夜会はこれにてお開きです。②(視点:葵・咲)

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夜会はこれにてお開きです。②(視点:葵・咲)

 瞬きする間に佳奈ちゃんの家から私の自宅へ移動していた。サンキュ、と傍らの咲ちゃんに御礼の言葉を掛ける。 「しかし今日は瞬間移動、大活躍だな。午後は温泉を満喫し、夜は橋本君の家で宅飲みが出来るとは。そして恭子のお出迎え、と。いやはや、改めて大した力だと実感したね」  感心すると、そう思いますか、と透明な声が耳に届いた。 「ん?」 「……いえ」  見ると咲ちゃんは何故か目を伏せていた。 「どうした」  その問いに、そっと私を見上げる。そして薄い微笑みを浮かべた。 「私、超能力者として疎まれていましたから、力を褒められると不思議な感じがして」  ふむ、まあ言わんとすることはわかるがな。 「今更しんみりしているのかい。私等全員、超能力者の君を受け入れているじゃないか」 「はい。そしてさっき、もっと嬉しくなる言葉を葵さんがくれました」 「何か言ったっけ」  全然心当たりが無いな。 「我々のような常識的な一般人、と仰って下さいました。私を、普通、と扱ってくれたのが、その、……嬉しくて」  あらあら、急に泣き出しちゃったよ。目から涙をポロポロ零して、しゃくり上げている。咲ちゃんの泣き虫はまだ治っていないらしい。しょうがねぇなぁ、と優しく抱き締める。 「これは嬉し泣きでいいんだよな?」  はい、と泣き声が返って来た。 「そうか。私にとって、咲ちゃんはただの可愛くて大切な後輩だからなぁ。超能力者であろうが無かろうが関係無くね」 「……当たり前にそう評してくれるのが、どれほど私にとって幸せか。こんなに、泣いちゃうくらいには、ありがたいのです……!」  あーあー、感極まって声を上げながら泣いちゃっているよ。感動させるつもりなんて欠片も無く、普通に普通と扱っただけだから、正直少しびっくりしたね。超能力者にしかわからん感情だな。ありがたく恩恵を受けている身としては便利で助かる力だなぁと呑気に捉えていたけど、そうだよな。咲ちゃんの過去は重く闇は深いのだった。いい方向へ不用意な発言をしたから今回は良かったが、逆にそんなつもりは無いのに傷付ける可能性もあるわけで、もう少し超能力者であるという色眼鏡を掛けるべきかね。  いやぁ、とつい口を突いて出る。 「やっぱそれはおかしいやな」 「……何が、ですか」  抱き締める腕に力を籠める。 「咲ちゃんを喜ばせられたから良かった。君が超能力者であると私が特別に意識をしていなかったからだ。つまり逆に、意図せずして君を傷付ける発言をしてしまうかも知れない。だから、咲ちゃんは超能力者なんだ! って気にするようにしようかと考えたのだが。そいつは嫌だと感じた。だって私にとっては超能力者であることも込々で、普通の後輩だから。なので、悪い意味で泣かせる言葉を掛けてしまったら、その時は遠慮なく抗議してくれ。気にしているんだぞ馬鹿野郎! ってな」  何度かしゃくり上げた咲ちゃんは、顔を上げて私を見上げた。うーん、食べちゃいたい。 「葵さんに限って、そんな発言は、しませんよ」 「どうだかな。適当な物言いばっかりだから、わからんぜ」 「いいえ。貴女は、とっても優しい人ですもの」 「買い被り過ぎだっつーの」  咲ちゃんは私を善く見過ぎだ。私だって相手を傷付けるし嫌われもする。盲目的に信用されるのは落ち着かない。 「ちったぁ疑いの心を持てよ。ほら、思い出せ。今日、私と橋本君にからかわれたことを」  途端に唇を尖らせた。食べていい? 「あれは、ひどいです」 「でも佳奈ちゃんには少し考えればわかると諭されていたね」 「自首するか、私を責めるか、いずれかにして下さい」  ははは、抗議するのは尤もだな。 「どっちもパス! 君へ偉そうに語れるほど、私は立派な人間じゃないんで」 「そんなことは」 「だからむぎゅっとさせてくれ」  えい、と限界まで力を籠める。とは言え私は非力なので、大した威力にならんがな。咲ちゃんの腕の力は変わらない。控え目で可愛いね。  しばらくそうしていたけれど、咲ちゃんが鼻を啜り上げなくなったところで体を離した。時計を見る。もうじき十時五十分か。 「さて、そろそろ私達も解散しようか。改めて、温泉に連れて行ってくれてありがとう。日帰り旅はとても楽しかった」  目元は濡れているものの、晴れやかな笑顔を浮かべてくれた。私のようなへそ曲がりには眩し過ぎるぜ。 「私の方こそ、葵さんと一緒に行けて良かったです。また何処か、遊びに行きましょう」 「仕事終わりに待ち合わせて、ひとっ風呂浴びに行くのもいいな」 「ふふ、粋ですね」 「ついでに居酒屋で一杯引っ掛けて、地の物を食べてとっとと帰る」 「大人の嗜み、ですね。葵さん、似合いますよ」 「男女関係については君の方が大人だがな」  途端に俯いた。やめて下さい、とか細い声が聞こえる。しかし、あれ、と首を傾げた。 「葵さんって、お付き合いされた方はいらっしゃらないのですよね」 「いないな」  彼女も彼氏もできなかった。恭子と田中君の顔がちらつく。他には、いいなって想った相手はいないし。 「……そっか。そういうことか」 「あん?」 「……いえ」  あ、成程な。そんでもって放っておいてくれないか? 「野暮な台詞を吐くんじゃないぞ?」  勿論! と咲ちゃんは慌てて手を振った。やれやれ。 「これ以上、妙な空気になる前に仲良くお別れするとしよう」 「そうですね! じゃあまた是非、遊んで下さい!」 「旅の相談もさせてくれよなー」 「いつでもお声掛けいただければ対応させていただきます。急な訪問もお任せ下さい」  珍しくウインクをした。ふむ、ハートを撃ち抜かれたよ。 「チューしていい?」 「駄目です」 「だよなー」  ですが、と小柄な超能力者は両手を広げた。 「お、受け入れ態勢バッチリか」  ぎゅーっと抱き合う。至福の時だね。だがすぐに離れた。 「こうやっていっつも長っ尻になっちまうんだよな」  そうですね、と咲ちゃんも苦笑いを浮かべる。 「離れ難くなって引き止めちゃう。悪いね」 「いえ、気持ちは私も同じですから」 「そう言って貰えるとありがたいよ」 「こちらこそ、仲良くしてくれてありがとうございます」 「さあ、また長くなるぜ。そろそろ帰りな」  そっと細い髪を撫でる。わかりました、と目を細めた。 「では葵さん、土日共にお世話になりました」 「いい週末だったよ。温泉で疲れも取れたし」 「はい」 「んじゃまたな。お休み」 「ええ、名残惜しいですがお暇します。お休みなさい」  お互い、手を振り合う。愛しい後輩の姿は、しかし一瞬で消え去った。あー、帰っちゃった。寂しいなー。一人は辛いなー。  ……少しだけ、真面目に感情と向き合ってみる。一人は寂しい。孤独は嫌だ。これはマイナスの思いだ。しかし以前の私はその痛みに自ら飛び込もうとしていた。うん、よし。大丈夫。今は嫌だと感じている。ちゃんと自分を大事にしようとしている。その根底にあるのは、私が私を大切に思っているから、ではなく、私が傷付くと誰かが悲しむから、という他人頼りの理由だ。もし、本当に独りぼっちになってしまって、友達も、親友も、後輩達もいなくなったら、私は存在意義を見失う。そういう、不完全で歪な在り方をまだしている。  だけど、私には皆がいる。酒を飲んで酔い潰れる親友。告白したその場でフるバカ。手の早い女好き。思考の読めない変人。しっかり者だけど一部の熱量が狂っている子。そして、超能力を使える可愛い可愛い我が後輩。私には皆がいてくれるから、私も存在意義を無くさずにいられる。  旅行、成功させるよう頑張ろう。きっと絆が深まるはず。そして、誰にも言わないけど。私はもっと皆を大好きになるに違いない。旅行をしようと発案して、話を進める過程で気付いた。私は自分も皆も思っているより六人との関係を大切にしており、全員のことがとても好きなのだ、と。だから一人で過ごす時間は寂しい。誰かと寄り添って過ごしたい。馬鹿話をして笑い合い、からかわれては叱り飛ばす。荒れた奴を宥め、泣き出した子を慰め、そして最後は微笑み合う。  あぁ、寂しいなぁ。一人の時間はつまらない。だから風呂にでも入ってこよう。そうして酒を飲みながら、旅先の情報をもう少し収集しようかな。絶対、楽しい旅行にするためにね。さて、缶を冷蔵庫に仕舞うとするか。そしてちゃちゃっとシャワーを浴びよう。ぶらぶらと行動を開始する。日曜の夜はまだもう少し終わりそうにない。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  皆を送り届けた私は自宅へ戻った。今日は一日、大忙しだった。徹君と一緒に朝ご飯を食べていたら、綿貫君と恭子さんが両想いと聞かされた。急いで葵さんへお伝えに伺ったら、寝惚けて泣きながら抱き着かれた。時間を空け、改めて訪問したら今度は普通に起きてくれた。だけど話を聞いた葵さんは、恭子さんを見送るのが寂しい、と仰った。そこで十一月二十六日、いいふろの日だったこともあり西の有名な温泉地へ瞬間移動でお連れした。博物館を見学し、おもちゃの衝撃的な事実を知り、お風呂で動けなくなった挙句、復活してしっかり帰って来た。そして夜は橋本君の元へ伺い、からかったりからかわれたりしながら佳奈ちゃんも交えて恭子さんから綿貫君へのクリスマスプレゼントを決定した。一方、徹君は恭子さんの相談に乗り、無事にデート・プランを立ち上げた。これでクリスマスは万全だ、と浮かれた恭子さんが泥酔して潰れたので、またしても瞬間移動を使って恭子さんのお家でお出迎えをした。いざこざはあったものの、最後は葵さんに泣き付いて、そして今、お家で私は一人きり。  静かにクッションの上に座る。ふう、盛りだくさんな日曜日でした。昨日もしおり作りの打合せで集まっていたというのに、私はどれだけ皆を慕っているのでしょう。葵さんも、橋本君も、佳奈ちゃんも、事前に約束したわけではないのに瞬間移動による私の突然の訪問も快く受け入れてくれた。優しいなぁ、ありがたいなぁ。縁を切った実の家族より、よっぽど親密だ。そして、私の中にまだ呪いは燻っていると気が付いた。超能力者の私はずっと独りだと親から言い含められていた。だけどこうして六人ものお友達に出会えた。だから親に掛けられた言葉は誤りだったと無視出来るようになっていた。ただ、葵さんに超能力も含めて普通だと評されて、嬉しくて泣いてしまうあたり、私は超能力者である点において負い目を感じているのだとわかった。  どうして私は超能力者なのかな。この地球上に、私と同じような人はいないのかな。まあ、いたとしてもその人とお友達になれるとは限らない。結局、性格や考え方が合わなければ反目してしまうもの。  ふっと思い出す。そういえば、神様に言われたな。いずれまた、ゆっくりと話す機会もありそうだ、って。その時が来たらわかるのかな。神様から呼び出しを受けるのかな。田嶋咲、至急青竹城へ来なさい、って。ふふ、これじゃあ学校の呼び出しだな。最後に勢いよく飲み干したお酒が回って来たみたい。  静かな家で一人、立ち上がる。お風呂、入ってこよう。そして、上がったら徹君へ電話を掛けよう。今から行ってもいいですか、って。彼はまだ自宅へ向かう途中だろうな。私がお風呂を出た時、丁度彼が入るタイミングな気がする。まあ、わからないけれども。流石に未来は見通せないもの。だから、その時、その時を一生懸命、楽しく過ごすと致しましょう。 「二人で仲良く過ごすんだよ、って。」  葵さんのお叱りを思い返す。またしても徹君と喧嘩をしてしまった。絶対に彼の物言いが悪いとは思う。ただ、葵さんにしてみれば私の頑固なところもよろしくない、とのこと。納得はいかないけれど、確かに意固地な部分はある。必要以上の我慢はしたくない。ただ、彼と揉めて仲違いをしたいわけでもない。うまく、仲良く、過ごさなきゃ。そのためにもまだ、今日は話したい。そのためには。  まずはお風呂へ入りましょう。楽しかった今日一日をじっくりと振り返りながら、ね。
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