見学デート。(視点:綿貫)

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見学デート。(視点:綿貫)

~第三回疑似デート会場 アイススケートリンク~  用を足した俺は、お待たせしました、と恭子さんへ駆け寄った。お帰り、とスマホをポケットに仕舞い左手を差し出して来る。一瞬見遣り、本当にいいのですか、ともう一度確認をした。あのねぇ、と恭子さんが指先をちょいちょいと二回曲げる。 「あんまり大仰に構えられると、こっちも意識しちゃうんだってば。ほら、今日は特別!」  ねっ、と微笑みかけられて顔が熱くなる。そして、わかりました、と右手で恭子さんの手を取った。お互い、空いている方でシューズを持つ。何があるのかなぁ、と早速辺りを見回しながら恭子さんが歩き始めた。引っ張られるように後へ続く。まあしかし、好きな人と手繋ぎデートが疑似体験とはいえ叶うなんて夢のようだ。十中八九、俺は近々ひどい目に遭うに違いない。幸福がでっかい分、揺り戻しで不幸が降りかかるのが人生だもんな。 「ところでさ。動画、皆が早速観てくれたわよ」  不意に笑顔で此方を見上げた。上擦った声が漏れないよう軽く咳払いをする。 「そうですか。どうりでスマホの振動が止まらなかったはずだ。どんな反応でしたか?」  自分で確認すればいい話ではあるのだが、会話の流れからあえて問い掛けてみた。うむ、恭子さんと喋る時は普段の三倍くらい思考を回転させている気がする。その内、脳がショートするかも! 「田中君が可愛くなくて、咲ちゃんは優しかった。佳奈ちゃんも褒めてくれたな。そして葵はアホだった」  響きに思わず吹き出してしまった。直球過ぎるだろ! 「アホって凄い評価ですね」 「メッセージを読んだらわかるわよ。まったくもう、あの子ったら」  鼻を鳴らしているけど、お互いを信用しているから出てくる言葉なのだと感じた。 「相変わらず、仲が良いですね」  そう言うと、まあねぇ、と表情を和らげた。やっぱり恭子さん、葵さんが大好きなんだ。 「あれよ、君と田中君、橋本君みたいなものね。君達と同じ、欠片も憚りなく親友って呼べるもの」 「あぁ、確かに。わかりやすいです」  俺にとってのあいつら二人が親友。咲ちゃんはお友達。高橋さんは、特別な友達。あれ? これじゃあ咲ちゃんが一人だけ格下みたいになってしまう! あぁ、でも葵さんというただの先輩がいたか。いや、訂正! ただの、ではない。面倒見のいい先輩だ! その理論でいくなら咲ちゃんは仲良しのお友達だな。……ええい、まだるっこしい。皆、俺の大事な人! 「それでね! 今度、絶対に葵ともスケートをやるわ! だって恭、すっごく楽しいもの!」  誘った側としてはそう言って貰えてひとまず安心した。転びまくって負傷をさせてしまったり、つまらなかったと呆れさせてしまうのは申し訳ないから。貴重な休日を費やして貰ったのだ、どうせなら楽しい時間を過ごしていただきたい。まあ、流石にあそこまで滑れるようになったとは想定外だったがな! 「じゃあ今日、滑りをマスターしなきゃですね。既にバッチリな気もしますが」  すると、いいえ、と手を強く握られた。照れる照れる。 「好事魔多し。うまくいっている時ほど気を緩めちゃ駄目よ。だから油断はしないで練習するわ!」  鋭い眼光に射抜かれる。勝負師みたいな目だ。勝負師に遭遇した経験は無いが。 「何か苦い思い出でもあるのですか?」 「無いけど」  無いんかい! 考え方はわかるけどね。俺の、幸福と不幸の揺り戻しと似ているから。……ん? 似てはいないか? ところで好事魔多しの理論でいくと俺も油断しちゃいけないな。今、恭子さんと手を繋いでいる状態は好事だ。それなら魔がいっぱい襲いかかってくることになる。恭子さんに嫌われたくない。ずっと、いい先輩後輩の関係を続けていきたい。  しかしだな。いずれ恭子さんにいいお相手ができたとして、その人と家庭を持って子供が生まれたりしたら、やっぱりなかなか会えなくなるのかね。葵さんみたいに同性の親友だったら気兼ね無く遊びに行ける。旦那さんも、頻度にもよるがそこまで嫉妬はするまい。だけど俺は男。人妻と二人きりで会うのは疑似ではない本物の浮気になってしまう。もっとも、不貞に及ぶ気は全く無い。恭子さんを好きだが、この人が築いた家庭をぶち壊すなんて絶対にやらない。そんな未来があってたまるか。つまり今、こうして手を取って貰って歩いているのはいつか必ず出来なくなる経験なわけで。むしろ今日だけに限った状況とすら取れるのでありまして。  ……この上なく、貴重で大切な時間なのだ。 「綿貫君?」  声を掛けられ我に返る。いかん、また思考の海に沈んでいた。 「すみません。ちょっと考え事を」 「急に静かになった上に、遠い目をしていたわよ。どうしたの? それこそ嫌な思い出でもよみがえった?」  思い出ではない。未来を描いて落ち込んでいた。だけどさっきも決めたじゃないか。今日を満喫しよう! って。さて、そのためにはまず現状を誤魔化さねばなるまい! 「いえ。この後はどんな風に遊ぼうかなぁ、と」  ふうん、と恭子さんが手を握り直す。あっ、と一瞬心配が過った。前回の疑似デートでは水族館で葵さんと咲ちゃんと出くわしたのだった! 今日も誰かと出くわさないだろうな!? 勘違いさせるわけにはいかないし、恭子さんだって困るに違いない! 視線をあちこちに飛ばして警戒網を敷かねばなるまい! だけどそうするとまた意識が散逸するし、繋いでいる手に集中出来ないんだよなぁ。って、感触を満喫しているみたいでそれはそれで変態チックだ! 最低だな俺! あぁもう、疑似デートは情緒が忙しい!! 「それはありがとう! 楽しみ!」  それって何だっけ。数秒前の発言を忘れた。えーっと、あぁ、この後の遊びか。いやそれ以前に、そんなに期待をされるのも困る! 「えぇー、ハードルを上げないで下さいよ」  取り敢えず情けなく訴えると、ふふん、と恭子さんは顎を引いた。 「どうやら私はハードルを上げがちみたいね。他人のも自分のも」  何故自慢げなのか。面白いよなぁ。 「ご自分のハードルを上げるって、ストイック過ぎませんか」 「意図的にやっているわえじゃないけどさ。でもほら、こないだの※ボドゲについてのメッセージのやり取り、覚えている?」(※作者注:エピソード199「沈黙は同意とみなす。」https://estar.jp/novels/26177581/viewer?page=199) 「えーっと、あぁ、演技は得意って宣言しちゃったやつですか。葵さんに逃がして貰えなかった、あれ」  ああいう掴まえ方を出来るのは対等な立場の葵さんだけだよな。俺達後輩は気まずくて触れられなかった。結果、沈黙は同意とみなされ恭子さんは追い込まれることになってしまった。元を正せば切っ掛けは自爆だったが。 「そうそう。いやぁ、我ながらしくじった! って思ったわ。確かに後輩は先輩を褒めるわよね」  まさに今、俺が考えていた内容の話だ。人に寄りますよ、と一応弱っちいながらもフォローを入れる。 「それに、橋本君の性格からして絶対に持ってくるでしょうし」 「ええ。そこは間違いありません」  橋本への見立ては大当たりだね。親友とはいえ未だにあいつの発想や行動はよくわからない。俺に言わせればあいつも相当な変人だ。何故、田中と橋本と三人で並ぶと俺ばかりが変な奴と扱われるのか理解に苦しむ。 「あーあ。旅行まで一ヶ月もあった段階で、既にいじられるのが確定しているというハンデを背負うなんてひどい話よ」  そうこぼした後、自業自得だけど、と自分で付け足した。やはり自覚はあるらしい。流石、冷静な大人だね! 俺と一緒だ! 「実際はどうなんですか? 得意だと思います?」  その質問に、うーん、と首を傾けた。 「仕草や表情で表現するのは好きだけど」 「結構芸術家肌なのですかね。それこそ役者とかが向いていたのかも知れませんよ」  大袈裟ね、と繋いだ手を揺すられる。よいしょをしたわけではないが、ちょっと褒め過ぎだったか。 「そこまではいかないけど、あ、でもカラオケとか好き!」 「カラオケ?」  急に何の話だ? 案の定、ごめん、と恭子さんは苦笑いを浮かべた。 「言葉が飛躍し過ぎちゃった。えっと、表現するのは好きって今言ったでしょ」  はい、と頷く。 「仕草や表情に限らず、歌うのも自己表現の一つじゃないの。そう考えると、カラオケも好きだな! って気付いたわけ」  結局思考も飛躍していた。過程はあまりわからなかったが、カラオケが好きとは伝わった。 「歌、上手かったですものね」  俺が高橋さんにフラれた話をした日、カラオケに連れて行ってくれた。そして応援ソングを歌ってくれた。あれは嬉しかったなぁ。ああいうところに恭子さんの優しさ、いい人ぶりが滲み出るのだ。そういう面、尊敬しています。 「そう? ありがとう!」 「恭子さんの歌、俺は……」  好きですよ、と言い掛け固まった。……無理。流石に、無理! 好きな人に、好きですよ、なんて言葉を掛けるのは無理!! 代替語! 代替語は何だ!? いや代替語ではないか! とにかく代わりに発するべき言葉は! 「……素敵だと思いました」  ギリギリセーフ! 「あぁ、二人で行ったことがあったわね。あの日も楽しかった! 最後の方は酔っちゃってうろ覚えだけど」  それはいつものことだ。危なっかしいよなぁ。 「あの時、応援ソングを歌ってくれてありがとうございました。励まされて嬉しかったです」  そしてあっという間に今度は貴女を好きになった、と。俺、尻が軽いでしょうか。 「えへへ、そう言って貰えると歌った甲斐があったわね」  少しだけ、意地悪を思い付いた。唇が三日月形になる。悪いことを思い付いた葵さんって多分こういう感情を表情に出力しているのだろう、と頭を過った。 「覚えていらっしゃるんですか? カラオケでのやり取り」  むっ、と恭子さんがむくれた。可愛い。 「綿貫君までひどい! 田中君みたいに嫌味な発言じゃないの! 駄目よ、彼みたいなへそ曲がりになったら。君には素直でいて欲しい」 「ははは、冗談です。失礼しました」 「からかったの? なかなかやるようになったじゃない」 「それだけ恭子さんと仲良くなれたということで」  もう、と唇を尖らせたのだが。 「……そういう真っ直ぐな発言が、私は君の魅力だと思うよ」  魅力。俺の、魅力。魅力とは、素敵なところ。相手を魅了する力。  ……恭子さんが、今、魅力って言ったのか? 俺の魅力? ん? あ? 魅力っつったか? っておいおい俺ってば心の声が葵さんみたいな口調になっちまっているぜ。 「あ、リがトウ、ゴザイマス」  かろうじて絞り出す。途端に恭子さんが白い歯を見せるくらい弾ける笑顔を浮かべた。 「照れたでしょ! そういう素直な反応が綿貫君らしさよ! いいと思う!」  これは、えっと、いじられているのか? 褒められたのか? わからん! わからんから訊く! 「褒めてます!? それともちょっとからかってます!?」 「どっちも!」 「恭子さんもひどい!」 「褒めている分、優しいもーん」  ぐっ、これまた可愛いじゃないか、もーんなんてさ。あざといけど。あざとさには破壊力が備わっているのだ! うん、そしてやっぱりチョロいね、俺!
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