お昼寝の傍らでボコボコにされる。(視点:綿貫)

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お昼寝の傍らでボコボコにされる。(視点:綿貫)

 それから二人でスケート場の中を見て回った。とは言え、目立つものがあったわけでもなく。ソファがいくつか置かれた休憩スペース。簡易喫茶店。スケート用品の販売所。そういうものがポツポツとあり、あとはトイレや更衣室という必要だから置かれている設備が見られるくらいだった。恭子さんは自販機で缶コーヒーを買ってくれた。その時だけは手が離れて、少しだけ寂しく感じた。まったく、俺ってばどんどん贅沢になっている。厚かましいね。  リンクを見下ろす客席に、並んで腰を下ろした。氷の上では老若男女がちらほら滑っている。いや、老はいないか。 「平和ねぇ」 足を組み頬杖をついた恭子さんが、リンクを眺めながら呟いた。若干目が細められている。 「ちょっと眠かったりします?」  そう問い掛けると、あら、と此方を振り返った。二重がさっきよりもくっきりとしている。 「バレちゃった。お昼寝の時間なのよ」 「三時半ってそうでしたっけ」 「わかんない」 「適当なんだから」  小さく笑い合う。確かに平和だ。そういや疑似デートの時は、ちょこちょこ穏やかな時間が訪れるな。一回目の時は喫茶店で映画の話にのめり込んだ。あと、夕飯の時に深い話もしたっけ。二回目の時は海辺の砂浜でのんびり過ごした。クラゲをつつく恭子さん、子供みたいで可愛かったな。 「ちょっとだけ、うとうとしてもいい?」  その申し出に手を差し出す。ありがと、と繋がれた。……いや。いやいやいや。違いますよ! 缶コーヒーを受け取ろうとしたんですけど!? 「おやすみ」  そう言って恭子さんは目を瞑った。手を繋いだままで。だから違うってば! 目の端で確認すると、缶コーヒーは前の座席のドリンクホルダーに置かれていた。そんな物があったと今、初めて気付いたわ! あー、だから手を繋ごうとしていると思われたのか。俺の過失だわ。まったくもう、と浅はかな自分に呆れる。  やがて恭子さんが寝息を立て始めた。本当に寝たんかい。男と手を繋いでお昼寝なんて、また無防備な。でも滑りを習得するくらいスケートを頑張っていたし、疲れたんだろうな。一生懸命でいいことだ。しかし手が暖かいなぁ。寝ている人の体の末端が熱を持つのは一体どういう原理なのか。調べるほどではないけど気になる。  さて。この後はリンクに戻ってもうひと滑りをするよな。手を繋いで滑るのを目標に据えられたけど、初心者には危ない気もするなぁ。俺も上級者ではないし。様子を見てどうするか決めよう。スケートの後は居酒屋かね。運動の後の一杯は格別ね! と満面の笑みで酒を飲む姿が容易に想像出来る。あとは流れ次第だな。長居をするか、二軒目にいくか。あとは、ええと、カラオケなんかも選択肢に入るのか? 恭子さん、好きってさっき宣言していたし。  好き。好き。好き。ははは、引っ掛かるなよ俺。いよいよ以ってしつこいぞ!   腕を伸ばしてドリンクホルダーに缶コーヒーを差し込む。皆のメッセージを確認したくなった。そっとポーチを開きスマホを取り出す。そしてメッセージアプリを起動した。受信件数が、二桁だと? ……皆、暇なのかな。そんな失礼なことを考えながらメッセージを眺める。確かに田中は生意気だった。逆に咲ちゃんは素直に恭子さんを称賛しているのが伝わって来る。高橋さんは、おい、何気に失礼やんけ。そして葵さんは、葵さんは……。  いや俺に対して失礼だな! 大だったけど! 大の後に手を繋ぐのはどうかなって気になったけど! 言い当てないで欲しいなぁ! 一方、本当に恭子さんと仲が良いのを改めて実感した。 そして三日前、葵さんにクリスマスプレゼントの買い出しへ付き合って貰ったのを思い出す。恭子さんへ告白してもいいんだって背中を押してくれた。でもね、葵さん。駄目ですよ。もっといい人が恭子さんにはいますもの。ん、そうだ。カメラを起動し、慎重にスマホを向ける。左手一つで何とかサイズを調整し、シャッターを切った。そっと伺う。目覚めの気配は無い。撮ったばかりの写真を葵さん宛に送った。すぐに既読がつく。本当に暇なんだな。 『姉さん、お昼寝中かい』  爆速でメッセージが返って来た。はい、と返事を書く。勿論、手を繋いでいる状態が写らない物を収めた。 『隠し撮りとは君もスケベになったものだ』  ……。 『犯罪じゃないですか! 肖像権の侵害だ!』  指摘されるまで気付かなかった! 思い付きって怖い! 『やーい、犯罪者』 『葵さん、今すぐ写真を消して下さい! アップしたものは俺が削除します!』 『もう保存したからその必要は無い。そんでもって恭子に送信、と』  え、嘘だろ!? と思いきや、恭子さんのポケットからスマホの振動音が響いた。何ぃ!? 『恭子さんのスマホが震えましたが、マジで送ったのですか』 『うん』 『何してくれてんですか!? 隠し撮りを本人に送信って聞いたことがありませよ!』 『悪行は白日の下に晒されなければならないのだ』  うーん、正論! 『言い返せない……』 『ついでに要望を一つ出そう』 『揺すりじゃないですか!』 『うるさいぞ犯罪者』  くそぉ、一分前の俺をぶん殴りたい! 『……何をお望みで?』 『ランプの魔人かよ』 『葵さんが要望を出すって言ったんじゃないですか!』 『あぁ、そうだ。自撮りのツーショット、撮れ』  命令口調! そもそもだな! 『肖像権は何処に行ったんです!?』 『一枚撮った時点で手遅れだ。はよ』  一旦手を止め深呼吸をする。ええい、思い付きで行動するのはこういう結果を招くからよろしくないのだ。俺は相当浮かれていたらしい。でもしょうがないよね! 好きな人と手を繋いでいるんだもの!  開き直っている場合ではない。葵さんの命令をどうするべきか。平時の俺なら、馬鹿を仰い、と断っている。だが今、確かに俺は揺れている。何故なら、俺だけが責を負うわけではなく、ツーショットを撮れるから。葵さんに命じられたからです、と面倒見はいいけど心に悪魔を飼っている先輩に責任の半分を押し付けられる。もう半分は当然俺が請け負う。だって最初に恭子さんの写真を撮ったのは俺だからね!  その時、スマホがまた震えた。 『はよ』  恐喝の催促! やっぱりあの人は悪魔だ! 『……わかりました』  そう送った後。 『観念しました』  念のため、付け加える。誰に対しての駄目押しなのかと疑問を覚えながら。そうしてスマホを自撮りモードにして、そっと手を伸ばした。あ、しまった! 繋いでいる手がバッチリ映ってしまう! 隠せる角度を取ろうにも、身じろぎしたら恭子さんを起こしちゃう! どうすりゃいい!?  スマホを持った左腕を限界まで腕を伸ばし、半身になってギリギリ繋いだところへ覆い被さる。よし、写っていないな! それによって恭子さんが何故か左手を斜めに俺の方へ差し出すという不自然なポーズに見える状態になってしまったが、背に腹は代えられん! はい、チーズ!  ……何とか撮れた。遠近法のせいで俺が恭子さんの倍くらいドアップに写っている。化け物かな? 取り敢えず葵さんに写真を送った。即刻既読がつく。かぶりつきで観察しないでいただきたい。 『何で綿貫君がこんなに近いんだ? おまけに恭子の左手、君の方へ差し出されているがケツでも揉んでいるのかい』  違和感を全部見通されておるがな! 『んなわけないでしょ! 恭子さんがやらないって葵さんが一番よく知っていますよね!?』 『じゃあ手でも繋いでいるのか』  ……。 『いえ』 『当たりかよ』  何でバレた!? 『どれ、お姉さんに見せてご覧。お手手を繋いだ仲良しな光景を』  よぉし、しらばっくれるしかないぞぉ! 『違いますって』 『じゃあ恭子の全体像を撮れ』 『何で』 『遊び疲れて眠った親友のすべてを見たい』  大噓吐きめ! っていうか葵さん、監視カメラでもハッキングしているのか!? こっちの状況を把握し過ぎだろ! 『はよ』  また脅迫の催促だよ。 『なんならムービーでもいいぞ』 『貴女はね!?』 『その受け答えが全てだぜ。君は隠し事が下手だねぇ』  あー……。 『恭子の手、柔らかい?』  あー…………。 『嘘はよろしくないぜ後輩』  あー…………もう逃げられんな……。  観念して、恭子さんの全身を写真に収める。繋いで手も写った状態で。それを葵さんに送信した。 『そのままホテルへ連れ込めよ』 『するわけないでしょ! 今日はアイススケートをするから繋いでいるんです!』 『昼寝中は転ばないだろ』 『疑似体験に丁度いいからって……』 『ほら、前回私が言った通りだ。そのまま実技へ移れ』 『移りません!』 『まっ、順調そうで安心した。ちなみにさっき、恭子へ送ったのは写真じゃなくてメッセージだ。他愛もない一言さ』  ……え? 『じゃあ、シンプルに俺を騙しただけですか? 写真を撮らせるために?』 『そういうこと』  なんだとぉ!? 『この大噓吐き!!』 『疑似とはいえ、デート中の親友を愛でたくなったのさ。じゃあな、綿貫君。三枚の写真はこれからねぶらせてもらう』 『ちょっと、葵さん! 謝罪は!? 騙してごめんなさいの一言は無いのですか!?』  途端に既読がつかなくなった。要するに俺はいいように写真を撮らされた挙句、手を繋いでいるという恥ずかしい状況も見破られ、証拠の一枚まで提供させられた、と。  スマホをポケットに仕舞い、ゆっくりと頭を抱える。葵、恐ろしい子! というフレーズが頭を過った。そうとしか評価しようが無い! ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★  あー、面白かった。それにしても手繋ぎデートとは恭子も頑張っているじゃねぇか。思ったよりも順調そうだね。とっととくっつきやがれっての。そうすりゃ私の悶々も諦めて収まるに違いない。しかし、と自分の手を見詰める。私のこいつを取ってくれる人は何処かにいるのかね。二人連続でフラれると、自分に運命の相手などいないのではないかと思える。けっ、別にいいけどさ。割を食うのには慣れているのだ。ちょっと綿貫君が羨ましいとか思ってないし。もっと凄いこと、恭子にしたし。一方的にだけど。  さて、恭子からの報告が楽しみだ。ツマミに鮭といくらの親子漬けでも作っておいてやるか。
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