閑話休題その4 ~動画を見た方々の反応②~

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閑話休題その4 ~動画を見た方々の反応②~

【葵の場合】  恭子のスケート動画を見返す。叫びながら滑っている点には最早驚かない。力と気合を込めたら無意識の内に漏れていたのだろうから。まあ貸切なら好きにすればいいけど、他のお客さんもいるのにやかましいのは駄目じゃねぇかな。わざわざ電話を掛けて注意したりはしないけど。私は唯一無二の親友ではあるが保護者でも先生でも無いからな。しかし初スケートでまた随分な上達ぶりでござんすな。運動神経が壊滅している私から見れば偉業以外の何ものでもない。ん、待てよ。そういや、楽しかったら今度一緒に行こうとあいつに誘われていた。あの時は私を気に掛けてくれている、と嬉しくなったがよくよく考えるまでもなく、私がスケートを滑れるようになるわけなかろう。さて、こいつは困った。転倒して青あざを作る程度ならともかく、自分自身の運動神経を鑑みるに、手首や足首の捻挫、膝の関節痛、下手をすれば尾てい骨や手の平の骨折をしかねない。そうなると楽しい雰囲気が台無しになる。ならば最初から断るべきか? 答えは否。恭子に誘われたらきちんと応えたい。ではこの袋小路の問題はどうすれば解決出来るか。こいつの答えも決まっている。咲ちゃんに同行して貰うのだ! サイコキネシスで支えて貰えばバッチリだぜ。  ……いや。それは、駄目だ。折角恭子が一緒に遊ぼうと言ってくれた。……まだ言われてはいないが、そこについては一旦置いておくものとする。つまりスケートを満喫しようという意味のお誘いだ。その中には初めての挑戦から上達し滑れるようになるまでの一連の流れが含まれている。だがサイコキネシスで支えて貰っては転んだり滑れるようになったりという段階がすっ飛ばされてしまう! ちゃんと楽しんでいるとは断じて言えない! 畜生、だけど怪我をするわけにはいかん。何で折角恭子と遊ぶのに気まずい雰囲気にしなけりゃならんのだ。あと、怪我をするのも単純に嫌だし。だが私は確実に転ぶ。どうすりゃいいんだ? そうか、こういう時こそ検索だ! スマホを取り出し、『アイススケート 転ばない方法』と打ち込んで検索ボタンを押す。そうして表示されたいくつかのサイトを巡って得た情報は三つ。 一. 重心の位置が重要。 二. 転ぶにしても怪我をしないような転び方をしよう。 三. コツを掴んだら反復練習あるのみ。  スマホをテーブルに叩き付けそうになる。いいか、サイトの作成者達よ。運動神経の悪い奴はなぁ! それが出来ないから苦労しているんだよ!  一の重心の位置! 滑っている状態だぞ。連続継続スリップ中だぞ! 重心のコントロールなんて出来るわけがないだろう! そもそも重心がどこにあるのかよくわからん! わかっていたら観覧車から降りただけで転倒しそうになんぞならんわ! 簡単そうに激ムズの要件を示しやがって。  次に二の、転ぶにしても怪我をしないような転び方! そんなもん、意図的に出来るならこんなに悩まんわ! あっ、転んじゃう! だったらこうやって転ぼう! なんて咄嗟の判断も体の反応も出来ねぇよ! 第一、皆がそうやって対応出来るなら転倒して重傷を負う人間なんてこの世からいなくなるんじゃないかね。これもまた無茶ぶりだぜ!  最後に三の反復練習! そこまで至る前に負傷退場必至じゃい! 無理! 以上!  ったく、運動神経の良い奴は悪い人間の実情をこれっぽっちも理解していないとよくわかった。あーあ、それじゃあ私は恭子に誘われたところでアイススケートには行けないのかね。……あいつが全力で支えてくれるのなら、大丈夫かな。むしろおんぶでもして滑って貰うか。動画を見る限り、相当上手くなったみたいだしいけそうな気はするが。……いや、駄目か。きっと出禁を食らうな。結局、一緒にスケートをするなら自力で滑れるようになるしかないのか。  ……行きたい気持ちはあるのよ? ただ色々考え込んでしまうのさ。それも、一度も実践をしていない内からね。我ながらうだうだうだうだやかましいねぇ。やれやれ。  そうこうしていると、咲ちゃんから動画に対するコメントが送られてきた。素敵ですね、と書かれている。それに対して、今度は田中君が反応した。ふむ、しばらくは傍観に徹するとしようか。 田 初日によくここまで滑れましたね。 咲 ね。流石恭子さんです。 佳 ところで聞き間違いかも知れませんが、恭子さん、叫んでます?  お、佳奈ちゃんも参戦した。そして、ふふっ、そりゃあ後輩としては触れづらいよな。 田 やっぱ気になるよね!? 咲 私は全然。 佳 気になると言うか何と言うか……。  佳奈ちゃんよ。微妙に言葉を濁してはいるがその反応は最早はっきり発言しているのと同義だぞ。 田 俺なんてこっちが恥ずかしくなっちゃった。 咲 そんなこと、無いよ。 佳 恥ずかしくはならないけど、目立つなあって。 田 周りのお客さん、結構笑っていたし。  そうだな。スケートリンクで巨乳美人が奇声を上げながら突撃して来たら笑うしかないわな。 恭 ちょっと田中君! 好き勝手言わないでよ!  おっ、本人が乱入してきた。休憩中か? 恭 私だって、黒歴史を作っちゃったって落ち込んだんだから! 田 おっと、失礼しました。 咲 あら、そうでしたか。意外です。 恭 私も一応、大人だからね。  大人は酔い潰れない。酔っ払って夜中に人の家を襲撃しない。奇声を上げない。泥酔して号泣しない。 咲 そうでしたか。 恭 ちなみに今は居た堪れなくて、リンクを離れて綿貫君と施設の見学中よ。 田 では疑似デートに集中した方が良いのでは? 恭 彼、トイレ中だから暇なの。  ふむ。ちょっと乱入してみようかね。 葵 大か。 恭 知らないわよ!? あんた、何でそこだけ食い付いてきたの!? 葵 人をマニアックなプレイを好む人みたいに扱わないでくれないか。 恭 葵が妙なタイミングで話に入って来たのが原因でしょ!? 葵 そっちは満喫しているようでなにより。 咲 滑る恭子さん、格好良かったです。 恭 えへへー、頑張ったら出来たわよ! 佳 流石恭子さん、運動神経の鬼。 葵 鬼の如し叫び声。 恭 葵、うっさい! 葵 しかし最初からバッチリ滑れたのか? 私は転倒が怖くて仕方ないよ。 恭 そんなに怯えなくていいと思う。  さっき検索しちゃったくらいには警戒しているのだが、これだから運動神経の良い奴はやっぱり悪い人への理解が足りないね! 葵 こっちは捻挫や骨折が怖いんだよ。  そう送ったところ、既読の件数がさっきまでの四件から三件に減った。綿貫君が戻って来て、恭子が離脱したのかな。田中君、咲ちゃん、佳奈ちゃん、私だけが残されたと見える。一度も既読のつかない橋本君はゲーム中かね。  後輩達も特に何も言わなくなった。先輩のマイナス意見の後には発言しづらいよね。と、思いきや。佳奈ちゃんから女子だけが見られる場所へ別途メッセージが飛んで来た。 佳 恭子さん。綿貫君、支えてくれましたか?  おおう、流石佳奈ちゃん。こういう下世話な話題への食い付きは相変わらずだな。だが面白そうだから乗っかるか。 葵 手、繋いだ? 腰に腕は回してくれた? 転んだお前を起こす時、勢い余って抱き合ったりした? 咲 葵さん、デリカシーが無いです。 葵 気になるじゃん。なぁ佳奈ちゃん。 佳 ええ、とっても。  わはは。素直な感想は好きだぜぇ。 葵 だよな。ムラムラした綿貫君が恭子を押し倒したらどうしよう。 咲 綿貫君はそんなこと、しません! 葵 わからんぞ。男女の間柄なのだから。 咲 葵さん! お友達として、彼を貶める発言は許しませんよ! 葵 おお、お怒りだな。悪かったよ。 佳 でも無きにしも非ずだよね。 咲 佳奈ちゃん!? 佳 可能性はゼロじゃない。 葵 だよな。 咲 お二人とも、身近な人で生々しい話はやめて下さい! 葵 生々しいって発言が一番生々しいぞ咲ちゃん。 佳 ですね。 葵 ムッツリスケベは誰だったかな? 佳 ねー。 咲 ひどい! 大体今、恭子さんは離脱中なのですよ? ご本人のいらっしゃらないところで好き勝手言うのはよろしくありません。卑怯です。 葵 後で全部読むからいいだろ。 咲 そういう問題ではありません。 葵 咲ちゃんってば、真面目~。 咲 葵さんが不真面目なだけ! 佳 たださぁ、やっぱりこう、初めてのアイススケートだったらどうしても支えたりなんだりってあったと思うんだよね。 咲 佳奈ちゃんもまだ続けるの!? 佳 だって気になるじゃん! 綿貫君、接触は嫌がるけどそうも言っていられなかったはずだよ。 葵 転倒する相手を見捨てるような人間でもないしな。 佳 結果的に密着とか、あったとしたら。 葵 更に意識しちゃったりして。 佳 有り得ますよね。 葵 可能性としてはな。 咲 ……もういいです。二人で好きに盛り上がって下さい。私はお暇します。 葵 えー、何だよ。連れないことを言うなって。  しかし一件しか既読がつかなくなった。 葵 おい、咲ちゃんってば本当に離脱したらしいぞ。 佳 真面目なんだから。 葵 な。 佳 二人で妄想をぶつけ続けるのはちょっと虚しいのでこの辺で終わりにしましょうか。  流石佳奈ちゃん、引き際を心得ているね。 葵 賛成。いい休日を過ごしたまえ。 佳 ありがとうございます。葵さんもごゆっくり。 葵 おう。んじゃまたな。 佳 はい、失礼します。  メッセージアプリを閉じる。いい休日、ね。各々、満喫しているようだ。部屋を見回す。読み掛けの雑誌と、コーヒーのボトルだけが置かれたテーブルが目に入った。私ももうちょっと充実した休みを過ごさないとなぁ。そんじゃあ夕飯と酒の買い出しにでも行くか。帰って来たら旅行の計画の細かいい部分も詰めようかね。ちったぁマシな土曜日になるだろ。軽く伸びをする。友達のおかげでそのことに気付けた。何がどう作用するか、わからないもんだね。持つべきものは可愛い後輩と大事な親友、なんて。我ながらちっとばかしくさすぎるわね。 【橋本の場合】  スマホに落とした動画を繰り返し再生する。何だか皆で会話をしているけど、今は恭子さんを眺めるとしよう。頭に浮かんだ感想はただ一つだけ。……佳奈には決して聞かせられないね。それはともかく。  このスケート姿をスクショに撮って、ワインボトルの候補にするのはどうだろう? サンプルも兼ねて一本ずつ、葵さんと恭子さんにプレゼントするのもいいかも知れない。パソコンにスマホを繋ぎ、動画をコピーする。そして動画加工用のアプリで再生した。丁度、目の前を横切るタイミングの少し手前からスロー再生をする。そして良さげなアングルの時に一時停止をして数枚をスクショに収めた。うん、なかなか躍動感があっていいんじゃない? あとはオリジナルのワインボトルを作ってくれる会社に発注をして、こんな感じになりますよって、先輩二人に送ればよりイメージをしやすくなるだろう。あ、そうだ。この姿勢の恭子さんはあるポーズに似ているから、画像にちょっと加工を加えちゃおう。普通のバージョンと加工バージョンを作ろうかな。むむ、そうすると葵さんと恭子さんにミニボトルを二本ずつ送ることになる。ちょっと金が掛かるなぁ。まあいいか、ボーナスの時期だし。たまにはこういう散財もいいよね。 しかし、次にお二人と会う機会はいつになるかわからない。うーん、じゃあ自宅に直接送ればいいか。でも俺が聞いたら警戒されそうだから、佳奈に聞いて貰った上で注文・発送を頼もうかな。色々と考えながら画像の加工を続ける。ふふ、休みの日はゲームか佳奈と遊ぶばっかりだったけど、別の過ごし方も案外悪くないものだ。
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