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合流!(視点:咲・田中・葵)
すっかり寝てしまった恭子さんをかつぎ、タクシーを降りる。脇から背中に手を回したものの、いよいよ足腰が立たなくなっていてどうにもならない。歩きづらいどころじゃない! 転ぶわ! しょうがないので、開き直っておんぶをする。うむ、これから咲にぶん殴られ、葵さんに軽蔑の目を向けられるかも知れん。だが背に腹は代えられない。っていうか背中に腹も胸も当たっておる。圧が凄い。非常によろしくないね。
オートロックに部屋番号を打ち込み呼び出しボタンを押すと、無言のまま自動扉が開いた。魔王の城へ突撃する勇者一行の気分だね。一歩進むごとに緊張感が増す。対照的に、恭子さんは呑気に寝息を立てていた。隙が大きいどころか隙しか無い。本当に困ったお方だ。危なっかしいったらありゃしない。綿貫も苦労しそうだな。
エレベーターに乗り込み階数ボタンを押す。静かに動き出した。しかしいいところに住んでいるな。やっぱり独身の女性だけあって防犯意識は高いのかね。そりゃそうか、特に恭子さんみたいな人はきちんとしていた方がいい。……じゃあ酔い潰れたら駄目だろ。ふと振り返ると鏡に俺達の後ろ姿が映っていた。直立不動の俺と、恭子さんの大胆な体勢。……マジで咲にサイコキネシスで八つ裂きにされるかも知れん。
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インターフォンからオートロックを解除した葵さんが、さあて、と唇を舐めた。私のおでこに当たったばかりのそれ。ドキドキ。
「ようやく困ったお姉さんが到着したな。咲ちゃん、コップに一杯水を汲んでおいてくれ」
葵さんの目が猛禽類みたいに光った。今からお説教をするのだから燃えているのかな。
「飲み水ですね。わかりました」
「まあ完全に潰れていたら飲めないかも知れんが、一応準備だけね。あとビニール袋も必要だ。台所にある引き出しの、上から二番目に仕舞ってあるので合わせて持って来ておくれ」
そんなことまで把握しているなんて、本当に仲良しですね。ただ、袋を支度する理由が理由なだけに少しげんなりする。わかりました、と指示に従いつつ、使わなくて済むといいなぁと思った。
葵さんは、細い指の骨を鳴らした。折角綺麗な手なのですから、ボキボキさせて太くなったら勿体無いですよ。
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エレベーターが止まった。扉が開く。恭子さんを背負い直すと、背中によろしくない感触が。いや、よろしくなくはない。むしろよろしい。いや! 咲と結婚する俺にはやっぱりよろしくない!
顔が熱くなるのは酔い潰れた人一人を担いで歩いているからだ。だから決して、決してやましいことは! などと考えながら廊下を進む。静まり返った中で、恭子さんの寝息だけが聞こえた。まったくもう、俺じゃなくて綿貫とこういう状況に陥りなさいよ。そして教えられた号室へ辿り着く。中から殺気が滲み出ている気がするのはビビり過ぎているが故であろうか。もう一度背負い直し、うむ、よろしくない。いや、とにかく緊張しながらチャイムを鳴らすと。
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咲ちゃんに台所へ行って貰い、私は玄関へ向かう。泥酔バカと巨乳好きのコンビねぇ。さあて、さてさて。取り敢えずスマホのカメラは起動しておかなきゃな。準備を終えたその時、呼び鈴が鳴った。一応、覗き穴から確認をする。そして開錠し、扉を開けたそこには。
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開いた扉のすぐそこには。ボブカットの黒髪が揺れた。筋が浮くほど細く白い首。この人が白いワンピースを着ているはずの無い家で佇んでいたら、幽霊と間違えても仕方あるまい。今日はいるとわかっているから驚きもしないけどさ。
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扉を開けると、そこには熟睡している恭子と、おんぶをして顔を赤くした田中君が立っていた。
「お疲れさん。大変だったね田中君」
「こんばんは。大変でしたよ葵さん」
まだ穏やかに接する私に対して、田中君の声は苦しそうだ。早速一枚、写真に収める。
「撮影していないで、取り敢えず家に入れてくれませんか?」
「そのまま近所を一周してきても構わんぞ。君の背中にえらいものが押し付けられているだろう」
途端に首を振った。
「やめて! 言わないで!」
この助平。わかりやすいんだよ。
「歩いたら振動で尚更押し付けられるじゃんか」
「咲、いるんでしょ!? 下手な発言はやめてくれません!?」
必死で抗う田中君だがでかい声を上げないよう懸命に抑えている。この状況が既に面白い。だがやらかしたのは恭子であって、彼は連れて来てくれた身だ。あんまりいじるのも悪いか。
「まあ仕方あるまい。近所迷惑だし、上がれよ」
扉を押さえて二人を迎える。お邪魔します、とのそのそ入り込んで来た。綿貫君と違って抵抗無く上がるのだね。三者三様、色のある三バカだ。田中君にちょっと待ってろと言い含め、恭子の靴を脱がせる。ったく、何で私らがお前の面倒を見なきゃならんのだ。試しに足の裏をくすぐると、うにゅうにゅ呻きながら身を捩った。うおっ、とよろめいた田中君が何とか踏ん張る。
「ちょ、何だ!? 動かないで欲しいんだけど!」
「悪ぃ、くすぐった」
「やめて下さいよ! せめて下ろしてからやって!」
「身じろぎすると重みが変わって感触が」
「いちいちうるさいな! 頑張って連れて来た人をいじらないでくれる!?」
「その分、ムラムラはさせて貰った?」
「本当に余計な発言しかしませんね! ほら、行きますよ!」
靴を脱いでずんずん廊下を進んで行く。その後ろ姿も一枚撮った。おぉ、恭子のケツがえらいことというかエロイことになっている。思いがけずいい写真が撮れた。ラッキー、お気に入りにしようっと。
お疲れ様、と咲ちゃんの声が聞こえた。疲れたよ、と田中君が応じている。今、撮った二枚の写真を恭子、咲ちゃん、田中君に送る。エロくねぇ? の一言は後輩達だけに送信、と。
ぶらぶらリビングに戻ると、親友はソファに横たえられていた。呑気に寝息を立てている。お疲れさん、と缶の酒を一本田中君に渡すと、溜息を吐きながら受け取った。
「手、洗って来ます。洗面所は何処ですか」
「おや、恭子の家へ来るのは初めてだったかい?」
「ええ、勿論。独身女性の家には気軽に行かないですよ」
「私のところにも来たこと無いっけ」
「ありません」
「来る?」
「行かない!」
「はりきってサービスしてやるぜ、二番目に好きって言ってくれたからな」
「掘り返さないで! 悪かったから! 洗面所は何処ですか!?」
からかいがいのある奴だ。出て左、と後ろを指差す。彼は肩を怒らせてリビングを後にした。葵さん、と今度はパーカーの裾を掴まれる。
「なんじゃい」
「全力で、からかうと決めたのですか」
不安そうな割に、口に出している単語は割とバカみたいだな。
「そうだよ。笑い話にしてやろうと思ってね」
「痛く、ないですか」
心配してくれているのだね、ありがとう。そんな君の優しいところ、大好きだぜ。
「痛かったら言わないよ。むしろ咲ちゃんが嫌だなって思う発言があったら、遠慮なく指摘しておくれ。フルパワーでからかう私は、間違えてしまうこともきっとあるから」
わかりました、と可愛い笑顔を見せてくれる。よしよし、チューしちゃいたいな。
「その時はお伝えします。でも、あまり気を揉み過ぎないで眺めると致しましょう」
「おう、一緒に笑ってくれや」
「まあ、笑える範囲でしたら」
「違いない」
揃って吹き出す。仲良しだねぇ私達。
「まったくもう、貴女が全力で傷を抉り返しに来ないで下さいよ」
ぶつぶつ言いながらアホが戻って来た。肩を竦めてみせる。やれやれってね。酒を手に取った田中君は、でも、と開けかけた手を止めた。
「よく考えたら、世間的に見ると俺は今、酔い潰れた女性を部屋に連れ帰って来た男なんですよね。長居はよろしくないのでは?」
「襲っていると思われるかもな」
その言葉に、やっべ、と慌てて缶を置いた。
「帰ります」
しかしその首根っこをがっしり摑まえる。
「まあまあ、今のは極端な意見だ。介抱していると捉える人間の方が多いって」
「でも誤解を招きかねない行動は避けたいなぁ」
「だがそんな、ぐでんぐでんの状態の女をほっぽらかして帰った野郎ってのも評判は悪いと思う」
「八方塞じゃないですか!」
「いいじゃん、背中が楽しい思いをしたんだから」
「あんた、そればっかりか!」
コラ、と咲ちゃんが睨み付けた。いでで、と田中君がほっぺを押さえる。サイコキネシスでお仕置きとは、能力の無駄遣いもいいところだな。
「先輩に向かって、あんたなんて言ってはいけません」
「だって咲ぃ、葵さんが嫌ないじりをするんだもん」
「だけど背中はいい思いをしたのでしょう」
その言葉を受け、気まずそうに唇を噛んでいる。こいつ、良くも悪くも馬鹿正直だよな。だから私に告白なんて出来るんだ。バーカバーカ。
「まあ一本飲んで行けや。クリスマス・デートの作戦会議もどうだったのか聞きたいし」
そう言って自分の缶を掲げる。わかりました、と溜息を吐きながらようやく田中君もプルタブを開けた。そしていつの間にか咲ちゃんはつねるのをやめたらしい。
「じゃあお疲れさん。恭子を色々助けてくれてありがとう」
「お疲れ様でした。本当にくたびれたんですけど」
「お疲れ様。乾杯です」
缶を軽く合わせ、三人とも一口煽った。酒はいつ飲んでも美味いねぇ。だからと言って潰れるまで飲むのは駄目だ。恭子、早く起きないかな。軽く見遣った親友の顔にはしっかり化粧が施されている。ふむ。
「デート計画のお手伝い、うまくいった?」
「ま、何とか一日の予定は固まったよ」
「そっか。綿貫君も恭子さんも楽しめそう?」
「かなり自信はある!」
「わぁお、死亡フラグにしか聞こえないね」
「咲、ひどい! 俺だって頑張って考えたんだよ!?」
「でも根拠の無い自信に基づく発言は、自分が恥を掻くだけかもよ?」
「えらい辛辣だな! え、怒っている?」
「どうして?」
「恭子さんとくっついたから」
「流石に酔い潰れた人を介抱しただけなのに怒ったりはしないよ。徹君、ビビり過ぎ」
あ、名前で呼んだ。私達の前では、田中君、なのに。二人になると甘いねぇ。いいなー。
「そりゃあんだけ怒られたらビビりもするよ」
「お説教の効果はあったみたいだね。よかったよかった」
ちょいと失敬、と席を立つ。
「恭子の化粧、先に落とすわ。そうしたらあいつも起きるかも知れないし」
「あ、私もお手伝いしましょうか?」
腰を浮かしかけた咲ちゃんを、いらんよ、と制止する。
「耳は傾けておくからさ、田中君から今日の報告を聞き出しておいてくれ」
「どうせヤジは飛ばすんでしょ」
いつもの嫌味ったらしい物言いが向けられる。当たり前だろ、と応じながら私は洗面所へ向かった。ええと、化粧落としは何処だったかいな。あちこち漁り、ようやく見付ける。リビングに戻ると後輩二人は話を続けていた。私は親友のすぐ傍に腰を下ろす。まったく、しょうがないお姉さんですこと。結局、説教どころか化粧を落としてやるなんて、本当に私はお前に対して甘々だ。私も困った奴に違いない。さて、始めるとするか。後輩達のお喋りをBGMにしてね。
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