゃんの手を取りお家へ瞬間移動をする。
「さあ、お酒と餃子を持って戻ろう」
そうお誘いをしてみたけれど。
「えぇ、いいよ。三人の会なんでしょ」
なかなか応じてくれない。おかしいな、ご飯は一緒に食べた方が楽しいのに。その時、ようやくピンと来た。
「わかった。佳奈ちゃん、今日自分は呼ばれていなかったからいじけているんだ」
「……まあ、それは少しはある」
そうして髪を掻き上げた。可愛いなぁ。
「ごめんね、橋本君と会いますって一報を入れるべきでした」
「いや別にいいけどさ。彼女ではあるけど保護者じゃないし」
「似たようなものだと思うよ。それに、彼女だからこそ他の女子である私と葵さんが会いに行くってお伝えするべきでした」
徹君が私に黙って女の子二人と個室にいたら。葵さんと恭子さんに挟み込まれてデレデレしていたら。……嫉妬深過ぎるとはわかっているけれど、やっぱり私は面白くありません。
「まあ、目を離したらハグしようとする聡太に問題があるだけなんだけど」
「ううん、私も徹君が同じような状況にいたらモヤモヤするよ! だから、事情も説明したいので餃子を持って戻りましょう!」
強引なんだから、と呆れた佳奈ちゃんだけど」
「わかったよ。準備するからちょっと待っていて」
受け入れてくれた。やった!
「了解です!」
台所へ向かったので後に続く。いい匂いが充満していた。お皿に盛られた餃子は少し焦げ目が付いていて美味しそうだ。私も食べていいのかなぁ。持って行くなら分けて貰えるよね……。佳奈ちゃんはお皿に手早くラップをかけた。そして冷蔵庫からエコバッグにお酒を放り込んでいく。炭酸が爆発しないか心配になる。
「よし、オッケー」
では、と手を伸ばす。だけど佳奈ちゃんは、ちょっとだけいい? と腕を後ろで組んだ。
「なあに?」
「……私、束縛し過ぎかな。ハグくらいなら許すべき?」
おや、意外にも相談ですか。
「ほら、海外だと普通じゃん。ハグ。でも聡太が他の女の子とくっつくの、嫌なんだ。しかも男子に慣れさせるって名目で葵さんみたいな綺麗な人に抱き着くなんて、到底許せないんだけど。……嫉妬深過ぎるかな」
迷える友達の両肩をがしっと掴む。えっ、と丸くした佳奈ちゃんの目を真っ直ぐに見詰めた。
「佳奈ちゃん。ハグはね、危険なんだよ」
「危険?」
そう。とんでもない破壊力を持っている。
「徹君はね、葵さんとハグをした少し後に告白をしたの」
「……まさかハグでムラっと来て惚れたわけ?」
「流石にそれだけではないと思う。だけど、ぎゅっとして貰えるくらい優しくされて、気持ちが揺れたって恭子さんに白状したんだって」
「……サイッテー」
「でも葵さんにハグをしなさい、って徹君に言ったのは私なんだ」
「……何やってんの? え、ちょっと、本当に状況がわからないんだけど。何で咲が田中君に葵さんとハグをしろって勧めたわけ?」
「三バカが喧嘩した時、葵さんが誰よりも徹君を心配してくれてね。そして私達の目の前で彼は泣き出しちゃったんだけど、慰めるには一番心配した人が適任だ! と思って、ハグをするのです、と勧めたの」
「あぁ、成程ね」
「誤算だったのは、はその一件もあって徹君が葵さんを意識してしまったことだね」
「あいつ、下半身に素直過ぎない?」
「だから、ハグは危険なのです。好きになってしまいます」
「うーん、実際にやらかされた側が言うと説得力があるなぁ」
「でしょう? それに嫉妬心は素敵です。燃え上がる程、佳奈ちゃんが橋本君を好きって意味なのですから。勿論、束縛も行き過ぎは駄目です。外に出ると浮気をするからって理由で軟禁したり」
「そこまでしないよ……」
「でも適度に雷を落とすくらいなら全然大丈夫! むしろそのくらい、締め付けないと橋本君はさっきみたいにグレーのラインを平気で踏ん付けて回っちゃうよ。だから佳奈ちゃん、自信を持って。さっきの対応は間違いではありません」
至近距離でぐっと頷く。わかった、と戸惑いながらも佳奈ちゃんは視線を受け止めてくれた。
「ありがとう、咲にそう言って貰えて安心した」
「どういたしまして。ところで佳奈ちゃん。あんまり放っておくとまた橋本君が葵さんにちょっかいを出さないかな」
「いやぁ、さっき叱られたばっかりだよ? 流石の聡太も大人しくしているって」
その台詞で、フラグが立ったと察する。
「もう戻っても大丈夫?」
問い掛けると、大丈夫、と笑顔を浮かべた。橋本君のお家へ瞬間移動した私達の目に飛び込んで来たのは。
「ピザをあーんってするくらいは平気になりましょうよぉ」
「駄目だ! 近いんだよぉ!」
「まあ照れている葵お姉さんも可愛いですが」
「可愛いとか気軽に言うなバカ! そんでマジで一つも反省しないなお前!?」
案の定の光景だった。手に持っているお皿とお酒を黙って受け取る。自由になった佳奈ちゃんにより、橋本君は三秒後にまた締め落とされたのでした。やれやれです。
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