田中と葵、のんびり語らう。①(視点:葵)

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田中と葵、のんびり語らう。①(視点:葵)

 田中君は渋々といった具合にスマホを操作し始めた。一方、テーブルの向こうでは楽しそうな声がまた響いていた。メガハイボールを飲みながらぼんやりと視線を遣る。 「ね、恭子さん」 「全くよ咲ちゃん」  うふふふふ、と二人揃って笑い、酒を煽った。そして、じゃあこれは? と恭子が咲ちゃんに耳打ちをする。私があれをやられたら、くすぐったくて身悶えしちまうな。我ながら、つい最近まで耳が弱点なんて知らなかったぜ。息を吹き掛けて来るような相手なんていた試しが無いから当然だ。これです、と不意に田中君が呟いた。彼へ目を戻す。 「式場を確認していたのです。二月に挙げられるところは候補の中にあるのかなって」  ぽつりと口にした。成程。 「そりゃあ私に話し辛いわ」 「だから勘弁してって頼んだのに……」 「話題を振ったのは君だろうが。よっ、失言大王」 「どうすりゃ改善出来ますかね」 「考えてから喋るようにしろ」  即答すると、気を付けます、と溜め息を吐いた。さて、と。 「で? 何でまた恭子がいる場でそんな話になったんだ? あ、スピーチをあいつに頼んだとか?」  試しに言ってみたら目を丸くした。ビンゴ。 「よくわかりましたね」 「難しくはないさ。今日は日曜日に酔い潰れてごめんなさいの会なんだろ。そこから雑談で結婚式はどうするのかって話題になってもおかしくはないが、わざわざ今、二月に挙げられる式場を調べるなんて些か急だ。そいつは君と咲ちゃんの二人でゆっくり探すべきもんだろう。此処で調べる必要も無い。では何故恭子を放置してまで確認しようとしたのか。考えられる原因として、むしろ恭子が式に口出しをしてきた可能性がある。だがこいつは人様の結婚式の日程にやいのやいの言うタイプの人間でもない。それなのに首を突っ込んで来たのは、自分も関わるイベントになったからだと推察される。では田中君と咲ちゃんの結婚式で当事者側になる立ち位置はどこか。候補は二つ。友人代表のスピーチをするか、司会者か。その内、司会者は式場で手配する場合も十分あり得る。故にあいつへスピーチを頼んだ方に賭けてみた。多少は可能性が高いからな。以上、説明終わり」  お見事、と田中君が拍手をしてくれた。まあ本当はただの当てずっぽうが偶然命中しただけなのだが、名推理ということにしておこう。その方が私、格好いいもん。 「仰る通り、恭子さんにスピーチをお願いしました」  しかし大丈夫かな。二人の門出を祝う大役ね! と意気込んだ上で、緊張しまくり暗記した原稿が頭から吹っ飛ぶ未来が目に見える。カンペを持っておけって言い含めた方が良さそうだ。 「で、当然聞かれたわけです。いつやるのって」  そりゃそうだ。 「まだ予定は決まっていないけど、二月から四月の間で考えていると答えました」  ん? ちょっと待て。 「君達、四月から新居で結婚生活を始めるんだろ」 「よくご存知で」 「咲ちゃんから聞いた」  私が君にフラれた時にな。(作者注:エピソード87「葵と咲。③」参照 https://estar.jp/novels/26177581/viewer?page=87) 「まあ葵さんには話しますよね」  とんでもない話の流れからの通知だったよ。 「そうすると三月下旬から四月上旬に結婚式をぶち込むのは厳しいわな。年度末、年度初めでただでさえ仕事も忙しいだろうし」  どこの会社もバタつく時期だ。 「はい。だから、その辺りの慌ただしい時期を過ぎた五月の連休明けとかがいいかも、と考えつつ、結婚生活を始めてから結構日が経って式を挙げるのも間抜けなので四月下旬らへんもいいかなぁと考えていたのですが。恭子さんが、今決めないと田中君はまたズルズル先延ばしにする、それこそプロポーズをなかなかしなかったように、と仰いまして」  じっとりと恭子を睨む。こっちを意にも介さず咲ちゃんと楽しそうに騒いでいた。 「すまん。恭子の言い分もわかるっちゃわかるが、だからってこの場で決める話じゃない」  親友として頭を下げる。いやいや、と田中君は手を振った。 「結局二月がいいんじゃないかって話になって、一応空き状況だけ確認することにしたんです。でも流石にこの場で予約を取る気は無かったし、今週末にでももう一度、咲と相談して時期や店を決めますよ」 「それがいい。友人代表の意見に新郎新婦が振り回される必要は無い」  ありがとうございます、と応じた田中君の肩からあからさまに力が抜けた。 「ほっとしたんか」 「そりゃあまあ。俺は恭子さんに恩義を感じておりますし、そもそも先輩と後輩の間柄ですからね。嫌味やからかいを飛ばすことはあれど、真面目に忠告されるとノーとは言いづらいのです」 「つまり、慌てて予定を確認させられたのは割と不満だった、と」 「不満とまでは言いませんが、そんなに焦らなくても良くない? とは思いました。まあ急かした理由は俺がプロポーズを先延ばしにしていたというところなので自業自得に近いですが」 「違いない。まっ、ゆっくり決めればいいさ。一生に一度の大切なお祝い事だ。君と咲ちゃんが納得出来るよう、二人でじっくり考え給え」  微笑み掛けると目を逸らした。 「おいおい、あからさまに避けんなよ」 「まあ、はい。すいません」 いじりはするけど、マジになられるとこっちも気まずいんだよ。ったくしょうがねぇなぁ。 「そんで? 候補の店、決まっているんだろ。見せてくれよ」  お願いすると、えぇ、とこれまた露骨に顔を顰めた。 「いいじゃん。私だって参列させて貰えるんだよな? え、まさか呼ばれないの……?」  真顔でからかうと、そんなわけないでしょ! と語気を強めた。やーいバーカ。 「咲が葵さんを呼ばないわけないじゃないですか!」 「じゃあ候補、見せておくれ。案内が来た時、結局この式場に決めたんだ、って密かに一人楽しみたい」 「どんな楽しみ方ですか」 「いいから、早よ見せろ」  うーん、と唸っている。いつまで渋るねん。うり、と脇腹をつつく。やめなさい、と身を捩った。 「見せてくれるまでやめない」 「子供か! いや、全部で十五軒あるから時間がかかるなって」 「じゃあ有力候補のみに絞り込んでくれ」 「そうは言っても甲乙つけがたくて」  優柔不断め。面倒臭い。 「あ、でもさっき、三軒だけピックアップしました」 「よさげなん?」 「いえ、もし二月にやるとしたら空いているのがその三軒しか無かったのです」  成程。そういや肝心なことを聞いていなかった。 「式の日程以前に、そもそも君ら、いつ籍を入れるんだ?」 「予定としては、年始以降です。正月に俺の実家へ咲を連れて行って、家族に紹介をするので、それ以降ですね」 「ほほぉ。いよいよだな。まあ君の場合は娘さんを僕に下さいってやらないから緊張しなくていいけどさ。咲ちゃん、ドキドキするだろうなぁ。さぞ可愛かろう」  途端に田中君が溜息を吐いた。 「何だよ。咲ちゃんは可愛いだろうが」  私の反論に、違います、と首を振った。 「じゃあ今の溜息はどういう意味だ」 「さっきも同じ話をしたんです。そうしたら、咲、緊張しちゃって急に酒のペースが上がって……」  再び酔っ払いどもへ目を向ける。にゃははほほ、と笑いながら互いに頬ずりをしていた。 「……大丈夫なのか?」 「無事に乗り越えてくれないと困ります」 「ちなみに、咲ちゃんが酔った理由はわかった。平常運転でそれに並ぶくらいベロベロになった恭子を、君、どう思う」 「平常運転だなぁと」  顔を見合わせる。だな、と同時に頷いた。よし、この話は終わりだ。 「じゃあ年明けに紹介が終わったら、いつでも籍を入れられるわけだ。どこか候補日は無いのか」 「それが何も無いんですよねぇ。大安を狙うくらいしか思い付かなくて」 「記念日とか、誕生日とか」 「一つも無し」 「じゃあ何でもない、普通の日に君らは夫婦になる見込みか」 「むしろ良くないですか? 平穏な日常の中で普通に籍を入れるのって」  言われてみれば、確かに。 「めっちゃいいかも」  ね、と田中君が表情を緩める。まったく、幸せになりやがれよ。 「そんじゃあ二月に結婚式を挙げても問題無いわけだ」 「式までに籍を入れればオッケー。まあ厳密には入れていても入れていなくてもいいんでしょうけど、けじめはつけておきたくて」 「いいと思うぜ、その姿勢。最近はその辺がおざなり、適当になりがちだし、指摘するとうるせぇって唾を吐かれるけどさ。私個人はそういう考え方に賛同する。古い人間だからなんだろうな」 「俺も同感ですよ。古い奴ばっかりです」 「ははは、違いない。嫌いじゃないがね」 「だから俺達、つるんでいるところもあると思います」 「しかし最新の技術も活用しているぞぅ。見ろこれ、生成AIアプリで作ったイラストだ」  スマホを取り出し、先程綿貫君に見せた物を画面に表示させる。げ、と田中君はちょっと引いた。 「げ、とは失礼な。水着の恭子、佳奈ちゃん、咲ちゃんだぞ。割とうまいことできているだろ」 「いや何で葵さんがその三人の水着姿のイラストを作ったのですか」 「いつでも愛でていたいから」 「スケベ親父じゃないですか」 「私はお姉さんだ」 「わかっていますよ。中身の話」 「いいだろ別に。かなり本人達のイメージに近い作品が出来上がったし、これらを眺めていると疲れが飛ぶのだよ」 「どうしようもないな」 「なんなら送ってあげようか? こっそり楽しむ分には一向に構わん」  しばしの沈黙。 「わかった。送る」 「葛藤しているんだから待って下さいよ!」 「その時点で君もスケベの仲間入りだ」  田中君個人宛に速攻で三枚のイラストを送る。 「また良いものが生成出来たら共有してやるよ」 「まだ作るつもりですか」 「三人娘を放り込みたいシチュエーションはまだまだはてしなくあるからな」  コスプレの可能性は無限大。ましてや生成AIだ、多少の手間はかかるが衣装代がかからない。好き放題に作らせて貰うぜ! 「貴女も大概自由ですね……」 「折角の人生、楽しむって決めたのさ」 「さいでがんすか」  イエイ、とダブルピースを繰り出してみる。田中君の顔が赤くなった。 「おい。これでアヘ顔をしてくれたらドスケベなのに、とか考えただろ」 「だから思考を読まないで!!」  君がわかりやすいのが悪いのか、我々の思考パターンが似通り過ぎているのが問題なのか。わからんが愉快だからよかろうもん。
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