トイレットペーパーと月曜の記憶。(視点:葵)

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トイレットペーパーと月曜の記憶。(視点:葵)

 わちゃわちゃやっている内に目的地が近付いてきた。さて、と歩きながら彼の顔を覗き込む。 「何となく見当はついているのかい。恭子にこれをプレゼントしたい、という物は」  その質問に、うーん、と腕を組んだ。 「色々考えてはみたのです。アクセサリー。家具。雑貨。日用品」 「段々、実用的な方向へシフトしていないか」 「トイレットペーパーも一時候補に挙がりました」  おかしいだろ、とツッコミを入れ軽く肩の辺りを叩く。触らないでと注意されるかと思いきや、何故か不敵な笑顔を浮かべた。何でだよ。 「でも間違いなく消費するじゃないですか。トイレットペーパーは」 「あのなぁ。クリスマスプレゼントに便所紙を貰って喜ぶ奴がいると思うか?」 「俺なら嫌です」 「自分が嫌な物をあげるなよ」 「そのくらい悩んでしまったのです。だから葵さんに助けを求めたわけで」  まあ相談相手として妥当だな。月曜日のやり取りをぼんやりと思い出す。  相談に乗って欲しいというメッセージを受け取った日、二、三通のやり取りはしたがお互い働いているせいもあってなかなか話が進まなかった。夜、とっとと片を付けちまおうと思い前触れなく綿貫君に電話を掛けたところ、午後八時過ぎだったが彼は出なかった。まだ仕事中か、こっちは帰宅して風呂にも入り今から晩酌の準備をしようかというのに、と驚きつつ放置した。一時間後、失礼しました、と折り返し掛けて来た彼は開口一番謝罪した。 「別にいいけど。残業?」 「そうです。今、会社を出たばかりで、お電話を頂戴していたから急いで掛け直した次第で」 「真面目だねぇ。そして遅くまでお仕事お疲れさん」 「ありがとうございます」 「そんで、恭子へのクリスマスプレゼントを選ぶ相談に乗って欲しいって?」  すぐに核心へ切り込む。やや間があって、はい、と固い声が応じた。 「よろしいですか。葵さんもお忙しいでしょうに」 「別に暇だけど」  仕事は定時で上がっている。週末は皆と会ってばかり。つまり暇だ。 「またまた、ご謙遜を」  暇ってのは謙遜なのか? 「で? メッセージや電話で決められそうな段階まで来ているのか」 「いや全く」  少しは話を纏めてから投げて来いよ。 「今、マジで困っておりまして。クリスマスに恭子さんが疑似デートで俺に付き合って下さるというのは、葵さん、聞いていますよね」 「あぁ」  約束を交わした時、恭子の傍にいたからな。しかも青竹城というレアな場所で。 「当然、プレゼントはあげたいと思っているのです。例え疑似デートであったとしても」  最早、疑似でも何でもないんだけどな。だって君達、両想いだから。まあ余計な口は挟まないでおくが。 「そりゃあ礼儀だもんな」  はい、と力強い返事が聞こえる。だが、すぐに声は萎びた。 「でも全然決められないんです。プレゼント選びって難しいのですね」  君が恭子を好きだから、考え込み過ぎている節もあるかも。好きな相手のことを考えると終わりが見えなくなるもんね。 「そうだよ」 「俺一人ではどうにもなりません。葵さん、相談に乗っていただきたい。いや、いっそ一緒に買い物へ付き合ってくれませんか?」  大胆な誘いだな。恭子には教えられねぇ。 「いいけど、二人きりは避けてくれ」  また恭子に嫉妬されたら面倒臭いからな。あいつ、私が綿貫君とやり取りをする度にむくれやがる。私の信用が無いわけではない。ただ、どうしても面白く無いと感じてしまうのだろう。やれやれ。しかし綿貫君の頼みを無碍にするわけにもいかない。田中君が咲ちゃんへ、イルカまみれのトートバッグや低反発枕をあげたように綿貫君も恭子へ碌でもない物をあげるかも知れないから。恭子の恋はそれで冷めるようなもんじゃないとわかってはいるが、念には念を入れておきたい。私が彼の相談に乗るしかあるまい。 「勿論です。二人きりにはなりません。ちなみに葵さん、今週のご予定はいかがでしょうか」 「何も無い」  即答すると、また変な間が空いた。おい、と受話器に声を突き刺す。 「もしやお前、本当に暇なんだ、ちょっと可哀想かも、なんて思ったんじゃあるまいな」 「何でわかったんですか!?」  正直に自白しやがった! むしろびっくりするわ! 多少なりとも誤魔化そうとする姿勢を見せろよ! いや、裏表が無くていいのか!? 咳払いをして感情を鎮める。 「相談、乗ってやらんぞ」 「すいません! お願いします、葵さんが頼りなんです! 訳アリで田中や橋本、高橋さんには頼めないのです。俺には貴女しかいません!」  急に私への告白か。恭子の言い分、よくわかった。やれやれ。 「わかったよ、しょうがねぇなぁ。ちなみに訳アリの訳って何だ」 「……言えません。ただ、葵さんだけが頼りです」  ……ま、そう言われて悪い気はしないね。 「あ、あと咲ちゃんも頼りにしてます」  こいつ、今度出会い頭に股間へ蹴りを入れてやろうか。厚底ブーツを履いてさ。 「さいでがんすか。じゃあ土曜に買い物へ行くかい?」 「あ、すいません。土曜は恭子さんとアイススケートへ行くのです」  あぁ、スケートもしに行くとか言っていたっけ。え、土曜に? 「一昨日、その内行こうねって話をしていたんじゃなかったのか」 「はい。今週と来週のどっちがいいですかって確認したら、今週行く、って返事が来ました」 「いつ」 「さっき」  成程。ところであいつ、二日酔いは大丈夫だったのかね。いちいち確認したりはしないけど。キリが無いから。 「じゃあ次の土日は避けよう」  さりげなく日曜日も含める。休んで貰いたいのも勿論だが、奇跡的に上手く進んでスケートデートの後に一発しけこむ可能性だってある。その辺の気遣いはバッチリよ。……寂しいけど。恭子が交際を始めるのは。だがいくら嘆いたって始まらん。今の私に出来るのは、二人の背中を全力で押すだけ。 「平日ですか?」 「慌てなくても来週末だって……いや、旅行のしおり作りの打ち合わせが入るかも知れんな。その時、恭子以外の三人は早目に集まって相談するか?」  丁度綿貫君、咲ちゃん、私が揃っている。しかし、いやぁ、と彼はどう聞いても乗り気では無さそうだった。 「嫌か」 「だって三人で作戦会議を開いたとして、その後に恭子さん本人と会うんでしょ。絶対に俺達の方が変な空気になりますよ」  想像してみる。散々、恭子の好みは何だ、あいつにこれをあげれば喜ぶんじゃないか、弾ける笑顔を見たいだろう? だってクリスマスだもんな! というようなやり取りを交わしてから、すぐ本人に会ったとしたら。 「確かに、私は間違いなく笑いを堪える。咲ちゃんも多分同じ反応だな」 「そして俺は挙動不審になる自信があります」  嫌な自信だな。 「さっきまでめっちゃこの人の話をしていた上で、対面するんかい、って」 「うーん、そうか。じゃあ来週末も無理か。そうすると更に翌週か? いや、クリスマスの一週間前じゃないか。流石にそこまで相談に乗らないのはマズい。いいプレゼントが決まらなかった時、詰む」  それは困る! と受話器の向こうで綿貫君が叫んだ。耳が痛い。物理的に。 「んじゃ今週の平日はどうだ。私は基本的に定時で上がるから、いつでもいいぞ。君の方が間違いなく忙しいだろ。なにせ今日、週明け早々残業をしているし」 「そうですねぇ。水曜日なら大丈夫そうです」 「オッケー」 「即答ですか。本当に予定が無いのですね……」  気のせいか、今若干の憐れみを感じたぞ。指摘するとまたすいませんって謝られるからしないけど。いちいち面倒臭いもの。 「じゃあ水曜日な。咲ちゃんにも声を掛けておいてくれ。私と君が二人きりにならないようにさ」 「承知しました! では水曜日、よろしくお願い致します。場所は何処にしますか?」 「良さげな場所を後で送るよ。時間はそっちが決めてくれて構わない」 「わかりました。ありがとうございます。ところで何だか急に話を〆にかかっておりませんか」 「そろそろ晩酌を始めたくて」  午後九時十五分。いい加減、飲みたい。お酒。 「実は恭子さんだけでなく、葵さんもアル中なのでは……?」  その指摘に吹き出してしまった。 「ちょっと! 俺は真面目に心配をしているのですよ」 「いや、気持ちは嬉しいよ。ありがとう。だけど君の中で恭子はアル中確定扱いなのが面白くて」  そう言うと、しまった、と再び叫び声が響いた。あー、やかましい。あと、そのリアクション、恭子と一緒だぜ。あいつもうっかり者のやらかしガールだからな。 「アル中と断定したわけではありません! ただ、酒を飲み過ぎではないか、むしろ飲まれ過ぎではないか、あと酒に対して我慢が出来なさすぎではないか。そう思っていただけで、うん、中毒患者扱いは失礼でした! 聞かなかったことにして下さい!」  ぶはは、全部的を射た指摘だな。流石、惚れただけある。その上、言い訳の仕方まで恭子とそっくりだ。マジでこの二人、似た者同士なんだなぁ。あー、面白れぇ。恭子を見送る寂しさが少し薄らいだ。こいつらの漫才やコントみたいなやり取りを傍で眺めるのは相当愉快に違いない。楽しませて貰うとするか。 「わかった、君の思いと発言は秘密にしてやる。ふふ」 「笑わないで下さいよ!」 「いや笑うだろ! 君、素直過ぎ」 「つい言っちゃうんだよなぁ……」  やっぱり本音じゃねぇか! まあ収集がつかなくなるからこの辺で終わりにするか。 「とにかく、具体的な場所と時間は後でやり取りをするとしようじゃないか。出来れば今日中に決めちゃおう」 「善は急げ、ですね」 「そんなところ。あと、咲ちゃんの都合もあるし」 「承知しました。おっと、俺ももうじき駅に着きます。丁度いいタイミングだ」 「あいよ。んじゃまた。水曜日、よろしくな」 「とんでもない! こちらこそ、よろしくお願い致します」 「ん、それじゃあね。気を付けて帰りたまえ」 「ありがとうございます。では、失礼します」 「おやすみー」 「おやすみなさーい」  電話が切れた。なかなか色々面白かったな。そして気持ちも少しは前を向けた。さて、買い物の相談場所か。喫茶店や居酒屋でうだうだ喋るより、いっそ実物を見に行った方がいいよな。そんでもってなるべく様々な店が入っている方がいい。色々見比べながら絞り込む方が決めやすい。その上で、私と彼、そして咲ちゃんの職場の位置を加味して、かつ終わった後に飲んですぐに帰れる場所と言えば。  目的地の明かりが見えて来た。 「あそこで見付かるといいねぇ」 「まあモールなら色々なお店がありますから、ピンと来る物も……ありますかね」  最後の最後に彼の自信が消えた。ふふん、と小さく笑ってしまう。 「大丈夫。そのために私がいるのだぜ。どーんとお姉さんを頼りたまえ」 「頼りにはしますがね。ちょっと緊張します」  おや、またか。 「今更、私と二人きりは困るか。まあその状態を避けるために咲ちゃんへ声掛けしたものの、仕事の都合がつかないんじゃしょうがあるまい」 「そうなんですけどねぇ。男女が二人連れ立って、モールでプレゼント選びか。うう、カップルどころか最早夫婦じゃん!」  何でだよ。 「意味がわからん」 「カップルって、サプライズで相手を喜ばせようとプレゼントは別々に選ぶんでしょ。でも夫婦はお互いの欲しい物を送り合うから一生に買いに来る」 「……そうなの?」  生憎、恋人もパートナーもいないから知らないのだ。 「そんな、俺の予想です」 「予想かい! マジでそういうものなんだと信じちゃったじゃないか!」 「でも納得いきません? あながち間違っていないと思うんですよね」  今度はやけにニコニコしている。やっぱりこいつの思考はわからん。まあ、あまりトゲトゲせずに楽しむとするか。疑似デート番外編。葵と綿貫のプレゼント選び、なーんてね。恭子に聞かれたらヘッドロックを掛けられちまうな。だが悪いな親友。お前を喜ばせるため、秘密で行動させて貰うぜ。横取りもお手付きもしないから安心しておくれやす。
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