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ピザと餃子と冥王星。(視点:咲)
佳奈ちゃんを加えた四人、それぞれグラスを持つ。そしてお互いの顔を見回した。
「……誰か乾杯の音頭を取れよ」
「じゃあ佳奈、お願い」
「いや、私これが何の会なのかも知らないんだけど!?」
当然の反応ですね。だって結局、まだ説明はしていないもの。
「じゃあ咲ちゃん、頼む」
「いえ、むしろ葵さんが取り纏めてはいかがです?」
「やだ」
「もう乾杯しなくて良くない? 飲もうよ」
橋本君が早くもダレ始めた。
「あーもー、しょうがないな! 今日もお疲れ! 乾杯!」
そして結局苛立った佳奈ちゃんが強引に纏めてくれた。かんぱーい、と後に続く。でも佳奈ちゃんには申し訳ないけれど、貴女以外の三人は教室の隅にいる側の人間だったので場を引っ張ったり纏めたりするのは苦手なのです。
「それで? この三人で集まるなんて珍しいじゃん。どうしたの?」
餃子のお皿からラップを外しつつ、話を進めてくれる。手際も段取りもバッチリだ。そして、おう、とグラスを置いた葵さんが応じた。
「恭子から綿貫君にあげるクリスマスプレゼントは何がいいか、橋本君に相談するのが一番だろって結論に至ってな。最初は電話でやり取りをしていたんだが、対面の方が話が早いってことに……」
その言葉に、ちょっと待って! と慌ててストップをかける。
「違いますよ!」
「ん? そうだっけ?」
あ、また悪魔の笑みを浮かべている! さっきまで、橋本君にあーんってされて照れていたくせに! 聞いてよ佳奈ちゃん、と大事なお友達に訴えかける。
「葵さんと橋本君がね、ひどいの」
「締め落とした方がいい?」
武闘派が過ぎるな。
「そこまではしなくていいよ。でもね、二人で手を組んで何度も私をからかったの。綿貫君のお酒に媚薬を盛ろうって言い出したから、一生懸命止めたの。そうしたら、私をからかっただけですよーって。だから、お仕置きとお説教をするために此処へ来たんだ」
私の話を聞き終えた佳奈ちゃんは、深々と溜息を吐いた。そうだよね、そこの二人には呆れちゃうよね!
「本気で一服盛ると思ったの?」
……あれ?
「咲が純粋無垢で真面目なのはわかるよ? でも流石に私達の間でそこまではしないって信じてあげなよ」
「えっ、私が悪い!?」
そんな馬鹿な!
「悪くは無いよ。被害者には違いない。だけど流石に気付くべきだと思うし、心が綺麗すぎてむしろ心配になる」
「褒めと注意を同時にしないで! 情緒がおかしくなっちゃうよ!」
おかしいな! 佳奈ちゃんは味方をしてくれると見込んでいたのに! そのやり取りの傍らでは。
「咲ちゃんにとって我々は、友人同士を媚薬でくっつける輩に見えるらしい」
「俺、綿貫と地元からの親友なんですけどぉ~」
またしても悪魔が二体出現している! ニヤニヤとまあ憎たらしい笑顔ですね!
「コラ。からかった二人が一番悪い」
だけど今度は佳奈ちゃんがいるもんね! 釘を刺された悪魔達が揃って肩を竦める。あ、そうだ。それだけじゃなかった。
「あとね、もう一つひどいからかい方をされたの」
再び訴えを始める。どんだけやられてんのよ、と呆れた佳奈ちゃんは餃子を一口齧った。
「お、結構上手く出来たかも」
「どれ、一個くれ」
「あ、俺も~」
「話を聞いてよ!」
必死でアピールすると、わかったわかった、と応じてくれた。だけど何だかちょっと面倒臭そうじゃない? それでも私は話を続ける。
「葵さんが悪いお姉さんぶって、橋本君の頬に手を当てたの。バレなければ一線を超えても、何て言うから私は二人をサイコキネシスで捕まえたんだよ。佳奈ちゃんがいるのに浮気なんて許さない! って」
「咲がいる前でやったんだ」
……。
「……うん」
あ、また溜息を吐かれた! ひどい……。
「あんたの前で不貞を働く程、大胆だと思う?」
「だって、だって、顔が近かったんだもん! 良くないよ!」
「聡太はともかく、葵さんがそういう行為に及ぶわけないじゃん」
いえーい、と葵さんがダブルピースを繰り出した。ええい、今だけは鬱陶しい!
「だけどちょっと動いたら、唇がぶつかりそうだった! 危なかったし、いくらからかうためでもそういう距離は駄目だと思う!」
「それはそう。悪いのは、あの根性悪二人」
「だよね!?」
「その上で咲もしっかりしてよ。落ち着いて、冷静に考えて。そうしたらアホみたいなからかいにも引っ掛からないから」
「私は佳奈ちゃんのためを思って行動したのに!」
「ありがと。咲のそういう真面目なところはいいと思う」
「でしょお!?」
「でも単純な仕掛けに引っ掛かり過ぎ」
「ひどい!」
「まあ可愛いけどさ。その内、詐欺に引っ掛かりそうで心配になるから疑いの心も持ちなさい」
うぅ、何故こっちが窘められるのですか。私は被害者だ!
「で、プレゼントは結局決まったの?」
遠慮なくピザを食べながら佳奈ちゃんが話題を戻した。私の訴えは終わりですか……。
「ワインのラベルに綿貫君の写真を入れることになった。小瓶を二つあげるのだが、一枚はお菓子戦争終結の念書だ。誰が何と言おうがこれだけは譲らん」
「あぁ、あれか。洒落がきいていていいんじゃないですか」
だろ? と葵さんは上機嫌だ。むくれながら私もピザを一切れ食べる。うーん、本当に美味しい! 立っていた腹も満足するね!
「こうなると肝心なのはもう一枚だ。念書と並べるなら三バカが写っている物がいい気もするが、佳奈ちゃんはどう思う?」
「難しいですね。いや、写真はその組み合わせでいいでしょう。だけど、恭子さんから綿貫君へのプレゼントなのに三バカと念書なのは意味がわからなくありません?」
「どうでもいいけど皆して俺らを三バカ扱いするの、やめてくれる?」
「理由なら簡単さ。綿貫君へのプレゼントを考えた結果、やっぱり一番仲良しの三人が一緒に写っているボトルをあげたくなった。これで十分だろ」
「ふうむ、いける、かな?」
「なんなら、三人で遊んでいる時が一番いい顔をしているわよ、くらい付け足して欲しいもんだがまあ恭子にゃ無理だろ。あいつの緊張ぶりを見るにプレゼントを渡すだけで精一杯だな」
一瞬、全員が口を噤んだ。葵さんにだけは緊張どうこう指摘されたくないだろう、と共通の感想を抱いているとよくわかる。テレパシーを使わなくても、ね。咳払いをした佳奈ちゃんがテレビ画面を指差した。
「それで聡太のスマホが映し出されているわけですか」
「そ。写真の選定作業中だったのさ。飯食いながら選ぶつもりだったのが、そこの手の早いガキのおかげでこんなことに」
「そのガキを頼りに来たんでしょ~」
けっ、と葵さんはお酒を煽った。私は餃子に手を伸ばす。いただきます。
「おぉっ、甘い! お野菜の甘みがたくさん詰め込まれています! 佳奈ちゃん、とっても美味しいよ!」
「そう? ありがと。野沢菜と白菜を入れてみたんだ」
「後で作り方を教えて!」
「そんな大層なもんじゃないけどね」
「美味しい! 良かったぁ、佳奈ちゃんも連れて来て」
「私と言うより餃子目当てじゃん」
「それこそ写真に撮っておこうっと。大仏ピザも美味しいし、最高の晩御飯です!」
スマホを構える私に、酔っ払ってんのか? と葵さんが茶々を入れた。そしてさり気なく席を立とうとしている。
「あ、コラ葵さん。何処へ行くのですか」
「写らないよう離れるのだ」
しかしサイコキネシスで捕まえた。離せっ、とのお願いも聞き入れない。
「じゃあ、皆、撮るよ。いい?」
「良くない!」
橋本君はピザを顔の前に持って来た。佳奈ちゃんは餃子をお箸で持って微笑んでいる。葵さんはじたばたしていた。
「はい、チーズ」
そうして二枚撮った。咲も映りなよ、と佳奈ちゃんが声を掛けてくれる。
「わかった、ありがとう。じゃあ自撮りモードにして、と」
橋本君と佳奈ちゃんのカップルコンビはそれぞれの食べ物をお皿に置き、葵さんを左右から挟んだ。私はその手前に構える。
「畜生、私を真ん中に据えるんじゃねぇ! 飯を撮るんじゃなかったのか!」
「もう撮りましたから、今度は人だけ収めるのです」
それ以上の文句が飛び出る前に、はいチーズ、とシャッターを切った。あぁ、楽しい晩餐会ですねぇ。幸せだなぁ。葵さんだけは、おのれぇ、と歯ぎしりしているけれど聞こえないふりを貫く。私達三人が座り直したところでサイコキネシスを解除した。珍しく私を睨む葵さんの視線も華麗にスルーをする。
「今撮った写真、三人にお送りしますね」
「無視すんな咲スケ」
また変な呼び方をしているよ。続けてスルー!
「で、三バカの写真選びもやらなきゃでしょ?」
佳奈ちゃんが尤もな指摘をした。葵さんは頬杖をつき唇を尖らせる。ご飯中にお行儀の悪い。そして、はい、送信、と。ついでにさっきの、橋本君が葵さんに迫る動画を二本とも本人達に送った。うん、手を取っている写真も送っちゃえ。
「こうやって脱線ばっかりしているから決まらないんだよ。そして決定前に酔っ払って潰れるのがオチだ」
確かに、と一斉に頷くと、いや確かにじゃねぇだろ、とご自分でツッコみを入れた。慌ただしいですねぇ。
「だから早く候補を決めよう」
「まあ俺達三人で写っている物は枚数も少ないので、その気になればすぐに決められると思いますが」
「ん? あんまり数は無いのか」
「だって俺も写るためには自撮りにするしかないじゃないですか。大体飲み会の後、テンションが上がった時くらいしか撮ってませんね」
「さっきの桜の木の下は? あれなんか仲良さげでいい感じじゃんか」
「花見をした時の写真ですか。あの後、田中が飲み過ぎて桜の下で粗相をして、綿貫も貰い事故を起こしたからオススメしませんね」
「飯時に聞きたくなかったな……」
葵さんが口元を押さえた。結構繊細なのですよね。
「あ、じゃあ私のスマホに残ってないか見てみようか。それこそ枚数は多くないけど、三人を撮った覚えは何度かあるし」
「おっ、ナイスだぜ佳奈ちゃん。選手交代、ちょっくら見させて貰うとするか」
「オッケー。じゃあ俺の方は接続を切るね。佳奈、繋げ方はわかるでしょ」
「勿論! 任せて」
テレビの画面が一度暗くなった。だけどすぐに切り替わる。待ち受け画面は。
「……壮大だな」
「……でも何処の星?」
惑星の画像だった。冥王星だよ、と佳奈ちゃんが即答する。
「あぁ、あの悲劇の星か」
そうなんです、と葵さんに向かって身を乗り出している。適当に相槌を打っただけらしく、佳奈ちゃんの勢いに軽く仰け反った。
「悲劇の元惑星、それが冥王星なんだ。勝手に惑星って定義した挙句ごめんやっぱ基準を満たしていないから違うわって振り回された可哀想な星。本人は一生懸命宇宙をくるくる回っているだけなのに人間の勝手な基準で認められたり否定されたり。そんなの可哀想だ。だから最低でも此処に一人は味方がいるよ、って。君に寄り添う人間がいるよ、って。主張するために私は待ち受け画面を冥王星にしているの」
突然早口で始まった主張に全員口を噤む。この熱量の話題には下手に踏み込んではいけない。誰もがそう察していた。橋本君をちらりと見る。彼はテーブルを見詰めていた。その表情が、触れない方が良いという我々の直感を裏付けていた。
「冥王星の説明動画、流そうか。歴史や概要がわかりやすくまとめてある動画、お気に入りに登録しているからすぐ見せられるよ」
マズイ! これは始まったら最低一時間は抜け出せないやつだ! その時、まあまあ、と葵さんが切り込んだ。頑張って先輩!
「冥王星講座は後にしておくれ。言っただろ、あっちゃこっちゃ寄り道ばかりしていたら写真を決める前に酔い潰れちまうって。また後日でも冥王星は逃げやしない。だけど写真は決めないと発注出来ない。今日は写真を選ばせておくれ。な?」
佳奈ちゃんは見事なまでの無表情で葵さんを見詰めた。葵さんの頬を汗が一筋伝うのが見える。負けないで! わかったよ、なんて応じたら最後、動画が始まってしまいます!
張り詰めた緊張感の中、沈黙に耳が痛くなる。永遠にも感じられる数秒の後。
「……わかりました」
折れたのは佳奈ちゃんだった。密かに息をつく。橋本君もテーブルから視線を上げた。普段、のらりくらりとしている彼があそこまで死んだ顔をするとは、何があったか想像に難くない。そして私も佳奈ちゃん同様、好きなものが絡むと燃え上がってしまうから気を付けないといけませんね。
「じゃあ写真、探しましょうか」
「うん、頼む」
「あ、じゃあ旅行の時に冥王星講座をしましょうね」
「それは旅行の趣旨がぶれるから許さんぞ」
きっぱりと葵さんが断った。あら珍しい。本当に旅行への思い入れが強いのですね。当然か、皆にお声がけをされたのだもの。
そして、はぁい、と応じた佳奈ちゃんだけど、一瞬、目が光って見えた。あ、諦めていないなこれ。隙があれば講座を始めるつもりだな。それにしても知らなかったな、佳奈ちゃんが冥王星にとっても強い思い入れがあるなんて。まさか今日、判明するとは想像もしなかった。人の知らない一面って、意外なところで判明するのだなぁ。長いこと、お友達として過ごしているけれど初耳でした。もっともっと仲良くなる余地がありそうですね。それはとっても、嬉しいのです。
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