田中と葵、のんびり語らう。⑤(視点:葵)

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田中と葵、のんびり語らう。⑤(視点:葵)

「んで、次は新郎新婦の挨拶か。御家族を呼ばないってんなら私らに対してお手紙でも読んでくれるのかい」  そうですねぇ、と田中君が腕を組む。 「皆へお礼の気持ちは伝えますよ。友達でいてくれてとても嬉しい。いつも俺達を見守ってくれて本当にありがとう。そういう、感謝をちゃんと言葉にしなきゃいけないなって思っています」  へえ、と応じる声が上擦ってしまった。 「何で裏声? そんなに意外ですか?」 「うん。君が素直にありがとうって言える人だなんて知らなかった」 「失礼な。俺をどこまで人でなしだと見ているのですか」 「人でなしって言うか、君、照れ屋じゃん」  え、と目を丸くした。 「照れ屋、ですと?」 「自分の本心を嫌味で隠すのは、へそが曲がっているせいもある。だけどねぇ、照れちゃっている部分も大きい気がするんだ。ストレートな物言いは恥ずかしい。気持ちを見られたくない。君は私と同じひねくれ者、そして私より遥かに嫌味野郎でもある。だが素直に発言出来ない、良く言えば可愛いところ、悪く言えば面倒臭い一面があるように見受けられる」  いやぁ、と直角に首を捻った。肩凝りが無さそうでようござんす。 「別に照れているわけではないと思いますが」 「だけど咲ちゃんにはちゃんとストレートに言葉をぶつけるじゃんか。嫌味も含めて真っ直ぐにさ」 「それは咲との関係性ありきの話ですよ。むしろ嫌でしょ、遠慮して主張を出来ない相手と結婚するなんて」 「勿論、交際相手だからという一面は大きい。しかし同時にだね、咲ちゃんを相手に君はちゃんと告白をしている。恐らく、生きている上で人間が味わう感情において、尤も揺れ幅が大きく、伝えるのは恥ずかしくて、なにより口に出しづらい気持ちだ。そいつを咲ちゃんに君は伝えた。逆に言えば、そこを乗り越えた咲ちゃんを前にした際、告白を上回る恥ずかしい発言は存在し得ないわけだ。故に咲ちゃんに対しては照れ無し、隠し事無し、素直な気持ちを伝えられるのではないか。そんな私の見立ては、はたして当たっているのかしらん」  私の仮説を聞いた田中君は、目を瞑り唇を噛んだ。悩んでいるねぇ。それとも図星だから照れ臭いのかい。数十秒が経過しただろうか。あの、と彼が静かに口を開いた。 「その理論でいくと、俺は葵さんにも素直な物言いが出来ることになるのですが……」  あ。 「……」 「……」  恭子と咲ちゃんを見る。んん~、と頬ずりをしながら目を閉じていた。よし、この場であの話をしても二人は認識しないな! 「あー」  だが流石に切り出すのにはまだ勇気が要る。すみません、と彼も消え入りそうな声で謝罪を口にした。 「いや、まあ。うん。そうだな。したもんな。私にも、告白」 「……俺、葵さんに素直な発言をしていますか?」  焦るわ私! 普通! そう! 普通に振舞え! 「……そんなでもないと思う」 「やっぱり嫌味や皮肉が散りばめられていますよね」 「うーん。うん。そう、だね。そっか、そっか。じゃあやっぱあれだ、あれ」  どれだよ私! 「えーっと、そう、咲ちゃんとは付き合っているから言葉のドッチボールが出来るんだよ。そう、そう! 咲ちゃんもさ、田中君を相手には大分ズケズケ物を言うじゃん。あれは信頼の証だよな! 君がずっと傍にいてくれると確信しているから、遠慮なく発言が出来ると捉えているわけだ! おかげで口喧嘩は結構多いようだが、ちゃんと仲良く過ごすんだぞ?」  我ながら、上手く話を逸らせたんじゃないか!? 「はい。葵さんに約束しましたからね」  よしよし、ちゃんと話題に乗ってくれた。そうだぞぅ、と先を続ける。 「軽かろうが重かろうが喧嘩をする君達なんて見たくない。仲良くニコニコしていておくれ」 「ええ、はい。努めます」 「おいおい、努めるなんてなんか嫌だぜ。自然体で仲睦まじく過ごすことは出来ないのか」 「遠慮の無い言葉の投げ合いになるのでどうしても小競り合いになっちゃうんですよ。さっき、ドッチボールと仰いましたがまさにそんな感じ」 「そこは親しき中にも礼儀あり、遠慮は要らんが配慮はし給え」 「ちなみにこないだ、恭子さんの家で始まった喧嘩は結局俺が悪いですかね」 「うん。売り言葉に買い言葉ではあったが、先にカチンと来る発言をしたのはどんな意図があったとしても間違いなく君の方だ。世話ないね、なんて彼女に言ったら駄目だろ」  あぁ、と田中君が今度は自分の額を叩いた。 「つい口を突いて出ちゃうんだよなぁ。気を付けます」 「そうだそうだ。気を付けろ。咲ちゃんを泣かしたらカンチョーするからな」 「……でもですよ」 「おう」  なんじゃ。 「葵さんだってたまに軽率な発言をしますよね。さっきみたいに」  この野郎、折角話題を逸らしたのにわざわざ蒸し返しやがって……。 「……仮説の件なら確かに考えが足りなかった。だから忘れてくれ」 「あ、ずるい! 人を責めるだけ責めておいて、自分のミスは忘れろなんていくらなんでも都合が良すぎる!」 「君は駄目! 私はいい!」 「そんな我儘が通るわけないでしょ!」 「んだよ、元はと言えば君が私に惚れたのが原因だろ!?」 「だって凄い優しくしてくれたんですもの!」 「その辺も私のミスだな! 距離感が近すぎた! ハグはやるべきじゃなかったね!」 「まったくです! 俺の告白も本当に軽率でしたけど!」 「その通りだな! じゃあお互い様ってことでいいか!?」 「葵さんも自分のミスを認めてくれるんですね!?」 「認めるから許せ!」 「オッケー!」  生産性ゼロの言い合いを終える。ふっ、と揃って吹き出した。 「これはネタに出来ている、と評していいのだろうか」 「葵さん自身が決めて下さい。俺が判定するのは違うでしょう」 「んだなぁ。戦犯が、もうセーフだよね! って言い出したら、お前がジャッジすんなや! って総ツッコミを食らうわ」 「また皆に怒られてしまいます」 「そいつは私が認めない。君を責めていいのは私と咲ちゃんだけだ」  恭子はギリギリ入るかな。さて、とスマホに視線を戻す。この話はお終い、と宣言する意図も含めて。 「またまた脱線しちまった。新郎新婦の挨拶ね」  はい、と今度こそ田中君が話に乗った。また蒸し返すかも知れんが取り敢えず結婚式の話を再開する。 「二人それぞれか、或いは共同のメッセージかはわからんが、とにかく我々への挨拶をいただいて、と。最後の送賓ってのは何だ」 「お見送りじゃないですか。そこで記念品をお渡しするかと」 「記念品なんて配るのか。あぁ、あれだけはやめてくれよ。新郎新婦の顔写真が印刷された皿。一昔前は流行ったらしいが、参列者が自宅に飾るわけないし、かといって普段使いもしづらいし」 「使う分には別に良くないですか? 食べ物を盛っちゃえば柄なんて見えないでしょ」 「他人の顔にホワイトシチューをぶっかけるなんて非常に申し訳ない。ましてや咲ちゃんの顔面になんて……背徳的すぎる……」  ちょっと! と慌てて制止された。 「やめて下さいよ、人の彼女にとんでもない状況の妄想をぶつけるのは!」 「何だよ、何を想像した? 私は咲ちゃんをホワイトシチューまみれにしたくないって言っただけだがどうしてそんなに焦っている?」 「嘘を吐け! 完全に悪意が籠っています!」 「無い無い。君の心が薄汚れているだけ。考えてもみろよ。自分の顔写真に熱々の中華だの三日寝かせたカレーだのをかけられたいか?」 「それは普通に嫌ですが、まだ話は終わっていません! 咲にいかがわしい発言をしたの、取り消しなさい!」 「心当たりがあるんだね?」 「バカ野郎か!」 「私は女だ。野郎じゃない」 「バカは否定しなかったと捉えますよ!」 「いやぁ、しかし君達ってばなかなかハードなプレイを」 「うるせぇ先輩ですねぇ! してないから!」 「顔面にホワイトシチュー」 「だまらっしゃいこの変態!」 「そろそろ冷え込みがきつくなる。暖かいシチューが美味しい季節だね」 「あんた酔っ払ってんのか!?」 「メガハイボールのせいで酔っちゃったわん」 「駄目だこの先輩……」  田中君が頭を抱える。わん、と両手の拳を自分の頬に当ててみた。 「はいはい、可愛いですね」 「彼女以外の女に可愛いとか言うなよ。それとも今のは素直な発言なのか」 「悪かったからややこしい蒸し返し方をしないで!」  うむ、私も多少酔っているな。 「記念品に話を戻しますよ」  どーぞ、と応じて置いてあったナスの漬物をひと切れ齧る。うわっ、しょっぱいなこれ! 私は浅漬けの方が好きなんだ。 「逆に参列者側の意見を聞かせて下さい。葵さんだったらどんな物を貰ったら嬉しいですか」  ふむ、としばし天井を眺めて考える。大事な二人の結婚式で、記念品として貰って嬉しい物、ね。 「……写真立て」  ぽつりと呟く。ほう、と田中君が身を乗り出して来た。 「写真立てですか」 「うん。結婚式当日の日付が印字されている物がいいな。多分、式の最後に全員で記念写真を撮るだろ。そうしたら、その写真立てに飾れるじゃんか」 「あ、じゃあデジタルではなく本当にアナログな写真立てですか」 「デジタルな写真立てって何だ。ホログラムか何かか」  素朴な疑問に、本当に葵さんは……と田中君が呆れた。失礼な。 「知らないんだからしょうがない。教えておくれ」 「今は写真ってスマホで撮る機会が多いじゃないですか。つまりデータで保存しているわけです。勿論、一眼レフとかも同じですね。咲がクラウドに大量の恭子さんの写真を保管しているの、知っているでしょ。ああいうところに写真立てをアクセスさせて、大量の写真を自動で表示させられるのです」 「へー」 「説明させておいて興味無さそうですね!?」 「私は形になっている方が好きだからなぁ」 「そういや咲と葵さんは恭子さんのメイド服をアルバムにして交換しているのでしたね」 「そうだよ。だから私がデジタル写真立てなんて提案するわけがなかろう」 「納得しました。ええと、昔ながらの写真立てに日付を印字、集合写真を撮って飾る、と」  成程、と呟いた田中君は、え、と顔を上げた。 「それ、めっちゃいいですね……! ナイスアイディア!」 「お気に召したのであればなにより」 「咲に相談してみます! 葵さんの発案だって教えていいですか!?」 「好きにし給え。結果、喜ばれようが怒られようが私の知ったこっちゃないし」 「怒られる? 何で?」 「結婚式の記念品を、二番目に好きな女と相談されたら私は面白く無いね」  あー……、と田中君が顔を顰める。しかしすぐ目を見開いた。 「いや、正直に伝えます。下手に隠したらまた余計に怒らせる気がする」 「君の素直さは伝わるかねぇ」 「怒られたらそれはそれでしょうがない!」  まあ秘密にするの、下手だもんな。だからと言って敢えて炎上させる発言をするのも如何なものかと思うけど、そもそもそういう馬鹿正直な一面があるから私へ告白したのだった。  知ーらね。私は私が欲しい物を伝えた。もし採用されたら式の後、ちゃんと玄関に飾らせて貰うとするよ。 「取り敢えず式の流れは掴めたな。よし、今ピックアップしたやることを私宛に送っておいてくれ。時間を見計らって原稿を作るから」 「本当にいいんですか?」 「勿論。あ、でもそれこそ咲ちゃんに相談した上で送ってくれ。ちゃんとあの子と二人で決めなさいよ」 「わかってます! ただ、忘れそうだから今の内に纏めちゃいます」 「あいよ。私、お手洗いに行って来る」  行ってらっしゃい、と応じた田中君はスマホに何やら打ち込み始めた。真面目ですわね。さて、トイレトイレっと。恭子と咲ちゃんを横目に私は席を立った。
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