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全然意図が伝わらねぇ。(視点:葵)
さて、とモールの中をゆっくりと歩きながら口を開く。
「一軒ずつ見て回るか? それとも興味のある店だけにする?」
私の問いに綿貫君は腕を組んだ。
「全部に入るのは現実的ではありません。的を絞って行きましょう」
「その的に心当たりが無いって宣言しているから、こっちもアテが無くて困っているんだが」
「むしろ葵さん、恭子さんの欲しがっている物に心当たりはありませんか」
まあそのために呼ばれたようなもんだ。しかしなぁ。
「いくつかはある。だけどそいつを君に教えて、プレゼントにしてあげるのには反対」
「反対!? 何で!?」
目を剥く彼に人差し指の先を向ける。
「だってそれ、綿貫君からあげる意味が無くなっているだろ」
我ながら、結構格好良く決まったんじゃなかろうか。先輩面、大成功。
「……?」
一目でわかる程キョトンとするな! 全然ピンと来ていないな! そんでもってお前、そのリアクションまで恭子と一緒じゃないか! あいつ、青竹城で神様に苦笑いをされていたぞ!
「君、どういうこっちゃ、と思っているな」
えぇっ、とモールの中なのにも関わらずデカい声を上げた。お客さんの視線が痛い。
「驚くなよ。顔に出ているもの」
「いや出過ぎでしょ」
「うん、出過ぎている。わかりやすい」
「それはともかく、解説をお願いします。恭子さんが欲しがっている物を俺があげては意味が無い、とは?」
しょうがないのぉ。お姉さんがわかりやすく説明しちゃる。
「恭子が欲しい物を聞いて、買って、プレゼントするのはさ。君、あいつが喜ぶからいいことだし間違いも無いから正解だと思うかい」
「勿論」
深々と頷いた。ぶー、外れ。不正解。
「だけどその中には綿貫君の気持ちが足りない」
「気持ち?」
「プレゼント選び、難しかっただろ」
唐突な話にも鋭く頷いた。素直だねぇ。どこぞのひねくれ者やモテ男とは大違いだ。
「恭子が何を欲しいか、どんな物をあげたら喜ぶか、君なりに一生懸命考えて悩んで迷ってどうにもならなくなって、私に助けを求めた。さっきそう言ったね」
「はい」
「袋小路にハマっているのは間違いない。なにせ便所紙をあげようとしたくらいだ」
「トイレットペーパーと言って下さいよ」
「便所紙は便所紙だろ」
「お下品な」
「ともかく、君を放っておけば恭子を幻滅させかねない」
「それは恭子さんに申し訳ない! こんなに世話になっているのだからちゃんと喜ばせたい!」
「好きだからってハッキリ言えよ」
途端に綿貫君は唇を噛んだ。ははは、どんだけ裏表の無い反応だよ。まあ、真面目な感情だからいじらないでおこう。咳払いをする。そろそろ答えを教えるか。
「プレゼントさ、自分で選びな。何にしようか考える時、君は恭子のことを考える。あいつについて思いを馳せる。だけど、私に答えを提供されたら君が恭子を考えなくなってしまう。そうやってあげたプレゼントは、確かにあいつを喜ばせるに違いない。だって欲しい物なのだから。だが綿貫君からの贈り物、とは言えないね。だって気持ちがこもっていない。君が恭子のために選んだプレゼントではないもの。さあ、この説明で伝わったか?」
うーん、と唸りながら首を傾げている。まだ駄目か?
「でも恭子さんの欲しい物をあげるのって恭子さんのためを思っていることにはなりませんかね」
「む、確かに」
あ、しまった。うっかり私も納得してしまった。散々熱く語っておいて我ながら手の平返しも甚だしい。
「だったらやっぱり葵さんから答えを聞いた方が良いのでは?」
いやいや、と慌てて手を振る。無し! 今の納得、無し!
「一理あるけどさぁ、君からあげる意味が無いじゃん!」
「いや、金出すの俺だし」
「そうじゃねぇよ!」
「えぇ? 俺が恭子さんを喜ばせたくて買うわけですし、俺からのプレゼントには間違いないです」
ええい、話の通じない奴だな! まあ、確かに、って納得しちゃった私にも原因はあるけど!
「だーかーらー、それなら君じゃなくて私があげても同じだろ!? 同じ答えを持っているんだもんな!」
「え、プレゼント被りとかやめて下さいよ」
「最後まで聞けや! そうじゃなくて、君だけが至る答えがあるはずだ! 恭子にあげたら喜びそう、って物を選べ! 私と君ではあいつへの接し方が違う! 君にしか見えない、君しか知らない恭子がいるはず! だから私とは違うプレゼントを選べるんだよ! そいつを探しに行くぞ!」
「でも俺が選ぶんじゃ碌な物にならないですよ」
「そのためにアドバイザーとして私がいるんだろうが! 便所紙を選ぼうとしたら蹴飛ばして止めてやるよ!」
「あれだけ否定されたから買いませんけど」
むきぃー!!!!!!!! 話が通じないにも限度がある!!!!!!!!
「ものの例えだってんだよ! これをあげるのはどうですか? って私に訊け! イエスかノーかを教えてやるから!」
「俺のチョイスで喜ばせられるでしょうか。散々迷って決め切れなかったんですけど」
これが綿貫君の低い自己評価ってやつだな! クソ面倒臭ぇ!
「だったら今からもう一回迷え。私も傍についていてやる。それによぉ、恭子だって綿貫君が自分のことをあれこれ考えながら選んだプレゼントを貰った方が嬉しいって!」
「何で?」
「何でって!」
あいつもお前を好きだから、と口に出しかけ寸前で堪える。危ねぇ! こいつのペースにつられて口を滑らせるところだった! んなことしたら、恭子に合わせる顔が無い。だが直前まで喋っちゃった。誤魔化さねば!
「そりゃあ自分のためを思って選んでくれるのは嬉しいだろ。むしろあいつ、鋭いからな。欲しい物をドンピシャで貰ったら、私に聞いたって察するぜ。いじけるかもなぁ、綿貫君が考えたわけじゃないんだ、って。あいつ、サバサバしている割に意外とそういう湿っぽいところがあるから」
実際、私への嫉妬やいじけぶりが面倒臭い。大学のサークルメンバーから立てられたフラグをバッキバキにへし折っていた人間と同一人物とは思えない。
う、と綿貫君が呻いた。狙撃でもされたか。
「それは困ります。恭子さんをがっかりさせたくはありません」
よし、風向きが変わった! あいつについて私が語ると説得力があるからな。さっきまで全然揺るがなかったこいつをようやく動かせたぞ!
「だろ? だったら君が考えろ。なに、心配するな。失敗しないために私がいる。いいか悪いかは教えてやるよ。だからそこに至るまでは君自身で選びたまえ」
こっちにも多少の余裕が生まれたぞ。ふっふっふ、私は口調に出やすいのだ。そして、わかりました、と綿貫君が気を付けをした。
「微妙に納得はしておりませんが、頑張って探してみます。葵さん、ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」
丁寧に頭を下げられた。よせやい、と肩を竦める。まあ下を向いているから見えちゃいないだろうが。
「そういうやり取りは苦手でね。もっと気楽に行こうや」
「ですが教えを請うわけですから」
「いい、いい。ほら、そんな形式ばったことより実利を得ようぜ。とっととプレゼントを探しに行くぞ」
率先して歩き出す。彼も慌ててついてきた。どの店がいいですかね、と早速問い掛けてくれる。アホ、と即刻切って捨てた。
「私が答えたらヒントになるだろうが。自分でお店も選べっつの」
「そこからですか!?」
「当たり前じゃい。頑張るんじゃい綿貫大将」
「俺は足軽くらいが丁度いいのですが。務めてくれませんか、葵さんが大将を」
「全然私の意図が伝わってねぇな!」
太ももに蹴りを入れる。非力な私の攻撃でも、ここに当たれば痛かろう! 案の定、ぐあっ、と生々しい悲鳴を上げた綿貫君は蹴られた場所を両手で押さえた。
「痛いですよ!」
「痛くしたからな、この馬鹿者。私が大将じゃあ私からのプレゼントになっちまうっての。お前が選べって言って、頑張りますって答えたよな? その発言の一分後に大将を譲るんじゃねぇ」
正論をぶつけまくると、ですが、と苦悶の表情のまま手を上げた。
「やっぱり俺は自分のチョイスに自信が持てません」
便所紙に至ったんだものな。
「せめて店は決めて貰えませんか」
「嫌だ!」
「キッパリしている!」
「いいじゃんか、モールだぞ。いっぱい店があるんだ。恭子にあげたらいいかなって思った物があれば私へ見せろ。何度も言うが、イエスかノーかは答えてやる。あと、色はどれがいいかとか、これとこれならどっちがいいかとか、そういう質問に対するアドバイスは送ってやる。だから安心して迷え! コースアウトはしないようにしてやるからさ!」
「でもぉ」
「しつけぇ! おら行くぞ!」
足の裏を向けると慌てて歩き出した。文字通り、ケツを蹴り上げるような真似をするとは思わなかった。しかしこいつ、本当に自分に対して自信が無いんだな。橋本君から聞いてはいたが、予想以上に重症だった。そして、実際目の当たりにしてようやく納得出来た。自分に向けられた好意を、そんなわけ無い、あるはず無い、って叩き落すのも。自分が好意を抱いた相手に対して成就するわけないって前提で動いてしまい、故に恭子とぎくしゃくするのも。七人の仲が妙になるのも嫌だから告白しない、という結論に至ってしまうのも。この性格なら腑に落ちる。
ううむ、土曜日に恭子が落ち込んだのは綿貫君から疑似デートの相手は恭子さんがいいってはっきり伝えて貰えなかったからだったが、はっきり言ってこいつにはあまりに荷が重い要望だったな。だが恭子の気持ちもわかる。余計な世話を焼いていたのか、もっとふさわしい相手がいるのではないか。そんな風にぐるぐる考え込むのも真面目なあいつらしい。そんでもって私の対応は間違いだったなぁ。怒った演技なんて綿貫君を追い詰めるだけ。優しく導いてやるべきだったかね。まだまだ私も未熟だ。勿論、毎回正解の選択肢を引けるなんて思っちゃいない。だけど親友の恋を叶えるためには最適解に近い答えを選ばなきゃいけないよな。そのために、今日のプレゼント選びと綿貫君との交流は想像以上に重大な指名を帯びる予感がする。
くっ、相談相手を気軽に引き受けたがなかなかどうして荷が重いぜ。あーあ、せめて咲ちゃんが今日来られたらなぁ。先輩の、いや厳密には大学が別だから違うか、年上の私とは違い彼と同い年の友達であるあの子がいれば、もう少し私も気楽に構えられたはずだ。それこそ土曜日に、俺なんてって発言した綿貫君に、そんなことを言うものではありません、ってチョップをした上で諭していたな。今日もチョップを繰り出して欲しかった。仕方ない、私が蹴りでその役目を果たすか。お互い、怪我をしない程度にな。やれやれ、とんだ水曜日の夜になりそうだ。
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