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今更発言を自覚したんかい。(視点:葵)
戻ってきた綿貫君が、失礼しました、と頭をかいた。
「別に構わんが、不調ならお開きにするか?」
「いや、大丈夫です」
本当かよ。十五分もトイレに籠っていたくせに。
「大惨事を起こされても困るぜ」
「ご心配無く! 俺、常にこのくらいの時間はかかりますから!」
君の排泄事情は別に知りたくなかったな。
「ただ、ちょっと緊張していたのかも知れませんね」
ん? また妙なことを言い出したな。いや、違う。そんなにおかしい話じゃないか。
「プレゼント選び、上手くいくかなって?」
「それも勿論あります」
「君は真面目だねぇ。そしてよっぽど恭子が好きなんだ」
私だって好意の熱量は負けていなかったと思いたいなぁ。うーむ、だがどっちかと言えば私はジメジメ、湿っぽい恋心を抱き続けていた気もする。なにせ最低二年、もしかしなくても薄っすら四年、引き摺ったのだから。我ながら、フラれておいてしつこすぎる。
「まあ、その、はい」
恭子を好き、とはっきり言われた綿貫君は赤面した。感情と表情が直結しているらしい。
「赤くなって、素直ですわね」
「そりゃあドストレートな言葉をぶつけられたら照れもしますよ」
……どの口が言う? 恭子、君のそういうところに相当振り回されているんだぜ? 前向きなわたわただから許すけど、あいつを傷付けたら私は親友として君に容赦しないからな。
「ただ、緊張の理由はそれだけではありません」
ん、まだ何かあるのか。
「葵さんと二人きりで行動したからですね」
……こいつは、こいつら三バカは。まったく、困ったバカどもだ。
「アホ。恭子が好きなら私なんてミジンコを相手にしていると思え。微塵も気にするんじゃないよ」
「ミジンコはこんなに綺麗で優しくありません」
ふむ、恭子がいつも翻弄されているやつが私にも牙を剝き始めたか。綿貫君は、本音を隠さず素直に口に出す。普通の人なら躊躇したり自粛したりする発言でもおかまいなし。だけど受け取りては慣れていない。故に戸惑う。何を考えているんだこいつは、って。そりゃそうだ、大体の人は思ったとしても言えないぜ。茶化すわけではなく、綺麗で優しい、なんてさ。それこそ橋本君くらい手練れのタラシでなければな。
気を付けろよ、と頬杖をついて彼を見詰める。
「私だから受け流すが、そんな台詞を吐かれたら勘違いする奴も出て来るぞ」
「勘違い?」
ぴんと来ないあたり、マジで思ったままを口にしているんだよなぁ。やれやれ、しかし平気でこんな発言をする割に綿貫君にはお相手がいた試しは無いんだっけ。こんなに素直な綿貫君が非モテで駄目人間の橋本君がもてはやされるとは、世の中って不思議なものだね。
「例えばさ、綿貫君ってば私を綺麗なんて言ってくれた! 気があるのかも! なんて思われかねないのだよ」
指摘すると、ふふん、と何故か誇らしげに胸を張った。おかしいだろ、その反応は。
「またまた、ご冗談を。俺は事実を述べただけです。勘違いする方に問題がある」
バカか? バカか。
「おいおい、心の底から、私を綺麗で優しい素敵なお姉さんだと評価してくれるのかい」
「そうです」
あっけらかんと答えるなっての。
「あのなぁ。君、恭子を好きなんだろ。それなのに他の女を口説くなよ」
「口説いておりませんよ、人聞きの悪い」
お前の方が失礼だろ。しかしそうなのだ、こやつが厄介なのは危なっかしい発言だって自覚が全く無いところなのだ。まったく、マジでよく今までトラブルに巻き込まれなかったな。あぁ、成程。自己評価が異様に低いから、勘違いして寄ってきた相手がいたとしても全然そんな目で見ようとしなかったのか。俺が誰かから好きになられるわけない、だったか。自己評価がゼロの私ですら、田中君に告白をされた時にはもし彼と一緒になれていれば、なんて考えたってのにこいつは少しもそういう発想には至らない。無い。有り得ない。自分が誰かに恋愛的な意味での好意を向けられるなんて絶対に起こるわけがない。頭からそんな風に決めつけている。だから、相手を勘違いさせる発言だって何の意識もしないで出来る。アホほど真っ直ぐ素直な心を持っているせいで口に出しているのもそうが、そもそも勘違いされるわけがない、だって俺だもの、と思考が働いているわけだ。故に自制が効かない。ブレーキがぶっ壊れているどころか、かける必要性を認識出来ない。だけどね、アホの子よ。
「いいか綿貫君。後学のために伝えておくが、絶対、決して、まかり間違っても、恭子の前で他の女性にそんな言葉を掛けるなよ」
嫉妬に燃えた恭子なら、本気で鉄拳制裁を入れかねん。綿貫君と、お相手さんにな。今日、あいつが此処にいなくて私も綿貫君も命拾いしたぜ。
「嫌だなぁ、葵さん。するわけないじゃないですか」
これまたあっさりと否定された。え、と思わず聞き返す。
「俺、恭子さんが好きなんですよ? 告白はしませんけど、好意を抱いております」
「うむ」
両想いなんだからとっとと告れや。
「それなのに、好きな人の前で別の方を褒めちぎるわけ無いじゃないですか」
「つまり、私を褒めている自覚はあるんだな?」
そう指摘すると、事実を述べただけです、とまたしても胸を張った。頭が痛くなってきた。身体的ではなく精神的な苦痛のせいで。
「事実を述べた、その言葉が褒めになっているってことになるだろ。だって君、今、別の奴を褒めたりしないって言ったよな」
無駄にややこしい話になってきた。
「……ん?」
案の定、綿貫君も首を捻る。こっちもこんがらがらないように必死なんだぞ。君も頑張って理解してくれ。
「整理するとだな。私は今、君から綺麗で優しいお姉さん、と言われた。これを私は誉め言葉だと受け取ったが、綿貫君は事実を述べただけだから別に褒めたわけじゃない、と否定をした。一方、そういう発言を恭子の前で別の女性にするなよ、と忠告したところ、恭子を好きなんだから目の前で違う相手を褒めちぎったりしない、とこれまた否定をした。つまり君は私に対する発言が誉め言葉であると認識している。何故君がわざわざ、事実を述べたまで、と言い張ったのかは全くわからんが、少なくとも君の無意識化では私へ誉め言葉を掛けたと思っているようだ」
ふんふん、と説明を聞き終えた綿貫君は、だからぁ、と笑顔で大口を開けた。しかし発言する前に固まった。面白いので写真を一枚撮る。これもボトルのラベル候補だな。人間、こんなに間の抜けた顔を出来るのかと感心すらしたくなる。
「……あれ?」
やっと気付いたか、自分の発言の意味と矛盾に。
「ええと。まず、俺は葵さんがお綺麗だと思います」
「ありがとう」
ツラがいい自覚はある。恭子ほどではないけどさ。
「そして、プレゼント選びにこうしてわざわざ仕事の後に付き合ってくれるくらい、面倒見が良くて優しい先輩だと思います。尊敬しますね」
「しなくて構わん。そんな大層な人間ではない」
上に見られるなんて面倒臭くてしょうがない。フラットでいいんだよ。そういや咲ちゃんも、同じ高さの目線で話をしたいって言っていたっけ。
「これ、褒め言葉ですね」
「そうだな」
「……だから?」
「恭子の前では私を褒めるなよ」
「……成、程?」
そのまま腕組みをして首を傾げた。さて、どんな思考が働いているのやら。或いは嚙み砕き切れていないのか? 面白いので悩む姿をぼけっと眺める。やがて彼は顔を上げた。
「妙にスッキリしないのですが、何故でしょう」
本当に鈍チンだな。
「相手を喜ばせる発言をしているとわかっている。場合によっては好意を抱かせると。だけど君は自己評価が異様に低い。自分が好きになられるわけないと決めつけている。だからそういう発言をしたところで話が発展しないと認識している。元来の素直さと悪魔的な噛み合い方をして、綺麗で優しく素敵で魅力的な素晴らしいお姉さん、と私に向かって平気で口にしちゃう」
「盛ってる盛ってる」
「だが恭子の前ではそういう台詞を他の女性に掛けないと決めている。つまり自分の発言がなかなか危険だと無意識化では理解している。今、君がスッキリしないのはだね。恭子以外の女性、この場合は私だ、に向かって勘違いさせかねない発言をしている、と薄っすら気付いたからだ。恭子さんがいないから言っちゃっていいか、本音をそのまま伝えちゃえ、と思いつつ、一方で恭子さんがいたら怒るだろうなぁ、とぼんやり認識している。そして何より、この発言って普段から繰り返していたけど実は滅茶苦茶恥ずかしい、歯が浮くようなものなのでは? という部分までわかったのかもね」
再びフリーズした。もう一枚、写真に撮る。うーん、さっきの大口開けたツラの方が間抜けだな。目ん玉を見開いて顔を真っ赤にしているが、ただ窒息しかけているだけの人にも見える。あんまり面白く無い。
「……ひょっとして。葵さんが今、仰ったように俺の発言ってとんでもなかったのでしょうか」
「うん」
「事実を述べただけであっても、アウトでしょうか」
「君自身、恭子の前では他の女性に言わないって決めているのだから、自分でアウト判定にしているね」
「…………あの」
「うん」
「恭子さんに何度も言っちゃったんですけど」
「素敵で綺麗な魅力に溢れる人、だっけか」
「…………気持ち、悟られていますかね」
いや全然。君達二人が両想いだと気付いていないのは綿貫君と恭子だね。その当事者二名だけだね。
「大丈夫。あいつ、クソ鈍感だから」
「……告白はしないつもりなのですが」
「うん」
「悟られる可能性はあるでしょうか」
「無いから安心しろ」
本当に気付いていないから安心しろ。
「むしろ綿貫君に褒められちゃった、って喜んでいたから今後も続けてやってくれよ。あいつの君に対する好感度も上がるかも知れんしな」
情緒不安定になるレベルで狂喜乱舞していたもんなぁ。振り回され過ぎて落ち込んでいたけど。つくづく恭子も変人だ。
「喜んで、くれておりましたか」
「うん」
「それこそ、思ったままを伝えただけなのですが」
「君は人に比べて直球の威力が凄まじい上にとんでもないビーン・ボールを放って来るからな。だが幸いにも、恭子にとっては絶好球だったみたいだぜ。今後も投げ続けてあげておくれ」
よくよく見たら綿貫君は震えていた。ゲロを吐くならお手洗いでどうぞ。
「葵さん」
「あん?」
「自覚したら、猛烈に恥ずかしくて何も言えなくなりました」
「恭子さん、素敵! って?」
「それもありますが」
「うん?」
「葵さんも照れちゃいましたか」
反射的に吹き出す。私の心配かよ!!
「ひゃっひゃっひゃ! 私が照れたか、だと!? 無い無い! 心配すんな、勘違いしたりしないから! 綿貫君のいつもの物言いが始まったなー、としか捉えていないから安心しろ!」
「本当ですか!? 大丈夫ですか!?」
「ひひひひひ、大丈夫大丈夫! 君の物言いや人となりを知っている奴は綿貫君の日常だなって受け止めているから」
「じゃあ恭子さんも!?」
「でも喜んでいたからなー。あいつもズレているところがあるし、もしかしたらハイパー好意的に受け止めているかも?」
「えぇっ!? やっぱり好きだってバレちゃうのですか!?」
「さぁ~て、肯定も否定も出来ないね。なにせ私は恭子じゃない。本気で気になるのなら本人に訊いてみな」
「訊けるわけないでしょ!? それはもう告白ですよ!」
「ひゃっひゃっひゃ!! しちゃえば!?」
「しない!! 恭子さんに申し訳ない!!」
「だったらせめて今まで通り、誉め言葉を掛けてあげてくれ。本当に恭子、喜んでいたからさ」
「それはそれで、照れる!」
「頑張れよ、大将」
「いっそ介錯してくれぇ!!」
そんな勿体無いことは出来ないよ。君達二人は勝ち戦が確定しているのだから。そうとは知らず、必死で戦っているのは当人同士だけとくらぁ。なーにやってんだか。とっとと勝どきを聞かせておくれ。やれやれ。
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