夜会はこれにてお開きです。①(視点:橋本・佳奈)

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夜会はこれにてお開きです。①(視点:橋本・佳奈)

 佳奈が席へ戻るのとほぼ同時に咲ちゃんと葵さんが瞬間移動で現れた。お帰り~、と軽く手を振る。 「たっだいま~」 「戻りました」  あれ、何だか二人の間に温度差があるなぁ。どうしたんだろう? まあ別に、俺には関係無いか。それにこういう時は大抵佳奈がつついてくれる。 「お帰りなさい。あれ? 咲、何か元気無い?」  ほらやっぱり。流石俺、よくわかっている。なんて口にすると佳奈に、あんたも気付いているのに私に任せるんだから、と怒られそうだ。黙っておくのが正解だね。 「いや、別に……」  咲ちゃんって本当に隠し事が下手だよなぁ。口ぶりや表情が素直過ぎる。それがいいところなんだから、開き直ったらいいのにな。 「田中君と喧嘩して、二人纏めて私に説教されたんだ。いい加減にしろ、いつも同じ原因で揉めやがって、ってな」 「一言余計な田中君と、妙に意固地な咲がぶつかったんでしょ」 佳奈の指摘に、う、と咲ちゃんが顔を顰める。 「佳奈ちゃんまでお見通しとは」 「だってワンパターンなんだもん」 「そんなにしょっちゅう喧嘩をするわけじゃないのに」 「だけど理由はいつも一緒。そりゃあ葵さんもいい加減にしろって怒るよ」  うぅ~、と珍しく唸っている。私は悪くないもん、とでも言いたいのかな。実際、田中が嫌味ったらしいのがいけないと俺は思う。 「まあまあ、二人は仲直りのチューをしたようだし、この話は終わりにしよう」 「むむぅ……」 「さて、もう十時半を回ったし私は家に帰るとするよ。三人はまだ飲む?」  葵さんの問いに、私も帰ろうかな、と佳奈が応じた。 「俺はどっちでもいいけど」 「明日も仕事だもん。洗い物をして、お風呂に入って、寝る支度をしたら丁度いいや」 「そっか」 「……私も帰ります」  そりゃそうか。咲ちゃんだけ残るわけないや。 「んじゃお開きだな。食べ物は全部食ったな。酒は貰って行くぜ。皿洗いは任せてもいい?」 「どうぞ~」  取り皿が四枚だけ。皆が帰ったらちゃっちゃと片そうっと。 「悪いな。そして橋本君、君のおかげでクリスマスプレゼントが決まった。田中君のおかげでデート・プランも固まったらしい。いよいよ恭子と綿貫君がくっつく道筋が見えて来たわ」 「そりゃあ良かった。まあ両想いなんだからとっととくっついちゃえよと思わなくも無いですが」 「恋愛に対して鈍感でポンコツ、それでいてクソ真面目な二人なんだぜ。そのうえ思考がぶっ飛んでいやがる。慎重に寄り切らないと土俵際でうっちゃられかねない」 「恭子さんが綿貫に?」 「うん。あとは逆に、恭子が勢いをつけすぎて勝手にすっころんで突き膝をかます場合もある」 「それはダサいなー。せめてうっちゃられるか肩透かしを食って欲しい」 「いや食っちゃ駄目だろ。恭子には寄り切って貰わなきゃ」 「はは、そうでした」  俺と葵さんのやり取りの脇で、何の話? わかんない、と咲ちゃんと佳奈が小声で話していた。 「おや、二人は相撲を知らんのか?」 「あぁ、相撲の話だったのか」 「決まり手と言うやつですか」  そうだよ、とガリガリの葵さんが雲竜型を披露する。対する俺は不知火型の構えを取った。 「今度は二人して何?」 「横綱土俵入り」 「雲竜型と不知火型も知らんのか」  知らない、と咲ちゃんと佳奈がハモる。国技なのに、と構えを解いた葵さんが溜息を吐いた。 「葵さんは勿論、聡太も相撲好きなんて知らなかった」 「ね。皆の知らない一面、まだまだいっぱいあるね。……さっきは恭子さんが凄かったよ」  一瞬明るい表情を浮かべた咲ちゃんの顔が速攻で死んだ。 「凄かったって、恭子さんはいつでも凄いけど」  そう言うと佳奈のチョップが胸の辺りに炸裂した。結構痛いんですけど……それにほら、葵さんだって頷いているじゃん。 「凄かったって、何が?」  問い掛けた佳奈の両肩を掴み、いい? と咲ちゃんは切羽詰まった声を上げた。 「絶対、絶対に寝ている恭子さんを起こしちゃ駄目だよ。寝起きがすっごく悪いの」 「そうなの?」 「怖かったよ。喋り方はチンピラだった……」  レディースとかスケバンが頭をチラつく。特攻服に晒しの恭子さんとか、いいね。 「そっか」  心配するな、と葵さんが咲ちゃんの肩に手を置いた。あの辺りはブラ紐があるはず。葵さんだってしれっと触っているんじゃん~。 「あいつの眠りを妨げなければキレたりしないから」 「魔王じゃないですか」 「自主的に起きる分には普通だぞ。自然起床か自分が仕掛けたアラームなら、己に責任があるから問題無し」 「むしろ起こされたくらいでチンピラにならないで欲しいです。大人なんだから」 「人間、案外根っこは変わらないのさ。さて、いよいよ帰るとしようかね。じゃあ橋本君、写真の選定をよろしく頼む。今日は相談出来て良かった。だが二度と私をからかうな。君の迫り方はどういうわけかシャレにならないと感じるからな」 「男に慣れたければいつでもお声掛け下さい。ハグまでなら」  そこまで言ったところで佳奈のチョップがもう一発入った。息が詰まって喋れなくなる。 「ほら佳奈ちゃん、帰るぞ。餃子の乗っていた皿を忘れるな」 「勿論です」 「んじゃまたなー。よし、咲ちゃん頼む」 「おやすみ聡太」 「おやすみー」 「ちなみに葵さんが瞬間移動出来るわけじゃないのに帰るぞってのもどうなんですか?」 「そんな細かいことまで気にしなくてもよかろうもん」 「じゃあね、橋本君。お邪魔しました」 「いつでもおいでー」 「それでは行きますよ」  次の瞬間、姿が消えた。部屋に静寂が訪れる。うーん、さっきまで賑やかで華やかだったのにいきなり一人きりとは流石に寂しくなるなぁ。片付けと風呂が済んだら佳奈に電話を掛けようかな。いや、でもそれもあからさまに寂しがっているみたいで何か嫌だ。テレビでアプリを開き、ゲームのBGMの動画を再生する。多少なりとも気がまぎれるね。よーし、さっさとやることを終わらせてゲームをプレイするとしよう。 ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪  まずは私の家に着いた。ありがと、と咲にお礼を伝える。ううん、と首を振った。 「むしろ急に来て貰って悪かったな。そんで餃子、ご馳走さん。美味かったぜ」  葵さんが顔の脇で、人差し指と中指でブイを作った。う、やけに可愛い。ちょっとドキっとしちゃった。お酒のせいかな。それとも気分が盛り上がったままなのか。内心の乱れを気取られないよういつも通りの笑顔を浮かべる。 「そう言っていただけて嬉しいです」 「年末の旅行でも作ってくれる?」 「いいですよ。皆で皮に包むのも面白いかも知れないですね」 「餃子パーティだ! 聞いたことがある!」  途端に咲が顔を輝かせた。私は無いけど。そんなパーティがあるのか? と葵さんも怪訝そうだ。 「御存知ありませんか? 佳奈ちゃんが今言ったように、皆で協力してタネを皮で包むのです。そうして大量の餃子を焼き上げ、ひたすら食べて存分に楽しむ。それが餃子パーティです!」 パーティって付ければ何でもありだな。そう思ったけど咲の目が輝いているので口を噤む。葵さんも何か言いたそうだ。でもやっぱり黙り込んだ。 「楽しみだなぁ。葵さん、いいですよね。旅行で餃子パーティをしても」  その問いに、ううむ、と目を泳がせている。 「まあ餃子を作るのは構わないが、餃子パーティをメインイベントに据えないでくれ。海沿いの街に泊まるんだし、刺身なんかも食いたいじゃないか」 「お刺身と餃子! なんて贅沢な!」 「……腹減ってんのか?」 「いえ別に。ピザも餃子も美味しかったです」 「じゃあ酔いが回って来たな。旅行の夕飯はまた相談だ。今、決める話じゃない」 「でも餃子は内定です。そのくらい美味しかったのですもの」  はいはい、と咲の背中を軽く叩く。 「ありがと。じゃあいくつかは当日作ろう。だけど他にも旅先ならではの美味しい物を食べようよ」  うん、と素直に頷いた。そして、楽しみだなぁ、と呟いている。咲、揚げ餅以外にも食い付くんだ。やけに食いしん坊キャラみたいになっているのは私の餃子の美味しさ故? なーんてね。その時、ふっと葵さんが息を吐いた。 「今の話の纏め方を見て改めて思ったよ。橋本君の手綱を握れるのは、やっぱりしっかり者の佳奈ちゃんしかいないね」  そう言われて吹き出してしまった。 「咲とのやり取りを見て、聡太とお似合いだなって思ったんですか?」 「うん」 「ちょっと葵さん、変ですよ! そこは関係無いじゃないですか!」 「いいや、しっかり者の実力を如何なく見せ付けてくれた。そして、だからこそ君はあのボンクラを制御出来るのだと伝わったよ」 「えぇー、論調が大分強引じゃないですか?」  まあその評価は満更でもないんだけど! 「んなこと無いよ。改めて、ヨリを戻して良かったと言わせておくれ」 「ではこちらも改めて、ありがとうございます。葵さんのおかげです」 「もう別れたりするんじゃないぞ」 「頑張ります!」  さて、と葵さんはポケットに手を突っ込んだ。 「遅くまで邪魔したね。手間をかけるが写真の選定、よろしく頼む」  お任せを、とビシッとした敬礼で応じる。 「頼りにしているぜ。んじゃまた。お休み、佳奈ちゃん」 「はい、お休みなさい!」  ばいばい、と咲が小さな手を振った。子供みたい。 「咲もお休み。今日は誘ってくれてありがとうね」 「今度は最初から声を掛けるね」 「よろしく!」  次の瞬間、二人の姿が消えた。残されたのは、餃子の乗っていた大皿とお酒の入っていたエコバッグを肩から下げた私だけ。瞬間移動はこの上なく便利だけど、突然一人になって寂しくなるのだけが欠点だね。まあこれだけ便利に使わせて貰っているから文句なんて付けちゃいけないけどさ。ただ、寂しいのはやっぱりきついや。ほんの数秒前まで楽しく盛り上がっていたのに、今は静か過ぎて耳が痛くなりそうだもの。シーンってむしろ音になって聞こえそうだ。  よし、と口に出してお腹に力を込める。洗い物をしてお風呂に入ろう! そうしてのんびりケアをして明日に備えようっと。憂鬱な月曜日を乗り切るためには準備が大事だものね!
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