葵姉さんはポンコツか否か。(視点:葵)

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葵姉さんはポンコツか否か。(視点:葵)

 そうそう、恭子のおかげで心が救われたって話をしたいのだった。随分思考が脱線してしまった。 「とにかく、私は告白されたその場でフラれた。彼女さんが一番、私は二番。彼女さんがいなければ私に告白したって台詞は、裏を返せば彼女さんがいる限り私に可能性は全くないって意味だ。自分もあいつに惹かれていたと自覚した私の恋は、その場で終わってしまったのでした」 「……ちょっとその最低野郎を此処に呼んで下さい。喧嘩なんて大嫌いだけど一言モノ申さずにはいられない!!」  田中君が現れたら、綿貫君ってばたまげるだろうなぁ。 「終わった話さ。君が私のために憤ってくれるのは嬉しいけど、呼び出しは勘弁しておくれ」 「俺にはそいつの考えが一切理解出来ません。葵さんも葵さんで甘すぎます!」 「しょうがないだろ、恋しちゃったんだから」 「盲目過ぎ!!」  まあまあ、と宥める。まったくもう、と彼は鼻を鳴らした。 「しかしその日は流石に平常心ではいられなかった。好きだと告げられた。そして可能性は無いと断じられた。残ったのは宙ぶらりんになった私の恋心だけ。誰に相談するわけにもいかない。たった一人を除いてね」 「そのお相手が、恭子さんですか」  うん、と頷く。 「咲ちゃん、ではなく」  あの子も当事者だからねぇ。一番の彼女さんに二番目の女が、君の彼氏に告白されてフラれたよ! この気持ちはどうしたらいいかな! なんて相談し始めとしたら私の自我はとっくに壊れている。 「私は見栄っ張りでね。後輩の前で弱い一面を晒したくはない」  ううむ、と綿貫君は腕組みをした。なにやらまた悩み始めたようだ。 「葵さんってしょっちゅう痩せ我慢をしていますか?」  おや、意外な方向に話を進めようとしているな。 「何故?」 「言われてみれば葵さんが困っている場面に遭遇した覚えはほとんどありません。ですが葵さんって意外とポンコツじゃないですか」  ……失礼な。仮にも今日は君の相談相手として付き合っているのだが、いきなりポンコツ呼ばわりとはいい度胸をしているじゃないか。 「……私のどこを見てポンコツだって評価を下した?」  態度を変えず落ち着いて問い掛ける。今、取り乱したら自覚があるみたいで嫌だ。 「沖縄旅行の時、葵さんと咲ちゃんと俺の三人で離島へドライブに行ったじゃないですか」 「あぁ、懐かしいね。とても楽しい一日だった」  あの日は気兼ねなく満喫出来たなぁ。海も綺麗だったし島も楽しかった。なにより後輩二人の人柄に引っ張られた面が大きかったと思う。素直な咲ちゃんともっと素直な綿貫君。この子達と一緒に過ごしている間はこっちも変な気を遣わなくて良かったから楽だった。 「あの時、俺は案外葵さんってポンコツなのではないかと疑念を抱きました」  穏やかだった気持ちが一気に乱される。 「だから、何でだよ」 「よく覚えているのですが、葵さん、めっちゃビール工場へ行きたがっていたのに自分からは言い出さなかったでしょう。やたらと見学を勧めてくるのに工場でビールが飲みたいって口にはしなくて、だけど結局バレていました」  ……そんなこと、あったっけ。まああの頃の私なら自分の意見を述べたりは決してしないな。何故なら自分の要望で相手の時間を奪ってしまうのは申し訳ない、だったら黙っていよう、という思考が働くから。だけどビール自体は飲みたくて、遠回しに必死でアピールをしていたのだろう。うん、確かにとてもダサい。 「……まあ、格好はつかないな」 「はい。あと、運転をして下さいましたが発車直後に車を停めました。ナビに目的地を入れていなかった、と」  いちいちダセェな、私! 「うっかりしていたんだよ」 「だから、俺の中で薄っすらと葵さんはポンコツ姉さんのイメージがありました」  抱くな、そんなクソみたいな印象! 原因は全部私にあるけど! あれ、じゃあ私ってもしかしてポンコツなのか……? 「しかしその後はそういう一面を見掛けなくなりました。何だかどんどん自由人の度合いが上がっているなぁとは見受けましたが、ポンコツだなぁとは感じませんでした」 「いいことだ。ほら、旅行先でちょっと浮かれただけで私はしっかり者なのだよ」  ここぞとばかりに巻き返しを諮る。しかし彼は案外真剣な表情を崩さない。真顔でポンコツ呼ばわりされる方の身にもなってくれ。 「無理、しているのかなって。後輩である俺達の前では、実は肩肘を張ってちゃんとした先輩を演じているのかなって。見栄っ張りだって仰られたから、もしかしたらそうだったのかなって心配になりました」  ふむ、彼なりの気遣いだったわけか。君は本当にいい奴だな。だが。 「ご心配なく。運動神経は壊滅しており、恋愛運は異常に悪く、へそは曲がっており、浮かれると隙を見せてしまう私だがな。ポンコツではない。だからそもそも普段から困った場面に遭遇はしない。故に君達はおろおろしている私を見ていない。見栄を張って隠しているわけではない。ただ、たまーに、極稀に、困っている時には後輩には見せない。自分で処理するか、恭子に助けを求める」 「本当にポンコツじゃありませんかぁ?」  いい奴のくせに変なところでしつけぇな! 「断じて違う」 「まあ自分で自分をポンコツと評価する人の方が珍しいか」 「おい! それじゃあ私が現実を直視出来ていないみたいじゃないか!」 「大丈夫! 俺達から見た葵さんはいつでも立派な先輩だって判明しましたから」 「見ていないところでやらかしまくっているような物言いはやめろ!」 「いやぁ、あのドライブの時くらいしか本当にそんな一面は……あ」  笑顔を浮かべた綿貫君が、唐突に動きを止めた。こっちの主張は伝わっていないようなんだがなぁ! 「……ありました、葵さんが困った場面」 「あぁ? ねぇよそんなもん」  つい口が悪くなってしまう。しかし綿貫君は静かに首を振った。つられてこっちも一旦落ち着く。 「二年前に田中と咲ちゃんが付き合い始めたあの日、起きた事件がありました」 「……確かに」  超能力が暴走した咲ちゃんに私が殺されかけたアレか。 「葵さんに原因があったわけではありませんが、あの時は困ったでしょう」 「……そうだね」 「思い出したら暗い気持ちになってしまいました。さぞ、痛かったでしょう」  うん、と頷く。痛かった。死に掛けた。神様が仕組んだことではあったが、神様のおかげで生き返れた。そして咲ちゃんと、皆のおかげで生きる理由を見付けられた。いい機会だ、この話を掘り返すことも滅多にないしこれも何かの御縁と捉え、少しだけ彼に話しておくか。 「実はあの日を境に私自身の考え方や価値観も変わったのだよ」  詳細は教えないけどね。知っているのは恭子と咲ちゃんの二人だけ。本当の私を晒せる親友と後輩。私の中にもどの人にはどこまで自分の話をするか、基準があるのだ。勿論、佳奈ちゃんも三バカも大切な友人ではあるが、恭子と咲ちゃんはもっと大事なんだよね。 「そうなのですか。どんな風に?」 「無理せず楽しく生きようと思った」  それは結果的に変わった部分だ。その大本、根っこの部分が変化したから枝葉のそっちも揺れ動いた。綿貫君にはそこまで教えないがな。 「大事な価値観の変化です。人生、楽しく過ごした方がお得ですよ」 「ね。折角、一回しか無いのだから満喫しなけりゃ勿体無い」 「じゃあ無理をしないから困っているところも俺達は見ないのですか」 「言っただろ、後輩に困っている姿は見せたくないって」 「では結局無理をして隠しているのですか」 「いや、実際普段、何かに困ったりはしていない。特に君達と過ごす時にはいつでも楽しい時間を共有している」  途端に、へへへ、と頭を掻いた。照れ屋さんめ。 「そんな私だから、先日クソ野郎に告白されてフラれた時にも咲ちゃんには相談しなかった。先輩と後輩だからね」 「成程」  よし、誤魔化せた。 「随分遠回りしちまったが、そういうわけで私の相談相手は恭子一択だ」 「そうだ、そんな話をしていたのでした!」 「お互い、話が長くなるなぁ」 「すみません、脱線させてばかりで」  笑いが込み上げる。まったくだ。 「思考が明後日の方向にすっ飛んでいく君と、色々考え込んでしまう私とではなかなかまとまりがつかなくなるね」 「そうですね。今まで知りませんでした」 「二人きりでこうして顔を突き合わせて喋る機会なんて無かったからなぁ」 「仰る通り。恭子さんを疑似デートで知ったように、今日は葵さんと新しい発見をしましたね!」  あ、こいつってばこういうところは注意しなきゃな。 「コラコラ、恭子が好きなら発言に気を付けろって言っただろ。私を恭子と同列に並べるな」 「えっ、今のもアウトなのですか!?」 「アウトー」 「超えちゃいけないラインって難しい!」  声を上げて笑ってしまった。そんでもってまた脱線しているし。話を戻すぞ、と声を震わせながら呼び掛ける。失礼しました、と彼は咳払いをした。
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