結婚式の予定を決める間、思考の海に沈む恭子さん。(視点:田中)

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結婚式の予定を決める間、思考の海に沈む恭子さん。(視点:田中)

 咲ちゃんと田中君がお店の空き状況を調べ始めた。急に暇になっちゃった。それにしても結婚式かぁ。過去に参加した前職場のクソみたいな式は除外するとして、あとは友達や先輩が開いたものに五回くらい出席したっけ。さっき咲ちゃんが言っていたように、まあどの式でも新郎新婦は幸せそうだった。この二人もきっと、当日はニコニコしているに違いない。おまけにメンツがいつもの七人と来ている。楽しくないわけがない! 美味しいご飯やお酒を満喫出来そう! そんな式のスピーチを頼まれたのだから、責任重大だわ。うーん、何を話そうかしら。まずは咲ちゃんと田中君と私、葵が出会った切っ掛けは外せないわね。あ、でもそのためには私が学園祭のメイド喫茶でコスプレをしていた話をしなきゃならないのか。ちょっと、いやかなり恥ずかしい。二十二歳の当時なら学生のノリと勢いで押し切れたけど、二十六歳の今、メイドの格好をしていましたぁ、とスピーチで宣言するのは流石に抵抗がある。でも咲ちゃんがメイドの私を見初めたのは事実だしなぁ……そう表現すると咲ちゃんってば、悪代官みたい。いや、悪大名? 落語でそんな話を聞いた覚えは……無いわね。我ながら、まだまだ勉強が足りないわ。別に落語家になりたいわけではないけど。  ……何を考えていたんだっけ。あぁ、そう、スピーチ。楽しい式なのだから、やっぱり前向きな内容じゃないとね! お酒を飲みながら思考を巡らせる。明るい思い出と言えば、結局コスプレ撮影会の話になるか。そうよ、メイド喫茶もさることながらその後散々撮影会を開いたんじゃないの。学生時代はともかくとして、社会人になってからも二年くらい、やっていたわね。思い返せば我ながら、よく参加したものだわ。平日どころか土日も休日返上で働くこともざらだったのに、その上貴重な休みの日に撮影会へ付き合うなんて。我ながら元気だったわ。ここ二年、やっていないのは咲ちゃんも就職したからよね。なかなか余裕が無いんだろうなぁ。だけどコスプレ撮影への情熱が微塵も冷めていないのはこないだの青竹城でよくわかった。短時間で結構着替えさせられたもの。制服二着にチアガール、あとはメイド服。咲ちゃんってば、文字通り飛び回りながら撮っていたわね。この歳になってコスプレはキツい気がするけど、実際はどうなのかしら。  そういえば、綿貫君ってコスプレをどう思うのかしら? キツいなぁって見られていたら辛いわね! 私が好きでやっている訳じゃないもの! 咲ちゃんが可愛いし大事だから応じているだけで、私個人のコスプレ愛はそんなに強くない。  ……逆に、よ。綿貫君が熱烈なコスプレ好きだったらどうしよう。彼が喜ぶなら、色々なコスチュームに身を包めるかしら、私。  バッチコイよ! 期待に応えようじゃないの!  ……いやいや、落ち着きなさい恭子。そんなマニアックな話はまだまだ先よ。まずは彼に、こ、こくは、告白を……!!  ……出来るのかなぁ。クリスマス・デートの最後にするつもりではいるけど、未だに自信は無い。田中君のおかげでプランは固まった。プレゼントの準備も葵がしてくれている。そういえば何をあげることになったのかしら。まだ詳細を教えて貰っていないのよね。日曜日当日は私が酔い潰れちゃったし。月火は連絡、無かったし。決まったなら教えてくれるわよねー、って気楽に考えていたので私からは特に訊かなかった。あれっ、でも一報を入れた方がいいのかしら!? うん、そうよねっ! 頼んでおいて放ったらかしって失礼よね! あ、そうだ。日曜日、葵も介抱してくれたんだっけ。そのお礼も兼ねてメッセージを送ろうっと。  スマホを開きアプリを起動する。えーっと、葵、葵っと。 『遅まきながら、プレゼントの相談を咲ちゃんとしてくれてありがとう。お礼が遅くなってごめん。あと、日曜日、葵も私を介抱してくれたって聞いた。ごめん。助かった』  送信、っと。今日は葵、何をしているのかしら。平日だし、仕事終わりに家で晩酌かな。趣味でも持てばいいのに。人のことは言えないけど。  既読はつかない。お風呂にでも入っているのかしら。まあいいわ。スマホをテーブルに置いておけば返信が来たら気付けるし。さ、お酒お酒っと。  えーっとー、何を考えていたのだったかしら? あぁ、綿貫君への告白か。……ま、当日頑張るだけよ。無理だったら諦めるけど、いずれ必ず気持ちは伝えてみせる!  しかしさっきの咲ちゃんってば、立場を反対に捉えちゃうなんてうっかりしているわ。うっかり八兵衛ならぬうっかり咲兵衛ね。あはは、何それ面白ーい! 咲兵衛、可愛いー!  そうでもないか。咲ちゃんは可愛いけど。あーあ、逆だったらどうなんだろう。綿貫君が私を好きで、でも私はそうでもない。  どうもうこうも無いか。いつも通り、フラグをへし折ってそれで終わり。考えるまでもない。  あれ? もしかしたら、フラグをへし折られる可能性もあるの!? 彼が私と同じ価値観だったら、私が告白したとしても断られる可能性が非常に高い! だって私は綿貫君を好きだけど、彼は私をなんとも思っていないもの! 疑似デートに付き合ってくれるお節介な先輩、くらいにしか捉えていないのだろうから、お付き合いは出来ませんって言われる見込みだって当然あるのよ!  いえ、落ち着きなさい、私。だから何だってぇのよ。今更、フラれることに怯えて告白を諦めるの? やる前から無理だって決め付けてどうするのよ。そういうネガティブな気持ちは踏ん付けて、乗り越えて、頑張るって決めたじゃない。葵と咲ちゃん、ひいては神様や武者門さんまで応援してくれたんだもの。その気持ちに応えるためにも、私は彼に告白をするのよ!!  ……重いな! どんだけ背負い込んで彼に突撃しようとしているわけ!? しかもクリスマスの前に、今週末はアイススケートをしに行くじゃないの。こんなに気負った状態で、でもその日は告白をする予定じゃなくて、え、一体どんな顔をして遊べばいいの!?  普通の顔でいいのか。そうか。そこは悩む必要は無いのか。うーん、だけどどうしても意識しちゃいそう。一か月も経たずに私はこの人へ気持ちを伝えるのかーって。平常心、保てるかなぁ。自信、無いな。ただ、こないだみたいに情緒不安定になるのはやめよう。困らせるだけだもの。落ち着いて、普通に接すればそれでオッケー!  で、えっと、えーっと、そう! スピーチ! 楽しかった思い出は、撮影会と、あとは、そう! 沖縄旅行!! 私と綿貫君が出会った切っ掛け!  お酒を煽る。そればっかりか、私! もっとフラットに物事を考えなさい! 綿貫君のことばっかり中心に据えるなんて偏りも甚だしい! 一旦思考から切り離しましょ。  沖縄旅行よ。あれは楽しかったなぁ。死ぬほど疲れていたけど。三泊四日の旅行中、二日目と最終日は酔い潰れていたけど。なんなら三日目の水族館へ行った日も二日酔いだったけど。三日目なのに二日酔い。だからどうした。まあ基本酔っていたけど、それでも素敵な思い出には違いない! うん、沖縄旅行の話は外せないわね。忘れないようスマホにメモをしておこうっと。  画面を点けると、あら、葵から返事が来ていた。全然気付かなかったわ。なんて書いてあるのかしら。 『今日も酔い潰れるんじゃないぞ』  それだけが返ってきていた。……鋭いわね。 『もう既に結構飲んじゃった』  送信、と。ありゃ、また既読がつかない。何をしているのやら。詮索はしないけど。各々のプライバシーは重要だもの。ん? プライベート? どっちでもいいか。同じようなものよ。  メモアプリを開く。スピーチに盛り込む要素を書いておかなきゃ。 『コスプレ撮影会 沖縄旅行 卒業旅行(海外) 普段の飲み会 介抱して貰った 咲ちゃん可愛い 田中君嫌味ったらしい 酔い潰れてごめん お酒美味しい これからもいっぱい飲もう』  なんだか飲んでばっかりね。間違いじゃないけど。あとはスピーチの書き方を調べて、纏めるか。二月に式を開くとして、まだまだ時間はたっぷりある。しっかり原稿を書いて、暗記しなきゃ!  しかし結婚かぁ。家族への紹介とか本当に緊張するだろうなぁ。田中君のご両親ってどんな方なのかしら。あと、彼に妹がいるのは意外だったわ。お兄ちゃんを反面教師にした、素直な子に育っているといいわね。  む? ひょっとして田中君と咲ちゃんって奇跡的なほどデコボココンビなのかしら? 皮肉屋と素直。大人気ない彼と意外と落ち着いている彼女。割とぴったり噛み合っている? いやーん、何よぉ素敵じゃない! お互いの足りない部分を補えるから惹かれ合っているってことぉ? きゃーっ、ロマンティック!  ジョッキを傾ける。あら、また無くなっちゃった。注文注文っと。おっ、さっき頼んだはずの茄子のお漬け物も注文が通っていなかった。うっかりうっかり。えへへ。  我ながら、何をあざとい物言いを考えているのか。痛々しいわよ、私。あー、そういうの、苦手なのよねぇ。可愛い子ぶりっこ、ぞわぞわしちゃう。いやでもこないだ苦し紛れに綿貫君へかましちゃったっけ。あはは、私らしくも無い仕草だったわ。小首を傾げて、お願いをするなんて。嫌だなぁもう、背筋がぞくぞくしちゃう。あんな寒い仕草、喜ぶ人なんていないっつーの。  おっ、今度はスマホの通知に気付いたわよ! まだ宵の口ならぬ酔いの口みたいね! 葵からの返事かしら。 『プレゼント、選んでやらんぞ』  えー、それは困る。私を助けて、葵。何かあったら私も助けるからさー。あんたが酔い潰れることがあったらおんぶして運んであげるわよ! そんな状況に陥った試しは無いけど。葵って滅多に飲み過ぎないのよね。……何で? 気になる。訊いてみよう! 『それは困る。ところで葵はどうして酔い潰れないの』  送信、と。あ、やった! 今度はすぐに既読がついた! 『自制しているからだよ。大人だからな』  あー、嫌味ったらしいー。田中君みたーい。 『どうせ私は子供ですよーだ』 『まあ好きに飲め。咲ちゃんにぶちのめされてもいいのなら』 『咲ちゃんも、私達と飲む時は潰れてもいいですよって言ってくれたもん』 『後輩に甘えすぎるんじゃないの』 『前の職場の話をしたの』 『好きなだけ飲め』  よし、私の勝ち! そうさせて貰うわ!  丁度そこへお酒が運ばれてきた。いただきまーす! 「大体、絞り込めたね。恭子さん、二月に式が開けるかも……って、また頼んだんですか。メガレモンサワー」  瞬時に呆れる田中君へ、笑顔でジョッキを差し出す。はいはい、と彼もメガジョッキを当ててくれた。咲ちゃんはぁ? 乾杯はぁ? 「恭子さん、明日もお仕事ですよね?」 「そうよ」  だから何? とまでは言わずに飲み込む。笑顔を向けると咲ちゃんもグラスを合わせた。 「乾杯!」  あー、楽しい! 飲み会、最高!!
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