デカ過ぎるタダ酒。(視点:葵)

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デカ過ぎるタダ酒。(視点:葵)

「次の駅で君は乗り換えか。そんじゃまあ、お疲れさん」  電車内で隣に立つ綿貫君へ声を掛ける。はい、と白い歯を見せた。爽やかさんめ。 「今日はお付き合いいただきありがとうございました。葵さん、プレゼントが決まったらお知らせしますね!」 「どっちでもいい。好きにしたまえ」  聞いたところでどうなるわけでもなし。……いや、多少は気になるかな。私ってば可愛げが無いのぉ。 「葵さんと恭子さんのお話も、たくさん聞かせていただけて嬉しかったです!」  肝心の秘密は教えていないけどな。私が恭子に恋をしていたって。聞かされても困るよなぁ綿貫君。はっはっは。だけどさ。 「余計に恭子を好きになったかい」  問い掛けると、途端に彼の頬が赤くなった。丁度電車がホームへ滑り込む。じゃあな、と手を振ると、あざっした、と礼を述べて降りていった。赤面したままで。素直なやっちゃ。  程無くして扉が閉まる。わざわざ扉の傍らで待ってくれた綿貫君は、発車すると一礼をした。手を上げ軽く応じる。すぐに姿は見えなくなった。またなー。  スマホを開くと田中君から、恭子と咲ちゃんが満面の笑みで向かい合っている写真が送られてきていた。一目見て、二人揃って酔っ払っていると理解をする。恭子に至っては私宛のメッセージでもう酔ったって開き直っていたし。ただ、あいつが前に働いていた会社のクソ飲み会の話を思い出すと、楽しく飲め! と勧めてしまう。世の中にはろくでなしってのが実在するのだね。自分がそうならないよう気を付けることが肝要だ。と、言うわけで。私は今日も明日も慎ましやかに生きるとしよう。 さて。写真を送られてから割と時間が経過している。恭子と咲ちゃんは更に酔いを深めたに違いない。時刻は現在、午後十時四十五分。流石に今から合流するのは面倒臭い。そもそも向こうも解散しているかもしれないし。まあ一応、何処で飲んでいるのか聞いてみるか。 『ご機嫌な写真だな。こっちは解散したよ』  送信すると、思いがけずすぐに既読がついた。スマホなんていじってないで会話に参加してやれよ。或いは会話が成立しない程、酩酊状態なのか。 『葵さん今何処にいますか』  句読点も無いメッセージが爆速で返って来た。どうせ回収の依頼だな。返事は書くけど酔っ払いの相手は面倒臭い。夜遅いし、パスしようっと。一応、現在地点は正直に書くが。 『次、西松ノ宮駅』 『東松ノ宮で飲んでいるから来て下さい』  何だよ、家に帰るまでに通過する駅にいるのかよ。ちっ、合流可能だな。だが明日も仕事だ。 『やだ』  即答すると。 『助けて』  向こうも即答した。 『頑張れ』 『泥酔した二人を前に死にそうなんです』 『帰ればいいじゃん。タクシー代は三人で割り勘しろ』 『ちょっとだけお願い!』  しつけぇ。 『私は酔っていないし困ってもいない』 『そこを何とか!』 『やだ』 『一杯奢りますから!』  ……しょうがねぇなぁ。 『ハイボール、頼んでおけ』 『承知!!』  まあ、親友が迷惑を掛けているわけだし? 田中君一人で相手をするのは大変に違いないし? 酔った咲ちゃんにチューもしたいし? 一杯くらい、飲んで帰っても大して遅くはならんだろう。やれやれ。別に、そこまで私を呼びたいのなら合流する気にもなっちゃうもんね、なんて微塵も考えていない。タダ酒に惹かれただけ。  しかし久々の四人だな。当初の撮影会のメンツじゃないか。懐かしいねぇ。  指定された店を訪れる。入ってすぐ、やっはっはぁ、という恭子の笑い声で大体の場所を察した。でけぇ声だし飲み過ぎだ。  アタリをつけたあたりの席に、やっぱり三人は座っていた。恭子の隣に咲ちゃんが座り、テーブルを挟んで泣きそうな顔の田中君が腰掛けている。よぉ、と声を掛けると彼は勢いよく立ち上がった。 「よく来てくれました!」  女子二人はお互いに耳打ちをしては、きゃーっ、と笑っている。現れた私に気付かないとは最早手遅れだな。 「タダ酒が飲めるから参上した。約束は守れよ」 「勿論です! 支払いは恭子さんですけど!」 「君が払うんじゃないんかい。いい度胸をしているよ」  そう言いながら私も座る。さて、テーブルには既に私のハイボールが……。 「おい」 「はい」 「何でメガなんだよ」  いくらタダでもメガは多い。帰る時間も遅くなる。あとシンプルに重い。 「メガ以外を頼むと恭子さんが絡んでくるので……」 「先に言え。そうしたらメガサイズが存在しないものを選んだわ」  確かに、と彼が目を見開く。相変わらずの粗忽者だ。仕方なくメガハイボールを手に持つ。重てぇなぁ。そして二人はまだ私に気付かない。だから取り敢えず田中君とだけ乾杯をした。 「で?」  早速切り出す。 「で? とは」  鈍チンめ。 「恭子はともかく、咲ちゃんまでご機嫌なのには理由があるんだろ。今日は何を話していた」 「咲は割とベロベロになりますよ」  そうかぁ? あんまり記憶に無いな。あぁ、そうか。田中君の前だから隙を晒しているわけだ。私の前では一応気を付けているわけね。真面目で可愛い後輩だねぇ。そのくせ酔っ払って恭子とキャッキャするなんてちょっと妬いちゃうなぁ。 「そりゃ君といる時は精神が弛緩し切っているから酔いもするだろう。だが普段、こういう場では咲ちゃん、飲み過ぎなくない?」  確かに、とリプレイ映像のように彼が目を見開く。そのツラ、さっき見た。 「君も酔っ払っているのか?」 「酔ってはいます。メガハイボールを頼まされているので」 「重いしペースが狂うよな」 「そうなんですよぉ」  その時、んんんんん!!!! と口元を両手で押さえた恭子が声を上げた。足をじたばたさせており、眉尻は下がっている。しかしその目はとても楽しそうだ。 「わかる! そのシチュエーション、素敵!!」  何の話だ。 「咲ちゃん、流石!」 「恭子さんなら、わかってくれると、思いました!!」 「わかるわかる!!」  ねー、と見つめ合い、きゃきゃきゃきゃきゃ、と甲高い声で笑った。そんな奴らを指差す。 「私の苦手な女子の空気だ」  咲ちゃんまでそっち側に行ってしまってとても寂しい。 「俺だって苦手ですよ」  だろうな。ああいうやり取りを見て、教室の隅っこで一人嫌味を呟く根暗が君だ。 「そんな場に私を呼び付けるなよ」 「今日は葵さんも飲んでいるから呼ばないって決めていましたよ! でも……どうしたらいいのかわからなくて……あと耐え切れなくて……」 「道連れに出来る仲間を探し当てるんじゃない」 「俺達が東松ノ宮で飲んでいるって知りませんでしたよね」 「当たり前だ」  参加しない飲み会の情報なんざ持っておらんがな。 「なのに西松ノ宮の手前で返信をくれた辺り、今日葵さんは此処へ来る運命だったのですよ」 「お前に運命とか言われると微妙な気持ちになるんだが」 「それについてはごめんなさい」  アホ、と震える手でメガハイボールを煽る。本当に重いな。  テーブルの向こうに陣取る女子二人を眺めてみる。今度は恭子が咲ちゃんに耳打ちをした。あはーはー、と咲ちゃんは額に手の甲を当ててよろめいている。おっと、そのまま通路へ倒れそうだ。咄嗟に踏み込み、彼女を支える。そして席に押し戻した。ありがとう、とこっちを見向きもせずにお礼を言われる。私だって気付いていないな。うん、酔いすぎだ。 「そんな状況、キュンキュンしちゃいます」 「いいわよねぇ~。いいなぁ~ぁぁぁぁ!!!!」  うるせぇ。 「私もされたい!」 「同じく!」 「田中君はぁ、してくれないの?」 「恥ずかしがって、してくれません」 「チキンな、だけじゃない?」 「そうですね!」  きゃはははは、とまた甲高い笑い声が響いた。こっち向け。私に気付け。しかし二人は自分の酒を飲んでは腕組みをしてうーんと唸り始めた。何を考えているのやら。 「どうも、二人がキュンと来る状況を耳打ちし合っているらしいのです。三十分前からこの調子」  田中君が推測を語ってくれた。 「まあ、我々までは聞こえないから内容を推し量ることしか出来ないよな。そんで、デカイ声で笑うから喉が乾き、更に酒を飲む、と」  彼が深々と頷く。最悪の永久機関だな。止まるのは酔い潰れた時、というわけだ。 「一応、テーブルの上の物を引っくり返さないよう酒以外はどかしました」 「じゃあ後は今みたいに咲ちゃん自身が引っくり返らないかだけ気を付けておくとしよう」  恭子は席の奥側だから大丈夫だ。デカいメガハイボールを再び頑張って煽る。ジョッキはもうちょっと軽量化してくれんかね。 「あいつらは見守りつつ放っておいて、こっちはこっちで喋ろうぜ」 「気付かれなくていじけていますか?」 「よくわかったな」 「俺だったらそう感じるから」  似た者同士、ね。やれやれ。 「あ、そうだ。葵さん、そっちは結局どうなりましたか」  綿貫君から恭子宛のプレゼント選びについてだろうか。恭子本人を前に訊くなんて、田中君も大した度胸だ。いや、違うな。此処でその話をしない方がいいって気付いておらず、シンプルに質問しちゃっただけだな。しゃーない、個人名は伏せて答えるか。田中君がヘマをしそうになったら殴って止めるとしよう。 「結局決め切れなかったよ。ただ、あいつの中で方針の立て方は何となく浮かんだはずだ。あとは自分で頑張るだろう」  おっと、と田中君が恭子を伺う。頑なに名前を出さない私の話し方で、いけね、と気付いたらしい。だから君はやらかし大王の称号を返上出来ないのだ。 「そうですか。まあまだ時間はあるし大丈夫ですよね」 「逆に今日、私と話をしなかったら直前まで悩んでとんでもない物を選んだかもな。そのくらい、彼もまたポンコツだったよ」 「俺もセンスは無いからなぁ。偉そうなことは言えません」  イルカまみれのトートバッグに、上司から勧められた低反発枕だったか。トイレットペーパーがプレゼントの候補に挙がってしまった綿貫君と割といい勝負な気はする。取り敢えずピンクの可愛い靴下は買えたが、あとは何を選ぶのやら。 「んで? こっちは日曜日に酔い潰れちゃってごめんなさいの会だったんだろ。なのにあのバカ、結局また泥酔したのか」 「まあ、恭子さんですから」 「大した面の皮の厚さだよ」  まだ私に気付かないし。曲がりなりにもお前の親友だぞ。チラ見くらいしろやコラ。 「最初は自制したいたのです。ただ、前職場がひどかった話をした後、自棄のように飲み始め、こっちも止めづらくなってこんな有様に……」 「……君らの気持ちはわかる。そして恭子はもうちょい理性を働かせるべきだ」 「あと、俺と咲が調べ物をしている間、一人静かにぐいぐい飲んじゃったみたいで」 「ほほう。何を調べていたんだ? 恭子が酔っ払う程の時間をかけて」  さっと田中君が顔を逸らした。おい、と肩に腕を回す。たまにはいいよな、接触したって。恭子も咲ちゃんも私には気付かないのだし。けっ。 「私に話しにくい内容だって、今更ながら気付いたのか」 「わかっているなら逃がして下さい」  図星かよ。 「やだ」 「何で」 「面白いから」 「面白く無い!」 「そうやって困る君の姿がねぇ、嗜虐心を煽るのだよ。もっと見せろ、その困った顔」 「取り敢えず離して下さいよ!」 「やだ」 「咲に怒られますよ!?」 「向こうも楽しそうだから大丈夫だって」  んふぅ~って呻きながら両手を繋いでいるのが見える。 「ほら、平気だ」 「いやでも離れて下さいってば」 「また惚れそう?」 「気まずいの!」 「じゃあ何を調べていたのか、吐け」 「吐いたら離してくれますか?」 「……」 「黙り込まないで!」  渋々肩から腕を離す。あんまりからかうのも可哀想だからな。私ってば、優しいんだから。なんてね。
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