マッサージチェアは極楽です……?(視点:綿貫)

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マッサージチェアは極楽です……?(視点:綿貫)

 雑談を交わしている内にマッサージチェアが置かれている場所へと辿り着いた。三台並んでおり、いずれも空いている。左端の一台の前へ慎重にしゃがみ、恭子さんを座らせる。すぐに立ち上がると、背中には少しだけ熱が残っていた。そして、残念だという気持ちに蓋をする。必要があっておんぶをしたまで。やましい心は封印せねば!  ありがとう、と微笑む彼女にポーチから取り出した財布を渡す。ピンク色で厚手の長財布は恭子さんによく似合っていた。 「流石! 先を見越した行動、いいわね!」  いえ、と頭をかく。大したことじゃなくても褒められれば嬉しいものだ。すぐに、はい、と手を差し出された。反射的に応じると百円玉を二枚渡された。綿貫君のマッサージ代、とウインクをされる。あざといなぁ。こういう仕草が自然に出来るの、大人って感じだ。 「ありがとうございます。でも二百円もいいんですか!?」  途端に恭子さんは吹き出した。子供じゃないんだから、と肩を震わせている。 「確かにそうですけど、最大三十分もマッサージを受けられるんですよ!? 贅沢だなぁ」  手の中の小銭をまじまじと眺める。至福の時への切符だな。 「二百円はあげる! だけど十五分で飽きちゃったら終わりにしていいからね」 「恭子さんは三十分、やりたいんじゃないですか?」 「そんなことないけど」  ないんかい。 「じゃあ何故二百円を俺に渡したのですか? てっきり、私は三十分やるわよって意思表示なのかと」 「たまたま財布に百円玉が三枚あったから、君に二枚渡しただけ」  その考え方はおかしくない!? 「いや、どう考えても長目にマッサージを受けるべきは貴女でしょ!」 「十五分で足が復活しなかったら自販機でお茶を買って両替する!」 「……その時は代わりに行って来ますので、取り敢えず十五分で切り上げますね」 「ありがとう! 何から何まで本当に助かる! じゃあ、レッツマッサージ! どうせなら一緒に始めましょう。先に相手の感想を見てから受けるのでは面白みに欠けるから」  成程、と深く頷く。滅多に出来ない経験は感情がまっさらな状態で受けた方が衝撃が大きいもんな! よくわかります。だから俺も急いで隣のマッサージチェアに腰掛けた。姿勢が固定されて真正面しか向けなくなる。 「準備はいい?」  そう訊かれて、はい、と返事をした。 「じゃあ行くわよ! 五、四」  せーの、でいいのに五からわざわざカウントを開始したのも恭子さんらしい。既に貴女が面白いです。 「三、二、一!」  えい、と最後は何故かフラットな声を発した。そこは盛り上げるわけじゃないんかい! 小銭の音が隣から響き、俺も百円玉を投入する。すぐに首の下にあるローラーが動き始めた。背中全体をドコドコ叩いて下降していく。おぉ、結構背筋が伸びるな。気持ちいいじゃないか! 一方、足元はエアークッションが膨らんだ。結構きつめに締め付けて来る。疲れているから丁度いい刺激だ。あぁ、やっぱり至福のひと時が訪れるに違いない。 「気持ちいいわねぇ」  早くも弛緩したのか、恭子さんは気の抜けた調子でそう言った。まったくです、と応じる。 「ありがとうございます、俺の分まで出していただいて」 「たかだか二百円じゃないの」 「でもこんないい気持ちを、ん?」 「あら、どうした……あれ?」 「い、いで。いでででで」 「ちょ、いたっ! 痛い痛い痛い!」 「何じゃこりゃ!? いってぇ!!」 「いやあああ!! これ無理ぃぃぃぃ!!」  恭子さんの悲鳴にドキドキする、どころではない! 滅茶苦茶な勢いでローラーが背中をぶっ叩き始めた! 背筋が千切れそうだ! 足の方も血管を破裂させんばかりの勢いでエアークッションへ空気が詰まっている! 取れちゃう! 足、取れちゃう! なんてこった! 百円玉は至福の時への切符じゃなくて三途の川の渡し賃だった!! 「痛い! 痛いってば! 痛いってのよ、この!」  恭子さんがマッサージチェアにキレ始めた。だけど一応椅子に罪は無い。悪いのは加減しらずの開発者と、何も知らないまま呑気に使ってしまった俺達だと思う。 「いでで、背中がもたない!」 「何よこれ、リモコンも無いじゃない!?」 「あ、確かに!」 「強さもコースも選べないなんて信じられない! あ、いたたっ!」 「恭子さん、大丈夫ですか!?」 「大丈夫じゃないって君が一番わかっているでしょ!?」 「そりゃそうだ! めっちゃ痛い!」 「痛い以外の感想が出て来ないわよ! なんだってぇのよクソ!」 「恭子さん、口が悪くなっていますよ! そっちが素なんですか!?」 「ち、違うわよ! ただ痛すぎて!」 「痛いと口が悪くなるんですか!?」 「腹が立つくらい痛いんだもん!」 「急に口調が可愛くなると不自然ですよ!」 「うっさいわね! あ、ちょっとそこは、いやああああ痛ああああ!!」  ほぼ同時にスタートした上にコースが一択とあれば、恐らく今、俺と同じところを責め立てられているはず! 俺はそこまで痛くないけど! 「横腹ですか!?」 「痛ああああ!! ここ、いったああああ!!」 「肝臓とか腸が荒れているせいでは!?」 「や、やば! これ無理いいいい!! いでええええ!!」  錯乱のあまり信じられない程、汚い悲鳴を上げている。絶対内臓が悪いせいだ。だってこっちはまだ痛いけど恭子さんほどではないもの。 「だあああああ!! 長いいいいい!!」  電気ショックの拷問にかけられている人ってこんな感じなのかな、と頭を過る。 「まだ!? もうすぐ十五分経つ!?」 「体感ですが、まだ三分も経たないかと!」 「死ぬうううう!! 死んじゃううううう!!」 「落ち着いて下さい! マッサージで人は死にません! 痛いけど!」 「あだだだだ、こ、腰も痛いなんてどうして!?」 「あ、確かに痛い!」  こっちもまたかなり痛くなってきた! 「何でええ!? 私、腰痛持ちじゃあ、いや痛いな!!」 「多分、いって! 足が疲れているから腰の筋肉が、あだだ、引っ張られているのかと!」 「腰痛は葵の専売特許なのに!!」 「最悪の専売特許ですね!! いてぇ!」 「くしゃみでギックリ腰になったのよ!?」 「そういうの、あまりバラさないであげた方がいいと思います!」 「葵も別の形で、あぁぁぁぁ! 苦しめばいいのよぉぉぉぉ!」 「親友として最低!」 「くうぅぅ」 「酒でも飲んだんですか!?」 「沁みるぅぅ、じゃないわよ!」  おぉ、ノリツッコミをしてくれた。恭子さん、完全に調子が狂っているな! 「痛い、痛い!! とにかく痛い!!」 「頑張って! あと多分十分くらいだから!」 「無理ぃぃぃぃ!!」  そこから先は会話もままならないどころか、むしろ悲鳴を上げなくなった。くぁっ、とか、ふぅっ、とか、押し殺した悲鳴と吐息が聞こえるだけ。大丈夫ですか、と呼び掛けると、ふぅん、と情けない声が返って来た。疲れ切ってしまったのか、はたまた大声で叫ぶのは迷惑だと判断したのか。後で聞いてみようと思いつつ、俺の方は変わらずいてぇいてぇと漏らすのだった。  どれだけ永遠に感じられても終わりは訪れる。十五分のマッサージと言う名の虐待を耐え切った俺達は、お互い床に倒れ伏した。 「恭子さん、無事ですか。お怪我はありませんか」  何とか話し掛ける。黙って首を縦に振り、すぐに横へ振った。……どっちだ。 「這いつくばっているのはよろしくないのであそこのベンチまで行きましょう。歩けは、しないんだった。肩、貸します」  恭子さんは相当息が荒れているらしい。背中が大きく膨らんだりへこんだりしている。 「……本当は」  それだけを呟き深呼吸をした。はい、と小さく相槌を打つ。 「おんぶ、して欲しいけど。君も、苦行を、終えたばかりだものね」  当たり前のようにおんぶを所望しているが、付き合ってもいないのにおんぶなんてしたら駄目だからね!? ちゃんと釘をさしておかねば。恭子さんの身の安全のためにも!  ……ただ。 「いいですよ、おんぶ」  ……欲望に負けたわけではない。恭子さんがご所望なのだし、第一まだ歩けないのであろうから、仕方なく応じるのだ。今日はもう、おんぶをしちゃったし。一回も二回も、大差ないよね? ……うん、我ながら言い訳だらけだ! それを誰に対してしているのかもわからない! 「……本当?」 「勿論。まだ歩けないでしょ。マッサージのダメージも、どう見ても貴女の方が大きいし」 「……綿貫君も大変だったのに、いいの?」 「ええ! さあ、どうぞ!」  目の前で背中を向けてしゃがみ込む。ういしょ、と変な掛け声を上げた恭子さんが、再び俺の背中にやって来た。さっきよりも明らかに体温が高い。そしてまた、首元へ腕が回された。足元をしっかり捉える。よっこいせ、と立ち上がるとすぐに歩き始めた。 「また、ありがとう。ごめんね、甘えてばかりで」 「このくらい、甘えに入りませんよ。俺は普段もっとお世話になっているのですから」 「そういう優しいところ、素敵だよ」 とんでもない言葉を掛けられた。いえ、とだけしか返事が出来ない。あぁ、今度は十メートルくらいしかないのがちょっと惜しい。いや、そういう風に思ってはいけないってば。何回同じ思考をすれば俺は学習するのかね。やましさは無し! 必要なだけ!  ……違う。ずっとやましさが根っこにある。何故なら恭子さんが好きだから。あぁ、そううか。葵さんが、好きな相手でエロい想像をするのは当たり前、と言っていた意味と理由を理解した。求めちゃうんだ。好きだから。一緒にいたい。楽しい思いを共有したい。そして、くっつくという行為は、肉体的な欲求だけではなく。そうしてもいいと許して貰える関係性が嬉しいのだ。だって、どうでもいい相手に接触は許可しない。勿論、今日は別だ。歩けないからおんぶをしなければならない。だから恭子さんは俺に身を預けた。俺がどうでもよくない相手、つまり恭子さんが俺を特別視している、という理屈からは外れる。ただ、俺は恭子さんを好きだから、おんぶをさせても綿貫なら大丈夫だろう、と思って貰えたそのことが、そんな距離感になれたことが、嬉しいんだ。  少しだけ、身体的接触に対する考え方が変わった。だからってベタベタし始めたりはしないけど、成程。そこから逆算していくと特別な関係性であると理解が出来るのだな。 「……えっと」  後ろで恭子さんが呟いた。その声で我に返る。……ベンチは何処に行った。 「綿貫君? ベンチは大分通り過ぎちゃったけど、あそこへ行くんじゃなかったっけ……? それとも別の場所を目指しているの?」  しまった! 考え事をしていたらとっくに通り過ぎていた! 恭子さんを振り回さないよう、慎重に百八十度回転をする。十メートルなんて二十メートル前に過ぎていた。大分オーバーランをしたな! 「すみません! ボーっとしておりました!」 「随分大胆にボーっとしていたわね!?」 「あの、あの、やましい気持ちは無いんですよ!? ずっとおんぶをしていたいからわざと通り過ぎたとか、そういう理由ではなくてですね!」  本当は根っこにやましさはあるけど言うわけには絶対にいかない! 「いや君に限ってそんなわけないってわかっているから大丈夫よ」  そんな信頼も嬉しいんだなぁ! 特別な関係じゃないのに! あぁ、ややこしい! 「ありがとうございます。失礼しました、ベンチへ行きましょう」  お願いします、と恭子さんがしがみ付き直す。うーむ、またぼーっとして通り過ぎそうだね!
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