夜会はちょっとだけ続いています。(視点:田中・綿貫・葵)

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夜会はちょっとだけ続いています。(視点:田中・綿貫・葵)

 熱いシャワーを全身に浴びる。ボディソープを洗い落としながら、自然と溜息が漏れた。疲れた。体が重く感じるほどに。昨日はボドゲの選定と、橋本、高橋さんに加えて綿貫も途中から参加した飲み会だった。そこで綿貫も恭子さんに惚れたという衝撃の事実を聞かされた。今日は今日で恭子さんに頼まれ、咲に睨まれながらもデート・プランの立案へ協力した。両想いなんだから今すぐ電話して告白すればいいのに、などと思いつつ、一生懸命尽力した。我ながら、なかなか悪くない計画を立てられた。そういえば咲と付き合い始めたばかりの頃は、デートとなれば我ながら頑張って毎回しっかりと予定を立てていたっけ。だけど最近は、何となく興味のあるところへ二人でふらりと赴くのが常だ。咲、自分が興味のあるものにはずんずん進んで行くけど、俺とのデートの時には希望を口にしないからなぁ。ただ、今日は葵さんを連れて西の温泉地を訪れていた。あれ、もしかして俺、気を遣われているのか。徹君の好きなようにしていいよ、って全権委任されているのかも。げ、それって橋本の高橋さんに対する振る舞いと一緒じゃん。勿論、咲はあいつみたいに手が早くは無いし、主体性もちゃんとある。ただ、重なる部分もあるのか? うわぁ、気付きたくなかった。いや、橋本は親友だし咲は恋人だ。だから似たようなところがあっても嫌と言う程ではないのだが。散々、叱り飛ばした橋本の悪い一面を実は咲も持っていたのだとしたら、何となく気まずく感じる。そもそも俺は橋本へ偉そうに説教を垂れておきながら、葵さんを傷付けたり、咲と喧嘩をしたり、おんぶをした恭子さんへ良からぬ感想を抱き、となかなかクソみたいな挙動をしている。どの口が言う、と後ろ指を指されても仕方ない。まあ橋本はいいや、あいつもやらかす側の人間だし。だけど咲にはもっと真摯に接しよう。……うん、最近そう思ったばっかりなのに何で俺は今日、余計な一言を付け加えてしまったのかね。喧嘩をしてから後悔するのではなく、しないように気を付けるべきではないか。葵さんにも、二人揃っていい加減にしろって怒られちゃったしなぁ。反省したとて次に生かせないのでは欠片も意味が無い。もう一度、ちゃんと謝らなきゃ。  シャワーのお湯を止める。深呼吸をして顔を叩き、風呂場を出た。なかなか空気が冷たくなって来たな。湯冷めをして風邪を引きがちな季節だ。急いで体を拭き、ジャージを身に着ける。そしてリビングへ入りスマホを確認した。メッセージが、ん、二件か。アプリを開く。一件目は咲だった。受信は二十分前か。 「お疲れ様。もう、家に着いたかな? それともお風呂?」  お見事。風呂に入っていたよ。 「お待たせ。風呂でした」  返信を送るとすぐに既読が付いた。 「そっか。今から行ってもいい?」 「いいよ」  送信、と。するとベッドの傍らへすぐにパジャマ姿の咲が現れた。やあ、と手を振る。 「ごめんね、夜遅くにお邪魔して」 「ううん。パジャマ、可愛い」 「ありがとう。徹君は高校のジャージか」 「そうだよ。橋本と綿貫とお揃い」  俺の言葉に苦笑を浮かべる。可愛い笑顔だ。 「それ、お揃いって言うの?」 「間違いじゃない。まあ、あいつらがまだ持っているかは知らないけど」  ねえ、とベッドに腰を下ろした咲が今度は楽し気な笑みを浮かべた。こちらの気持ちも明るくなる。 「もし綿貫君が体操服にジャージを羽織ったらさ。それを見た恭子さんは鼻血を噴きそうじゃない?」  こっちも思わず吹き出す。何ちゅう感想だよ。 「咲、ひどいな」 「だって恭子さん、綿貫君が大好きだから。高校時代の服なんて! って興奮して血管が切れそうだよ」 「嫌だなぁ、体操服の綿貫に興奮する恭子さんなんて。アホっぽいけどやけに生々しくて想像したくない」 「あ、エッチなことを考えている?」 「いや咲が言い出したんじゃん!」 「私はエッチな話はしていません。ただ鼻血を噴きそうだなって思っただけ」 「ズルい! そういうマニアックな方面の話題と捉えるに決まっている!」 「それは君の心が汚れているからだね」 「体操服の綿貫を想像した咲もエッチだ!」 「ただの体育の授業風景じゃん。むしろ体操服をマニアックと捉えている徹君は、そっちの趣味があるのかな?」 「…………からかい方が葵さんに似て来たね」 「誉め言葉、どうもです」 「ちなみに俺の体操服は今、この家にあります」 「知っているよ。昔、着たからね」 「…………」 「…………」 「…………」 「また、着ようか?」 「ありがとう!」 「……明日も仕事だからね?」 「明日の朝、体調が優れなかったら休む」 「社会人失格だよ」 「社会人である前に一人の人間です」 「一番駄目な人間の言い訳だ!」 「自覚はある!」 「もっと駄目だ!」 「そしてはいこれ、体操服!」 「こういう時だけ行動が早いんだから! あ、そう言えば体操服と言えばね。恭子さん、綿貫君に下着姿を晒しちゃったんだよ」 「何の話!? 何でそんな状況に陥るの!? あの二人、どういう関係!?」 「葵さんの家に三人が集まって、酔っ払っていた恭子さんが酔い覚ましにシャワーを浴びたんだって。その間に綿貫君がいることを忘れちゃったの」 「酒、控えて欲しいなぁ。心身の健康のためにも」 「それで、葵さんが恭子さんの寝巻として体操服を渡したんだって」 「……やば」 「あ、ほら。すぐにエッチな想像をするんだから」 「……ごめん」 「謝られるのも何だか惨めに感じて腹が立つけどね」 「よし、じゃあ正直に言うよ。あのね」 「君の正直な発言は不吉な予感しかしないなぁ」 「じゃあ言わない」 「そうだね。碌な発言じゃないでしょ」 「うん」 「だったら黙っておいて」 「はい。それで、体操服じゃなくてどうして下着姿を晒す羽目になったわけ?」 「体操服を手にした恭子さんが、これは服が違うって葵さんへ言いに行ったんだって。下着姿で」 「……それを綿貫が目撃したのか」 「らしいよ」 「あいつ、昨日可愛い仕草で落ちたって言っていたけど、それ以前に色々大分揺らいでいたんじゃないの?」 「それは徹君の方じゃない?」 「俺?」 「葵さん」 「ごめんなさい」 「どうしようかな。体操服、着ないでこのまま帰ろうかな」 「おやすみ」 「引き止めてよ!」 「ふふ」 「意地悪」 「おあいこ!」 「あはは、そうだね。さっきの喧嘩も、ごめんね。私も意地を張り過ぎちゃった」 「ううん、元はと言えば俺が余計な発言をしたせいだから、こっちこそごめん」 「仲良く、過ごそうね」 「うん。約束する」 「私にも、葵さんにも約束して」 「わかった」  咲の肩に両手を置く。そして、そっと唇を重ねた。柔らかく、暖かい感触。だけどすぐに離れてしまった。 「……着替えようかな」 「パジャマも可愛いよ」 「君はどっちが好き?」 「咲が好き」  そのまま抱き締め布団に飛び込む。二人分の温もりが、毛布の中に満ちた。 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼  パソコンから顔を上げる。通販サイトを彷徨う事三十分。俺は迷宮に陥っていた。  プレゼント、どうしよう。  さて、困った。俺は女性に贈り物をした経験が無い。七年に渡り高橋さんを気にしていたが、彼女は橋本と付き合っていた。俺がプレゼントを渡すのはおかしな話だ。かと言って他の女子に目映りすることも無く、おかげで高校大学社会人とずっと独りでぼけっと過ごした。考えてみれば田中は咲ちゃんと、橋本は高橋さんと付き合っていたのに俺だけ浮いた話が一つも無かった。全然気にしていなかったけど、何であいつらだけ彼女ができて俺にはできなかったんだ!? まったく、運命の神様とは人を見る目が無いにもほどがある、なんて憤りはしないけど。だって俺がモテるわけ無いもんね。ただ、今、新しく好きな人ができた。恭子さんは素敵で魅力に溢れるお方だ。とうとうクリスマスにも疑似デートへ付き合ってくれる運びとなった。ありがたいでは済まないや。じゃあ何と言えばいいのかと訊かれると困るのだが、誰にも質問されていないから考える必要も無い。そして申し訳ないが、俺は恭子さんに惹かれてしまった。だが告白はしない。あんなに素晴らしい方に俺が告白したって困らせるだけ。そして変な感じになって周りの皆に迷惑を掛けるのも嫌。だったら告白なんてしない方がいい。どうせ上手くいかないんだから何もしない方が良い。君子危うきに近寄らず!  ただ、告白はしないとしてもクリスマスの日に疑似デートはするわけで。当然、クリスマスプレゼントを渡すべきだ。だから通販サイトのプレゼント特集を眺めていたのだが、さっぱり見当がつかない。アクセサリー? ハンカチ? それともインテリア雑貨? 一体何が適切なんだ? それに恭子さんの好みのブランドもあるだろう。だがそういう話をしたことが一切無い。たくさん話をして、あの人の人生観や映画の趣味は伺った。だから恭子さんを深く知った気になっていた。だけど知らない部分も多いとここに来て初めて痛感した。あぁ、困った。どうしよう。どうしたらいい? うん、考えたってわかるわけが無い。そういう時は友達の力を借りるべきだ。まず相談相手として浮かんだのは高橋さん。女子力高めのあの人なら適切なプレゼントを見繕ってくれるに違いない。ただ、昨日俺の気持ちを全部話したから、その上で相談に乗って貰うのはちょっと照れ臭いな。やめておくか。そうなると田中と橋本も候補から除外となる。残ったのは咲ちゃんか葵さんね。  時刻は深夜零時半。スマホを取り出しメッセージをしたためる。ポチポチ打ち込み、送る前に一度読み返した。数か所、訂正を入れる。よし、送信。よろしくお願い致します。 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★  ~翌日、十一月二十七日月曜日、午前七時~  スマホのアラームが鳴り響いた。すぐに止め、頭を掻く。ううん、やっぱり体が重いな。週末に遊び過ぎた。あぁ、かったりぃ。サボりたいのはやまやまだが、遊び疲れたので欠勤しますってのは大人失格だ。面倒臭ぇが出勤するか。渋々、嫌々、布団から出て洗面所へ向かう。電動歯ブラシに歯磨き粉を付け口の中に突っ込んだ。ぼんやりとスマホを眺める。その時、一件のメッセージを受信していることに初めて気付いた。誰じゃ、こんな朝っぱらから。アプリを開き確認をする。送信者は綿貫君か。何となく用件を察しつつ、本文に目を通す。 『夜分遅くに失礼します。葵さん、恭子さんの親友である貴女にお伺いします。クリスマスプレゼントには、何をあげたら良いでしょうか。お手数ですがご教授いただきたくお願い申し上げます。』  ……どっちのクリスマスプレゼントも私が選ぶ羽目になっちまった。溜息を吐くと歯磨き粉が喉に張り付いた。反射的にむせる。危うくゲロを吐きそうになるほど咳き込んでしまった。前途多難だな。やれやれ。
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