田中と葵、のんびり語らう。④(視点:葵)

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田中と葵、のんびり語らう。④(視点:葵)

「残る式場はあと一つか」 「そうですね。まあ二月に式を挙げるなら、ですが」 「ったく、恭子は話が急なんだよ。思い立ったが吉日は構わんが、酔った勢いで結婚式なんて大事なイベントの日取りを決めさせるなっつーの」  まったくです、と苦笑いを浮かべながら田中君がまたスマホを見せてくれた。画面に表示されていたのは真っ白な式場だ。 「おぉ、超オーソドックスな結婚式場じゃん」 「そうなんです。ただ、此処になる可能性は低いですね」 「なして?」  一つ、と彼が人差し指を立てる。えらい芝居がかっとるな。 「料金がぶっちぎりで高い」 「……具体的に、どのくらい違う?」 「桁が一つ変わるくらいには」  げ、と声が漏れる。 「そんなに違うんけ」 「そうですよ」 「だったら新婚旅行でファーストクラスに乗った方がいいんじゃねぇの。短時間で大金を使い切るって点では似たようなもんじゃろ」 「新婚旅行、何処へ行きましょうね」 「知らねぇよ」  私に訊いてどうする。二つ、と話を逸らすように中指を立てた。おい。 「無駄に規模がデカい。参列者は五人しかいないのに、盛大な式も豪華な料理も必要無い」 「飯が美味いのはありがたいが、量はいらん」 「貴女はそうでしょうね」  私が参列した結婚式や披露宴は、大抵恭子と共通の知り合いのものだった。だから食べ切れない物は全部恭子にあげた。食い物を粗末にするなと婆ちゃんに教わったからな。ドレスはお腹を締めているから苦しい、と何度も恭子に文句を言われたっけ。  思い出に耽る私の脇で、三つ、と田中君が親指を立てた。変わった三の数え方だな。しかしその先の言葉が出て来ない。 「三つ目の理由は何だよ。それとも急に酔いが回って気持ちが悪くなったのか?」  いえ、と首を振った。 「……格好をつけて三つって言ってみたものの、理由は金額と規模のミスマッチしかありませんでした」 「バカかおめぇ」 「何で訛っているのですか」 「つい、うっかり」  微妙な沈黙が降りる。ともかく、と田中君はゆっくりと手を下げた。 「そういうわけで、この式場は選ばないと思います。とにかく高いんですよ。だったら葵さんが仰ったように他のことに金を使いたいです」 「んだなぁ。じゃあ実質二択なわけだ。君は二軒目のカフェを希望しているんだろ。咲ちゃんはどっちの方がいいとかあるんかね」 「咲は一軒目の方を気に入っているみたいですよ。料理の評判がいいから食べに行ってみようか、って提案するくらいには乗り気です」  ふっと小さく吹き出してしまった。え、と田中君が目を丸くする。 「いや。君らの意見が割れた時、互いに譲り合いまくって結論が出なくなりそうだと思って」 「む、それは確かに。俺は咲に楽しんで欲しいけど、咲も俺の希望する方でいいよって言うからなぁ」 「あ、わかったぞ!」  いいことを思い付いた。スマホを取り出し検索をかける。今度は何事ですか、と田中君が覗き込もうとしてきた。ちょっと待ってろと言い含める。えーっと、まあ取り敢えず場所は適当でいい。ワードを入れて、検索っと。よし、店が出て来た。見ろ、と私のスマホを見せる。 「コスプレ居酒屋。此処なら咲ちゃんも田中君も満足だろ」 「いや、なんちゅう提案をしてくれているのですか!」 「衣装は自由だってさ。綺麗な子達が思い思い、好きな服を着て接客してくれるぞ。ほら、この子なんて見てみろ。超大胆」 「こんなところで結婚式なんて挙げられるわけがないでしょうが!」 「わからんぞ。探せば見付かるかも知れないじゃないか。電車で行ける地域に該当する店があるかは知らんが」 「聞いたことありませんよ、コスプレ居酒屋で式を挙げるために飛行機に乗ってやってきました、なんてね!」 「でもこれなら二人とも絶対に満足出来る。意見が割れる心配も無い」 「もっと大きな問題が発生している!」 「なんだよ、人が折角提案したのに否定ばっかりしやがって」 「葵さんが苛々するのはおかしくない!? じゃあもし貴女が結婚式を挙げるとして、コスプレ居酒屋でやるのはどうだ? って言われたどう思います?」 「バカじゃねぇの」 「あんたが言い出したんでしょうが!」 「君らのためを思ってだね」 「みょうちきりんな気遣いはいりません!」  鼻息荒く反論する田中君を見詰める。しばし私の視線を受け止めた後。 「……からかったんですよね?」 「本気だと思うか?」  彼は溜息を吐いた。割と真面目に受け答えをしてくれるから面白いんだよな、こいつ。咲ちゃんといい、からかい甲斐があるよなぁ。 「まあ大いに悩み、じっくり決めたまえ。それこそ下見をしたり打ち合わせを重ねる中で、此処はいいな、とか此処は駄目だな、とか見えてくるだろうから」 「そうですね。ありがとうございます」 「ん? 何が?」 「アドバイスっぽいものをくれたから。あと、司会の原稿、引き受けて下さいましたし」 「あぁ、そうだ。結婚式ってそもそもどんな内容があるんだっけ? 忘れちまったよ」  スマホで再度検索をかける。大胆なコスプレ姉さん、さようなら。久々に恭子へ着せたいな、谷間丸出しのメイド服。今日も結局介抱が必要そうだから、それをダシに着させるか。 「えー、なになに。迎賓。新郎新婦入場。開宴の辞。新郎新婦プロフィール紹介。祝辞。ケーキ入刀。乾杯。え、乾杯遅くね? ここまで飲めないの? 最初に乾杯しようぜ」 「葵さんまで恭子さんみたいなことを言い出さないで下さいよ」 「だって早く飲みたいもん。んで、続きだが。お色直し。これは要らんよな? それとも咲ちゃん着替えたがるだろうか」 「取り敢えず検索して表示された物を参考に貴女が思い出しているだけでしょう。本番をごっちゃにして考えないで下さい」 「そりゃそうだ。そんでその次が、キャンドルサービス。いるかぁ!?」 「話、聞いてた!?」 「各テーブルのろうそくに火ぃ点けて回るんだってさ。どうせ私ら、一つのテーブルに座るだろうから一回点火して終わりだな。ははは!」 「どこに爆笑出来る要素があったんですか?」 「で、花束贈呈。両家代表挨拶。これは無し。新郎新婦挨拶。送賓。へー」 「読み上げた感想が、へー、の一言て」 「しかしこいつは随分かっちりした披露宴だな。あれ? 君ら、式にも我々を呼んでくれるんだろ?」 「勿論。俺と咲が、式へ来てくれた皆に結婚の誓いを立てるという形式を希望しているのでむしろ皆がいないと始まりません」 「君らが万が一離婚するようなことがあっても、私らの力不足とか言い出すなよ」 「結婚前から不吉な釘を刺さないでくれます!?」  本当にからかい甲斐があるな。 「しかしこんなに色々やらんでいいよなぁ。田中君はどう思う?」  スマホを渡す。うーん、と画面を見詰めた。 「迎賓は要らない。式の開始時点で集まってくれていればそれでいい。新郎新婦入場は、まあ式の後、披露宴と言うか食事会のスタートの時か。流石に参列者と一緒に着席していただきます、ってのも締まらないからこれはやりたいかな」 「給食か」 「ふふ、確かに。開宴の辞は、司会者にこれから始めます的なセリフを言って貰えばいいや。新郎新婦のプロフィール紹介ねぇ。今更、要ります? お互い、見知った仲ですけど」 「むしろ必要だろ。私や恭子は昔の君らを知らないのだよ。地元は何処で、どんな暗い青春を過ごして、今の趣味は何で、咲ちゃんとどんなプレイをするのか」 「ちょいちょい余計な情報が入ってますね。絶対に知りたくないでしょ、新郎新婦の夜の事情」 「うわっ生々しい! やめてくれよそんな話を友達にするのは」 「葵さんのへそって曲がっていますか? ちょっと確認させて下さい。今すぐに」 「いやん、田中君のエッチ」 「話を戻しますよ。祝辞は恭子さんにいただきます。ケーキ入刀は……要るか? 要るのか? 俺、甘い物は嫌いなんですけど」 「そこかよ。私も嫌いだが目的は初めての共同作業の方だろ。それに甘いのが嫌なら紅茶のケーキでも作って貰えばいい。甘くないし私は割と嫌いじゃない」 「へぇ、紅茶のケーキですか。いい情報をいただきました! ありがとうございます」 「どういたしまして」 「そして、乾杯。ん? 乾杯の発声って誰がするんですか?」  ……誰って。 「さあ。咲ちゃんにして貰えば?」 「新郎新婦がするのかなぁ。司会者のわけないし、祝辞を述べた人がその流れでやるの? あ、でも祝辞の後にケーキ入刀が入っているからおかしいか」 「式場の人に聞いてみろ。私はわからん」 「葵さんだって披露宴に行った経験はあるんでしょ」 「誰がどのタイミングで何を任されていたか、私が覚えていると思うか?」 「興味、無いんですね」 「当たり前だろ」  いつものメンツ以外について、脳の要領を割く程私の器は大きくないのだ。 「お色直しは、咲に確かめないとわかりません」 「途中からメイド服に着替えて貰うか」 「駄目ですよ、咲は撮る専門ですから」 「でも可愛いし、メイド好きなら記念の日に自分が扮しちゃうのもありだと思わん?」 「あ、ただその提案はしない方がいいですよ」  む、やけに真面目な顔だな。 「なんで」 「特別な日ってことは咲の要望を通そうとしかねません。そうなると、葵さん、恭子さん、高橋さんに途中からメイド服を着て参加させると言い出しかねませんよ……!」  んなアホな、と否定出来ない。何故なら咲ちゃんはメイドが関わるとIQが絶望的に下がるから。何で青竹城でコスプレさせられにゃならんかったのか。未だに一つも納得出来ていない。 「よし、あの子にそういう可能性を悟らせるな。頼んだぞ田中君。少なくとも、私は平時であってもコスプレなんざごめんなんだ。ましてや人の結婚式でそんな格好をさせられるなんて恥辱には決して耐えられない」 「俺だって気まずいですよ。自分の結婚式に来てくれた女性陣をメイドにするなんて」 「ちなみに綿貫君ってメイド服をどう思っているんだろう」 「可愛い衣装だなー、くらいにしか捉えていませんね」 「十分だな」 「とにかく、咲に結婚式とメイド服を結び付けさせないよう気を付けます」 「頼むよ」 「お任せを」  ……今の台詞、フラグに聞こえたのは考えすぎだよな。 「さて、その次はキャンドルサービスですか。個人的にはいらないと思います。葵さんの言った通り、テーブルは一つでしょう。一本のろうそくへ点火をするためにプログラムへ組み込むなんて、間が抜けている」 「だが咲ちゃんがどうしてもやりたいって主張をしたら?」 「やります」 「うむ、いい返事だ」 「とか言いながら、貴女爆笑していましたよね」 「忘れた」 「都合がいい脳みそなんだから……」 「大人なんてそんなもんだよ」 「適当だなぁ。そして、花束贈呈? これも俺は別に要らないなぁ。皆の誰から貰っても笑いそう」 「なんで」 「結婚、おめでとう! ってわざわざ花束と共に言われなくても十分祝われていますからね。今更花束かぁ、演出過多だなぁって思っちゃいます」 「結婚式なんて演出過多の集合体だろう。そこを気にしたら式の間中ニヤニヤしっぱなしになるぜ」 「嫌な新郎だな」 「お前だよ」 「うーん、ただ演出過多の集合体かぁ。上手いこと言いますね」 「だろ?」 「……嫌だな! 本番、ずっと今の言葉が頭を駆け巡りそう」 「ははは、本当に式の間中、ニヤつく新郎になるのかい?」 「それはよろしくない!」 「ふふん、面白い呪いをかけちゃったな。こりゃあ本番が楽しみだ。なんなら打ち合わせの時から、過剰な演出をやるための話し合いを今俺達はしているんだな、これが本番の集合体に繋がるんだな、って意識しちゃうんじゃないの?」 「やめて下さいよ! この期に及んで更に追い詰めるのは!」 「知らねぇよ。君が勝手にドツボに嵌っているんだろ」 「葵さんの発言に端を発しています!」 「人のせいにするんじゃないの」 「もう、ひどいっすよ」 「楽しみが一つ増えた。いい式になりそうだ」 「悪魔め」  けけけ、と笑ってみせる。田中君は肩を落とした。ざまぁ。
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