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結婚式の予定を決めよう!②(視点:田中)
恭子さんってば、何杯目のメガレモンサワーだ。咲もウーロン杯をくいーっと飲んでいるし。保険として葵さんにやばいかもって一報を入れるか? いや、あの人も今、綿貫と飲んでいる。今日は咲の瞬間移動でお出迎え、というわけにもいかないし、俺が何とかするしかあるまい。ともかく結婚式の日程だよな。
「候補のお店の内、三軒は二月に予約が空いていました。やろうと思えば二月に式を挙げられます」
よっしゃぁ、と恭子さんが腕を振り上げる。あかん。今日も酔っ払っておられる。くっ、店の空き状況を確認する間、目を離したのは失敗だった。静かにしていると思ったが、静かに酒をぐいぐい飲んでいたのだ。小まめに声を掛けるべきだった!
後悔先に立たず。もう酔ってしまったのだからどうしようもない。タッチパネルから水を三つ頼む。せめてこれ以上の悪化は止めねば!
「そんでぇ? どんなお店が候補なのぉ?」
一応忘れずにおくけど、今日は日曜日に酔い潰れてごめんなさいの会だよな!? 反省とか無いのかこの人は! いくら咲にオッケーされたからって本当に酔っ払う人があるか!
「こんなお店です」
咲が冷静に応じてスマホを見せる。いいのか咲はそれで。
「ほう。ビルの高層階。場所は、えっ、都内で一番土地が高いところ!? ど、どんな高級店でやるのよ!? あなた達、まさかブルジョア!?」
人間、そんなに目を剥けるんだな。知らなかった。そして初めて言われたわ、ブルジョアって。んなわけあるかい。
「場所は凄いのですが、お店の値段はそこまでではありませんよ。ご飯が美味しいという口コミが多いので、有力候補です。ちなみに二月末が空いておりました。良ければご覧になって下さい」
何故か恐る恐るスマホを受け取った恭子さんは、片目を瞑って画面を覗き込んだ。酔ってピントが合わないのか、それとも土地の高い街にビビっているのか。結婚式を挙げられる、高めのレストランってだけなんだがな。
「げっ、ランチビュッフェですって。あぁ? ティータイム・ケーキバイキング? お洒落かよぉ~」
まずあんたのキャラがどうしたんだよぉ~。
「あっ、これが結婚式のプランか。一ヶ月前までに要相談ですって。でも予約が結構埋まっているなら急いで電話しなきゃ!」
はいっ! と俺にスマホを差し出した。受け取り、黙って咲に渡す。ちょっと、と恭子さんの眉が吊り上げった。何スか。
「そういう電話は田中君が掛けなさいよぉ」
「何時だと思っているのです? 既に夜の九時を回っているんですよ。酒も入っているし、今日掛けるわけが無いでしょう」
む、と恭子さんが時計を見る。そして、確かに、と眉が元に戻った。
「次は此処です。二月の二週目が空いています」
今度は俺のスマホを渡す。どりゃどりゃ、と葵さんみたいな呟きを口にした。
「……森?」
「違うわ! よく見て下さい」
「熊とか鹿とか出そう」
「山でもないです!」
「あと猪」
「貴女の目にはどう映っているんですか!? 狭い林の近くにオープンしているカフェで結婚式が挙げられるんです!」
「ヤブ蚊とか出そう」
「二月に出るか! 第一、寒いから外に出んわ!」
「私、アウトドアよりインドア派なのよね」
「出ないってば!」
「あ、でも焚火に当たりながらホットワインを飲むのは良いかも? いや違うわ。暖炉の火だったわ。やっぱりインドアね!」
駄目だ、まるで話が通じない。割と俺は好きなんだけどなぁ、このカフェ。ただ、段取りや司会進行は自分達でやるし、結婚の誓いも参列者へ約束する形になる。店側は場所と料理を提供するだけ、というイメージだ。よく言えば自由、悪く言えば準備の手間が掛かる。まああと三か月あるからどうにでもなるっちゃなるけど。
「咲は此処、どう思う?」
「その前にウーロン杯のおかわりを頼んで貰える?」
え。
「……もう飲んじゃったの?」
「うん」
「ペース、早くない?」
「いよいよ結婚式の会場を決めるのかって思ったら、嬉しくて飲んじゃった」
最後の、嬉しくて、と、飲んじゃった、が俺の中では繋がらないんですけど。でも飲んじゃったのなら仕方ない。おかわりを注文する。いいわねぇ、と恭子さんが顔をくしゃくしゃにして笑った。化粧、崩れますよ。
「もう咲ちゃんってば、今日はとことん素直ね! そんな貴女、大好きよー!」
「えへへ。スピーチをお願いした恭子さんの前で、隠すことは何もありません」
「きゃーっ、嬉しい言葉を掛けてくれるじゃないのっ! ちょっと聞いた田中君!?」
「あんまり興奮しないで下さい。余計に酔いが回るから」
「これが喜ばないでいられるかってぇのよ!」
そうして、あーあー、またメガレモンサワーを飲んじゃってまぁ。こうなると止まらないんだよな。今日はどうしたらいいんだ。恭子さんと咲の家をタクシーで順繰りに回って帰る羽目になるのか。一体いくらかかるんだろう……。
「で、咲は此処のカフェ、どう思う?」
気を取り直して訊いてみる。うーん、と自分のスマホでサイトを開いた。
「ピザが美味しそうだよね」
「地産地消をうたっているだけあって、地のものを使った品が多いんだっけ」
「そう。ピザ、食べたい」
飯は大事な要素だが。
「結婚式の準備はちょっと大変だけどね。場所と料理の提供だけだから」
「それは他のお店も割と同じ感じだよぉ」
あ、咲も間延びしてきた。
「準備も幸せな時間じゃなぁい。うふふ、羨ましい限りだわぁ」
こっちは壊れたカセットテープくらいびろんびろんだ。水、早く来い。
「私もぉ、スピーチの準備、頑張るからね!」
「はい。お互い頑張りましょぉ~」
がしっと二人が握手を交わす。ジョッキとグラスを倒しそうなので、思わず立ち上がり構えてしまった。
「何よ」
「どうしたの? 徹君、酔った?」
酔っているのはあんたらじゃい! 恭子さん一人でも大変なのに、咲までそっち側にいくなよぉ! 恭子さんが謝って咲が釘を刺していたのに、二人纏めてアルコールの川に流されおって。
「そうですね、酔ったかも知れませんね」
「やーい」
「何が、やーい、なのですか」
「わかんない」
「思考してから発言して!」
「失礼な。ちゃんと、色々、考えているわよ。撮影会とか、沖縄旅行とか」
えっ、と咲の顔が明るくなる。
「撮影会、考えてくれているのですか!? 次はいつ開きます!? 私、いつでもいいですよ! 新しいメイド服も買ってあります!
また脱線が始まった。式場の話は何処へ行った。あと一軒、残っているのに。もう見せなくてもいいかな。どうせ恭子さん、忘れるだろうしな。
いや、いや、とその恭子さんは手を振っている。脱線した暴走列車が何処まで飛んでいくのか、しばし見物するとしよう。
「違うのよ。スピーチの内容はどうしようかなって」
「あっ、それ以上は何も仰らないで下さい! 当日まで、楽しみにしていたいのです!」
「おっとぉ、そっかぁ。失敬失敬」
「で、いつ撮影会を開きます?」
「咲ちゃぁん。私、二十六よぉ? コスプレはもう、キツイんじゃないかしらぁ?」
「そんなことはありません。恭子さん、全然変わっていませんもの」
「努力はしているからね! 体型維持、肌の保湿、皺にならないよう目元やほうれい線にもクリームを塗ったくっているの!」
言い方。
「だから、金が掛かるのよぉ! 田中君! わかった!?」
急に矛先がこっちへ向いた。折角見物しようと思ったのに。
「わかりました。俺は男だから知りませんでした」
そう答えると、違うわ! と一喝された。
「男の人でも、ケアをちゃんとやっている人はいるわよ。アンチエイジング! イケオジになるかクソジジイになるか、分岐は既に始まっているの!」
「私は徹君にクソジジイにはなって欲しくないなぁ」
イケオジになって欲しいって言ってくれたら嬉しいのに。
「中身はクソジジイだけどね」
失礼過ぎるだろ。
「あっ、恭子さんひどい。徹君だって優しいところがたくさんあるのですよ」
ありがと咲。
「それは咲ちゃんを好きだから」
「はい、そうです」
「駄目じゃん!」
「私は満足です」
「くうぅ、惚気のおかげでお酒が美味しい!」
適当な理由をつけてまた飲むんだから。
「いいなー。私も綿貫君とラブラブになりたい」
とうとうバカみたいな要望をドストレートに口にした。頭が痛くなる。第一、十年来の親友とラブラブしたいとか言われるとこっちは割と気まずいのだ。何でかは知らん。
「大丈夫ですよ恭子さん」
おっと、注意! さっき口を滑らせかけた咲がまた変なことを言わないか気を付けないと!
「何でぇ?」
言うなよ。咲、言うなよ!
「……なんでも」
あ、これ今危なかったな!? 間一髪のところで気付いて口を噤んだでしょ!
「元気付けてくれているのねぇ~。咲ちゃん、優しぃ~」
そんでもって全然怪しまないなこの酔っ払い。楽で助かる。
「田中君もぉ、確かに優しいって言うか付き合のいいところはあるって知っているわよ?」
急に褒められた。
「どのへんがですか」
「自分で訊く?」
「基本的に罵倒されているのでたまには前向きな意見を貰いたい」
「自業自得では?」
「それでも褒められたい」
「……ひょっとして、君、意外と荒んでいる?」
「自業自得ですが、何か?」
「……ごめん、いじりがいきすぎた」
「私も何だかごめんなさい……」
俺にもね、心はあるんですよ。一番心無い振る舞いをしたから文句は口にしないだけで。
「で、どこが付き合いがいいですか」
お酒をぐいーっと恭子さんが煽る。咲も届いたウーロン杯を早速半分飲み干した。どうなっても知らんぞ。
「ほら、クリスマスのデート・プラン、君に頼りきりになっちゃったじゃない。助かったわ。本当にありがとう。そしてわざわざ日曜日を潰してまで付き合ってくれたところが付き合い良いなって思った」
まあその話だろうと当たりは付けていた。
「そりゃあお世話になった恭子さんのためでしたら、休日くらい返上しますよ」
「あっさりそう言い切れる人ってなかなかいないわよ」
「そのくらい、恭子さんへの恩義がデカいのです」
その時、うふふ、と咲が口元を押さえて笑った。どうしたの、と恭子さんが目を丸くする。
「恭子さん、人のことは言えません」
「何の話?」
「休日返上、です。だってお仕事が忙しいのにコスプレの撮影会に付き合って下さいましたもの」
あぁ~、と恭子さんは手を叩いた。小さなシンバルを持たせたくなる。そして動画を撮って葵さんに送るのだ。この人を反省させられるのは、多分葵さんしかいない。
「丁度さっき、そのことも考えていたのよぉ。私、元気だったなって。ブラッククソ企業に勤めていたのに休日を撮影会に当てるなんてさぁ」
「本当にありがとうございました。学生の我儘にお付き合いいただき、恐れ入ります」
でも、と不意に恭子さんがテーブルに視線を落とした。
「違うのかも。心が救われたくて、撮影会へ行ったの、かな」
「息抜きですか」
「そう。親友の葵と、可愛い咲ちゃんと、あの頃はまだ無害だった田中君っていう大学時代の友達とさ。楽しく遊ぶ時間が私も大好きだったんだろうな。だから、疲れていても撮影会に参加したんだと、今、気付いたわ」
ふっと顔を上げ、恭子さんが咲に穏やかな笑みを向ける。
「ありがとうね、咲ちゃん」
思わぬお礼に咲が顎を引く。いえ、と戸惑っていたけど、咲も表情を和らげた。
「私の趣味が恭子さんの助けになっていたのなら、こんなに嬉しいことはありません」
「んふふ、思い掛けない副産物だったわ」
「そうですね」
ニコニコ笑い合う傍らで、そっとスマホを構えて写真を撮る。シャッター音にも気付いていないあたり、大分酒が回っているな。さて、後で葵さんに送らなきゃ。喜んでくれるといいな。
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