日曜日の泥酔に対するお詫びの会。(視点:恭子)

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日曜日の泥酔に対するお詫びの会。(視点:恭子)

 ~一方その頃、別の店にて~  午後八時半。咲ちゃんと田中君が連れ立って現れた。反射的に席を立ち、勢いよく頭を下げる。 「先日は本当にすみませんでしたぁっ!」  床を見詰めながら二人に謝る。うう、顔が上げられない。特に咲ちゃんに申し訳ない! 「ちょっと恭子さん、注目が集まるからやめて下さいよ」 「そうです、何事かと思われてしまうので取り敢えずお席に着いて下さい」 「でもけじめは大事よ! ごめんなさい!」  謝罪を繰り返す! 何故なら罪悪感が半端じゃないから! まあまあ、と背中を擦られた。視界に入ったのは小さなパンプス。咲ちゃんがすぐ傍にいるみたい。 「とにかく座って下さいな。私、お腹が空いてしまいました」 「俺も~。恭子さんも酒、飲みたいんじゃないですか」  ちょっと、と体勢を戻し田中君に人差し指を突き付ける。 「こないだ酔い潰れて君に送り届けて貰っておいて、早く飲みたーい、なんて口にする程私の面の皮は厚くないわよ!」 「何で謝られた直後に怒られなきゃならんのですか」 「……確かに」  ついカッとなってやり返しちゃった。いけないわね。 「そんでもって口にしないだけで飲みたいとは思っているんでしょ」  黙って顎を引く。当たりですね、と咲ちゃんが私の肩に手を置いた。 「……気持ちに嘘は吐けないわ」 「素直で良いと思います。だけど潰れてはいけません。お体のためにも、周囲のためにも、何より恭子さんの安全のためにも」 「俺に手ぇ出されたらどうするつもりだったんですか」 「出さないでよ! あんた、咲ちゃんがいるじゃないの!?」 「出さないですよ!」 「本当に!? 葵には告白したくせに!」 「俺だって自覚してます! 信用ならない男になったのですよ! そんな奴に身を預けないで!」 「確かに!」  はいはい、と咲ちゃんが私を椅子に座らせた。むむ、前までのこの子だったらおろおろしていたでしょうに、結構たくましくなったのね。 「お二人とも、目的のよくわからない言い合いはその辺で終わりにして下さい。私はウーロン杯といかそうめんを希望します。田中君、注文をお願い」  あいよ、と彼はタッチパネルを手に持った。どうぞ、と咲ちゃんがメニュー表を渡してくれる。 「恭子さんはメガレモンサワーとタコの刺身ですよね」 「潰れてごめんなさい、の会なのにメガを頼むと思う……?」 「潰れなければ飲んで貰っていいですよ」 「つくづく生意気になったわね……」 「今日は強気に出られますからねー」  田中君をもう一度指差し、可愛くない、と咲ちゃんに訴える。知っております、と静かに頷いた。 「恭子さん、彼があまりに舐めた態度を取ったら先日の件はお気になさらず遠慮なく殴って下さい」 「え、ちょっと咲。今日はちょっとくらい無礼講でも良くない?」  目を丸くした田中君に対し、駄目に決まっているでしょう、と静かに、だけどドスの効いた声で咲ちゃんが応じた。捻くれ者が首を竦める。 「君はすぐに調子に乗る。そして心無い言葉を相手に浴びせる。私と何度喧嘩をした? 葵さんに君は何を言った? 思い返して御覧なさい。そしてその度に反省を述べるけど、また同じことを繰り返すよね。私も人にとやかく言える人間ではありません。だから一緒に気を付けようと約束したでしょう。それなのに、今日くらいいいじゃん、とは絶対にしてはいけない発言ですよ。今、君に掛けたい言葉は、喉元過ぎれば熱さを忘れる、だね」  淡々と、サクのマグロを切り落とすみたいに、咲ちゃんは田中君へ切れ切れの言葉をかけ続けた。容赦ないわね。流石、婚約者。信頼関係ありきの評価だわ。心が八つ裂きにされた田中君は、すみませんでした、とか細く謝った。 「まったくもう、気を付けてね」 「そうよそうよ!」  乗っかると、恭子さんもですよ、と速攻で釘を刺された。 「日曜日に酔い潰れた事実は変わらないのですから」  ぐっ、と胸を押さえる。その通りだ。すみませんでした、と私も咲ちゃんに謝る。困った方々です、と胸を逸らした。ぐうの音も出ないわ……。  程無くして飲み物と枝豆が届いた。それぞれ、ジョッキを握り締める。 「じゃあお疲れ様でした」  田中君のダウナーな音頭で乾杯をした。なんだかんだ言いながら、やっぱりお酒は美味しいわね! 最高! 「ちなみに恭子さん、月曜日は無事に仕事へ行けたので?」  その問いに、大変だったわよ、と頬杖をつく。 「六時に起きたけど頭は痛いしアルコールは抜けていないし、おかげで熱っぽい上に目まで回る感じがしたし」 「どんだけ飲んだんですか……」 「君が一番よく知っているじゃないの」 「そういう話ではありませんよ……」  呆れる田中君に、それでもね、と身を乗り出す。 「行ったわよ、仕事。大人だから」 「偉いですね」 「当たり前ですよ」  咲ちゃんと田中君はそれぞれ真逆の評価を下した。あいつ嫌い、と再び咲ちゃんに訴える。 「そう仰らないで下さい。私の未来の旦那様をこれからもよろしくお願い致します」 「はいはい、わかっているわよ」  何となく咲ちゃんの頭を撫でる。んふふ、と穏やかな笑顔を浮かべた。うーん、癒される。葵がチューしていい? と訊く気持ちもわからんでもないわ。 「嫌いなら呼ばないで下さい」  一方こっちは本当にひねくれているわね。葵が惹かれた気持ち、欠片もわからないわ。 「本当に嫌っているわけじゃないわよ」 「わかっていますよー」 「面倒臭い男ね」 「そんな奴に送り届けて貰うなんて、先輩も焼きが回りましたなぁ」 「きーっ、ムカつく! でも事実だから言い返せない!」  ちなみに、と咲ちゃんがスマホを取り出した。そっと私へ画面を見せる。うっ、その写真は! 「さ、咲ちゃん。あの、私にこれを示す意図を、伺わせていただいてもよろしいでしょうか……?」  緊張で途中から敬語に変わってしまった。だって私が田中君にもたれて熟睡している一枚なんだもの! 「お二方、こんなに仲良しなのですから喧嘩はやめて下さいな」 「いや気まずい! どうして咲ちゃん、ニコニコしていられるわけ!? 私、貴女に引っ叩かれてもおかしくない立場なんだけど!」  田中君は画面を覗き込み、唇を噛んだ。だんまりを決め込んだみたい! そりゃそうか、下手な発言をすればまた咲ちゃんに怒られるもんね! 「だって恭子さんがお酒を飲み過ぎて駄目になるとよく知っておりますもの。そして田中君が何を考えているかはともかくとして、寝ている女性に手を出すような人ではないと信じていますから」  そして、本心はわからないですけど、とわざわざ付け足した。うーん、やっぱり葵との一件は根に持っているのね。当たり前か。一方、寝ている人間にお手付きはしないと信じている、と。うん、信頼のある部分と無い部分の評価がそれこそ真逆ね。そういう割り切り方をしているから結婚も出来るのかしら。 「それに、恭子さんが酔い潰れるのは私達と一緒にいる時だけだと伺っております。他の席ではちゃんとしている、と。巨乳好きの田中君が二人きりの時に酔い潰れられておんぶをしながら帰った時に何を考えていたのかは一旦置いておくとして、そういう信頼、信じて貰えている関係性、私はとっても嬉しいです」 「俺の好みを無理矢理ねじ込まないでよ……」 「恭子さん、スタイルいいもんね」 「何で介抱した俺がつつかれなきゃならんのじゃ……」 「面白いから」 「ひどい……」  じゃれ合う二人に、ちょっと、と慌てて割って入る。 「私が他所では潰れないって、どうして知っているの?」 「葵さんがそう仰っていましたよ」 「私達にだけ甘えているんだぜーって」 「田中君、葵さんの口真似が上手だね」 「…………気のせいだよ」 「似た者同士だものね」 「咲、実は機嫌が悪いの?」 「むしろご機嫌だよ」 「いい性格になったじゃん」 「君とずっと一緒にいるからかなぁ? うふふ」  待って、ともう一度割って入る。隙あらば二人だけでやり取りを進めるんだから! 「葵、いつあなた達に教えたの? 日曜日?」 「そうですよ」 「そもそも葵さんが出迎えてくれたの、知っていますか?」  今度は私が唇を噛む番だ。葵が出迎えてくれた、ですって? 「……知らない」 「化粧を落としてくれたのも、吐しゃ物を喉に詰まらせないか心配してくれたのも、ソファで眠る恭子さんに毛布を掛けてあげたのも、全部葵さんですよ」 「……あの子、そんなことは一言も言わなかったけど」  ええと、と田中君が腕組みをした。隣の席から咲ちゃんが私を見上げる。 「ちょっと、諸々お話を整理する必要があるかも知れませんね。事情がわからないと恭子さんのごめんなさいにも説得力が出ませんし」  ぐはぁっ、今の一言は効いた! 「そうよね! 何があったか覚えていないのにごめんなさいもクソも無いわよね!」 「口、悪くなっていますよ。クソとか言ったら駄目でしょ」 「うっさい田中! 私がどれだけの申し訳なさに襲われているかわかっているの!? 勢いよく謝っておいて、全然覚えてないんだけど、葵もいたなんて知らないわ、なんてどんだけ薄っぺらい謝罪なのよ! 我ながらひどすぎるわ!」  そうですね、とひねくれ者はしれっとした顔でビールを口に運んだ。まあまあ、と咲ちゃんが私の背中をさすってくれる。……葵だったら下着を新調したかどうか当てるわね。あの特技、怖い。 「今日は恭子さんが、日曜日に迷惑を掛けたお詫びの会です。だからごめんなさいと謝ってくれました。私は恭子さんのお酒の飲み方をよく知っていますし、一部を除いて田中君を信用しているので怒ってはおりません。田中君も、背中がいい思いをしたから気にしていないのでしょう?」 「あ、コラ咲。葵さんの台詞を借りないでよ」 「恭子さんをおんぶして帰って来たんだものね」 「ノーコメント!」  本当にこいつ、スケベね。彼女に向かって、別の人の体を堪能したって自白するなんて本当にどういう性格なのかしら。まあ咲ちゃんが振った話ではあるけど。 ともかく、と咲ちゃんが手を合わせた。 「私と田中君は構わないのですが、恭子さんのお気持ちが落ち着かないかと思います。ですが、先程もお伝えした通り、記憶が無いのであれば謝罪の重みも出て来ません。記憶が無くてごめんなさい、は受け取れます。或いは、それだけで恭子さんは満足ですか?」  いいえ、と首を横に振る。 「私が何をしたのか、教えて頂戴。その上で、更にやらかしていることが判明したら改めて謝らせて貰うわ」  ですよねと咲ちゃんが目を細める。 「恭子さん、真面目ですもの。何があったか知りたいでしょう」 「だったら酔い潰れないで下さいよ」  ぐっ、嫌味なくせに正論だわ。 「……お酒、好きなんだもん」 「飲み過ぎ」 「……悪かったわよ」  しかし、駄目だよ田中君、と意外にも咲ちゃんが彼を宥めた。どう考えても今、駄目なのは私の方だと思うけど。 「恭子さんは甘えているのです。きっと普段、しっかりしているから私達の前では気を抜くのでしょう。可愛いじゃないですか。飲み過ぎは擁護出来ませんが。節度を以ってお酒を嗜んで欲しいですが。決して記憶を無くしていることを擁護しているわけではありませんが。隙を見せてくれているのは嬉しくない?」 「そりゃそうだけど」 「だから、あまり釘を刺し過ぎては可哀想です。息抜きが出来なくなってしまいます」 「咲は甘いなぁ」  二人のやり取りの傍らで私は顔が熱くなるのを感じていた。甘いですって!? 咲ちゃんの方がぐっさぐっさ釘を刺しに来ているじゃないのよさ! 駄目な部分をちゃんと全部注意されて、その上で肯定されても気まずさしか残らないわよ! 流石に堪えた! 咲ちゃん、なんて恐ろしい子! お説教として完璧だわ! 参りましたー!!
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