祝砲をぶち込んでやるよ。(視点:葵)

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祝砲をぶち込んでやるよ。(視点:葵)

 スキップでもしそうな勢いで綿貫君が寄ってきた。買えました、と満面の笑みを浮かべている。どんだけ素直なんだ。 「ようござんした」 「いやぁ、良かった! 靴下を選べたのもさることながら、葵さんのおかげでプレゼント選びの何たるかを理解出来ました。おかげさまで目が開かれましたよ! 本当にありがとうございます!」 「そうかい。そんじゃあもうちょい見て回ろうか」  はい、と元気な返事をすると、手に持った紙袋を慎重にリュックサックへ仕舞った。ピンクと白の可愛い靴下が中には入っているのだね。 「恭子、喜んでくれるといいな」 「ええ、本当に」 「ちゃんと伝えろよ? 恭子さんが履いたら可愛いと思ったから選びました、って」  途端に顔を赤くした。一方、こっちの胸中はちょっとだけ複雑だ。おかしいなぁ、私は自分が恭子を好きだった過去をとっくに吹っ切ったはずなのに。どれだけ気持ちを切り替えても、想いは完全に消えないのだねぇ。つくづく困ったものだぜ。 「さ、次の店に行こうじゃないか」  感情から目を逸らすように彼を促す。はい、と今度は掠れ気味な返事が聞こえた。ファイト、後輩。厳密には違うけどさ。  次に彼が足を止めたのは帽子屋だった。 「恭子さんって帽子をかぶりますか?」  問い掛けられて首を捻る。かぶるはかぶるのだが。 「夏は暑いから、冬は寒いからという理由で装着しているな」 「随分とまた、実用的な理由ですね」 「あんまり興味が無いんだろうよ、帽子って存在に対してね。服やアクセサリー、あと下着には拘っているけど帽子は日除けか暖を取る存在としか認識していなさそうだ」  チラッと伺う。また顔が赤くなっていた。ははは、さりげなく下着の情報を伝えたが案の定照れちゃったか。どんだけうぶなんだ。或いは先日目の当たりにした恭子の下着姿でも思い出しているのかね。あれも拘りの下着だったんだ……なんて考えていたりして。 「じゃ、じゃあ帽子はやめましょう」  どもるなよ。動揺が表れすぎだ。 「いいの? 似合いそうな物があるかもよ」 「興味が無い物を貰っても困るでしょう。次へ行きましょう」  その場を去る彼に、ちなみに、と声を掛ける。 「使っているかどうか、あからさまに確認出来る品は私だったら貰いたくないね」  え、と急に足を止めた。ぶつかりそうになったが間一髪、身を捩って避ける。ナイス私。そして、あくまで個人の意見だが、と前置きをした上で話を続ける。 「帽子や鞄、アクセサリーの類、あと選ばないとは思うが靴とかさ。一目でわかるじゃん、使っているかどうかって。そうなると貰った側としてもプレッシャーを感じるわけよ。今日は鞄をくれた人と会うから持って行ったら喜ぶだろうな、って。いや、逆か。使っていなかったらガッカリさせてしまう。だから面倒だけど荷物を詰め替えて持って行くか。なんていちいち考えさせられる。アクセサリーくらいならそんなに手間でも無いし目立たないけど、それこそ普段はかぶらない帽子みたいに、身に付ける習慣が無い物を使わなきゃならんとなると案外精神的にくるんだぜ」 「マジっすか。じゃあ靴下もダメじゃないですか!?」  途端に目を真ん丸にした。落ち着けよ、と肩を竦める。 「見えないじゃん、靴下を履いているかどうかなんて。家に上がり込むような仲ならともかく、外で会う分には靴を履いているから確認のしようがない。それとも君ら、お互いのおうちへ出入りするような関係なの?」  ん? と顔を覗き込む。違いますよっ、と強く否定をされた。……ツバがかかった。汚ぇな。無言でハンカチを取り出し顔を拭う。彼はそれに対しては何も言わない。自分がやったことを自覚していないらしい。この野郎……。だが私は苛立ちを吐き出さなかった。大人だもんね。先輩だもんね。悪気があったわけでもないもんね! そうだとしてもツバは汚ぇよ!  ぐっとこらえて、まあ、と先を続ける。 「むしろ指標になるかもな? 靴下を履いているって確認出来た、イコール仲が進展したって捉えられる」 「そんな、ハレンチな!!」  今度はツバがかからないよう距離をとる。しかし君の声帯は本当に頑丈だな。道行く人が振り返っているではないか。 「でもそういうハレンチな仲になりたいんだろ?」  そう言うと、複雑なんですよ、と今度は萎びた。どうした。 「俺は恭子さんを好きになりました」  ハッキリ宣言されて、心臓が高鳴る。彼の恋にキュンと来たのか。それとも、当事者二人だけは知らないが恭子と両想いになっている彼の好きという発言に嫉妬をしているのか。ふむ、両方だな。 「あの人がとてもいい人だから」 「うん」  わかるぞ、その気持ち。六年も前だが私も恭子に惚れたのだ。教えないけど。 「故に俺は恭子さんへ告白をしません」  改めて聞くとわけがわからんな。普通は惚れたら告白するだろ。私みたいに。そして告白したその場でフる奴もどこぞのバカたれしかいなかろうて。……三バカって本当に三者三バカだな。 「なんで」  一応、何も知らない体で応じる。本当は咲ちゃんから事情を聞いているが、本人からの話も確認しておきたいから。 「恭子さんは素敵です」  よく知っている。もう、君の次に、かも知れないけどね。あーあ。 「うん」 「モテるとも伺っています。納得しかありません」 「性格良し、顔良し、体良し、面倒見良し。ダメなのは酒癖の悪さと変人ぶりくらいか」  特に酒癖は致命的だな。 「まあ変わったところはありますよね」 「……」  ……多分だけど、あいつも君にだけは変わっていると評されたくはないと思う。好きになったけど告白しません、ってさ。試合にエントリーしておいて開始前に棄権をするような人に変人呼ばわりされたら嫌がるだろうな。 「ですがそこも面白くて魅力的です」  歯の浮くようなセリフをぽいぽい発言している。しかも今は全然照れないし。何でだよ。今こそ照れろよ。惚れた相手を褒めちぎり、以上が好きな理由です、なんて私だったらとてもじゃないけど口に出来ない。 「そんな素敵な恭子さんに、俺が告白をしても困らせるだけです」  いや、あいつは狂喜乱舞する。何故なら恭子も君を好きだから。なんなら今、電話を掛けて好きですって伝えてみ。嘘でしょ!? とまず叫ぶわな。本当に好きです、と駄目押しをしたら電話を切り、何もかもをかなぐり捨てて君の元へやって来るに違いない。そうして全力疾走で合流した割に、いざ対面するとあわあわし始めて何も喋れなくなる。その時、もう一度告白をし直してみろ。恭子は熱した鉄板よりも赤くなり、消え失せそうな声で、私も綿貫君が、す、す、すすす好きです! と答えるだろうなぁ。  ……いいなー。何で私は恭子に好きになって貰えなかったんだろ。私が私だからか。ちぇー。ま、親友でいて貰えるだけありがたいし、一生隣にいられるから別にいいけどさ。 「第一、俺と恭子さんが釣り合うわけもないし」  そうか? 恭子を見る目にプラスの補正がかかり過ぎてはいないかね。勿論、滅茶苦茶いい奴なのは認める。だが、酔っ払って私の家のトイレでゲロを吐き、別の日は泥酔した挙句夜中の二時に家に押しかけて、またある時は朝まで飲んだ挙句咲ちゃんと私へ泣き付いて、つい先日は酔い潰れて婚約者のいる男にもたれかかって爆睡した上におんぶして家まで連れて来て貰っていた。学生時代は興味のあることへ見境なく突撃をしていたな。やれテレビに出るだの、寂れたお城のナイト・ツアーに参加したいだの、随分自由に振舞っていた。こっちが割を食うのはしょっちゅうで、でもそんな風にあいつに振り回されるのがたまらなく楽しかった。  ……ふふ、そうだな。君の言う通り、素敵な人間だよ。恭子はさ。自慢の親友だ。 「だったら初めから告白はしません」 「……そうか」  折角両想いだってのに、勿体無いなぁ。綿貫君よ、六年前の私が今の君の台詞を聞いたら速攻で股間を蹴り上げたに違いないぜ。贅沢言ってんじゃねぇ、私はフラれたんだぞ、ってね。 「はい。それに、俺が恭子さんにフラれたら七人の仲がぎくしゃくするじゃないですか。そんなの、絶対に嫌なんです。だったら俺が口を噤めばいい。そう、決めました」  気を遣う人間だねぇ、君は。でもまあわかるよ。折角出会えた、貴重な仲良し七人組だ。自分が見込みの薄い恋をしたせいで皆がバラバラになるのは嫌だって気持ちもわかる。だから、偉いぞ、と親指を立てて微笑み掛けた。  本当は、爆笑したいのを堪えたんだけど、ついつい笑みが滲んでしまっただけなのだが。だって両想いなんだもの。気を遣う必要も、怯えも、迷いも、何一つ必要無い。知らぬは当人二人だけ。どっちからでもいい。はよ告白しろ。そして付き合え。七人中、六人がカップルになればいい。そうしたら年末の旅行に私はこっそり大量の花火を持ち込もう。そんでもって私以外の全員にひたすら火薬を撃ち込んでやる。どいつもこいつも幸せになりやがれって高笑いしながらな。残された独り者の祝砲を存分にぶち込んでやるぜ。
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