色んな実情。(視点:咲)

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色んな実情。(視点:咲)

「ったく、何度同じ失態を犯せば恭子の酒癖は改善されるんだ?」  電話を切った葵さんが深々と溜息を吐いた。まあまあ、と宥める。 「デート・プランが固まって浮かれてしまったようですし、大目に見てあげましょうよ」  そう言うと華奢な肩を竦めた。 「めでたいことがあったらはっちゃけても構わないってか? そんなわけねぇだろ」  う、尤もな御意見です。言葉に詰まった私に代わり、また恭子さんがやらかしたんですか、と佳奈ちゃんが話を引き取った。すっかり慣れた言い方だ。ちなみに佳奈ちゃんと恭子さんは知り合って二年だけど、性格やタイプが似ているのか、飲みに行くとよく黄色い声を上げてお喋りをしていた。二人が並ぶと、とっても華やかでその様子をぽけーっと眺めるのが好きだった。ここ半年は佳奈ちゃんが来られなかったけれど、またあの一軍女子の空気を感じられるのは楽しみだな。  一方、潰れたってさ、と無所属系女子の葵さんがスマホを差し出す。こちらはこちらで我が道を行く感じで格好いいのです。一人でもへっちゃらな人が優しいと、キュンと来てしまいます。まあ、葵さんは実は寂しがり屋さんなのは知っていますが。だから出来るだけお隣にいたいなぁ。結婚してからもいっぱいご一緒したいなぁ。 「見ろこれ。田中君に寄っかかってグースカ寝とぼけていやがるの」  スマホの画面を覗き込んだ佳奈ちゃんと橋本君は。 「アウト!」 「田中、いいなー」  対照的な反応を見せた。佳奈ちゃんの手刀が一閃する。額を押さえた橋本君に、やれやれ、と葵さんは首を振った。恭子さんと橋本君のどっちに対する呆れですか? 「しかし咲ちゃんは案外落ち着いているな。私の方が呆れているじゃないか」  水を向けられ、まあ、と小首を傾げる。 「流石に恭子さんと田中君の間で何かあるとは思わないので」 「彼は私といざこざを起こしたのに?」  すっかり開き直っておられますね。ほら、佳奈ちゃんの方がバツが悪そうですよ。 「だって恭子さんが綿貫君を好きって田中君もわかっているじゃないですか。それなのに不貞へ及んだら、最早婚約者どころかお友達でもありません。ましてや恭子さんは酔い潰れている身。そんな人に手を出すのは犯罪です。人として最低の振る舞いです。縁を切らせていただきます」  淡々と答えると、確かに、と三人揃って頷いた。 「でも恭子さん、私達と一緒の時だけはっちゃけるんですね。初めて知りました。いつも泥酔しているイメージだから」  佳奈ちゃんも遠慮が無いですね。そうなんだ、と葵さんが表情を和らげる。 「あいつも私等には甘えているのさ。大学時代に所属していたサークルの同窓会に参加しても、最後まで理性を保っているからな。もっとも、学生の頃から恭子はモテたので未だに隙を見せないようにしているのかも知れんが」  惚れた腫れたが結構あったって恭子さん自身が言っていたな。 「そりゃモテるでしょうね。外見も中身も素敵だもん」 「佳奈ちゃんも似たようなものじゃんか。君達一軍女子は私みたいな日陰者からすれば眩し過ぎる」  同感です。でも華やかでこっちの気持ちも明るくなると思うのです。仲良くして貰えて嬉しいなぁ。 「葵さんはモテなかったんですか?」 「友達もいない奴がモテると思うか?」  佳奈ちゃんがお返事に詰まる。無神経だね、と橋本君がやり返した。仲良しですね。 「しかし田中君、今頃恭子の体を堪能しているのだろうか」  ちょっと、と私は葵さんをつつく。少し身じろぎをした。くすぐったがり屋さんめ! 「嫌な言い方をしないで下さい。彼は支えてあげているだけです」  眉を顰めて見せる。本当は私だって面白くないけれど、恭子さんのお酒の飲み方を思うとしょうがないかなって諦めているのです。 「おっと、珍しく咲ちゃんがお冠だ。それこそ無神経だったかな」 「だけど彼は間違いなくドキドキしていると思います」  だって恭子さん、素敵だもの。 「いや、そこは認めるんかい」  黙って頷きお酒を煽る。良くも悪くも信用していますからね。 「さて、この後恭子が目を覚ますまで放置するとして、タクシーで帰ってから連絡を寄越すよう伝えたからな。あと一時間も経たずにお暇するよ。あんまり遅くなっても悪いしな」  九時半から十時の間が目安ですかね。 「勿論、佳奈ちゃんと橋本君が甘い時間を過ごしたいのであれば私と咲ちゃんは恭子の家へ引っ込むが」 その言葉に、バカップルじゃあるまいし、と佳奈ちゃんが肩を竦めた。 「葵さんも混ざります?」  橋本君の発現に言葉に、バカだこいつは、と佳奈ちゃんが今度は頭を抱えた。 「冗談に決まっているじゃん」 「あんた、セクハラは実際に働いたでしょうが!」 「まあとにかく、あと一時間ならピザと餃子、食べちゃいましょう。あ、酒は置いて行ってくれて構わないですからね」  橋本君が露骨に話を逸らした上に、しれっとお酒を所望した。彼の大胆なところ、凄いなぁ。姿勢は見習いたいかも。駄目人間にはなりたくないけど。 そして、駄目、と佳奈ちゃんが両手の人差し指でバッテンを作った。 「お酒は葵さんにあげなさい」 「えー、酒代は俺が払うじゃん。だったら残った分は貰っていいでしょ」 「駄目! さっきセクハラをしたお詫び!」 「それは夕飯の支払いでトントンだって」 「聡太、私と咲が餃子を取りに行っている間にまた迫って困らせたじゃないの! その分だよ!」 「締め落とされたからチャラってことで」 「葵さんに釣り合ってない!」  夫婦漫才を続ける二人に、まあまあ、と葵さんが割って入った。 「酒代くらい私が払う。だが橋本君の理屈に従い、残りは持って行かせて貰うぜ」  ならどうぞ、と呟く橋本君に対して佳奈ちゃんが溜息を吐く。どこまでデコボココンビなのかしらん。そしてそんな橋本君を佳奈ちゃんは大好きなのが可愛くて仕方ない。 「甘やかさないで下さい。聡太ってば、また適当な理由をつけて葵さんに触りますよ」 「そうならないよう、しっかり見張っておいておくれ」 「勿論!」  いいお返事です。私も田中君をしっかり見張るとしましょう。三バカの首には鈴が必須なのでしょうか。綿貫君は忠犬っぽいな。橋本君は性格の悪いシャムネコかなぁ? 田中君は……何だろう。亀? ……違うか。 「俺、信用無いなぁ」  橋本君がぼんやりとぼやく。当たり前じゃないですか。 「いや、ある意味信用しているよ。君は駄目人間だってね」  私の徹君に対する気持ちと一緒ですね。本当に困った人達です。 「橋本君みたいなぐだぐだ人間は佳奈ちゃんくらいのしっかり者にしか制御出来まい。なにせ親友たる田中君と綿貫君ですら振り回されたのだ。我々のような常識的な一般人に太刀打ち出来るわけが無い」 「我々?」 「私と咲ちゃん。さっき咲ちゃんも翻弄されたもんね」  葵さんも片棒を担いだじゃないですか。まったくもう。そう、言いたいのだけれども。……今、喋れない。だって泣いちゃいそうだから。 常識的な一般人。その評は、超能力者の私を当たり前に受け入れてくれていると改めて感じさせてくれた。六人のお友達、その皆が超能力者の私を普通に扱い、なんなら能力を活用している。だから私もありがたく輪に入っていた。ただ、こうやって不意打ちで、大好きな葵さんに君も普通だよって扱われると、嬉しくて、幸せで、泣きたくなってしまう。  でも急に泣いたりしたら楽しい空気が壊れちゃう。だから黙って座っている葵さんに抱き着いて、お腹横に顔を埋めた。服に涙が沁みたらごめんなさい。 「ははは、拗ねたのか? さっきはからかって悪かったよ。よしよし」  頭を撫でられる。私の真意は悟られていない。だってさっきの一件で、ぎゅっとしているわけではないもの。 「ほら橋本君。咲ちゃんが可哀想だろ。君はひどい人間だよ」 「葵さんだってノリノリでからかっていたじゃないですか。むしろ俺は貴女の振る舞いに乗った側ですよ~」 「はて? そうだったかしらん?」 「誤魔化すの、下手ですねぇ。あと、人をからかうためなら俺の頬に手を添えられるのに、迫られると弱すぎますよ」 「うるせぇ」 「お姉ぇさぁん」 「あぁクソ、甘ったるい呼び方はやめろ。鳥肌が立つ」 「聡太、実のお姉さんにもそんな話しかけ方をするの?」 「するわけないじゃん! 姉ちゃんに猫撫で声で呼び掛けるなんて気持ち悪い」 「良かった。家族の間でもそんな風に接していたら、彼女としてどう立ち回ればいいのかわからなかったよ」 「おっ、結婚した後の心配か?」 「そこまでの想定では、一応無い、かな?」 「ふぅん」 「っていうか佳奈、俺の姉ちゃんと会ったことあるじゃん。高校の時、うちに遊びに来て何回か鉢合わせしたでしょ。俺が普通に喋っているのも見たよね」 「あはは、そう言えばそうだ。お姉さん、元気?」 「元気そうだよ。相変わらず重度の二次元オタク」 「そっか」 「姉ちゃんの裸とか見ると興奮すんの?」 「葵さんは何でその質問をしようと思ったんですか? そして答えは、絶対に有り得ない、です」 「へぇ」 「想像するのも嫌ですよ」 「そういうものなのか」 「そうだ、葵さんってごきょうだいはいらっしゃるのですか?」 「可愛い妹分がここにいる」  ……ありがとうございます。 「はいはい。で、実際は?」 「ノーコメント。ちょいと話し辛い事情があってね。機会があれば教えるよ」 「そうですか。失礼しました」 「いやいや。逆に佳奈ちゃんは?」 「うちは弟が二人です」 「だから橋本君の扱いにも慣れているのか」 「そうですね」 「いや、どういう意味さ」 「要領はいいけど無計画でやる気の無い自由な弟と、しばき倒しながらも引っ張っていく強い姉のカップルだな」 「同級生なんですけど」 「きょうだいの上か下かの気質って結構出るんだぜ」  ふっと顔を上げる。もう喋っても平気だ。 「二人のイメージにぴったりだね」  そう言い放つと、佳奈ちゃんは頭を掻き、橋本君は腕を組んだ。 「だから私ばっかり割を食うんだけど」  ドンマイ、と葵さんが笑ってお酒の缶を傾けた。 「そんなに俺、駄目かなぁ」  橋本君の呟きには。 「「「お前(君)(あんた)は駄目だ!!」」」  見事なコーラスをしてしまった。ふふふ。
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