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閑話休題その3 ~動画を見た方々の反応①~
【佳奈の場合】
部屋干しの洗濯物を確認する。うーん、流石にまだ乾かないか。この土砂降りだと湿度も高いし、なかなか時間が掛かりそうだ。でも暖房を使うほど今日は寒くもない。と言うより、あまり暖房自体を使いたくない。お金が掛かるし、乾燥するのが苦手だから。唇や指先が割れちゃうんだよね。痛いから嫌い!
さて、それじゃあ夕飯の買い出しにでも行こうかな。今日は明け方までこの天気が続くらしいので、今行こうが夜行こうがどうせ雨だもの。だったらちゃっちゃと行って済ませて、夕方からゆっくりお風呂に入って体調を整えた方がいい。そして来週からの仕事に備えようっと。
出発前にスマホで時間を確認する。その時初めて、メッセージが届いていることに気が付いた。誰だろうかとアプリを開いて確認する。ふうん? いつもの七人共通の場所に恭子さんから動画が送られているね。下には、初めてのスケート! と書いてある。そうか、今日は疑似デートの日か。綿貫君、恭子さんをアイススケートに誘っていたもの。しかし初めてのスケートねぇ。私も二回くらいやった覚えがあるけど、結構難しかったな。一回目はゆっくり滑れるようになったくらい。二回目もそんなに代わり映えはせず。でも今度、咲を誘って久々に行ってみようかな。聡太は嫌がって付き合ってくれないし。あいつ、昔から体を動かすのが嫌いなんだよね。たまにはアクティビティにも参加して欲しいなのになぁ。そんな思考を巡らせながら動画を開く。
「……え?」
思わず声が漏れた。だって画面の中の恭子さんは力強く、そしてなかなかの速度で滑っていたから。これが初スケート? 嘘でしょ!? 普通、こういう動画って震えながら歩いていたり、転んじゃって苦笑いを浮かべるものじゃないの!? い、いや、それは偏見が過ぎるかもしれないけど、初めてにしてはバリバリ滑り過ぎでしょ! これ、フェイク動画ではないんだよね!? それこそイマドキ、生成AIとかでいくらでも偽造出来るもの。もしガチで初日にこれだけ滑れるようになったのだとしたら、恭子さんは化け物だ。スケーターの才能が目覚めたに違いない! それか、今日一日朝からかかりっきりで練習して、ここまで仕上げたのかも!? いや疑似デートとじゃなくてスパルタスケート教室じゃん!
あ、でもちょっと待ってよ? スケートの練習ってことは、やっぱり手を繋いだり、体を起こしたり、支えたり、そういう接触をしたのかな。綿貫君、大丈夫!? 緊張のあまり絶叫したりしていない!? 女子との触れ合いが滅茶苦茶苦手なのに、何でよりによってアイススケートに誘ったのかな。高校で知り合ってから七年経つけど、相変わらず彼の考えはわからない。
……一方で。恭子さんとの接触を繰り返す内に、ドキドキが止まらなくなり、綿貫君が今まで以上に恭子さんを意識するようになって、勢い余って告白しちゃったりとか、しない? そして、服越しの接触だけじゃなくて、今夜、二人は……。
きゃーっ! まさかの急展開! 綿貫君、アイススケートはナイスチョイスだったかもね! いけいけ! 付き合って、突き合っちゃえ! なーんて、私は親父か! 困ったもんだ! あー、めっちゃ楽しくなってきた!
ところで、さっきから変な声が聞こえている気がする。音量を上げて耳をスピーカーへ寄せ、もう一度動画を再生し直してみた。
「よぉっ! ふぃっ! きゅっ! てぃっ! 曲がり角はぁ~、くわっ、と!」
顔を離し画面を見詰める。
「むんっ! とりゃっ! えいしょっ! ほあぁっ! くわーっとね!」
……恭子さんの叫びだったのか……。いや何をやっているんですか先輩! 奇声を上げていないでもっとムードを作って下さいよ! もう、恭子さんってば。スケートの才能はあったのかも知れないけど、恋愛については相変わらずポンコツなんだから。しっかりして下さい! ただ、そういう隙が大きいところがあの人の素敵な一面でもある。全然お高く留まっていないから接しやすいんだよなぁ。久々に二人で買い物に行きたいかも。咲と出掛ける時とはまた違う楽しさがあるんだよ。そう、思えば恭子さんとは何度か二人で買い物に行ったりランチをしたことがあった。一方、葵さんと二人きりになったのは二カ月前が初めてだった。あれから急激に仲良くなったけど、意外と個々人との相性を気にして接していたんだな、私。そういうの、偏見って言うのかなぁ。ちょっと、反省。
再生を終えた動画をもう一度見返す。よくよく聞くと、とても間の抜けた叫びだ。綿貫君はどう思ったのかな。両想いが崩れたりはしないだろうけど、変な先輩だな、とは受け取るかもね。私からすればどっちもどっちだ! あはは。
【田中&咲の場合】
え、と傍らで咲が声を上げた。一緒にパソコンを覗き込んでいたのだが、今はスマホを確認している。
「どうかした?」
「動画が送られて来たの」
「誰から?」
「恭子さん。君のところにも来ているよ」
ふむ。椅子から立ち上がり伸びをする。割と根を詰めて調べものをしていたから、体が強張ってしまった。ちょっと休憩しようか、と台所へ向かう。咲はスマホを見詰めていた。わお、と声が聞こえる。
「恭子さん、初スケートらしいのにバッチリ滑っているよ。凄いなぁ」
「マジ?」
「マジ」
二人分のマグカップにお茶を注ぎダイニングテーブルに置く。咲はスマホを見詰めながら椅子に座った。どれどれ、と後ろから覗き込む。折角だから、と最初まで巻き戻してくれた。齊瀬が始まってすぐ、おぉ、と声が漏れる。
「確かにバッチリ滑れているね」
「本当に初めてなのかな。それこそサイコキネシスでも使っているのでは?」
「咲じゃないんだから」
「超能力者ジョークです」
んー、可愛い。我慢出来ず、後ろから抱き締める。なにより、超能力者であることを咲自身がネタに出来ている状況が嬉しい。
「動画、見ないの?」
その問い掛けに、見ているよ、と即答する。今日も髪の毛からはいい匂いがした。
「本当?」
「ホントホント。力強い滑走だなぁって感心している」
「でもさ」
「うん?」
「何か、変な声が聞こえない?」
え、と体を起こす。
「ちょ、ちょっと咲。心霊系の話はパスよ? 俺が苦手なの、知っているでしょ」
すぐに断りを入れると、そうじゃなくて、と動画の音量を上げた。
「女の人の、わけのわからない声が入っている気がして」
「わけのわからない声!? やっぱり怖い話じゃん!」
んー、と咲がスピーカーに耳を近付ける。そして首を捻った。
「ひょっとして、これ、恭子さんの声……?」
「え? だって恭子さん、滑っているんでしょ」
「うん」
「奇声を上げながら疾走しているわけ?」
まさか、と言い掛け口を噤む。一瞬で脳裏を過ったのは色々な場面での恭子さんだった。居酒屋で店員さんを呼ぶわけでもないのに挙手をして無駄に混乱を招いた。綿貫への恋心を考えると呼吸が出来なくなって道端で顔色が紫になっていた。店で泥酔するのは通常運転で、絡んだり潰れたりやらかしが多い。そんな困ったお姉さんだから、アイススケートをしながら奇妙な声を上げるのも無きにしも非ずと言わざるを得ない。
「徹君も聞いてみて。多分、恭子さんだと思う」
「心霊現象じゃないね?」
念の為、確認をする。まあ咲が撮った動画じゃないから、知ったこっちゃないと断じられたらそれまでなのだが。
「違うよ、わけはわからないけどはっきり聞こえるもの。怖がりだなぁ」
「苦手なものはしょうがない」
咲はもう一度、動画を再生してくれた。まだ、若干ビビりながらも耳を傾ける。
「よぉっ! ふぃっ! きゅっ! てぃっ! 曲がり角はぁ~、くわっ、と!」
右手が勝手に額を押さえた。その後しばし、声は聞こえなかったのだが。
「むんっ! とりゃっ! えいしょっ! ほあぁっ! くわーっとね!」
やっぱりさ、と咲が呟いた。
「恭子さんの声だよこれ。だって、画面の目の前を通る時に声が大きくなっているもの。曲がる瞬間、くわっと、って叫んでいるし」
言葉が出て来ない。
「でもビデオ越しだと人の声って結構違って聞こえるね。雑音が多いからかな?」
かもね、とかろうじて返す。一生懸命だねぇ、と咲は目を細めた。見守るような視線だ。
「……咲は、平気なの」
「何が?」
何がって。
「俺、駄目」
「どうしたの? ごめんね、ちょっと徹君の言いたい内容が汲み取れないや」
だって、と俺の声が上擦る。
「滑っている時は必死だから無自覚に声を出しているのかも知れないよ!? だけど動画に収められたものを冷静に見返したら、絶対に身悶えするくらい恥ずかしいって! って言うか、共感性羞恥で俺の方が居た堪れないんだけど!? 見ていられない! 耐えられない! 恭子さん、百パーやっちまったぁって思っているよ! よくこの動画を全員に遅れたな!?」
どうどう、と咲が俺の胸元に小さな手を当てた。
「別に、恭子さん、そこまで気にしていないんじゃない?」
「こんなに奇声を発しながら走っておいて!? 自分の姿にドン引きしているって!」
「こらこら、そんな物言いはよろしくありません。第一、気にしているのなら君の言う通り、皆に動画を送らないでしょう」
「うー、まあ、そりゃそうかも知れないけど……」
釈然としないよぅ。
「きっと楽しんでいるのですよ。だから皆にお裾分けをしてくれたんじゃないのかな」
うーん、と腕組みをして首を傾げる。
「まああと一つ、気になるのはさ」
「うん」
「くわっと、って説明は多分綿貫がしたんだよね。昔、あいつと橋本と三人でアイススケートをやりに行った時、曲がる時はくわっと行け! って言われた記憶があるから」
くわっと、と呟いた咲も首を傾げた。
「……どういう説明?」
「左回りの時は左足より右足の方が大回りするでしょ」
「うん」
「だから、右足はくわっと行け! だって」
「……あぁ、イメージの話か。クワットって動詞があるのかと」
「あ、スケート用語だと思っていた?」
うん、と頷いた咲が唇を噛み締めた。恥ずかしいのはよくわかる。
「違う違う。綿貫は説明が下手なんだよ。感覚で喋るからさっぱりわからないの」
苦笑いを浮かべる。一方、でもさ、と咲は手を合わせた。
「恭子さんが、くわっと、って言いながら角を曲がったということは、綿貫君の説明がしっくり来たのかな」
げ、とちょっと引いてしまった。
「まさかあいつの説明に適合したの?」
「だってほら、くわーっとって言っているよ」
動画がまたもや流される。
「……確かに」
「二人の感性は似ているんだよ。両想いになるだけあるな」
まあ、似た者同士ではある。どっちも変人だ。
「素敵ですねってメッセージを送ろうっと。やっぱり恭子さん、満喫しているよ。君が思うような、やっちまった、なんて落ち込んだり焦ったりしていないって」
咲はスマホへ打ち込みを始めた。そうかなぁ……恭子さんは勢い込むと無自覚にとんでもないやらかしをするし、ちょいちょい理解に苦しむ言動や行動はとるけど、後ほど自分を落ち着いて見返して割とへこむタイプに見えるんだよなぁ。この動画を確認んしたら、やってもうた、と頭を抱えそうだけど、咲の見立ては違うらしい。同じ人を見ているのに感想がこんなにも違うのは、ちょっと面白い。そして、折角の初スケート姿ということなので、俺も自分のスマホに動画を保存した。今はまだ、見ているこっちが恥ずかしくなるけど、その内すげぇっスね! と感想を述べられる日が来るとわかっているから。その時を楽しみに待つとしよう。
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