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実は裏で繰り広げられていた捜査。(視点:咲)
~綿貫がおんぶをしなければならない現実にテンパっていた時~
くしゅん、と徹君がくしゃみをした。急いでティッシュを手に取り口元に当てている。きゅん、くしゅん、と立て続けに三発飛び出た。
「大丈夫?」
そう訊くと、うん、と小さく頷いた。
「風邪?」
「いや、埃が鼻に入ったんだと思う」
「それとも、誰かが噂をしているのかも」
「はは、俺の噂を? どうせ悪口だよ」
「あら、またへそが曲がっていますね」
「通常運転です」
「そうだね」
「フォローは!?」
「しません」
「ちぇーっ、咲ならそんなことは無いって言ってくれると思ったのに」
「二手先を見越してへそを曲げられるのは面倒臭いからやめて」
「はいは、い……」
途端にまた二つくしゃみをした。ぶいー、と鼻をかんでいる。
「おじさんみたい」
「まだ二十四です」
「あら、そうなんですか!」
「いや何そのボケ」
「わかんない。思い付いただけ」
「適当だった!」
「適当に思い付いたから、えい」
弱点の脇腹をつついてみる。やめちくり、と身を捩りながらもう一つくしゃみをした。
「何なんだ。鼻をかんだから埃じゃないはずだ」
「じゃあやっぱり噂話をされているんだ」
「本当かなぁ……」
もう一枚ティッシュを手に取り鼻をかんだ。そうしてゴミ箱へ捨てに椅子を立つ。その隙を突いていつもの皆へ順繰りにテレパシーを繋ぐことにする。まずは葵さんへ。
(こんにちは、葵さん)
(うおっ、咲ちゃんか!? どうした急にテレパシーなんて)
(ちょっとお伺いしたいことがありまして)
(なんじゃ)
(田中君のくしゃみが止まらなくなってしまったので、誰か噂をしているのではないかと密かに捜索しております。葵さん、彼について何か考えていましたか?)
(いや全然。晩のツマミは何にしようかと考えていた)
(そうですか。失礼しました)
(構わんよ。しかし原因が気になっているのだろうから、わかるといいな)
(はい、ありがとうございます。それではお邪魔しました)
(おう、またなー)
テレパシー、切断っと。葵さんではなかった。じゃあ次はっと。
(こんにちは、佳奈ちゃん)
(うわっ、咲!? テレパシーは相変わらずびっくりするなぁ)
(ごめんごめん。ちょっと捜索中でして)
(捜索? 何を?)
(徹君のくしゃみが止まらなくなってしまったので、誰か噂をしていないかと)
(あぁ、成程。ちなみに噂をしている人を見付けたら問い詰めるの?)
(ううん、何もしない。ただ、悪口だったらチョップくらいはするかも)
(するんじゃん。そして私でもないよ。洗濯物が生乾きで苛々しているところだから、田中君について考える余裕は無いね)
(扱いが悪いなぁ……私の彼氏なのに)
(地元からの知り合いならこんなものだよ)
(あっ、仲良しアピールですか!?)
(違うって)
(どうせ私は君達より彼と過ごした年月は短いもーん)
(いいじゃん、結婚するんだから)
(うん、そうなの)
(あぁ、何だ。惚気たかっただけか)
(えへへー)
(その調子が続くならテレパシーは終わり!)
(本当に生乾きで苛々しているんだね……ではお暇します。お邪魔しました)
(またね!)
切断。佳奈ちゃん、怖い。ちょっとデレただけなのに……。その時、更に二つのくしゃみが聞こえた。何で止まらんのじゃ、と徹君が嘆いている。待っていてね、原因がわかるかも知れないよ。
さて、お次は橋本君かな。親友だから大丈夫だとは思うけど、悪い思考をしているのかも知れません。テレパシー、接続!
(橋本君、こんにちは)
(ん? 咲ちゃん? あぁ、テレパシーか。何?)
(徹君のくしゃみが止まらなくなってしまったので、誰か噂をしていないかと探しているのです。葵さんと佳奈ちゃんは違いました)
(ははは、田中の奴、ざまぁ!)
(あっ、その物言いはまさか橋本君が犯人ですか!?)
(違うけど)
(違うんかい!)
(おっ、ツッコミ可愛いね)
(ちょっと頑張ってみました)
(ちなみに今はオリジナルのワインボトルについて考えていたから俺じゃないよ)
(綿貫君へのプレゼント用?)
(とは別に、ね)
(佳奈ちゃんにあげるの?)
(違うよ)
(まさか別の女の人に……?)
(うん)
(コラ! 浮気は許しません!)
(違うよ)
(じゃあ誰に!?)
(葵さんと恭子さん)
(え、何で?)
(サンプルを作って渡した方がイメージしやすいと思って)
(自腹であげるの?)
(うん。俺の勝手なお節介だもん)
(橋本君、優しくなった?)
(あはは、咲ちゃんにそう言われると嬉しいなぁ)
(少し変わったね)
(自覚は無いけど佳奈のおかげかな?)
(そうだといいねぇ)
(本当にねぇ)
(とにかく、田中の噂をしているのは俺じゃない。他の人を当たってみて。と言ってもあとは綿貫と恭子さんか)
(疑似デートのお邪魔をしてもいいかな)
(取り敢えず繋いで思考を聞いて、大丈夫そうだったら話し掛けたら?)
(盗聴みたいな真似を平気で提案できる橋本君って凄いね……)
(俺が超能力者じゃなくて良かったよね)
(本当だよ)
(まっ、試してみるといいさ! 俺に勧められたからって言い訳にしてね)
(……フォロー、ありがとう)
(罪悪感が薄れるといいね)
(悪いことは私には向かないのです……)
(田中のためだ! ファイト)
(……頑張ります。それじゃあまたね)
(うん、ばいばーい)
切断。うーん、橋本君はああ言ったけどいいのかな……。だけど台所からはまだくしゃみが聞こえる。胸が痛くなってきた、と徹君は呟いた。よし、取り敢えず様子を伺おう! 変な思考が聞こえても誰にも漏らしませんよ! 約束します! 意を決してテレパシーをmずは恭子さんに繋いだところ。
「うわっ」
思わず声を上げてしまった。凄い勢いで思考が流れ込んでくる! 一体、何事!?
(おんぶ!? 綿貫君が、私をおんぶ!? マジ!? いやめっっっっちゃ嬉しけどでも原因は私がはしゃぎすぎて立てなくなったところにあるからわざわざおぶって貰うのは申し訳ないわけで、ただこんなチャンスは滅多に無いからもう今日は身を任せちゃっていいかしら!? だけどそれって厚かまし過ぎない!? あー、たださっき確かに約束したもんね! ええい、いいかお願いしちゃえぇぇぇぇ!!!!)
ど、どういう状況!? 綿貫君の方は何を考えているのかな!?
(付き合ってもいないのに女性をおんぶなんてする奴がいるか!? そんなの下心に塗れた変態くらいしかおるまい! あぁいや、例えば体調が悪くなった人を介抱したり病院へ連れて行くために必要があってすることもあるかも知れんが、緊急事態でもないのに申し出るなんていやらしい目的としか思えないわな!!)
……私の彼氏は恭子さんをおんぶしたのですが。それは緊急事態に当てはまるということでいいですよね? いやらしい目的をもっていたわけでは、ないはず。そして徹君がくしゃみをしていた理由も何となくわかった。綿貫君の思考が意図せずして徹君に該当してしまったのか。
「乾燥かなぁ」
呑気に徹君が振り向いた。テレパシーを切断し、サイコキネシスで宙に浮く。そして彼の背に回り、首筋へ手を回した。足は腰の辺りへ。何、と鼻を啜った彼が受け止めておぶってくれた。
「おんぶ」
「急にどうしたの」
「……して欲しくなったから」
「甘えん坊め」
「君ほどじゃないよ」
「違いない!」
綿貫君と恭子さん、おんぶ出来たかなぁ。きっと二人とも照れちゃうだろうな。今日の疑似デートでまた関係が進展するといいですね。しかし原因は判明したものの、どうしようもないや。綿貫君が落ち着くのを待とう。さて、テレパシーに協力してくれた皆に報告を流しましょう。葵さん、佳奈ちゃん、橋本君へいっぺんに繋ぐ。
(皆、ありがとうございました。くしゃみは止めようが無いので諦めました)
ちょっと待ってみたらば。
(ざまあって伝えておいて)
と、橋本君。
(ドンマイ)
とだけ佳奈ちゃん。
(腰を痛めたら爆笑してやるから教えてくれ)
とは葵さん。三者三様、お返事をしてくれた。
(では皆さま、良い休日をお過ごし下さい。失礼します)
今度こそ、テレパシーの使用を終えた。くっついている徹君は何も知らないまま。教えなくてもいいか。たまにはそういうのも、いいよね。
「咲お嬢様。式場選びはおんぶをしたまま続行してもよろしいでしょうか」
彼が真面目な口調で軽口を叩いた。うふふ、秘密が一つできてしまいました。
「構いません」
「承知致しました! ……ごめん、やっぱ集中出来ない」
「頑張りなさい」
「無茶ぶりー」
しょうがないなぁ、と渋々再び宙へ浮く。そっちに行くんかい、とツッコミながら徹君が座り直した。同時にもう一つくしゃみをする。
「止まらん!」
「ドンマイ!」
「しょうがないか」
「うん。さ、また始めよう!」
さて、と二人で画面を覗き込む。こちらも前へ進みますよ!
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