見切れた奴。(視点:田中)

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見切れた奴。(視点:田中)

「そんで、次のお相手とはいい感じなのか」  葵さんが突如切り込んできた。 「貴女、よくこの阿鼻叫喚の中、次の彼女の話が出来ますね」  そう言うと肩を竦めた。 「これ以上、佳奈ちゃんとの別れ話を聞いたところで得るものは無さそうだからな」  まあ確かに。荒い息をつく恭子さんの背中を葵さんがさすった。 「お前、新しい下着を買ったか?」 「やめてくれる? 手触りで当てるの。流石に怖い」  そうか、普通は当てられないのか。いや知らんけど。 「この人です」  橋本が葵さんにスマホを差し出した。お前はお前で躊躇なく次の彼女を俺達に見せられるんだな。 「俺は見ない」 「私も嫌。橋本君には失望したわ」 「まあまあ、お前ら。そう言うなって。次に進んじまったものは仕方ない。佳奈ちゃんが心配なら連絡してみろ。必要に応じて慰めてあげな。んで、これが次の彼女か」 「まだ付き合ってはいないですよ。三、四回、飯を食いに行っただけです」 「出会いは?」 「マッチングアプリ」 「時代だねぇ。私にゃ縁の無い話だ。そんでこれもその人のSNSか。顔を晒してよくやるねぇ。ほれ、二人も見てみろよ」  渋々画面を覗き込む。茶髪ではっきりとした目鼻立ちの、化粧が濃い目の女の人が写っていた。 「実際はちょっと顔が違いますけどね」 「加工ってやつか」  そう言いながら何となく先輩二人の顔を見る。いらない機能なんだろうな、この人達には。そもそもSNSで発信なんて全くやっていないみたいだし。特に葵さんは欠片も興味を持ちそうにない。 「あ、これが先週飯食いに行った時の写真だ」  橋本の顔はスタンプで隠されていた。流石にそういうところは気を遣うのか。 「んで、こっちがその前に行った時」  別の写真を見せられる。何だかなぁ。 「俺、高橋さんの方が良かった」 「私も」  恭子さんと揃って溜息を吐く。葵さんはじっと写真を見ていたが、僅かに首を傾げた。 「で、これがその前」  もう興味も無い。あーあ、卒業旅行に行ったメンツで結婚式を開きたかったのになぁ。 「そんで、これが一番最初の時ですね」  綿貫と咲にも教えなきゃ。橋本と高橋さん、別れちゃったって。俺から言うのも妙だけど、橋本からは絶対に言わない。こいつがこんなにどうしようもないとは長い付き合いだけど知らなかった。  何とはなしに記憶を探る。中学の時は三人揃って女子に縁が無かった。男子の三軍くらいのメンツで教室の後ろに固まっていた。クリスマスやバレンタインなんて関係ないよな、なんて言いながら自分だけには何か起きるのではないかと淡い期待を抱き、下駄箱や机を見る時無駄に緊張して、結局本当に何も無いまま一日を終えて平気な顔をしながらひっそりと肩を落として帰る。そんな中学生活だった。  高校に入ってからも大差は無かった。ただ高二の時、橋本だけは高橋さんと付き合い始めた。それから地元を出て、俺と橋本と綿貫は三人で上京して、一軒家を借りて同居して。高橋さんは、一人暮らしを始めて。大学四年間、ずっと二人は付き合い続けて。そして卒業と同時に同棲を始めて、それなのに一年で別れただと。 「駄目だ。やっぱり納得出来ない」  橋本が、もう終わったんだよ、と素っ気無く応じる。かっと頭に血が上り、胸ぐらを掴もうとしたその時。なあ、と葵さんがスマホを指さした。 「こいつ、知り合いか?」  細く長い指が示す先には、髪の長い一人の女性が写っていた。画面の端っこに小さく見切れている。知りませんけど、と橋本は首を傾げた。 「何でですか?」 「君が写っている別の写真を開いてくれ」  橋本の質問には答えず葵さんが指示をする。はあ、と言われた通りに画面を開いた。 「ほれ。此処」 「え」  またしても端っこに同じ女性が見切れていた。じっと此方を見詰めている。背筋が寒くなる。次、と葵さんの落ち着いた声に少し救われた気がしたのだが。 「こっち」 「嘘だろ」  同じ奴が小さく見切れており、しかし視線は明らかにこっちへ向けられていた。 「んで、最後の写真。そう、此処」  四枚目にもそいつはいた。嘘でしょ、と恭子さんが呟く。 「嘘じゃねぇよ。写り込んでいるの、見ただろ」 「いやそうじゃなくて、嘘であって欲しいという願いよ」 「残念ながら現実だねぇ。ちなみに、橋本君と撮っていない写真には写っているのかい」  橋本が慌てて確認する。程なくして、いや、と顔を上げた。 「写って、ない」  咄嗟に辺りを見回す。今もそいつがこっちを見ているのではないか。俺達の会話に耳をそばだて、じっと見詰めているのではないか。恐怖がこみ上げて来る。恭子さんも立ち上がった。葵さんは落ち着き払ってハイボールに口をつけている。橋本は茫然とスマホを見下ろしていた。 「大丈夫、そうね」 「取り敢えずは、はい。見当たりませんね」 「そいつぁ良かった。さてさて、妙な話になったなぁ」  ジョッキを置いた葵さんは頬杖をついた。何これ、と橋本が呟く。 「何だよ。誰だよこいつ。何で俺と美奈さんが一緒にいる時だけ写っているんだよ」 「お相手、美奈さんっていうのか。皆さんの美奈さん、なんちゃって」  葵さんの後頭部を恭子さんが軽くはたく。空気を軽くしようとしたのに、と頭を掻いた。いいや違うね。ただのおっさん要素だ。それはともかく。 「橋本の、ストーカーかな」  恐る恐る切り出す。やめろよ、と否定されるが、だって、と俺はスマホを指さした。 「お前がいる時だけ写っているじゃん。橋本をつけ回していて、別の女の人と一緒にいるから気に入らないんだよ。見ろこの目つき。睨み付けているじゃん。お前、刺されかねないぞ」 「やめろよ気持ち悪い」 「現実を見ろ。確かにそこにいるんだ」 「ふざけんなよ。マジで何なんだよこいつ」  橋本が声を荒げる。俺達に詰め寄られた時も飄々としていたのに、流石に堪えたらしい。まあまあ、と葵さんが間に入って来た。 「視野を狭めちゃいけないぞ。美奈さんのストーカーって可能性もある。別の男と一緒にいるのが気に入らない、私もいるんだぞ、って警告するために写りこんだ。その可能性もある」 「まさか、女性が女性のストーカーなんて」 「無いとは言い切れない。な、恭子」  突然話を振られた恭子さんは、一瞬目を逸らした。 「まあ、そりゃあね」 「事実は一つ。橋本君と美奈さんがデートをしている時にこいつは写り込んでいる。現場に必ず居合わせる。だがな、私が疑問なのはこいつの動機や目的、正体もそうだがもう一つある」
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