綿貫の語る過去と葵が気付いた衝撃の事実。(視点:葵)

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綿貫の語る過去と葵が気付いた衝撃の事実。(視点:葵)

 呆れる私に対し、その通りです、と綿貫君は手を叩いた。 「そうだよ、何で俺は恭子さん以外の女性に緊張する必要があるんだ!? 俺は恭子さんが好き。だからあの人にしかドキドキしない。他の人と身体的接触はしないし、精神的距離感が近くなることも無い。だったら普通に接すればいい。葵さん、気付かせてくれたありがとうございます!」  ビシッと一礼を決めた。あのなぁ、と呆れが口を突いて出る。 「んなこたすぐにわかるだろ」 「いや、そう簡単な問題ではありません。恥ずかしい話をしてもいいですか」  どうぞ、と投げ遣りにならないよう気を付けながら返事をする。 「内緒ですけど、俺、田中と橋本とガールズバーへ行ったことがあるんです」  ほう、それはまた面白そうな話だ。からかうネタを自ら提供してくるとは、いい度胸をしているじゃないか。 「いつ頃の話だい」 「大学四年の冬です」  ほほう。田中君は咲ちゃんと、橋本君は佳奈ちゃんと付き合っている時期だな。別にお喋りをするだけだから嫉妬を抱かれるいわれも無いとは思うが、それはそれとして彼氏がそういうお店へ出入りしたとなれば彼女は面白くないのではなかろうか。うむ、いいネタを提供してくれたな。だが露骨に喜んではからかえない。そうか、とだけ応じて先を促す。しかしこいつ、内緒ですけどって前置きはしたものの積極的に友人を売るとは親友の風上にも置けないな。 「二回行ったのですが、初回の時点で絶望しました。喋ることが無い。何を喋ったらいいのかわからない」 「向こうが話題を振ってくれるんじゃねぇの? よく知らんけど」  生憎、私もガールだからガールズバーには行かない。 「振ってくれましたよ。でも俺が投げて貰ったボールを打ち返せないから一言二言で会話は止まりました。三人、カウンターに並んで座り、基本的に二人担当がついて話し掛けてくれるのですが、真ん中に座った橋本に俺は全てを任せました。頭の中が痺れる感じがして、思考が止まり、何も喋れなくなりました。出来るのはただただ橋本の背中を叩き、袖を掴むだけ」 「まあ私も人見知りだから気持ちはわかる」  初対面の相手と話すことなんて何も無いもんな。 「結局、一時間滞在しましたが名乗りを上げたのと出身地、大学で勉強している内容を少し話しただけであとはずっと下を向いて酒を飲んでいました」 「飲み放題なの?」 「チャージ料金に含まれておりました。ちなみにガールが頼む酒は一杯ごとに金を取られました」  はぁ? 「ちょっと待て。何でガールの飲み物には金が掛かるんだよ。こっちは飲み放題なんだろ? だったらそっちもタダでいいだろ。それともガールだけは高い酒を飲めるのか? ドンペリだっけか。よく知らんけど」  当然の疑問を口にする。しかし綿貫君は、そりゃそうでしょ、と意外にも手を振った。 「だってそこで儲けをだしているのですから」  その答えに首を傾げる。 「……そうなの?」 「そうなの」 「そっかぁ」  言い切られては頷くしかない。それで、と話を戻す。 「君は可愛い女の子達に緊張して、上手く喋れなかったわけだ」 「はい。橋本がずっと矢面に立ってくれました」 「矢面て。彼、楽しんでいたんだろ」  そりゃあもう、と途端に目を剥いた。怖ぇよ。 「高橋さんと付き合っているくせに、まあガール達と盛り上がりやがって」 「ガールズバーだからな」 「何か手とか握っちゃったりしていたんですよ? 俺、手ぇ小さいんだ~、とか言って。普通だわ!」  知らねぇよ、あのお手付きバカの手のサイズなんて。 「指、細ぉ~い。綺麗ぇ~。ってちやほやされていました。あと、ムダ毛処理もしているから清潔だねぇ~とも褒められていたな」 「ガールズバーってムダ毛の話までするところなのか?」 「していましたね」  一体どういう世界なのか、想像がつかなくなってきた。まあ私にゃ縁の無い話だわな。 「そうやってキャッキャキャッキャしていたおかげで田中もあんまり喋れていなかったですね。お前ばっかり目立つなって店を出た後、橋本に蹴りを入れてました」 「だっせ」  自分が喋りで負けたくせに。そんでもって咲ちゃんと付き合っているのにモテようとするなよ。つくづくバカばっかりだな。それはさておき。 「一回目は、と言ったな。二回目はリベンジを果たせたのか?」  まあ聞くまでも無く答えはわかっているのだが。 「全然駄目でした」 「だろうな」  一刀両断すると、ひどい、とまたしても目を剥いた。顔芸か? 「ちょっとは進歩したのかな、とか思って下さいよ!」 「二年前の話だろ。今の君が相変わらず緊張しぃなら、当時の二回目も結局駄目だったのだろうというのは想像に難くない」  くそぅ、と拳を握っている。しかし、まあ仰る通りです、といきなり通常運転に戻った。恭子はよくこんなコロコロ変わる情緒に付いて行けるな。……行けなかったからあいつも調子を崩したのか。変人ぶりではどっこいどっこいだが、恭子はここまで思考があっちゃこっちゃとっ散らかってはいないからなぁ。 「二回目も喋れなかったのは事実です。そして退店した時、心に決めました。二度と行かない、と」 「そんなに喋れなかったのか」 「はい。それどころか、一回目よりも更に落ち込む要素がありまして」  進歩どころか後退したのか……。 「二回目は橋本が気を遣って、俺に話を振ってくれたのです。綿貫はこうだよねーとか、お前もこんなことを言っていなかった? とか。切っ掛けをかなり与えてくれました」 「場を回してくれたわけだ。それに乗っかれなかったのか?」  ええ、とまたしても力強く頷いた。残念な方向へ堂々と進むなよ。 「話を振られるじゃないですか。うん、とかはい、とか返事は出来るんです。ただ、そこから膨らませられなくて、会話が俺のところでブツ切りになって終わりました。途中で橋本は呆れ果てて、また自分だけモテ始めました。それまで一対一で喋っていた田中の担当の子まで巻き込んで橋本ばっかりやり取りをしたので、退店後にまた蹴りを入れられていました。結局モテようとするな、しかも今度は横取りしやがって、と」  いや田中君よ。お前はお前でどんだけモテたいんだ。 「その傍らで、俺は密かに決意を固めたのです。二度と行かない、って」  ふうむ、と腕を組む。 「恭子と行ったらどうだ? ガールズバー」 「はぁ!?」  素っ頓狂な声を上げた。この反応は予測済みだ。 「いや、あいつがいれば丁度良く話を回してくれると思うんだよ。一方君は、本来唯一の緊張の対象であるはずの恭子が傍らにいるならば、逆にガールを意識しすぎなくて済むんじゃないか? そうすりゃ普通に喋れるはずだ。な、この案、めっちゃ良くない?」  いいわけあるかぁっ、と綿貫君が雄たけびを上げた。 「行かないって言ったの、聞いてました!?」 「そりゃ緊張で喋れなくなるからだろ」 「恭子さんと一緒に行ってどうするんですか! 軽蔑されるに決まっている!」 「安心しろ。あいつ、行ったことの無い店や知らない世界に飛び込むの、大好きだから」 「そういう問題じゃない! 好きな女性とガールズバーを訪れる、なんて聞いたことが無いですよ! 第一、女性客は入店を嫌がられるんじゃないですか?」  その言葉に立ち止まり、スマホを取り出す。どうしました、と彼も足を止めた。答えずネットで検索をする。そして、ほれ、と画面を見せ付けた。 「案外、歓迎ムードらしいぜ」 「わざわざ調べていたのですか!?」 「女性客用の料金を設定している店もあるって。お、秋野葉駅から十五分くらいの駅じゃん此処、行ってみれば?」 「だから何で頑なに勧めるの!? 行かないってば!」 「恭子に提案してみようっと。綿貫君とガールズバーに行くってどう? って」 「話を聞いて下さいよ! 行かない! 葵さんが乗り気でも俺はパス!」 「えー、つまんない」 「あ! 俺や恭子さんのためじゃなくて、ご自分が楽しんでおられるだけですね!?」 「いや気付くのが遅ぇよ」  うりうり、とつついてみる。やめろ、と鋭く叫んだ。 「肉体的接触はいけません!」 「ほほう? 私まで好きになっちゃいそう? お姉さん、嬉しいなー」 「バカ仰い! お付き合いするまでそういうのはいけません! もっと自分を大事になさい!」  へいへい、と指を引っ込める。まったくもう、と呆れられてしまった。 「綿貫君って真面目だよなぁ」 「別に、普通です」 「よくその貞操観念で、田中君や橋本君と親友でいられるね」  遠慮なく指摘をする。どっちも女関係でやらかしているからな。やれやれ。 「田中は別に普通でしょ。咲ちゃん一筋なんだから」  はっはー、ところがどっこい脇道に逸れて大事故を起こしたんだぜー。主に私の心を粉砕した上で、轢き逃げするという重大な悪事を犯したのさ! なんて、彼には教えられない。真面目だから田中君をぶん殴りに行っちゃうもんね。私が原因で君達の友情にヒビが入るのは到底受け入れられないぜ。 「でもガールズバーでモテようとしたじゃんか」  だから適当にフォローを入れる。 「……確かに。うーん、まあ若気の至りってことで見逃してやって下さい」  若気だぁ? 私に告白してフッたのは丁度一カ月前だぞぉ? 「へいへい。学生さんならしょうがないかね」  まったく、私ってば大人だぜ。 「はい!」 「でも橋本君の手の早さはいいのか? 佳奈ちゃんと別れた後に別の女とチョメチョメしたり、ガールズバーでモテまくったり。あぁそうだ、こないだは私にハグをしようとしたな 「手の早さは、え、何? ハグ?」  応じかけた綿貫君が戸惑いを見せた。うん、と頷く。 「橋本が? 葵さんに? 何で?」  私が男性との接触に慣れていないから、練習台になろうとした。絶対触りたいだけなのに。そう、答えようとしたのだが。言葉に詰まる。何故って。  私も綿貫君と同レベルじゃん!!!!  気付きたくなかった衝撃の事実!!!!  橋本君のからかいがあったとは言え、接近、接触されるとテンパってわぁーってなっちまった。流石に会話が成り立たないレベルではないけど、ない、けど? ない、か……?  ……もしかして私、人見知りだからって言い訳にしている? 本当は知らない男と喋りたくないから、人見知りなんでね、って逃げている? ……いや。いやいや。いやいやいやいやいや! 男女問わず、初対面の相手と話すことなんて無いから困るし! 別に男が苦手とかそういうわけじゃないし! でも初対面の女の子だったら結構色々喋れるか? むむ、どうだ? 最近、新しい知り合いなんて作っていないからな。え、違うよね。私、綿貫君と実は同レベルの緊張しぃだったりしないよね。まさかだよね。そんなわけ、無いよね!? 「葵さん? 急に黙り込んでどうしました?」  はっと気付くと硬直していた。彼が私の顔を覗き込んでいる。異性へ緊張しやすい人、という括弧で括ったら、私はこの暴れネズミ花火と同類になるのか!? 「……いや」  思考が上手く回らない。適当に口を噤んで誤魔化すとしよう。 「そうですか。で、結局何で橋本が葵さんにハグをしようとしたのですか?」  意外と食い付いてくるな! ええと、ええええっと、どうやって誤魔化そうかな!! 「こ、こないだの日曜日、橋本君と組んで咲ちゃんをからかったんだよ。私と橋本君が、咲ちゃんの前で不貞に及ぶふりをしてあの子を焦らせるという芝居を打ってね」 「ひどいですね。咲ちゃん、純粋だから信じたでしょ。可哀想に」  正論でぶった切られた。悪かったと思っている、と心にもない反省を口にする。 「その後、調子に乗った橋本君がハグをしましょうと言い出したわけだ。当然断ったが」 「そりゃそうです。まあ、橋本も一線を超えるような奴じゃないけどセクハラは多いよなぁ」  よし、何とか誤魔化せた! 「そうなんだよ、困ったものだね。そんなふてぇ野郎と真面目な君が親友でいられるのが少し意外でね」  そうですか、と肩を竦められた。 「橋本とは、あいつが何故かモテるようになる前からの仲ですからね。それにもし、万が一一線を超えるようなバカをやらかしたら蹴り飛ばすのも親友の役目じゃないですか。俺と田中と橋本は、お互いそうあると思っています。だから一緒にいられる部分も大きいかも知れませんね」  その返答に、改めて胸を撫で下ろす。田中君の私に対する所業を聞いたら綿貫君は絶対に殴り飛ばしに行く。なにせのらりくらりとしている橋本君ですら、田中君に呆れたのだ。彼も大概友情には篤いが、瞬間火力は更に高い綿貫君なら事情を知るや否や突撃しかねない。秘密にして正解だな! 偉いぞ私! 「成程ね。ま、君らの友情に私が口出しするのも妙な話だ。引き続き、仲良く過ごしたまえ」 「勿論です! 葵さんも、俺らと仲良くして下さいね!」  唐突なお願いにドキリとする。そうか、こういう不意打ちの火の玉ストレートにやられるのだな。恭子の気持ちが少しわかった。勿論、変な意味ではなく、真っ直ぐな言葉を投げかけられるとびっくりするし同時に嬉しいと実感した、ということだ。 「おう、よろしく頼む」  そしてそう言われることは本当にありがたいね。つくづく得難い友人達だ。
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