咲、ド正論で恭子をぶった切る。(視点:田中)

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咲、ド正論で恭子をぶった切る。(視点:田中)

「結局、潰れてからは全然起きませんでした。ご自宅までは俺がタクシーで同行し、先回りした葵さんと咲が出迎えてくれました。葵さんが恭子さんの化粧を落として、放置して帰っても大丈夫そうだと判断したのが二十二時半頃です。解散して、各々帰宅しました。以上です」  俺の説明を聞き終わった恭子さんは俯いていたが、ゆっくりと頭を抱えた。やらかしたぁ、と小さな声が聞こえる。 「いつも通りだと思いますが」  俺の嫌味に、あかんやろぉ……とか細く応じる。何で関西弁? しかし急に背筋を伸ばし、手を膝に乗せた。そうして恭子さんの隣に座る咲に向かい、深々と頭を下げた。 「ごめんなさい、咲ちゃん。さぞ、面白く無かったわよね」  咲はじっと恭子さんの頭頂部を見詰めていたけど、お気になさらず、と表情を和らげた。 「何度も言いますが、恭子さんがお酒を飲むとどうなるかはよく存じております。ね、田中君」  同意を求められ、うん、と頷いた。いやいや、と恭子さんが勢いよく顔を上げる。 「怒ってよ! 叱ってよ!」 「既に遠回し気味の忠告はしました。それで十分かなぁ、と」 「あぁ、肯定風に否定していたね。え、恭子さん、まさか伝わっていなかったとか?」 「伝わった上で、もっと叱ってってお願いしているの!」  若干、いかがわしい台詞に聞こえてしまった俺の心は汚れている。 「いいえ、叱りません」 「何で! 咲ちゃんの田中君にもたれて爆睡した挙句、家まで運んで貰っちゃったのよ!?」 「だって注意して恭子さんが楽しくお酒を飲めなくなってしまったら可哀想ですもの」 「この期に及んで私に気を遣ってくれているの!? 咲ちゃん、貴女は人が好過ぎる!」  恭子さんはそう言い放ち、咲の両肩を掴んで揺さぶった。もっと怒っていいのよ! と至近距離で叫んでいる。えぇ~、と咲はされるがまま。俺はその様子を何となく動画に収めた。後で葵さんに共有しようっと。 「やらかした私が言うのもなんだけど、嫌なら嫌って怒りなさい! 田中君に別の女が引っ付いていたら嫌でしょう!?」 「酔い潰れた恭子さんならしょうがないですよ」 「諦めないで! 同じ轍を私が踏まないように、今、此処で叱って!」  自分で反省しなさいよ。 「えぇ~」 「どうしてそんなに関心が無いの!? 私だったら、もし葵が酔い潰れて綿貫君にもたれかかっている場面に遭遇したらヘッドロックを決めてやるわよ!?」 「葵さんはそんな酔い方をしないから大丈夫です」 「そんなのわかんないじゃない!」 「恭子さんだけですよ、隙を晒して飲みまくっているのは。私はそれが嬉しいのです。信頼の証ですね」 「そうなんだけど、そうじゃなくて! どうすれば伝わるのかしら!?」  多分、いくら迫っても無駄だと思う。咲はそう簡単に自分の意見を曲げたりしない。恭子さんはしょうがないですね、と受け入れたら全然気にしない。いや、内心では面白く無いとも感じている。だから言動の端々に棘が付いている。しれっとしっかり釘を刺す。だけど、別にいいですよ、というスタンスは崩さない。何度も喧嘩をした俺はよくわかっている。  まあまあ、と二人の間に割って入った。録画は一旦停止する。 「次からは気を付けて下さいよ、恭子さん」 「気を付けるけど、今回既にやらかしたのよ!? ちゃんと叱って落とし前を付けて貰わなきゃ!」  真面目か。 「咲が別にいいって言っているのですし、一件落着で話は終わりにしましょうよ」 「嫌!」  面倒臭いなぁ。咲を見ると、ぼーっと恭子さんを眺めていた。しかし、あの、と不意に口を開いた。再び動画の撮影を開始する。 「そこまで仰るのであれば、注意を一つ致しましょう。それでこのお話は終わりにして下さい。今後の予定を聞く方が楽しいだろうなと思っているので」 「注意!? いいわよ! いくらでもして頂戴!」  では、と咲が咳払いをする。恭子さんは顎を引いた。 「恭子さんが綿貫君を本気で好きなのでしたら、他の男の子に今回のような真似をしてはいけませんよ」  うわっ、と思わず声を上げてしまった。あまりに鋭いド正論だ。咲、やるなぁ! 恭子さんを確認すると、目を見開いていた。徐々に息が荒くなる。そうして右手で胸を押さえた。ズームしてその様を撮影する。葵さんにまたからかわれそうだ。 「この注意は恭子さんへ本格的なダメージを与えてしまうとわかっていたので黙っていたのですが、求められたのでお伝えしました」  そうだね。 「確かに、綿貫を好き! って公言して、デートプランの組み立てやプレゼント選びの相談に周りを巻き込んでおいて、その実本人は酔い潰れて俺にもたれて寝ちゃったりおんぶして連れ帰って貰ったりしていたら完全に駄目だよね」 「まあ、皆も恭子さんのお酒の飲み方は知っているから溜息を吐くだけで済むだろうけど」 「ただ、肝心の綿貫に知られたらあいつは目を剥きそうだな。田中には咲ちゃんがいるのに恭子さんは何をやっているのですか! って」 「心配もしそうだけどね。恭子さんは素敵な方です、だから危ない目にも遭うでしょう。もっと自分を大切にして下さい! とか言いそうじゃない?」 「言いそうだなー。友達とはいえ男相手に無防備すぎる! ってそれこそ叱りそう」 「ね。綿貫君、優しいからね」 「恭子さん、そんなあいつに惚れたんでしょ。だったらあいつにしか隙を見せないで下さい」 「田中君に寄っかかって寝ちゃった人から、綿貫君、貴方が好きです! って言われたとしても首を捻られてしまいますよ。田中に寄っかかって寝てたやん、実はあっちが本命だけど彼女がいるから妥協して俺の方に来たのかな? なんて勘ぐられかねません」 「ありそうだわー。そうなるとこっちも巻き込まれるから嫌だわー」 「わかりましたか? 恭子さん。これで少しはお酒を控えるようにして下さい」 「頼みますよ、先輩」 「あ、でも綿貫君がいる時には思いっ切り飲んでもいいかも知れません」 「そうか、あいつに寄っかかって寝ちゃえばいいんだもんね」 「きっと彼は困ってしまうでしょうけれど、別の男の子に寄り掛かるよりはよっぽどマシかと」 「テンパるだろうなー、綿貫。女性との物理的接触なんてしたことないから」 「でも肉体から恋が始まるのは私、あんまり好きじゃないかも」 「いやぁ、お互いの内面や性格はこの二年で知り尽くしているんじゃない?」 「そうかなぁ? 私、未だに皆の知らない一面を見掛けるよ」 「例えば?」 「恭子さんが眠りを邪魔すると激怒するの、知らなかった」 「確かに!」 「あとね、葵さんと橋本君があんなに悪い方向へ気が合うのも初めて知ったよ」 「咲、からかわれたんだっけ」 「うん。二人、ひどいの」 「人をからかうためなら爆発的にIQが上がるような二人だからなぁ」 「結局、葵さんも橋本君にからかわれていたけどね」 「そういや橋本が高橋さんと別れたことを誰にも言わなかったのも意外だった。まさか半年も秘密にするとは、薄情者め」 「親友なのにわからない一面があったのだから、相手の知らないところなんてまだまだたくさん出て来るよ」 「そりゃそうだ。お互いを完璧に理解出来るなんて有り得ない」 「関係性に絶対は無いしね。私と田中君だって喧嘩しちゃうし」 「これからはもっと仲良くしようね」 「うん」 「だから恭子さん、必ず安定している関係なんて無いのですよ。ましてや恋愛なんてどう転ぶかもわからないものです。それなのに俺に寄っかかるような真似をするなんて、自殺行為にも程があります」 「自殺とまではいかなくても、少なくとも心象がプラスになることは有り得ません。恭子さんには楽しく、伸び伸びとお酒を楽しんでいただきたいのはやまやまですが。今は大事な時期ですよ。もうちょっとの辛抱です。クリスマス・デートで告白するつもりだと聞いております。あと一か月、私達の前でも潰れないで下さい!」 「ファイトですよ、アル中」 「コラ! 先輩に失礼な言葉を掛けないの!」 「葵さんの受け売りだよ」 「田中君」 「ごめん」  俺達に散々責め立てられた恭子さんは、しばらく黙り込んでいたけど。 「……本当に、気を付けます……」  かつてない程、弱り切った調子で言葉を零した。 「頑張って下さい」  縮こまった肩に咲が腕を回す。抱き締められた恭子さんは、ごめぇん、と半泣きで謝った。この上なく実感の籠った反省に聞こえた。やれやれ。  そして、俺はと言えばスマホに収めた二本の動画を葵さん宛に送信した。結構長尺になっちゃったから返事が来るまでには時間が掛かるかも。なんて思っていたらすぐに既読がついた。何だこの動画は、と続けてメッセージが飛んできた。暇なのか? 咲と恭子さんを確認すると、まだくっついていた。今なら葵さんとやり取りをしても問題無かろう。 『咲が恭子さんを正論でぶっ刺した現場です』 『どういうこっちゃ』 『今日は三人で飲んでいるのです。日曜日のお詫びをしたいと恭子さんから誘われたので』 『成程』 『詳細は動画をご確認いただきたいのですが、綿貫を好きなのに他の男へもたれかかって寝たりしたら駄目ですよ、と咲がズバッと指摘しました』 『うむ。よく言った』 『心の底から反省すると、人間、声が小さくなるのですね。初めて知りました』 『その様子を動画に収めて私へ送り付けるなんて、君は相変わらずいい性格をしているな』 『そうだ、葵さんってば自分も日曜日に恭子さんを介抱したって教えていないのですね?』 『いちいち恩を売らねぇよ。キリが無いし』 『恭子さん、驚いていましたよ。葵もいたの? って』 『まあ爆睡していたし気付いていない方がむしろ自然だ』 『俺だったら言うけどなぁ。面倒、見てやったんだぞってさ』 『言っただろ、キリが無い。泥酔した恭子の相手なんざわざわざ報告も指摘もしない。何故ならあいつの飲み方が破滅的なのを改善させるのは諦めたから』 『ただ、これからクリスマスまでは大人しくなると思いますよ』 『綿貫君へ告白するまではやらかさないって決めたからか』 『その通り。流石ですね』 『その綿貫君と私は今日、二人で飲んでいるのだよ』  は? 『マジっすか。インターセプトですか』 『馬鹿野郎。君が言うな。違うし』 『わかっていますよ。何か相談を持ち掛けられたのでしょう』 『クリスマスプレゼントの選び方がわからないから助けてくれって頼まれた』  ん? 『あれ? 恭子さんから綿貫にあげるプレゼントも……』 『私が携わったな。橋本君と佳奈ちゃん、咲ちゃんにも手伝って貰ったが』  吹き出しそうになるのを、唇を噛んでかろうじて堪える。 『どっちのプレゼントも葵さんが関わっているのですか』 『そうだ。どういう因果だ』 『めっちゃ面白いですね』 『うん。爆笑したい気分だよ』 『あれ、そっちはもう解散したのですか?』 『いや、飲み屋に来ているのだが綿貫君がトイレに行ってしまってね。お腹が痛いと言っていたから時間が掛かりそうだ。逆に戻ってきたらすぐに解散かもなぁ』 『相変わらず、タイミングの悪い奴』 『ところで君、誕生日に綿貫君と橋本君に自家発電を見られた経験があるんだって?』  げっ! 葵さんから指摘されたくなかったなぁ!? 『綿貫から聞いたのですか?』 『サプライズには碌な思い出が無いって教えてくれたよ』 『あの野郎!』 『橋本君は誕生日に大を漏らしたのそうだな』 『綿貫ぃ! 口、軽すぎ!』 『お、その当人がトイレから戻って来た。じゃあな。動画、後で確認するよ』 『文字通り、クソ野郎って伝えておいて下さい!』  既読がつき、しかし返事は無かった。ふざけんなよ綿貫! よりによって葵さんに教えるんじゃない! まああいつは事情を知らないからしょうがないけど、いやでもわざわざ余計な情報を与えるんじゃないよ! 恥ずかしいのも勿論あるが、それ以上に。  あの人のからかいの手札がまた増えちゃったじゃないか。やれやれ……。
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