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君の藪には棒が何本突き刺さっている?(視点:葵)
頭を抱えた綿貫君だったが、突然硬直した。さっき、腹が痛いと言っていたが、まさかね。嫌な予感を覚えたが、無表情で私に向き直った。おい、そのスンとした感じは、本当に……。
「葵さん」
「な、何だ」
どもってしまった。爆笑から一転、動揺を隠し切れない。帰りましょうって切り出されるかな。
「ひょっとして、恋人、います?」
「……は?」
全然違った。一体こいつは藪の中に何本の棒を隠し持っているんだ。その一本一本が棒高跳びの持って走るアレみたいに太く長くておまけにびよんびよんとしなりが効いている来たもんだ。振り回されると軌道の予測がつかない。
「どうしてそんな話になる」
だからこっちは真っ直ぐに問い掛ける。だって、と綿貫君は目を見開いた。
「俺の発言にも全然動じていないってことは、既にお相手がいるからですか?」
違うわアホ。君と恭子が両想いだとわかっているのが主な理由だが、そもそも綿貫君は私の好みじゃない。こんな暴れネズミ花火、疲れるからパス。だけど、前者は当然として、後者も言えないなぁ。意外とこの子、傷付きやすいからなぁ。
「いないよ。私は一人。そして君が恭子を好きだと知っているから、たとえ素敵で優しいお姉さん、と評されたところで意にも介さない。そもそもほら、さっき言ったじゃんか。君の周りにいる皆は、いつもの綿貫節だな、って思うだけだって。私のその内の一人だからね。いちいち照れたりドキドキしたりはしないのさ」
「……俺、そんなにいつも、誰彼構わず口説くような真似をしていましたか」
おっ、ちょっと落ち込んでいるな。
「いやぁ、どうだろう。私は今日、褒められた。恭子も、疑似デート中に嬉しい言葉を掛けてくれたの、って喜んでいた。咲ちゃんと佳奈ちゃんには、うーん、あんまりそういう台詞を吐いているのは聞いていない気がするな。二人には彼氏がいるから、流石に君も無意識下で自重しているんじゃない?」
私の言葉に、そうかぁ、と胸を撫で下ろした。
「安堵するくらいなら最初から発言を制御しろよ」
「だって素直な感想なんですもの。つい出ちゃう」
「つい、で甘い言葉を囁くな。君の性格を知っているおかげで照れちゃわないって部分もあるんだぜ」
えっ、と今度は身を乗り出した。
「やっぱり照れさせちゃっていましたか!? 葵さん、恋人はいないのですものね!!」
余計なお世話だ。
「照れなかったっつっただろ」
冷たくあしらうと、あぁそうか、と体勢を戻した。落ち着かねぇなぁ。
「でも意外かも。葵さん、モテそうなのに」
見る目が無いにも程がある。
「逆、逆。私くらいモテない奴も珍しい」
「嘘だぁ! こんなに面倒見が良いのに?」
「んなこたねぇよ」
「いや! クリスマスプレゼント選びを手伝ってくれた上にたくさんのアドバイスをくれて、おまけに夕飯まで付き合ってくれる。面倒見がいい、以外のなにものでもありません!」
「ただの友達だ」
「いいえ! 貴女は面倒見のいい、優しいお姉さんです!」
また面倒臭い感じになって来た。溜息を吐き頬杖をつく。
「モテないんだよ、本当にね」
「何で」
私が知りたいわ。
「へそが曲がっているからじゃねぇの」
「田中程じゃないからご安心を。そしてあいつには彼女がいる。それなら葵さんにもいい人はできる」
……事情を知らないくせに地雷源でタップダンスを踊れるのは流石だな、綿貫君よ。
「根拠の無い断定は好きじゃないぜ」
「ありますよ。葵さん、いい人ですもの。さっきお伝えした通り」
「あのなぁ、人が好い自覚は無いし、もし本当にそうだとしてもモテるかどうかはまた別の話だろ」
「いいえ。貴女はとても優しいです。絶対、その長所に気付いてくれる人がおります」
「だーかーらー、その発言には根拠が無いじゃんか」
「葵さんがいい人だから、で理由には充分かと」
ええい、やけに強情じゃないか! しょうがない、個人名は伏せた上で私の恋愛事情を聞かせよう。
「そこまで言うならいいだろう。教えてやる。私の恋物語をな」
「エッチなのは無しですよ!!!!」
「バカ野郎!!!!」
何で突然、恋バナイコールエロだと思ったんだよ!!
「健全な話に決まっているだろうが! 何で君に私の性事情を聞かせにゃならんのじゃ!」
綿貫君の顔は既に真っ赤だ。やめてぇっ、と悲鳴が上がる。
「性事情とか言わないで! 身近な人のそんな話、聞きたくない!」
「だからしねぇっての! お前が勝手にエロい話を想像しただけ!」
「あれっ、確かに!」
あやぁ、と額を叩いた。こっちは頭を抱える。コントローラーが欲しい! 綿貫の思考回路を制御出来る特注のやつが!
「失礼しました、そういえば葵さんは恋バナとしか仰ってません! 俺が勘違いしたせいじゃん!」
「そうだよバカ!」
「あれぇ? 何で俺、そんな失礼で最低な勘違いをしたんだ?」
知らねぇよ!
「お前、まさか私でそういういけない想像を……」
すると今度は手をぶんぶん振った。ジョッキ、倒すなよ。
「してません! してませんよ!」
「本当かぁ? やましいことがあったから、有り得ない発言に繋がったんじゃねぇのぉ?」
「するわけないじゃないですか! いや、するわけないっていうのは葵さんに魅力が無いという意味では無く、貴女はとても綺麗だと思いますが、それはそれとして俺が葵さんでそういう妄想を繰り広げることは有り得ない!」
褒めながら、可能性を全否定するとは器用だな。
「じゃあ恭子では?」
急に口を噤んだ。素直過ぎる。
「ほほぉ。色々いけない想像をしたんだ」
さっきまでより顔の赤みが増した。人間、ここまで赤面出来るんだな。そういや咲ちゃんもゆでだこみたいに赤くなったことがあった。あれは何をしたからだっけ。おでこにチューをおしたから? なんにせよ可愛かった。
「顔に出過ぎだぜ綿貫君。よし、お姉さんだけに教えてくれ。オカズにした?」
「してない!!!!」
「否定、早っ」
逆に怪しい、とはならない。何故ならこいつは信じられないくらい素直で、おまけに嘘が吐けないから。
「してません! 俺、恭子さんを想像していかがわしい真似なんて断じてしていませんからね!」
「そうかい。だが想像するところまではいったんだ」
また黙り込んだ。裏表が無さ過ぎる。どんだけ真っ直ぐ育てばこうなるんだ。そのくせ自己肯定感はやたらと低い。君が抱いている好意も真っ直ぐ恭子にぶつけろよ。告白しない、なんて妙な決意を固めたせいで膠着状態に陥っているんだぜ。恭子は恭子で自分の恋愛に関してポンコツだし。勿論、私も人にとやかく言える立場ではないのだが。それはともかく。
「何を考えた? 恭子の全裸?」
「ちちちちち、違います」
「じゃあ下着姿。そういや君、想像じゃなくて実際目の当たりにしていたな。ブラにホットパンツという刺激的な恭子姉さんを」
不幸な事故だった。原因は私だけど。
「いや、そんな別に俺はあの、いやらしい目で見たわけではなく、ただ相当ショックが大きかったと言うか、あ! 大きいってそういう意味じゃないですよ!? いや大きかったけど! いや、いや! 俺は何を言っているんだ!?」
そんでもって思いっ切り図星かよ。動揺が言動に現れ過ぎている。
「でかかったし綺麗だったな」
「きききき綺麗!? 綺麗なの!? 色!? 形!?」
「何の話?」
「は!?」
「恭子はどんな格好をしていても綺麗だよなって。色? 形? 何の?」
「違います!」
「何が」
「葵さん、ハメましたね!?」
黙って右手の親指と人差し指で輪を作り、左手の人差し指を一本立てたところで、やめなさい! と怒られた。
「十をつくっただけだが」
「嘘おっしゃい!」
「さてさて、何のことやら」
勘弁して下さいよぉ、と泣きそうな声を上げている。
「ふふん、君も助平なんだな」
「……だって、好きな人のあんな姿を見ちゃったら、ドキドキしますよ。そして申し訳ない。恭子さんにその気なんて欠片も無いのに、下心を向けちゃうなんて最低じゃないですか」
最低ねぇ。
「いいじゃん、健全で」
「恭子さんからすれば気色悪いに違いない。あぁ、葵さん。恭子さんに教えますか、綿貫がそういう目で見てしまっていたって。きっと軽蔑されますよね。当たり前だよ、勝手に好きになって、事故で晒したとんでもない姿を黙って一人で思い返して、うわあ俺気持ち悪い! むしろ恭子さんに伝えて下さい! そういう気色の悪い男は貴女に顔向け出来ませんって!」
「落ち着けよ」
また変なスイッチが入ったよ。こいつをからかうのは本当にバランス感覚が難しいな。
「だって俺ってばひどすぎる!」
「惚れた相手の半裸を見たら、大体誰でも脳内で反芻するわ」
「そんなこと無い!」
「あるある。それにさ、いやらしいって言い方もあるけど、表現を変えてみたまえよ。恋をすると、相手について全部知りたくなるのさ。心は勿論、体もね」
我ながら、無理矢理だと思う言い訳を述べる。だが案の定、いやいや、と綿貫君は首を振った。悪酔いするぞ。
「気持ちが通じれば十分です! 本能的な感情が乗っかっているのは人間じゃない、動物だ!」
「人間だって動物だろ」
「思考じゃなくて欲求で動いてはいけない!」
本当にクソ真面目だな。よし、わかった。彼の話を続ける限り、この自己嫌悪の沼からは抜け出せない。だったら話題を変えてやる。
「だが私は言われたぜ。貴女の水着姿が見たいって」
「誰ですかそんないやらしい発言を葵さんにしたのは! だって恋人はいないんでしょう!? 付き合ってもいないのになんてあつかましい奴だ!」
君の親友、ミスター田中だよ。個人名は伏せるけど。さて、随分脱線してしまったがそろそろ話を戻すとしようか。私の恋愛事情を聞かせてあげよう。エロは無い。むしろ経験すら……恭子は食ったか。まあいいや。本当に内緒な部分はきちんとボカして伝えようじゃないか。そして君は何を思うのかね。私を綺麗で優しくて面倒見のいいお姉さん、だからきっと相手ができます、と評した綿貫君よ。マジで恋が成就しない奴も世の中にはいるんだぜ。私みたいにね。
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