サプライズの記憶ともぎ取った一勝。(視点:葵)

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サプライズの記憶ともぎ取った一勝。(視点:葵)

 わちゃわちゃとやり取りをしながら小走りでモールを進む。運動神経の壊滅している私でも付いて行けるくらいの速度を綿貫君はキープしてくれた。こういうところも気は遣えるんだよな。声はデカいけど。おい、とやや呼吸を乱しながら呼び掛ける。 「どうするよ。目星はついたか」 「全然駄目です!」 「じゃあ何処へ向かっているんだ」 「ウィンドウショッピング! これでも通り過ぎる店を覗き込んでいるんですよ!」  本当か? そんな風には見えないが。 「ピンと来たら入店するのか」 「そのつもりですが全然引きがありません!」 「よし、止まれ」  彼の上着を掴んでその場にとどまる。 「何をしているのですか葵さん、悠長な! 時間、ありませんよ!」  深呼吸を一つする。スロージョギング以下のスピードとは言え普段運動しないものだからやっぱり息は乱れるのだ。ふう。 「いいか。ある程度絞り込めていたら目当ての店でピンと来るだろう。だが何も決めずに駆け抜けては……」 「いいから早く決めないと!」  聞けよ、人の話。 「時間が無いの、わかっています!?」 「だから候補を……」 「足で稼がないと! ほら、行きますよ!」  取り敢えず一発肩パンを入れる。何すか! と唇を尖らせた。 「暴力反対!」 「聞く耳を持て。何を買うかある程度決めろ。酒? 食べ物? お菓子? アクセ? それとも雑貨? 或いはぬいぐるみ?」 「ぬいぐるみ!? 可愛いですね! 恭子さんが好きなキャラとかいますか!?」 「いない」 「じゃあ何で提案したの!?」 「わからん」  もう! と綿貫君が地団太を踏む。とにかくだ、と私はもう一度大きく息を吐いた。 「四の五の言ってられん。今日、決めないのならそれでも構わない。プレゼントの選び方はわかったんだろ。自分でゆっくり探してもいいんだ」 「それじゃあ葵さんに来て貰った意味がありません! 今日、決めます!」  どんだけ真面目なのさ。 「いいよ。私の前で恭子へのプレゼントを選ぶことが目標、ではないだろう。君の相談相手になるため、私は今日此処へ来た。靴下屋さんで目的は果たせた。その時点で私の役目は終わったのさ」 「でも!」 「むしろこんなに大慌てで選ぶのはやめよう。焦って決めて、後から違ったかも、なんて迷うのは金も時間も勿体無い。どちらも有限なのだぜ。切羽詰まっているわけでもないのだから、落ち着いて使いなさい」  な、と微笑み掛ける。しばしの間、唸っていた綿貫君だが腕時計を確認すると肩を落とした。わかりました、としょぼくれた声が耳に届く。 「すみません、葵さん。今日、決めるのは諦めます。別の日に付き合わせるのも悪いので、あとは自分で頑張ってみます」 「おう。恭子をいっぱい思い描いで、あいつが喜ぶ物をあげろよ」  一番喜ぶのは、君から好きって言われることなんだけどね。教えるわけにはいかねぇもんなぁ。 「ちなみに葵さんなら何をあげます?」 「そいつは君へのヒントになる。内緒だな」  そういや今年もプレゼント交換をやろうって騒いでいたな。予算額、アップするのかね。 「やっぱ駄目か」 「ちゃっかり当て込むなよ」  その時、またしても館内放送が入った。どこの店でも流れる閉店の音楽がスピーカーから響き渡る。 「まっ、当日までに頑張れよ。私の助言が役に立つことを草葉の陰から祈っているぜ」 「そんな、縁起でもない」  しょうがない。私の恋は全部破れたのだから。恭子を幸せにしてやってくれよ綿貫君。そいつは私に出来ないけど、君には叶えられるのだ。頼んだぞ、と背中を叩く。 「何を?」 「諸々」  はあ、と首を傾げた。ふふん、乙女には秘密が多いのさ。  駅までの道をのんびりと歩く。飯食っていくかと誘うと、いいですね、と親指を立てた。 「居酒屋? ファミレス?」 「軽く飲んで行きましょうよ」 「私を酔わせてどうする気?」 「どうもしません! あっ、でも疑似浮気になっちゃっているんだった! 恭子さんに報告しなきゃ!」  またしてもスマホを取り出した。あのなぁ、と今度はこっちまでヒートアップしないよう、意識的に低い調子で話すよう心掛ける。 「さっきも言ったじゃんか。疑似彼氏も疑似彼女もただの友達。君は疑似浮気をしているのではなく、恭子や私という友達と買い物や飯に行くだけだ。わざわざ浮気という括りに当て嵌める必要は無い」 「いやでも不誠実じゃないですか?」 「恭子も困ると思うぞ。疑似デートに誘った覚えはあるけど疑似浮気なんて知ったこっちゃないって」  まああいつに知らせたくないのは私に対して全力で嫉妬するのが目に見えているからなのだが。面倒臭い。私が綿貫君に手を出すわけないってわかっているくせにいじけるんだもん。可愛い、とは思わない。咲ちゃんが同じように嫉妬の炎へ身を焦がしていたら、愛い奴、とよしよししてあげるが、恭子はただただ面倒臭い。親友か後輩かの違いかね。ふむ、不思議だな。距離感としては恭子の方が近いのに、嫉妬に関してはかったるいと感じるのは何故なのか。人間関係は奥が深いな。或いは咲ちゃんが可愛すぎるだけか? 「そうかなぁ。ちゃんと報告して謝った方がいいと俺は思うけどなぁ」  綿貫君の戸惑った台詞で我に返る。それにだな、と私は人差し指を突き付けた。 「何て説明するんだよ。私とモールへ来ているって馬鹿正直に教えるのか?」 「当たり前じゃないですか。恭子さんへのクリスマスプレゼントを選びたかったけど全然決められないから葵さんに助けていただきました。でも結果的に疑似浮気になってしまいました。誠に申し訳ございません。と、お伝えするつもりです」  わざとらしく、深々と溜息を吐く。今度は何ですか、と割と情けない声を上げた。叫ばれるよりはよっぽどいい。 「あのなぁ。当日まで内緒にしておいた方がいいに決まっているだろ」 「疑似浮気をですか? 疑似デートの日に、実は先日葵さんと……って切り出せと?」  アホか! 「完全に気まずい空気になると思いますけど」 「そっちじゃねぇよ! プレゼントの話!」 「プレゼント?」  何でピンと来てないんだよ! おまけにデート当日に疑似浮気の報告をする奴があるか! 「サプライズで渡した方が盛り上がるに決まっているじゃんか」  その言葉に、えぇ~、と露骨に嫌悪感を示した。 「何だよその反応は」 「俺、サプライズ、好きじゃありません。上手くいった試しが無い」 「仕掛けた経験、あるのか」  今度は彼が深々と溜息を吐いた。好ましくない過去があるらしい。わくわくするね。 「高校時代の思い出です。田中の誕生日に、サプライズでおめでとうを伝えに橋本と二人でクラッカーとプレゼントを持って家を訪れました。当然、驚かせたいのであいつの部屋へノックをしないで突撃しました。見てはいけない光景を見てしまいました」 「自家発電中だったか」 「葵さんがはっきり言わないで下さいよ……」  うむ。複雑な心境だ。 「橋本に仕掛けた時は、あいつの姉ちゃんにも協力して貰って同じような事故が起こらないように気を付けました。姉ちゃんにノックをして貰い、部屋から出て来た橋本へクラッカーを撃ち込みプレゼントを渡す。ところが当日、橋本は腹の調子が悪かったらしくてクラッカーの音にびっくりしたあいつはズボンとパンツを洗う羽目になりました」 「大を漏らしたんかい……」 「だから何ではっきり言うんですか……」 「君がわざわざ腹痛という情報をくれたんじゃないか」 「まあそうですけど」  しかし下半身に関する失敗ばかりだな。 「あと、三人で暮らしていた大学時代、俺の誕生日にサプライズバーティを開いてくれたこともありました。バイトから帰ったら、田中、橋本、高橋さん、咲ちゃんの四人が酒や食べ物の準備をしてくれていて、とても嬉しかったです。結果、騒ぎすぎて隣家のおばさんが怒鳴り込んできました。怖かったです」 「サプライズ、関係無いじゃん」 「ちなみに課題の提出締め切りが翌々日に迫っていたのですが、パーティの翌日は二日酔いで日中ダウンしていたため、夜中まで頑張る羽目になりました」 「自業自得もいいところだ」 「とにかく、サプライズって単語を聞くと嫌な感情が湧き上がるのです。碌なものじゃなかったなって」  まあ親友の性事情を目の当たりにしたり、眼前で漏らされたり、自分も結果的にではあるが苦労したらそういう捉え方にもなるのかね。 「まあ体調やタイミングが最悪だっただけで、そんなに悪いもんじゃないって。それにほら、今回はプレゼントを渡すだけ。むしろ今更ながら確認だが、恭子とプレゼントを交換しようって約束はしているのか?」  いえ、と首を横に振った。よしよし。 「じゃあ尚更、用意しているとは教えるな。クリスマス・デートとはいえ疑似体験には違いない。どこまで本番に近付けるかは当然はっきりとはしていない。そうするとだ、プレゼントをあげるかどうか、明言しない限りグレーゾーンになるのだよ。くれるのかな。くれないのかな。どっちかな。そんな風にやきもきしつつ、だけど自分から切り出すのは厚かましいじゃんか。そして迎えた当日、夕飯を食べて酒も飲んで、楽しくなったところでプレゼントをどうぞ! と取り出す。やった! 準備してくれたんだ! 私のためを思ってくれたのね! 流石綿貫君、紳士! とまあ、こんな風に恭子は捉えると思うぜ」 「口調の再現、完璧じゃないですか!」  どこに感心しているんだよ。 「どうも。で、わかったか? プレゼントはサプライズにした方がいい理由は」 「よくわかりません」 「何でだよ!」  全部説明しただろうが!! 「でも内緒にした方がいいということは伝わりました」 「そういうこっちゃ。だから今日、私とモールへ来ているとも教えるな」  途端に顔を顰めた。百面相め。 「だけど疑似浮気はやっぱり寝覚めが良くないなぁ……」  仕方ない。力技で治めるとするか。 「恭子、むしろ嫌かもな。疑似浮気なんて言われたら」 「当たり前じゃないですか。自分が疑似彼女なのに葵さんと……」 「じゃなくて、別に付き合ってもいない綿貫君から、葵さんと出掛けちゃいました! 疑似とはいえ浮気です! なんて報告されても、だから何? 私は彼女じゃないですけど? むしろ厚かましくない? とか思われちゃうかもね~」  悪いな綿貫君。君を傷付けるとわかってはいる。だがこれ以上、面倒な思考には付き合い切れない。  案の定、付き合っていないくせに、と言われた綿貫君は思いっ切り下を向いた。そして消え入りそうな声で、仰る通りです、と返した。 「わかったらよろしい! さあ、酒を飲みに行こうぜ。本日の疑似浮気、もう少しお付き合い下せぇ」 「葵さんは話をどういう方向へ進めたいのですか……」  わはは、と笑って胡麻化す。それ以上、追及はされなかった。ようやく私の一勝ってとこかな!
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