お説教と玄関でのやり取り。(視点:葵・咲)

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お説教と玄関でのやり取り。(視点:葵・咲)

 さて、と静かに口を開く。ヘッドロックをかけられるのは私にとってもご褒美ではあるが、痛いのは嫌いになったからな。 「今日、私と咲ちゃんが何をしていたのか、だっけか。温泉を満喫してきたさ。そしてその後、橋本君の元を訪れ相談に乗って貰った」  相談? と田中君が首を捻る。勿論、声は控えめだ。 「恭子から綿貫君にあげるクリスマスプレゼント、何がいいのか彼に教えて貰いに行ったんだ。おかげで、好きな写真をラベルにしたオリジナルのミニワインボトルに決定したよ」 「ほぉ。綿貫にぴったりですね。ボトル、飾るに違いない」  流石親友。君も綿貫君のことをよくわかっているじゃないか。だがプレゼント・センスが壊滅している田中君ではボトルという発想には至らなかっただろうな。 「ミニボトルを二本あげることにしてね。写真の一枚はお菓子戦争終結の念書にした」 「……何でまた、あんなしょうもない物をあげるのですか」 「しょうもなくないぞ。洒落がきいている」  そう反論すると、今度は反対側へ首を捻った。そういうところにセンスの無さが出ているぜ。 「もう一枚分は佳奈ちゃんと橋本君に選定を任せた。何枚か送って貰って、最終的には恭子に決めて貰うつもりだ」 「まあ、恭子さんからのプレゼントですものね」 「ちなみに君達三バカが泥酔している写真も候補だぜ」 「ちょっと! 橋本はともかく俺に被弾させないで下さいよ!」  途端に咲ちゃんが、しーっ、と唇に人差し指を当てた。田中君は慌てて口元を押さえる。そして二人揃って恭子を伺った。寝息はいびきに変わっていた。うるせぇのはどっちだよ。 「ともかく、あまり変な写真を使わないで下さい。ラベルになったら残っちゃうんだから」 「撮られる隙を見せた方が悪い」 「本当にへそが曲がっていますね」 「君ほどじゃあない」  ……あぁ、困るねぇ。どうしてこう、気が合ってしまうのか。ネタにするって決めたのになぁ。  そんなわけで、と自分の気持ちに蓋をするよう話を続ける。 「佳奈ちゃんと橋本君を交えた四人で夕飯を食べがてら写真を選定していたのさ。そこへ君からヘルプが入った。咲ちゃんの瞬間移動で不法侵入した上で、お出迎えをしたわけだ」 「あ、じゃあ邪魔をしてしまいましたね。失礼しました」 「戦犯は君じゃなくて恭子だ。だが、さっきの喧嘩はいただけないな」  む、と田中君が眉を顰める。ほらぁ、と咲ちゃんは彼を指差した。そんな超能力者の狭い額を、これ、とつつく。 「いたっ。え、何でですか葵さん。さっきのは徹君の物言いがひどかったのが悪いではないですか」  ちょいちょい徹君って口にしているねぇ。あー、傷が疼くぜ。本当にネタにしてやっていけるのか? 「勿論」 「じゃあ私をつっつかないで下さい」  いいや、と咲ちゃんの目を見詰める。 「私が悪いと思っているのはね。二人に対してだよ。言っただろ、二人で仲良く過ごすんだよ、って。喧嘩する程、仲が良いのかも知れないが、一度死に掛けた私としては君達が仲違いされるのは嫌なんだ。人間、いつ死ぬかなんてわからない。だから生きている一瞬一瞬を、少しでも後悔しないように過ごして欲しい。当然、後悔ゼロの人生なんて有り得ない。何かしら、引っ掛かりを覚えるのが普通だ。それでもさ、考えてご覧。もし、喧嘩をしたまま相手が急に亡くなってしまったら。後悔なんて言葉が生易しく思えるような感情を抱えて生きることになる。私は君達にそういう可能性を生み出して欲しくない。死に掛けた私が言うのだから説得力もあるだろう? ねえ、咲ちゃん。田中君。君達は、結婚したいくらいお互いを好きだ。だけど軽はずみな言葉は思わず口を突いて出て、大好きな相手を怒らせ、傷付け、嫌になってしまう。そんなのアホ臭いじゃないか。距離が近い分、余計に発言の重みが抜けてしまうところもあるかも知れない。ただ、どんなに相手を好きでも人間だから、愛情が嫌悪に変わる可能性はゼロではない。まあ長々語ってしまったが、要するに相手を思いやって発言しろ。田中君はクソみたいな嫌味ばっかり言わない。咲ちゃんは自分に頑固なところもあると認めて、次から気を付けるって言えるようになれ。君達の喧嘩は何度も目の当たりにしたがね、いつも原因はそこなのだよ。自覚、ある?」  田中君は唇を噛んだ。咲ちゃんは目を伏せている。 「無いなら持ちなさい。あるなら気を付けなさい。これは先輩としての助言だ。あと、毎度同じようにヒートアップする様を見させられて、呆れてもいるのだ。一言で言うなら、いい加減にしろ、ってところだな。各々、反省すること。そして、仲良く過ごすと私に約束しろ。しないなら今此処で、仲直りの証拠として熱烈なキスを交わせ。どっちか選ばないと恭子を叩き起こして君達のせいだって仕向ける」  顔を見合わせたお二人さんだが、揃って青ざめていた。まあ選択肢は一つしか無いよな。 「……咲、ごめん。言い過ぎた」  田中君が口火を切った。 「……私こそ、ごめん。お風呂、気を付ける。心配してくれてありがとう」  咲ちゃんも固い声で謝った。 「よし、田中君。先に謝れて偉いぞぅ。咲ちゃんは全然納得していないと伝わってきたが、それでもちゃんと言葉として伝えたね。よく頑張りました。その調子で喧嘩しないで、或いはしても仲直りをして、仲良く過ごしなさいね」  はい、とハモった。やれやれ、マジで小学生の喧嘩を仲裁した気分だぜ。困ったご夫婦ですわね。 「さて、空気も完全に死んだことだし解散するとしようか。恭子もあれだけ熟睡しているならゲロを詰まらせたりもしないだろ。田中君は此処から電車で帰宅だろ。もう十時半過ぎだ。明日は月曜日、そろそろ帰りなさい」  そうですね、とあっさり腰を上げた。よっぽど気まずいのかねぇ。お前の嫌味に端を発しているんだぜ。 「咲ちゃんは佳奈ちゃんに連絡してくれ。これから戻るからベロチューは終わりにしろってな」 「聞き方がひどすぎます……」  ツッコミながらも声に覇気が無い。よし、二人とも反省したな。説教なんて私の柄じゃないんだぞぅ。君達に仲良く過ごして欲しいから頑張ったけどさ、私は誰かに偉そうなことを言えるような人間じゃないんだ。その辺の自己肯定感は相変わらず無いんだよなぁ。薄い、ではなく、無い。他人から見た私に価値があると気付いたから傷付くのはやめたけど、私から見た私の価値は変わらずゼロだからね。こればっかりは性質だな。どうしようもねぇや。 「じゃあ、俺はこれで。酒、ご馳走様でした」 「おう。玄関まで見送ろう」  三人連れ立ってリビングから出る。恭子のいびきはいよいよ騒音レベルに達していた。鼻の粘膜の強い奴だ。 靴を履いた彼が振り返った。ありがとうな、と微笑み掛ける。 「恭子の力になってくれて。おかげで無事、告白出来そうだ」 「……少しでも恩人の助けになれれば幸いです」 「こりゃまた随分殊勝な言葉遣いですこと。怒られて反省したのか」 「そうですよ」 「ははは、君はひねくれている割に素直なところもあるよな。露骨に元気、無くなってやんの。咲ちゃん、ハグでもしてやれよ。仲直りの証にね」  しかし小さな頭は横に振られた。 「この状況では気まずすぎるので……」 「そんなら私は先にリビングへ戻る。あとは好きにしたまえ。じゃあまあ、本当にありがとう。またな、と・お・る・君」  振り返り、おやすみぃ、と手を振る。……ちょっと呼んでみたくなっちゃった。いいなぁ、幸せになれよぉ。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  葵さんがリビングの扉を閉めた。玄関に残された私と徹君の間には、喧嘩の後にいつも感じる気まずい空気が漂っている。どうして言い合いになってしまうのか、はっきりと原因を提示された。ごめんね、ともう一度謝罪を伝える。さっきは全然納得していない、と葵さんに指摘されてしまった。だからちゃんと言い直したかった。それに対し、ううん、と徹君はようやく微笑み掛けてくれた。 「俺の言葉がひどかった。ごめん」 「……喧嘩、しないように気を付けようね」 「そうだね。何が悪いのか、教えて貰ったからね」  振り返って、扉が閉まっているのを確認する。擦りガラスの向こうに人影は無い。気を遣ってくれているんだ。ありがとうございます、葵さん。  向き直り、徹君にギュっとした。優しく抱き留めてくれる。 「大好き」  気持ちを素直に口にする。うん、といつもの穏やかな声が応えてくれた。 「俺も、咲のこと、大好き」 「ありがとう」  そして顔を上げ、そっと唇を合わせた。だけど此処は恭子さんのおうち。少し気まずくてすぐに離れる。 「……後でちょっとだけ、徹君の家に行ってもいい?」 「ちょっとなんて言わず、泊まっていいよ」 「……明日は仕事だよ?」 「それでも」  見詰め合い、もう一度唇を合わせる。じゃあそろそろ帰るよ、と彼の体が離れて行った。 「また後でね」 「うん。気を付けて帰って」 「ありがとう。じゃあ、一旦バイバイ」  扉がゆっくり開かれる。大好きな彼は手を振り出て行った。私は何度も振り返す。そうして、静かに閉められた。足音が遠ざかっていく。深呼吸を一つして、鍵を閉めた。  リビングへ戻ると葵さんが頬杖をついて待っていた。 「ベロチューした?」 「していません」 「じゃあチューは?」 「……いえ」  嘘だな、と目を細められた。顔が熱くなるのを感じる。 「咲ちゃんよぉ。何度も指摘しただろう。君は嘘が下手くそだ。そりゃあもう、へったくそだ。吐いた先からバレるんだから、諦めて正直に答えたまえ」 「……無茶言わないで下さい。チューした? はい、しました! なんてやり取り、恥ずかしくて出来ません」 「でもしたんだろ」 「…………はい」 「じゃあ隠すなって。二十四歳の立派な大人の女性なんだろ。婚約者とチューくらいいくらでもするし、こっちもそのつもりで見ているんだ。気にするなって」  椅子に座り直し、お酒を掴む。残っていた分を一気に飲み干した。大きく息を吐く。 「それは、無理です」  なんで、と葵さんは涼しい顔のまま。 「恥ずかしい、から、です」  ややあって。 「だろうな」 「それでも正直に言えと仰るのですか」 「だってチューしたんだろ」 「…………はい」 「バレないなら嘘は吐いてもいいけど、君の場合はどうせバレるからなぁ」 「どうやったらバレないように嘘を吐けますか」 「君には無理だね。純粋すぎる」 「…………」 「諦めな」  無慈悲な言葉に自然と肩が落ちるのでありました。ガックリ……。そんな私を、チュー出来るだけいいじゃん、と葵さんが飄々と茶化す。貴女にグレーラインのいじりをされると強く言い返せないのですよ……私も含めて困ったものです。はぁ……。
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