午後八時前。(視点:佳奈)

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午後八時前。(視点:佳奈)

 写真のフォルダを開くと、真っ先に餃子が表示された。割とうまく作れたから、さっき撮ったんだった。さて、とゆっくり画面をスクロールする。餃子美味っ、と葵さんの声が聞こえた。 「ね、とっても美味しいのです!」 「佳奈ちゃんは料理上手だな。旅行の夕飯は自炊の予定だから、腕を振るって貰おうかねぇ」 「賛成!」 「はいはい、頑張りますよ」  適当に相槌を打ちながらテレビを眺める。冥王星の説明動画を見てくれないなんてわかってないなぁ。まあ、とにかく今は三バカの写真を探すか。  三人が写っている物はなかなか見当たらない。その時、ふと気が付いた。聡太と別れていた半年間、一回も会わなかったのだ。それ以上、遡らないと見付からないに決まっている。つまり今は何も関係の無い、私のプライベートを晒しているだけ。変な写真は撮っていないけど、やけに恥ずかしくなって一気にスクロールを加速させた。 「まあそりゃそうだよなぁ」  葵さんの呟きが耳に届く。ミスりました、と苦笑いを浮かべる傍らでは餃子を齧る咲が首を捻った。聡太は無言だ。わざわざ自分から触れたりはしないよね。  今年の年末年始まで戻ってようやく一枚、見付けた。聡太と一緒に帰省したところ、田中君と綿貫君もそれぞれ実家で過ごしているとわかり、地元のファミレスで一緒にご飯を食べたのだった。その時に撮った三人の写真だ。田中君はピースをしている。聡太はメニューの表紙を見せ付け、綿貫君は親指を立てていた。ん、と葵さんが頬杖をつく。首も細いから頭が重いのかな、なんてね。 「見覚えの無い店名だな。地方のチェーン店か?」 「そうなんです。私達の地元にはいっぱいあるんですよ。だから上京して一軒も見掛けなくてびっくりしました」 「上京あるあるだな。私も同じ経験をした」 「やっぱりありますよねぇ」 「しかしなかなかいいじゃないか。まさに地元の親友って感じが出ていてさ。候補の一枚だね」 「どうします? 何枚か見繕って葵さんに送ればいいですか?」 「んだな。恭子には私からワインボトルを提案するから、その時一緒に写真も転送するよ」 「承知しましたっ」  忘れないよう、撮影した日付をメモアプリに書き留める。次の一枚は、えーっと。意外と無いな。これかな? 「酔っ払ってんなぁ」 「ご機嫌ですねぇ」  葵さんと咲の感想は尤もだ。夜の路上で撮影したんだったかな。私もこの時はかなり飲んじゃったからな。 「一体、どんなめでたい出来事があったんだ?」 「泡盛のボトルを入れたのが失敗でした」  田中君は、私達が子供の頃に流行った特撮ヒーローの変身ポーズを取っている。聡太は両手を上にあげて爪先立ちになり、膝と腰は曲げていた。多分、地元舞踊を最げしているのだろう。綿貫君は目を見開き、口を大きく開けていた。田中君に対峙する怪獣かな。この中だと聡太だけ浮いている。まあ全員酔っ払いって括りでは同じだけど。 「これも候補な」  薄い笑みを浮かべて葵さんが画面を指差した。馬鹿にしている……わけじゃなさそう。どっちかと言えば見守るような視線だ。楽しそうな後輩達だねぇ、とでも思っているのかも。 「えぇ~、俺は嫌だよ」  ぶーたれる聡太に、いいじゃん、と葵さんは微笑み掛けた。 「それにしても橋本君。君、酔うと踊るんだな」 「別に、この時はたまたまです」 「なかなかはっちゃけておいでのようだが?」 「俺だけじゃなくて全員でしょ。佳奈、次にいってよ」  いじられると不貞腐れるんだから。はいはい、と画面を動かす。しばらくは、見掛けて開いても飲み会の場面が続いた。一応、それぞれの撮影日をメモに取る。 「あ、学生時代まで戻っちゃった。これは三人がシェアハウスから退去した日だ。結構良くないですか?」  自信を持って表示させる。号泣する綿貫君と慰める田中君、その模様を撮る聡太の三人。ほほう、と葵さんが声を上げた。 「さっき見た写真に、撮影している橋本君が加わったのか。それだけで君達三人の関係性が見えて来るね。ふむ、こいつはかなりの有力候補だ。忘れず送ってくれたまえ」  やった、褒められた! はいっ、という返事が上擦ってしまった。そこから前は急激に枚数が増えた。この頃は私が頻繁に三人のシェアハウスへ遊びに行っていたからだ。お菓子パーティをしたり、普通に宅飲みをしたり、聡太とイチャつこうかと思ったら二人がバイトから早く帰って来ていて結局ただ一緒にご飯を食べたり。そして、ちょこちょこ咲も写り込んでいる。懐かしいね、と目を細めた。一方で、うーん、と葵さんが小さく唸る。 「仲良きことは美しきかな。だが日常のワンシーンは面白みに欠けるな。写真の選定はこのくらいで切り上げようか」 「葵さん、ひょっとして飽きちゃいましたか?」  咲の指摘に、失礼な、と肩を竦めた。 「しかし別のことが気になっているのもまた事実。佳奈ちゃん、橋本君。手間を掛けさせてすまないが、さっき言った通り、候補の写真を後で私に送ってくれ。もし他に良さそうな写真があれば遠慮なく追加してくれ」 「わかりました!」 「オッケーでーす」  さて、と葵さんがスマホを確認する。 「時刻は只今、夜八時前。そろそろ不吉な連絡が来る気がしないか? なあ咲ちゃん」  名指しで呼ばれた咲は口元を手で押さえた。食っているところすまんかった、と葵さんがお詫びを入れる。飲み込んだ咲は、ええと、と首を傾げた。 「八時? 全員集合ですか?」  珍しくボケた! 聡太がむせ、葵さんは吹き出す。私も裏声で笑ってしまった。えへへ、と咲が頭を掻く。 「ウケたようで安心しました」 「見事だ咲ちゃん。不意打ちにも程がある」 「あー、やられた。その返しは想像していなかった」 「ナイス、咲」  手を差し出すと、照れたようにハイタッチを返してくれた。イエーイ!  その時、まさにドンピシャで葵さんのスマホが震えた。来たか、と目を細める。しかしすぐに、まだセーフだった、とポケットへ仕舞った。 「セーフ?」 「ま、気にせず飯を食べちゃおう。いつ呼ばれるかわからんからな」  後輩三人、揃って首を捻る。何が何やらさっぱりだ。後で説明をお願いしますよ、先輩! 「しかし君達四人、本当に仲良しなんだな。人の交友関係なんざ基本的に興味は無いが、ここまで来ると流石に少し羨ましくなるね。いい友達だね、って」 「葵さん、地元にお友達は?」 「おらん」  あっけらかんと寂しい答えを下さった。むしろ拍子抜けする。同時に、踏み込んでもいい話題なんだ、と理解した。 「一人も?」 「おらん」 「顔見知りは?」 「同級生なら私を覚えている奴も何人かいるとは思う。だが私の方が覚えていないだろう」  そうか。そんな人から見れば、地元が同じで上京してからも遊んでいる私達は本当に仲が良く映るに違いない。実際、仲良しだし! 「佳奈ちゃんは多そうだねぇ、お友達」 「まあ、それなりに付き合いはあります」  しかし今度は聡太が、それなりぃ? と唇を尖らせた。 「地元に戻ったら必ず友達と飲みに行くじゃん。バスケ部の人やクラスメイト、あとは中学の生徒会の人だっけ? 佳奈、謙遜してますけど付き合いは滅茶苦茶広いですよ」 「……何でちょっと不満そうなのよ」 「俺はクラスメイトから飲み会に誘われたことなんて無いから、下手な謙遜は嫌な感じがする」 「聡太が連絡とか無視していたから誘われなくなったんでしょ」 「だって上京しているんだから、地元で飲み会を開くので参加する人は返信頂戴って言われたってシカトするでしょ」 「そういう時は、今度帰ったら行くからね、って一言添えれば印象は変わるの」 「いいよ、そんな面倒臭い気遣いをしなきゃ付き合いが続かない人なんていなくて」 「あんたが私に嫉妬したんでしょ!?」 「友達がいる、いない、はどうでもいい。俺には田中と綿貫がいる。でも佳奈の変な謙遜は嫌だ。友達、多いですって正直に答えなよ」 「それこそ嫌だよ! 自慢みたいで」 「自慢すればいいじゃん。よっ、一軍女子」 「嫌味だなぁ!」  はいはい、と葵さんが私達の間に入った。 「いちゃついてんだかマジ切れ寸前なのかよくわからんが、とにかく橋本君が田中君と綿貫君を大事に思っていることと、佳奈ちゃんはやっぱり明るいいい子だって再認識した。そして大人になってから知り合えたのは幸運だね。きっと学生時代に出会っていても、お互いにポジションが違うと気付いて交流しなかったと思うぜ。君は一軍、私はほぼ三軍の無所属。だが今はこうして友達でいる。人生や出会いってのは面白いものだ」  そんな、と言いかけたけど、咲が一瞬早く、本当です、と口にした。 「私なんて大学で田中君に出会うまで、人との交流を持とうとしていませんでしたからね。きっと小中高校の人々は、私の存在すら覚えていないでしょう。ここ四年でお友達や、優しい先輩ができたのは私にとって奇跡そのものです。もし、佳奈ちゃんや橋本君達と地元が一緒だったら、逆にこんな風に仲良くはなれていなかったに違いありません。ね、佳奈ちゃん。いつも仲良くしてくれてありがとう」  ぺこり、と頭を下げられた。酔っているのかな、と一瞬頭を過る。だけどどっちにしろ、咲の本音には違いない。 「こっちこそ、咲には癒されてばかりだよ」  途端に表情が曇った。 「それはマスコット的な意味ですか……? 或いは幼女……?」  何だか変な反応だな。 「いや、純粋な性格にいいなって思わされるから。まあさっきも言った通り、詐欺に引っ掛からないか心配にはなるけど」 「……そっか、ありがとう。気を付けるよ」  変な咲。その時、ふと見ると葵さんがそっぽを向いて肩を震わせていた。 「え、何で笑いを堪えているのですか」  私の指摘に、ふっ、と息を漏らす。咲は黙って葵さんを指差した。 「どうしたのよ。事情が全くわからないんだけど」 「意地悪なの」  あはは、と先輩が鈴の音みたいな笑い声を上げた。それがあまりに透明で綺麗だったので、一瞬鼓動が高鳴った。不思議な瞬間ってあるよね! 「葵さん、今日は散々私を幼女呼ばわりしたの。温泉に行ったんだけど、そこでずっと幼女幼女ってからかったんだよ。もう二十四歳なのに」 「だから今、癒されるって言われて変に勘ぐったわけか」  うん、とむくれて頷く。……確かに小さい子が拗ねた時みたいだ。膨らませた咲のほっぺを、えい、と掴む。ぷーっ、とお手本のように空気が抜けた。 「あんた、幼女だわ」 「佳奈ちゃんまでひどい!」 「だろぉ? 何か幼いんだよなぁ」 「私は! 二十四歳の! れっきとした成人女性です!」 「でも可愛い」 「愛でていたい」 「よーしよしよし」 「ほら! ピザ食べる? チキンもまだあるよ?」 「幼女というか、やっぱり愛玩動物みたいな扱いをしていますね!? 怒りますよ!?」 「怒った顔も愛らしい」 「別に私、可愛くないです!」 「田中君にだけ愛されていたいのかい」  途端に顔が赤くなった。 「きゅ、急に変なことを言わないで下さい!」 「私に言われたら気まずさもあってダメージがデカいだろ」  またしても咲が葵さんを指差した。 「開き直られて気まずいの!」 「いじられるだけありがたいと思え」 「まあタブーにして触れないよりはネタにして擦る方がいいんじゃない? 葵さんが辛くなければ、ですけど」 「辛かろうが辛くなかろうがネタにするしか無いんだよ。だったら皆で笑い飛ばした方が楽しかろ?」 「その辺りも開き直っているんですね……ハート、強ぉ……」  ふふん、と鼻で笑いお酒を一気に煽った。飲まなきゃやっていられねぇ、って絵面だね。そうしてまたスマホを取り出し確認する。すぐに仕舞って何も言わない、と。あの、とこっちから切り出すことにした。 「さっきから、連絡でも待っているんですか?」  その問いに、うん、とあっさり頷いた。もしかしたら隠されるかも知れないと思っていたから少し意外だ。 「この後、用事でもあるんですか」 「いや、無いよ。だけどほぼ確実に助けを求められる。何故なら、さっきからヤバめの報告が入っているから」 「ヤバめの報告?」  まだピンと来ない。だけど咲はわかったらしい。もしや、と目を見開いた。 「恭子さん、大分酔っ払っておいでなので?」 「そういうこった。田中君から、止めても飲む、言動が怪しい、ほぼ単語でしか喋らなくなってきた、と逐一報告が入っている。恐らく恭子は潰れるな。そうなったら彼に手を貸さねばならん。まったく、我が親友ながら酒の飲み方を考えて欲しいものだね」 「恭子さん、綺麗だから危ないし」 「変なことをされてしまうかも知れません」  え、と思わず咲を見る。葵さんも同じように見詰めていた。 「咲、そこまで田中君を信用していないの?」 「流石にお手付きはしないだろ……私がからかうことはあれども本気でやるとは思ってないぞ?」  私達の言葉に、ん? と首を傾げた。しばし後、あっ、と今度は声を上げる。 「違います違います! 田中君から変なことをされる、ではなくて、何処か他の飲み会で同じように潰れてしまったら悪い人にされてしまうという意味でして、誤解無きようお願いします!」 「いや君が誤解しか招かない発言をしたんだが」 「ミスです!」 「堂々とした報告だな。そうか、ならしょうがない、としか言いようが無いぜ」 「まったくです。あぁ、びっくりした。そこまで疑っているのかと」  葵さんと揃って胸を撫で下ろす。 「むしろ疑っていたら面白かったのに」  突然聡太が爆弾を投げ込んで来た。何てことを言うの、とデコピンをする。 「君は本当に田中君の親友なのか……?」  ほら、葵さんだって引いているじゃん。咲は黙って首を振った。 「親友ですよ。だからこそあいつが焦っている様子を楽しめるのです」 「やっぱこいつ、やべぇな。佳奈ちゃん、どこがいいんだ?」  駄目なところ。危ない思考。掴みどころのない性格。それでいて割と大きめの隙。 「まあ、色々と」 「そっか。本人が幸せならいいや」 「断っておきますが、田中が本当に落ち込んだらちゃんと慰めるし手を差し伸べますよ。ただ、人を傷付けない限り、あいつがやらかすのを眺めて楽しみたいです」 「やけに口数が少ないと思っていたら、傍観して楽しんでいたのか」 「いや、女子三人がよく喋るから割って入る隙が無かっただけ」 「あ、お前、こいつらずっとぴーちくぱーちくうるせぇなーとか思っていたんだな?」 「そんなこと、言ってませーん」 「微妙に苛々する返答だ。佳奈ちゃん、デコピンのお代わりを求める」 「承知!」 「あ、ひどい。暴力反対!」 「口で言っても躱す奴には肉体言語で訴えろ!」 「ラジャー!」 「やめろぉ、俺はか弱いんだぞぉ」 「私よりはマシだろ」 「きっとどっこいどっこいですよ」  そんな賑やかな夜が更けてゆく。そうだね、私達、友達になれて良かったね。そんな思いを抱きながら、楽しく過ごすのだった。
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